猫に生まれ変わったら憧れの上司に飼われることになりました

西羽咲 花月

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恩返し

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お風呂は散々だったけれど、おおむね良好な関係ができてきたんじゃないだろうか。

尚美ことミーコは健一があやつるねこじゃらしのオモチャを必死に追いかけて考える。

ミーコは健一に愛されているし、私も健一のことは好きだし。
人間でいるよりも気楽で愛のある生活を送ることができるかもしれない。

このまま健一の猫であり続けることもありかも……。

なんて思っている間にも必死に走り回って意識はどんどん遊びの方へと移動していく。

このねじこじゃらしのおもちゃ、結構よくできてるわね。
猫目線で言えばとっても面白いおもちゃかもしれないわ!

普段はねこじゃらしが茂っていても見向きもしないけれど、今度からは意識して見てみよう。

そう思えるくらいに熱中して遊んでしまう。


「子猫の体力は無限だなぁ」
健一がクスクス笑いながらつぶやく。

時々荒い息を吐き出しながら、それでも遊ぶことをやめないミーコをジッと見つめている。

さっきからずっとミーコと遊んでいるけれど、こっちも全然飽きていないみたいだ。

「でも明日は仕事だから、そろそろ寝ないとな」

そう言うとオモチャをヒョイッと取り上げられてしまった。

それでも必死でおいかけるミーコを抱き上げて寝室へと向かう。
当然のように一緒に連れて行かれて尚美は慌てた。

今日猫用のクッションを購入しているから、てっきりあれで眠るものだと思っていたのだ。

けれど健一は昨日と同じようにミーコを抱きかかえて布団に潜り込んだのだった。


☆☆☆

健一の朝は忙しい。

優秀であればそれだけ期待も大きく、そして仕事内容も尚美とは段違いに多いとわかった。

「じゃ、行ってくるよ」
と健一が言って部屋を出たのは6時を少し過ぎたくらいだった。

尚美はいつも7時半までアパートでダラダラ過ごしているのでその差に驚いてしまう。

そういえば出会った日も休日出勤をしていたし、やっぱり忙しいんだなぁ。

あれだけモテるのに彼女の気配がないのはもしかしたら忙しいせいかもしれない。

それは尚美にとって嬉しいことでもあったが、やはり忙しすぎるのは気がかりなところだった。

玄関先で健一を見送り、一匹残された尚美は改めて室内を見回してみた。

今はミーコ用のものが溢れているけれど、来たときは本当に殺風景だった。

唯一、観葉植物が彩りを与えてくれていたくらいのものだ。


尚美は無意識のうちにクンクンとあちこちの匂いをかぎながら室内を歩き回る。

健一がミーコのためにどこのドアも薄く開けていってくれているから、勝手に出入りしていいということなんだろう。

さっそく脱衣所へと向かった。

ここは1度入ったことがある場所だけれど、あのときは自分が洗われることであまり周りのものを確認することができなかった。

脱衣所の中も殺風景で、真っ白な棚に白いタオルが並んでいる。
柄付き、色付きのものはひとつもない。

小物に執着しないタイプなのかもしれない。

それから洗面台の上に飛び乗ってみたいと思ったけれど、今のミーコでは小さすぎてちょっと届かなかった。


それでも、タオルの少なさを見ればやっぱり彼女らしき人物がここに出入りしているようには思えなかった。

他にも一通り調べて回ったけれど、健一のひとり暮らしで間違いなさそうだ。

ソファの隣のクッションに戻ってきてホッと息を吐き出す。

なにやってるの私。
これじゃ遠距離恋愛で彼氏の浮気を疑ってる彼女みたいじゃない。

安心したことで自分にツッコミを入れる余裕もでてきた。
そもそも尚美は健一の彼女でもなんでもない。

健一に女の影があったところで文句を言えるような立場ではなかった。

といっても、万が一現れたとする健一の彼女に懐くこともまずできないだろうけれど。

さて、これから関さんが戻ってくるまでどうしようかな。

時計を確認してみると健一が仕事へ行ってからまだ2時間しか経過していないことに愕然とする。


健一は少なくても5時まで仕事をするとして、あと8時間もあるなんて!
気が遠くなるような時間に一瞬めまいを感じる。

だけど、逆に考えれば8時間あればなにか役立つことができるかもしれない、ということだった。

健一は疲れて帰ってくるだろうから、家のことをしてあげておくのはどうだろう?
幸い尚美もひとり暮らしで家事全般はなんとなくできるようになっている。

掃除と洗濯と、そうだ、料理だ!
パッと閃いた。

健一はいつも尚美のお弁当を褒めてくれていた。

料理は元々得意だし大好きだし、晩ご飯の準備をしてあげれば喜んでくれるかもしれない。

健一は自分のためにあれこれ準備してくれたのだから、少しでもお礼をしなきゃ!

尚美はそう考えて気合を入れたのだった。


☆☆☆

どれだけ気合を入れても体は子猫であることに変わりはない。
尚美はキッチンに立ちすくんで愕然とした気持ちで周りを見つめていた。

尚美の周りには戸棚から落下した調味料や割れたお皿が散乱していて足の踏み場もなくなっていたのだ。

なんで、こんなことに……。
少し歩けば割れたお皿で足を切ってしまいそうになるので動くこともできない。

料理をしようと気合を入れた尚美はまず冷蔵庫を開けようとした。
が、もちろん簡単ではない。

冷蔵庫はとても硬くて、どれだけ試行錯誤してみても今の尚美の力ではビクともしなかった。

冷蔵庫を諦めた尚美は今度は戸棚にターゲットを移した。


戸棚の中にならなにか食べ物が入っているかもしれない。

そう思ってジャンプした戸棚に体をぶつけてみると、マグネット式の扉が開いてくれたのだ。

中には思っていた通り、パスタ麺やインスタントラーメンがあった。
でもこれをただ茹でるだけじゃおもしろくない。

やっぱりアレンジが必要だろう。
そう思って開いた扉の上に器用に飛び乗り、上の段を確認した。

食器棚の上の段はガラスになっていて何が入っているのか確認できるようになっている。

そこには1人分の白い皿が数種類と調味料が入っていたのだ。
あ、あれを使ってみよう!

パスタに少しスパイスを加えてみれば美味しくなるかもしれない。


そう思ったのが運の尽きだ。
上の段の扉はマグネット式になっていなくてそう簡単には開かなかった。

それでも尚美は諦めずに体を当てたり、爪を立てて引っ語りして扉に立ち向かった。
その結果、ちょっとした拍子に扉に隙間ができたのだ。

尚美は小さな体をそこから中へと滑り込ませた。
やった!

これで調味料を使うことができる!
と、喜んだのもつかの間。

ほんの小さな隙間が開いていただけの扉がパタンッと音を立てて閉じてしまったのだ。

あれだけ必死になって少ししか開かなかった扉が閉まってしまったことで、尚美はパニックになった。

少し考えれば体で外へ向けて押せば開くのに、頭の中は真っ白になった。
閉じ込められた!


サッと全身から血の気が引いていく。
外がとても遠く、手の届かないもののように見えた。

食器棚の中でパニックを起こした尚美はその場で飛び跳ね、ミャアミャア鳴いて暴れてしまったのだ。

扉に体がぶつかった瞬間外へ出ることができたものの、調味料や皿が一緒に散乱してしまい、今にいたる。

だって、私は料理がしたかっただけなのに。
なにもできない。

この体じゃお礼なんてなにも。
泣き出してしまいそうになったとき、玄関が開いて健一が帰ってきた音が聞こえてきた。

尚美はビクリと体を震わせる。
か、帰ってきちゃった……。

この有様を見て関さんはなんというだろう。


もしかしたら幻滅して捨てられてしまうかもしれない。
こんなバカ猫いらないって、怒るかもしれない。

そうなると、保健所行き!
緊張で全身が固くなった時、健一の足音がすぐ近くで止まった。

もうこの惨状は見えているはずだ。
尚美はギュッと目を閉じて覚悟を決める。

ほんの短い間だったけれど、好きな人と一緒に暮らすことができてよかった。

私の人生にはなんの悔いもない。
「ミーコ?」

その声にハッと息を飲む。
怒られる。

そして保健所へ連れて行かれる!
覚悟を決めたはずなのにやっぱり怖くて恐る恐る目を開ける。

するとそこには心配そうにこちらを見つめる健一がいた。


しゃがみこんでミーコと視線を合わせていることから、本当に心配しているんだろう。
それでも恐怖心は払拭されずに尚美はプルプルと小刻みに体を震わせる。

このまま、保健所行き……!?
と、思った時両手で優しく抱き上げられていた。

震える尚美の体をさすりながら「ごめんな。怖かったよな」とささやく。
え……?

予想外の言葉に尚美はようやく視線を健一へ向けた。

「戸棚を開けれないようにしておくべきだった。昨日の買い物で調達できたのに、忘れてたんだ」

床の惨状をまるで自分の責任だとでも言うように悔しそうな顔をする。
ち、違うの。

これは全部私のせいで!
慌てる尚美の体を強く抱きしめる健一。

「だけどミーコに怪我がなくてよかった」
そのつぶやきに、尚美の震えは止まったのだった。
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