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断罪編

無知なる罪を知る

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   メーラに言い放たれた言葉に、ウイルザードとエリオットは打ち拉がれていた。

『核石の記憶でございますか。それは叶わないでしょう。よくよく考えてくださいませ、理由は今しがたの窓にて一目瞭然にございます。』

 魔獣戦への助勢を買って出るウイルザードとエリオットに、否と答えたメーラに二人は更に尋ねた。

 皇帝が、エンルーダ領主へ証書にて伝えた内容が、可能かどうかを。
 大魔法使いガラテアの精霊界送りと、記憶の読み込み。

 しかし其の返答は、先程のものだった。


「殿下、結局これから、どうなるのでしょうか。」
 
 見事なまでに城の中に男達の姿は無い。
 
 すれ違うは城の侍女ばかりの中、エリオットが、前を歩くウイルザードに向かって言葉を投げた。
 
 回廊で、侍女が壁際に寄り、頭を下げる。
 
 エリオットの言葉で、歩きながら思考するウイルザードの目に、王都シャルドーネでは忌避される明るい緑の髪色が、目に入った。 
 
 次第にエンルーダ城の地下部分に入る様で、人の声がする方向へとウイルザードとエリオットは進んで行く途中だ。

「、、、」

 尚続くエリオットの声で、ウイルザードは広間の入り口に着いた事に気が付く。

「どうやらエンルーダ領内の女や子供たちが此処に全部集められている様ですね。」

  ウイルザードとエリオットは食事を終えた後、待機する皇帝騎士達から数人を連れて、城内を回る事にしたのだ。

 天然の岩山に組み込む様式で建てられたエンルーダー城。
 城には非常時に使われる地下空間があるとメーラが説明した中央には広間があり、集められていたのは領民達の姿と見える。

「其の様だな。、、気のせいか、これまでも明るい髪色の侍女たちが居た様に感じたのだが。」
 
 集まる人々を前にウイルザードが投げかけた疑問に、エリオットが気不味げに答えた。

「実は噂には聞いていたんです。最近エンルーダは、シャルドーネから逃げて来た女性が多く来ていると。辺境修道院の受け入れ以外でもです。」

 エリオットの言葉でウイルザードが苦そうな表情をする。

 二人が広間に入って来た事で、領民に指示をしていた数人の女性が恭しく頭を下げた。エンルーダ領内の分家筋の夫人達なのだろう。

「髪色でか。」

 ウイルザードが礼を解く様に合図をする。連れて来た騎士は広間の戸口に立った。
 女性が殆どの広間では、ウイルザードを護衛する危険も無く、子女への気遣いを優先した様だ。

「そういえば、エリオットの婚約者は、「それは!もう過ぎた事です。」」

 ウイルザードの言葉を遮って否定するエリオットに、ウイルザードは目を見開いた。
 学園を卒業し、時間も経っているにも関わらず、ウイルザードが見るエリオットの顔は悔しそうに映る。

 何より緑の髪色をした侍女を見ていたエリオットの顔は何処か寂しげだった。

「いや、すまない、、、もしかしてなのだが、、エリオットが婚約破棄をした経緯を教えてくれないか。」

「あまり良い話では無いので、思い出したくはのですが。」

 平民は広間で一時的に保護をされるのか、貴族夫人達が指示する侍女等が食料や、毛布を配っている。其の様子に無駄は無く、テキパキと采配する夫人達も貴族だからと身分を声高にする風も無い。

「学園の卒業前に、親友が助言を受けたんですよ。ちょうど婚約者が他の女学生を陰湿に虐めていると、、最初は信じられませんでしたが、親友も嘘を付く様な人間ではありませんし、何よりも、
パメラ王子妃が其の様に言っているのならば間違いは無いだろうと、あの時は何故か思いましたので。」

 そう言うとエリオットがウイルザードをチラリと見てくる。が、ウイルザードの顔はエリオットの言葉に固まっていた。

「それは、、そういう訳だったんだな、、、」

 ウイルザードの様子に気付かないエリオットは、再び避難食料を配る様子に視線を向けながら、

「元婚約者は、其の後に修道院でも入ったのだと思います。相手の領地に本卒業の後に会いに行きましたが、もう家を出されていましたから。改心していると思いますが。」

 自分の鼻を人指し指で擦るエリオットが、エンルーダに付いて来た理由。ウイルザードには其れが垣間見えた気がする。

 それはきっとエリオットの癖で、其の癖の意味を、かつての婚約者は知っているのだろうがウイルザードには解らない。

「ならば、エンルーダに居るかもしれぬな。」

 ただ、此処に紛れも無く自分以外にパメラに嵌められた人間がいた事に、初めてウイルザードは思い知らされる。
 

「エリオット。実は、パメラに関してなんだが、、」

 周りの空気が急に薄くなった様な苦しさを胸に感じながら、ウイルザードがエリオットに言葉を投げかける。

「彼女自身、信用ができる人間では無かった。」

 しかしウイルザードの声はエリオットの声で掻き消され、エリオットの耳には届かない。

 広間を眺めていたエリオットの視線が奥まった場所を捉え、見開かれる。

「ウイルザード様、奥に数人の男性がいます。きっと他の領民ですよ!話を聞いてみましょうか?」

 エリオットはそう言うと、ウイルザードに広間の片隅を示した。
 確かに服装を見たところ貴族。男達であるなら確かにエンルーダの領民とは思えない。

「貴方は一体何処から来たのですか。エンルーダの方では無いですよね?」

 エリオットが走り寄り声をかけ、ウイルザードの姿を認めた相手が礼をする。

「これは殿下。私は、マウリオ領で商いをしております。ベイヤード商会、会頭のアーサーと申します。以後お見知りおきを。」

 そう言って、ウイルザードの方に膝を着く長身の男は、橙の髪が帽子の横から見える。其の顔と髪で、アーサーがマウリオ領の男爵嫡男、アーサー・ドゥ・マウリオだとウイルザードは理解した。

「アーサー殿は、このエンルーダにも店があるのか。」

 しかも敢えて、商会会頭の身分を告げてきているアーサーを、ウイルザードは真意を伺うべく鋭く見つめる。

「はい左様でございます。こちらの方に縁あって支店を置いております。商談で来させていただいておりましたらば、襲撃に遭い、一時避難として、こちらに店舗の使用人も全員案内されまして。」

 商人である微笑を湛えるが、アーサーの纏う空気には隙が無いのだ。

「それは災難ですね。店自体も心配でしょうし。」

 エリオットはアーサーの人好きする笑顔に好感を持った様に話を受けている。

「いえ、雇い人は避難させてもらえておりますし、我々は魔道通信を使いまして店の様子が見る事ができます。襲撃の方が落ち着きましたら、すぐさま戻ろうと考えております。」

 エリオットの気遣いにアーサーは笑顔を崩す事無く、自分の懐を抑えた。

 其処に件の魔道通信があるのだと示す。この調子で普段から商いを進めるのだろうが、

「そなた達は、魔道通信で外の映像が見えるというのか。」

 ウイルザードはアーサーの営業台詞に思考を止めた。

「はいそうでありますが、いかがされましたか。」

 意外そうな顔をするアーサーの真意は解らないが、今はウイルザードには伝が無いから。

「いや、実は先程、領主殿が魔獣戦に入ったと説明をされたのだが、其の様子を見る事が叶わない事を残念でな。できれば映像を見せてくれないか。」

 メーラから猿人魔獣について揶揄されてから、どうしても見てみたい気持ちがあったウイルザードは、アーサーの示す魔道通信の映像に飛びついた。

 
 広間を出て、アーサー達が割当られた部屋へとウイルザード達は案内される。

 平民とは別に一応、貴族位には部屋が充てがわれたとアーサーは回廊を歩きながら話す。

 そうして着いた部屋は、広間から1つ上の階にある場所。

 アーサーは懐から出した魔道通信の映像を、薄暗い部屋の中に拡大し、表示させる。

 位置から見てアーサー達の店からなのだろう。映像には、外に夥しい数の魔獣の後ろ姿が見えた。

「あれが猿人魔獣なのか、、」

「私どもも今回初めて見ましたので、はっきりとは申せませんが。」

 ウイルザード達に映像を見せながら、アーサーは自分たちの店の位置を説明する。

「私どもが構えております店は、エンルーダ領内でも一番賑やかな通りでございます。領民の生活に関係する店などが並ぶのですが、この辺りは早くから襲撃を受け、火が放たれ焼け出された者が沢山おりました。其の中で、この様に蠢いてるという事は間違い無く魔獣なのでございましょう。」

 アーサーはある部分を指差し示す。

「我々の様に、顔見知りの者は領民が声をかけて避難を誘導してくださいましたが、襲撃者たちは、捨て置かれておりました。私共はと領民ついて、城内結界に入って来たのでございますが、」

「領民は普段から非常時に決められた行動があるのか、、」

 ウイルザードが見る映像中では、猿人魔獣だけでは無く、確かに人の形をした者たちもいるが、既に其の多くは大量の血を流して食い散らかされてる状態。
 まともに人として歩いてる姿は無く、其処に蠢く黒い塊は人よりも何倍か大きい。

「全員避難しているならば、、この屍は敵という事か、、しかし、あれがそうなのか、、」

 ウイルザードとエリオットが前のめりに映像に近づき見るは、いくつもの赤い目を持つ生き物。

 猿というには何本もの腕を背中から蜘蛛の如く生やす姿。確かに2足歩行で顔つきは猿なのに、口は狼の様に張り出し不揃いな牙が下がる。

 魔獣であるのに、どこか溶けて不確定な身体が此の世の生き物の理を逸脱した悍ましさを感じる。

 途端にエリオットが青ざめて声を上げた。

「殿下!人では無いですか。」

 見れば片脚を捕まえられ、猿人魔獣に連れ出された黒ずくめの装束の人間がいる。店に隠れていたのを見つけ出された襲撃者といったところだろうか。

「殿下、これ以上先は見ない方がよろしいかと。」

 アーサーがウイルザードに嗜めるが、

『!!!!』

生憎映像は音声こそ聞こえないが見るも無残に、足を掴まれた襲撃者が、猿人魔獣の手で引き裂かれ口内へ放り込まれた様子を映し出す。

 猿人魔獣の大きな口から真っ赤な血飛沫が上がり、少しだけ手足が出た襲撃者の肉の塊が涎の様に、猿人魔獣の口にぶら下がった。
 それをめがけて他の猿人魔獣が、ぶら下がる手足を猿人魔獣の口内から奪い取るのが見える。

 ウイルザードとエリオット、アーサーが連れてきた商人や、騎士達も青ざめ無言で見つめた。

「見る限り、確かに残忍性が高いのは理解した。俊敏性は、いかなるものかだ。」

 沈黙を掻き消す様に発したウイルザードの言葉を聞いて、

「これもエンルーダ領民から聞いたのではございますが、いくつもの手を持つ猿でございます。エンルーダはゲリラ戦を得意としますが、猿人魔獣に手こずるのは、あの手を使って山林を動いたり、地面を動いたりするため、大変俊敏性が高い様でございます。」

 アーサーが言葉を繋げる。再び部屋に沈黙が訪れそうになるのを、エリオットが声を上げた。

「あの様な魔獣をエンルーダ領内全域に放った領主は、この後どうするのでしょうか?」

 ウイルザードも片手を顎に当てながらエリオットの考えに頷く。

「このままでは、エンルーダは全滅してしまい、そうすれば全てを支配した猿人魔獣魔が大量に隣の領に流れて行きかねない。結界内は安全だが、、一体エンルーダ領主は何を考えているのか、、、」


 魔道具通信の映像は、其のままエンルーダの様子を音も無く映し、猿人魔獣達の蠢く姿が広がる。
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