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西羽咲 花月

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4人分の損失

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「愛子やばくない?」
この前と同じファミレスまで移動して、あたしはやっとそう言った。
まさか車で誘拐されるなんて思ってもいない展開だった。
愛子が無事なのかどうか気になる。
「大丈夫だと思うよ」
夢はのんきな声でそう言い、メニューを眺めている。
やってきたウエイトレスにパンケーキを注文する夢。
「靖子もなにか注文しなよ」
「あたしはいらない」
とてもなにかを食べる気にはならなかった。
水だけで十分だ。

「愛子のことなんてどうして気にするの?」
「だって……」
そう言われると言葉に詰まってしまう。
愛子はイジメメンバーだし、あたしたちのことを散々バカにしていた。
愛子があの車に乗っていた連中になにをされようが、あたしたちには無関係だ。
「それにしても、これから毎日あの4人に恐怖が降りかかるんだよね」
あたしが黙り込んだことで、夢は話題を変えた。
「そうだね」
アプリでは登録した写真の相手へ何度も恐怖を与えると書いていた。
今日だけでは終わらないということだ。
「楽しみだよね」
フフッと笑い声を上げる夢。
楽しみな気持ちはある。
でも、4人中2人は病院送りになっているのだ。
学校に来るかどうかもわからない。
「なんか暗い顔だね」
夢は運ばれてきたパンケーキをほおばって言った。
「そりゃあね……」
「愛子のこと?」
「それもあるけど、でも……」

あたしはジッと水の入ったグラスを見つめた。
一番気になっているのは4人のことじゃない。
それは夢だってわかっているはずだ。
「損失のこと?」
聞かれてビクリと体をはねさせた。
今日の出来事を思い出すと、簡単な損失で終わるはずがないと思えてしまうのだ。
いくら夢がいてくれても、実際に助けてもらえるかどうかもわからないし。
「ごめん、ちょっとトイレ」
なんだか居心地が悪くて、あたしはそそくさと席を立ったのだった。

ファミレスのトイレで顔を洗い、大きく息を吐きだした。
鏡の中のあたしは顔色が悪い。
唇の色が悪くなっているのが気になって、リップを取り出した。
薄く唇にひいてみるとピンク色に色づいた。
これで少しはマシに見える。
そう思ってホッとしたときだった。
鏡の中で何かが横切った気がしてギクリとした。
しかし、振り向いてみると誰もいない。
なんだ気のせいか。
そう思って視線を鏡へ移した瞬間、見ず知らずの女と視線がぶつかった。
髪が長く、カッと目が見開かれ、こちらを睨みつけているのだ。
「キャアア!!」
悲鳴を上げてその場で尻もちをついてしまう。
お尻の痛みを感じる前に出口へと張って行った。
トイレから出る寸前、鏡へ視線を向けてみたがそこにはなにも映っていなかったのだった。

「幽霊を見た?」
席に戻ってさっきの出来事を説明すると夢が眉を寄せて聞き返していた。
あたしは何度も頷く。
全身が寒くてまるで凍えるようだ。
「すぐ消えたけど、確かに見た」
自分の声が情けないくらいに震えている。
あんな恐ろしい顔の女、今まで見たことがない。
「それって損失なんじゃない?」
「え?」
「ほら、靖の時を思い出してよ。女の幽霊がいるって言ってたよね?」
あ……。
そう言えばそうだ。
靖には見えないなにかが見えていて、それから逃げ惑っていたっけ。
「今トイレで見たのが靖の損失だとしたら、残り3つもあるってことだよね?」
「そうだけど、ほら、やっぱり靖子は怪我をしてないでしょう?」
夢に言われてあたしは改めて自分の体を確認した。
しりもちをついたせいでお尻は少し痛いけれど、他は大丈夫そうだ。

「そう……だね」
「それならよかったじゃん!」
夢が明るい声で言う。
その様子に少しムッとしてしまいそうになる。
損失を与えられるのはあたしだ。
さっき怖い女を見たのだってあたしなのに……。
「靖子、靖は入院までしたんだよ? それでも損失はたったこれだけ」
「わかってるよ」
ムスッとしたまま返事をする。
夢の考えている通り、損失がこれだけのことならアプリを続けてもいいと思っている。
ただ、あたしのことを考えているのかどうかわからない、夢の態度に苛立ったのだ。
「靖の次は陸。陸は口から虫を吐きだしたよね」
あたしは小さな声で言った。
あんな恐怖を味わうくらいなら、幽霊を見る方がマシかもしれない。
あたしは気持ちを落ち着かせるために水を一口飲んだ。
その瞬間下の上に違和感があって顔をしかめる。
下の上で何かが動いている。
咄嗟にそれを吐き出していた。
口の中から出てきたのは小さな虫だ。

虫はまだ生きていて、テーブルの上で見ずに濡れた状態でもがいている。
「虫だ……」
「きっとコップの中に入ってたんだよ」
夢が言う。
そしてあたしは陸のことを思い出していた。
「もしかしてこれが損失?」
「そうなのかも!」
夢がまた目を輝かせた。
「陸みたいに体内から虫が溢れださなくて良かったね」
冗談半分に言われたため、あたしはまた顔をしかめる。
口直しをするために、新しい飲み物を注文したのだった。

☆☆☆

外に出ると太陽は傾き始めていた。
でも、あたしへの損失はまだ2つしか終わっていない。
「まだ一緒にいてあげるから大丈夫だよ」
あたしの気持ちを察したように夢が言う。
「うん」
少しだけ心強くなり、夢と一緒に帰り道を歩きだした。
ここから家まで歩いて20分くらいだ。
その間になにかがあるのだろうか?
もしなにもなければ家に戻ってからということになる。
それでは夢に守ってもらうことができない。
グルグルと考えを巡らせていると足元の段差に気がつかなかった。
「痛っ!」
段差の中途半端な場所に足を置いてしまい、そのままひねってしまったのだ。
痛みに立ち止まり、右足首をさする。
「大丈夫?」
「ちょっとひねったみたい」
足首をブラブラと揺らしてみると、大したことじゃないことがわかった。
ちょっと痛むけれど普通に歩くこともできる。
ホッと胸をなでおろして歩き出すと、夢が手を差し出してきた。

「歩きにくかったらあたしにつかまって」
「いいの?」
「もちろん。きっと今のが損失だったと思うから」
そう言われて「あっ」と呟く。
陸の次は美紀の番で、美紀は階段から落ちたんだっけ。
そう考えると確かに今のが損失だったのかもしれない。
あまりに些細なことだったから、気がつかなかった。
歩いているうちに足首の痛みもだんだん引いてきて、普通に歩けるようになっていた。
最後は愛子だけど……。
家に近づいてきた時だった。
「ねぇねぇ君たち、高校生?」
後ろからそう声をかけられてあたしと夢は立ち止まった。
振り向くと背の高い見知らぬ男が立っていた。
口にピアスを開け、沢山のアクセサリーを身につけている。
見るからに軽そうな男だ。
「お、こっちの子可愛いじゃん!」
男はそう言ったかと思うと突然あたしのかたを掴んで顔を寄せてきたのだ。
ギョッと目を見開いて男を見る。
「なにするんですか!」
夢が声を荒げてあたしと男の間に割って入った。

「なんだよお前。俺はこっちの子に用事があるんだよ」
「あたしたちは用事なんてありません!」
夢はキッパリと断るとあたしの手を引いて早足で歩きだした。
家まであと少しだけれど、男が追いかけてくる様子はない。
そのまま玄関に入り鍵をかけた。
ドアスコープから外の様子を確認してみると男はどこにもいなかった。
ふぅーと大きく息を吐き出してあがりかまちに腰を下ろす。
「追いかけてこなかったね」
「うん」
夢の言葉に頷いた時、ポケットの中でスマホが震えた。
すぐに確認してみると『すべての損失を与えました』という文字が表示されていた。
あたしと夢は目を見かわせる。
そして同時にニヤリと笑ったのだった。

☆☆☆

4人分の損失をまとめてみても大したことではなかった。
少し足をひねったけれど、シップも必要な程度のものだった。
これならやれる!
あたしの中に復讐への火が燃え広がっていくのを感じた。
翌日学校へ登校すると、美紀たちはちゃんと登校してきていた。
あんなことがあったのに靖と陸もちゃんといる。
愛子はあの後どうなったのかわからないけれど、ここにきているということは無事だったのだろう。
でも、みんな一様に顔色が悪かった。
特に靖は落ち着かず、ずっと教室内をキョロキョロと見回している。
「どうして休まなかったんだろうね」
4人を見てあたしは呟いた。
家にいるほうがまだ安全かもしれないのに、わざわざ登校してくるなんてバカみたいだ。
「それってさ、もしかしてアプリが関係してるんじゃない?」
夢の言葉にあたしは「どういうこと?」と、首をかしげた。
「ほら、自分で記入してた時には必ず学校内でって言葉を付けてたでしょう? それがいまでも反映されてるのかもよ?」
「アプリが学習したってこと?」
「そういうこと」
それならあり得るかも知れない。

これだけの恐怖を与えることができるアプリなのだ。
どんなことでもできてしまいそうだ。
「あの4人はアプリの言いなりってことだよね」
あたしの言葉に夢は頷く。
それはつまり、あたしたちのいいなりということでもある。
今日は4人ともすごく大人しいし、この調子が続くなら別に恐怖を与える必要もない。
「一旦アプリを止めてみようか」
「え、どうして?」
あたしの提案に夢は驚いている。
「今日もあの4人になにかがあったら、さすがに怪しまれるでしょう? 今日はひとまずアプリを止めて、それから再開させてもいいと思うんだけど」
今日はもうイジメられることもないだろうし、少し間が空いた方が恐怖はより大きくなる。
「まぁいいけど」
夢はしぶしぶと言った様子で頷いた。
あたしは夢の返事を確認してからスマホを机に出した。
そしてアプリを起動する。
「アプリの停止ボタンってどれだろう?」
「どこかにあるんじゃないの?」

探してみてもそれらしいものは見当たらない。
そういえば、最初にこのアプリを消そうとした時も消せなかったんだっけ。
「もしかして消すことも途中で止めることもできないのかな?」
どれだけ探してもそれらしいものは見つけられない。
「それならそれでいいじゃん。別に困ることはないでしょう?」
「そうだけど……」
4人への恐怖がどこまで続くのかわからない。
もしかしたら、一生……?
そう考えた瞬間背筋がスッと寒くなった。
もし一生続くのだとすれば、あたしへの損失も一生に続くということになる。
大した損失じゃないにせよ、昨日みたいな日常が続いて行くことになるのだ。
「靖子、顔色悪いけど大丈夫?」
「へ、平気だよ」
あたしは慌ててほほ笑んだ。
一生なんてそんなことあるはずないよね。
きっといつかは止まるはずだ。
結局あたしたちはアプリを止めることができないまま、次の恐怖が始まったのだった。

☆☆☆

最初に起きた異変は靖だった。
あのアプリの順番はちゃんと守られている。
休憩時間、靖は突然教室内で踊り始めたのだ。
普通のダンスじゃない。
まるで誰かに振り回されているように乱暴に踊り狂う。
近くの机や椅子をなぎ倒し、体をあちこちにぶつけても止まることができないのだ。
「誰か止めてくれ!」
靖の悲痛な叫び声が響く。
「昨日の女の仕業だ!」
靖には昨日見た幽霊が見えているみたいだ。
あたしと夢は教室の隅に移動して靖を見守った。
靖は涙をこぼし、止めてくれと叫びながら動き続けている。
美紀や愛子は恐怖から身を寄せ合い、陸は「どうなってんだよ!!」と頭を抱えてうずくまる。
まるで地獄絵図だ。
やがて数人の先生がやってきて靖の体は床に押さえつけられた。

それでもなお暴れようと体をはねさせ続けている。
「もう、嫌……」
美紀の泣き声が聞こえてきてあたしは目を見開いた。
あの美紀が泣いている!
咄嗟にスマホを取り出してうずくまっている美紀を撮影した。
夢も自分のスマホで美紀や靖のことを撮影しはじめた。
「最高だね」
夢が呟いたが、それは混沌とした教室内では誰にも気がつかれることのない言葉だった。

☆☆☆

「なんか、すごいことになったよね」
靖が早退させられてから声をかけてきたのは田淵さんと和田さんの2人組だった。
2人は時々あたしたちに声をかけてくれるようになっていた。
「ほんと、ビックリしたよね」
あたしと夢がニヤついた笑みを顔に張り付かせて答える。
「昨日からどうしちゃったんだろうね」
田淵さんはちょっとだけ顔色が悪くて、怖がっているのがわかった。
無関係なクラスメートを巻き込んでしまったことは少しだけ申し訳ないと思う。
でも、アプリは止まらない。
あたしたちでは、どうしようもないのだ。
それなら思いっきり楽しむことに専念したかった。
「幽霊が見えうるとか言ってたけど、美紀たちは靖が変な薬物をしてたんじゃないかって言ってたよ?」
夢がわざと大きな声で言った。
その瞬間泣いていた美紀がビクリと体を震わせてこちらを見た。
その目は睨んでいるけれど、いつもの怖さは消え去っていた。

「薬物って、冗談だよね?」
和田さんはメガネの奥の目を見開いて驚いている。
「靖と仲がいい美紀が言ってるんだから、本当のことなんじゃないの?」
あたしも、クラス全員に聞こえる声で言った。
「おいお前ら、好き勝手言ってんじゃねぇよ」
声をあげたのは陸だった。
昨日あれだけ虫を吐き出してくせに、やけに元気だ。
「あれ? 体調はもういいの?」
あたしはわざと陸に尋ねた。
陸は顔を赤くして睨みつけてくる。
キレやすい性格なのだ。
「怒るばっかりするから虫が出てくるんだよ」
夢はそう言って声を上げて笑う。
あたしもつられて笑ったが、誰も笑わなかった。
陸はチッと舌打ちをすると大股で教室を出ていった。
どこに行くつもりだろう?
次は陸の番なのに。
追いかけようかと思ったが授業開始まで1分を切っていたので、あたしたちはあきらめて教室に残ったのだった。

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