猫に生まれ変わったら憧れの上司に飼われることになりました

西羽咲 花月

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お風呂

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買い物から帰ると健一はさっそく猫トイレを窓際にセットした。
「いいかミーコ。今日からここが君のトイレだからね」

わかってる。
わかってるけれどトイレを室内でするなんて……。

しかもその後処理をするのは健一だ。
そう考えただけでメマイがしてきてしまう。

「それから食事はこっち」
健一はミーコを抱き上げて今度はキッチンへ向かう。

猫用の水入れと餌入れはシンクの下辺りに置かれた。
ミーコの寝床となるクッションはリビングのソファの横。

キャットタワーは見晴らしのいい窓辺。


次々と置かれてゆく猫用品に、殺風景だった部屋の中があっという間ににぎやかになる。

観葉植物たちは突然出現したミーコという天敵をどう感じているだろうか。

自分たちの居場所がなくなると警戒しているんじゃないかと、尚美は一瞬考えた。

植物たちが動物でなくてよかったかもしれない。

「さぁ、できあがりだ。これでいいかな? お姫様?」
ミーコを抱き上げて室内を歩いて回る健一。

こんなにも自分のことを考えて、思ってくれているなんて嬉しくないわけがない。

申し訳ない気持ちも強かったけれど、それよりも嬉しさが勝ってしまって、尚美は自分から健一の顔に自分の顔を近づけた。

そして本能のままに健一の顔をペロペロとなめ始める。
健一の頬はつややかできめ細やかで、少し汗の味がした。

「喜んでくれたみたいだな。よかった」

健一は嫌がることもなくくすぐったそうにほほえみ、そしてミーコの唇にチュッとキスをしたのだった。


☆☆☆

大好きな上司との初めてのキスはほんの一瞬で、なにが起こったのか理解する前に離れていった。

だけどキスをしたことだけは間違いない。
呆然としている尚美の体を抱きかかえたまま、健一は隣の部屋へと移動した。

そこは脱衣所になっていて、洗濯機やタオルが置かれている。
その奥が浴室だ。

健一は湯船に湯をため始めるとリビングへ戻ってソファに座った。

「ふぅ」

と短いため息を吐いて、ミーコを膝の上に乗せて撫でる。
さすがに沢山買い物をして疲れたのかもしれない。

大物も沢山あって、エレベーターを使っても運ぶのだって大変だっただろう。

そう思って見つめていると、健一は眠そうにあくびをして目を閉じたのだった。


☆☆☆

健一につられるようにして目を閉じた尚美はいつの間にか眠ってしまっていた。

うつらうつらしていた時にふと目を覚ましたのは暖かさが消えたからだった。

見上げてみると健一がソファから立ち上がって浴室へと向かっている。

お風呂に入るのかもしれない。

日はまだ高いけれど湯船にゆっくり使って疲れを癒やして、それからまた仕事へ向かうとか。

尚美も時々そうして早い時間からお風呂に入ることがあるので気持ちはよくわかる。

健一がお風呂から出てくるまでもう少し眠っていよう。
そう思って目を閉じたのだけれど、健一はすぐに戻ってきた。


お風呂に入ったんじゃなかったみたいだ。

「ミャア」


どうしたのという意味を込めて鳴くと、体を抱き上げられていた。
そのままお風呂場へと向かう。

健一は靴下を脱いで腕まくりをして、尚美と一緒に浴室へと入っていった。

健一に抱かれた高い位置から湯船を見ると、そこには足首までくらいのお湯しかためられていなかった。

これじゃ入っても体は温まらないし、疲れも取れない。

そう思っていた次の瞬間、健一が尚美を抱いたまま湯船に入ったのだ。

健一の足がお湯を揺らしてチャプンと音を立てる。
その瞬間、本能的な恐怖を感じて尚美は暴れた。

手足をばたつかせて必死に抵抗する。
「ごめんよミーコ。少しだけ我慢して」

健一の声も悲しそうだ。
そんな、まさか!


健一は自分がお風呂に入るためにお湯を準備していたのではなく、ミーコの体を洗うためにお湯をためていたんだ!

そりゃあミーコは元々野良猫で体もとても汚れていた。
それでも健一は拾ってくれて、濡れタオルで体を拭いてキレイにしてくれた。

それで終わりなんだと思っていた。
それなのに……!

徐々にお湯が近づいてきて尚美は更に暴れる。

ミャアミャアと声を上げて健一の腕にすがりつく。
本能的に爪を立ててしまうが、それでも健一はびくともしない。

お願いやめて。

こんなのひどいよ。
私いい子にするから、だからやめて!

そんな訴えも虚しく、ミーコの足先にお湯が触れたのだった。


☆☆☆

「ほーら、気持ちいいだろう?」
健一が尚美の体を両手でわしゃわしゃと洗っている。

人をお湯につけるだけでは飽き足らず、猫用シャンプーまでつけられて泡立てられている。

尚美はムスッとした表情のままやられるがままになっていた。

どうせ力では勝てないし、猫用シャンプーの匂いはまぁまぁ好きな香りだし、仕方ないのだと諦めてしまった。

それでも時折背中にかけられるお湯の感触にビクビクして体が硬直してしまう。

人間だった時はお風呂が大好きだったけれど、猫になった今は命の危機を感じるものになってしまった。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよミーコ。これが終わればすごくキレイになるんだから」


それはわかってる。
でも嫌なものは嫌だった。

前足と後ろ足をピーンと立てたままのミーコを見て健一は必死に笑いを噛み殺している。

そんなに面白いポーズをしているだろうか。
いや、してるな。

自分も人間だったころに動物動画とかで見たことがある。
緊張した動物が手足を伸ばして硬直している姿を。

自分が今あれと同じ状態になっているのだと思うとやっぱり信じられなかった。

だけど本能的に嫌だし緊張してしまうのだから仕方がない。
水に沈まないようにこっちも必死なのだ。

「はい、今度はお腹ね」

健一はそう言うとミーコの体をコロンと裏返しにしてしまった。

顔がお湯に浸からないように支えてくれているけれど、余計に緊張感が増す。

それに……。


ちょっとまって?
この体勢って全部丸見えなんじゃない!?

そう気がついたときにはもう健一の大きな手のひらがミーコの体を洗い始めていた。

小さな体は健一の片手で覆い隠されるくらいしかない。

尚美は自分の体すべてが健一に包み込まれている感触がして、ビクビクと体をはねさせた。

今度は緊張からではない。
いや、待って。

そこはダメ!

必死になってミャアミャア叫ぶけれど、まさかミーコが感じているなんて思わない健一は「もう少し我慢して」と、のんきなことを言っている。

そうじゃなくて!
指先が、ほら!


尚美の体を撫でる手は時々尚美の胸や下腹部を刺激する。

それが意図的でないとわかっているからこそ、自分のことが恥ずかしくなってくる。

ほんとうにダメ!
私変になっちゃう!

意識がトロトロととろけていきそうになったとき、ようやく健一はミーコの体を洗い終えて手を離してくれた。

尚美はふぅーと大きく息を吐き出す。
これが人間同士だったらどうなっていたか。

想像して、尚美は赤面したのだった。
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