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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人とおっちょこちょい忍者
しおりを挟む「ほう……あくれいど殿が……。そのようなことがあったのでござるな……」
夜。
ガレイトの寮。
その食卓。
ガレイトとブリギットが、アルブレヒトの課した試験をクリアした後。
二人は城へ寄ってサキガケを回収し、ここまで戻って来ていた。
そして三人は、改めてガレイトが焼いたウインナーを食べている。
「なるべく俺としても、アクレイドが傷つくような言い回しは避けたつもりだったのですが……」
ガレイトは食器を置くと、がっくりと項垂れた。
「それでも、あくれいど殿は無言のまま、どこかへ行ってしまったのでござるな」
「はい。……やはり俺は、アクアの言うとおり、他人の気持ちを察せない人間なのかもしれません……」
「私は、ガレイトさんの言葉、素敵だったと思いますけど……」
「ありがとうございます……」
ブリギットがフォローを入れると、ガレイトは顔を上げて礼を言った。
「……でも、王様が大丈夫だって言ってたんですし、大丈夫……なんじゃないでしょうか?」
「で、ござるな。がれいと殿が悩むようなことではないでござる。がれいと殿としては、自分の信条を余すことなく、あくれいど殿に伝えたのでござろう?」
「そうですね……あの時、俺が言ったのは間違いなく俺の気持ちでした。なにも装飾せず、まっすぐな……」
「なら、問題ないでござるよ」
「サキガケさん……」
「そもそも、あくれいど殿はがれいと殿を慕っていたのでござるし、それに、あくれいど殿にも、自分の中で整理をつける時間が必要だと思うのでござる」
「……そう、ですよね」
「──とはいえ、いまは合格したことを喜ぼうでござる。なにやら、皇帝陛下から支援がもらえるという話では?」
「はい。皇もそうおっしゃっておられました」
「ふむ、ヴィルヘルム皇帝の支援……でござるか。気になるでござるな。ちなみにそれは……?」
「いえ、それについてはわかりません。俺は辞退しようとしたのですが……」
「断られた、と」
「そうですね……それも国税からではなく、皇自身が最近よくこなされている、依頼の達成料から賄われる、と」
「ああ、なるほど。依頼の……」
サキガケはそこまで言って、「ん?」と首を傾げる。
「そもそも、なんで皇帝陛下が冒険者のようなことをしているのでござる?」
「暇だから……と、一言」
「あぁ……そんなことを言う人なのでござるか……」
「危ないのでやめてほしいのですが……こればっかりはどうにも……」
ガレイトが俯きながら答えると、サキガケは口を半開きにして、眉尻を下げた。
「それはそうと、これ──」
サキガケはそう言って、フォークに刺したソーセージをすこし持ち上げた。
「とんでもなく美味いでござるな、このそおせえじ」
「あ、ありがとうございます……!」
サキガケに褒められ、ガレイトが照れるように頭を下げる。
「ね、美味しいですよね。このソーセージ」
ブリギットは顔じゅうを肉汁まみれにしながら、ソーセージに食らいついている。
「いやいや、そんなことにはならんでござろうよ……」
「え?」
「……しかし、『旨味が乗算される』と聞き及んでいたでござるが、まさかここまで美味だとは……」
「その他にも、色々な要因が重なってましたからね、今回の猪王は」
ガレイトに顔を白い布で拭かれながら、ブリギットが言う。
「そうでござったな。えーっと……まずは蜜柑、猪の頭数、猪王、そしてそれらを問題なく倒せるがれいと殿の腕、ぶりぎっと殿と、ぐろーす・あるてぃひ副料理長の助言……うーむ、これらを考えると、ほぼ無償で肉屋に肉を提供したのは勿体ないでござるな」
「そ、そうですね……モーセさんがいらっしゃったら、なにか言われそうです……」
ガレイトはそう言って、『ははは……』と力なく笑った。
「あ、そうだ。サキガケさん、今日で最後だったと思うけど、どうでしたか? 定例会のほうは?」
ブリギットがそう尋ねると、サキガケはきょとんと眼を丸くした。
「え? 定例会? なんでござる? それ?」
ぱく。
サキガケはそう言うと、フォークに刺していたソーセージを食べた。
ガレイトとブリギットはそれを見ると、互いに顔を見合わせる。
「え? 定例会って、ほら、ギルドの……」
「あー! あー! なんにも聞こえないでござるー!」
サキガケはそう言うと、両耳を塞いで食卓に突っ伏してしまう。
「これは……」
「なにかありましたね……」
◇
しくしくしく……。
食卓から場所を変え、ガレイトの寮、その玄関エントランス。
そこにサキガケがすすり泣く声が反響していた。
ブリギットとサキガケはそこのソファに二人ならんで座っている。
そしてガレイトは、その近くでしゃがみ込んでいた。
「竜に熊……ここに来るまでに会った島呑とか、そういう功績は認めてくれるって……」
サキガケが絞り出すように声を発し、隣にいるブリギットは「うんうん」とうなずく。
ガレイトもそんなサキガケを、沈痛な面持ちで見上げていた。
「でも、千都支部は解散するって……」
「そ、そんなことが……」
ブリギットがサキガケの頭を優しく撫でる。
「うん……そんで、理由も訊いたんやけど……」
「その理由って?」
「『千都は千都で犯罪に対しての自治組織があるし、魔物もここ最近滅多にでぇへんから、あっても意味ないやろ! アホ! ボケ! カス!』って」
「そ、それ、本当にギルドの人が言ったんですか?」
ブリギットが遠慮がちに尋ねると、サキガケの動きがぴたりと止まる。
「……そこまでは言ってなかったかも」
「う、うん……ですよね……」
「ですが、そうなると、サキガケさんたちはどうするのですか?」
ガレイトが尋ねる。
「支部はもう解散やから、うちの職員たちもみんなクビや……」
「失礼ですが、職員というと……?」
「妹の魑と、うちのお母さんや……」
「ふたりだけ……ですか?」
「……せや。お母さんはもう実質、引退してるようなもんやから、うちと魑だけや」
「か、家族経営だったのですね……」
「そんなかんじやね……」
「ですが、ギルドの方針としてはどうなるのでしょう?」
「どういう意味?」
「不要だとわかったら、支部を人員ごと切り捨てる……ということなのでしょうか?」
「ううん……千都支部は解散して、近くのぐらんてぃ支部と合併するんやって……」
「ああ、なるほど。そうなんですね。それはよか──」
「いいわけあるかい!」
「えぇ……」
ガレイトとブリギットが同時に声をあげる。
「ひとつめ。まず、うちらの収入が減る」
「収入……ですか?」
「せや、名前だけ残して半分引退してるお母さんは、たぶんぐらんてぃに来ぉへんから……ひとりぶんの収入が減る」
「……ですが、それってギルド側が働いていない人にも賃金を支払っていたということですよね? それって、不当な給金では?」
「……ふたつめ!」
「あ、誤魔化した……」
隣にいたブリギットがつぶやく。
「……毎日、千都からぐらんてぃに通うのは物理的に無理やから、ぐらんてぃに駐在せぇへんとあかんくなる」
「そういえば、そうでした。たしか、千都とグランティ間は船で半日……そうなってくると、毎日船に乗って通うのは困難になるから、グランティに滞在するしか……」
「あ! じゃあ、サキガケさんが言ってるのって、そのぶんの滞在費がギルドから支給され──」
「る」
「え?」
「支給される」
「あ、されるんですね」
「じゃ、じゃあ、あまり千都へ帰れなくなるからイヤ……とか?」
「祝日、定休もあるし、傷病手当金も有給制度も完備してる……」
「なら、なにが……?」
「なにがって……! 千都に帰るたびに、うちは迷うんやで!?」
サキガケはそう言って、急に立ち上がる。
「あぁ……方向音痴……」
「やったー! 明日から休みやー! ってなって、家に帰ろうとして、でも道わからんくて、結局迷ったまま休みが無くなるのがオチやろ!」
「道を覚えればいいのでは?」
「覚えられたら苦労せえへんわ! こんなん……こんなん、うちの精神すり減ってまうわ!」
「そ、そんなことは……」
「あるんやって! 前に一回、ぐらんてぃ行くまでに一週間以上かかった言うたやろ!」
「そういえば、そんなことを……」
「……あれ? じゃあもしかしてうち、最悪の場合、家に帰ることもなく、職場にも帰られんくなって、そのまま干乾びてまうんとちゃうか……?」
サキガケは立ち上がると──
「ごめん、やっぱ抗議してくる……!」
玄関から出ていこうとする。
しかしガレイトがサキガケの腕を掴み、それを阻止した。
「なにすんねん!」
「どこへ行くんです」
「城!」
「おひとりでですか?」
「ぐぬ……っ」
「お、落ち着いてください、サキガケさん!」
「ぶりぎっと殿、そんなん言われても落ち着けるはずが……!」
「サキガケさんのお母さんは来ませんけど、妹さんは来るんですよね? ……それなら大丈夫なんじゃ……」
ブリギットがそう言うと、サキガケは震える指でブリギットを指した。
「あ、ほんまや……」
しんと静まり返るガレイト寮、玄関エントランス。
そして──
「て……てへへ、なんか、ごめんでござる……」
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