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真矢の章
第八話
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彼女が足を止めたのは、よくあるマンションの一室だった。
「ここ?」僕は恐る恐る尋ねる。
「うん」
「その、アキナリさんは居るの?」
「多分」
「まじで中入るの?」
「入るよ」
「え、なんで俺が入んないといけないの?」
「だから彼氏なんだから紹介しないとダメでしょ」
「ま?それ本気で言ってんの?」
「ま!もう覚悟を決めてよ」
彼女は紅くて柔らかそうな唇を尖らせている。
一方僕はチキり出していた。よく考えたらこんなのやべえ怖い。美少女のことは残念だが、危ない事には踏み込まずやっぱり帰ろうかなとさえ思い始めていた。
その時である。ドアノブが回り玄関の扉が開いた。
出てきたのは寝癖の立った髪に眼鏡を掛けたジャージ姿の男。
一見どこにでもいるニートであった。
「アッキー、どこ行くの?」ニートに彼女が声をかけた。
「おぅ、おぅ」
「だからどこ行くの?」
「おぅ?ああ、ちょっと撮影会に……って!おぅ、そいつ誰だ?」
「私の彼氏です」
美少女は僕の腕を掴んで頭を肩に寄せてきた。
「おぅ、おぅ。おめでとう!これからはユキもすべからく大いなる旅路を歩みたまえ」
「ちょっと、なんか軽すぎない?真矢くんに挨拶でもしたらどうなの?」
「あ、初めてお目にかかります。加藤真矢と申します」
突然振られた僕は思わず早口になる。
「おぅ、辻秋成です。よろしくおぅ、じゃあ、また後で」
アキナリは直ぐに背を向けて何処かに行ってしまった。
僕はどうしていいのか判らず所在なく立ち尽くす。
「ねえ、早く帰って来てよ!」
「おぅ、おぅ」
返事はしているが聞こえているのかどうか怪しい感じだ。
「もう、全く……」
彼女はなんだか、ダメ息子にやきもきするお母さんのようだ。
「ねえ、あれが例の誘拐犯の?」
思っていたのとだいぶ違ったせいか、なんだか現実感がない。
「そうよ。前はもうちょっと私に優しかったんだけど、あの人自分の興味がなくなったら、すぐあんな感じになるのよね」
彼女はどことなく不満げだ。
「あと気になったんだけど、君の名前はユキって言うの?」
ああ、そうだ忘れてた。彼女は独りごちる。
「島根雪。16歳です」軽く会釈をしてユキは言った。
「よろしく!」
僕はユキが自分と同い年だったことに、ちょっとだけ安心する。アキナリも思ったより普通そうな人だったし、これはわんちゃんあるかもな。早くもそんなことを考え始める。
「えっと、それでこれから僕はどうしたらいいの?」
「稼げ」 「はい?」
「私を養うためにお金を稼げ」
「なっ」
急な命令口調は完全に下心を見透かされたようにしか思えない。
すでに僕がある程度、自分の言うことを聞きそうなことを見抜いたのだろう。鋭い女である。ただし僕にとっても異論はない。
「分かった。だけど僕の家は人が二人住める大きさじゃないし、すっごい散らかってる。どうしたらいい?」
「私もアッキーから少しお金をもらってる。一緒に借りよ、アパート」
なんだか話が急速に進んでいる。ユキにアキナリ。何から何までわからないことだらけだが、僕はもう少し流れに身を任せてもいいような気がしてきた。ユキはかわいいし。
「でも万引きはもうしないでね」
ユキはかわいくない鋭い目つきを僕に向ける。
「分かった。万引きはもうしない。自分でお金を稼ぐ」
「それからアキナリさんのことは警察には言わないで。世間的に見たら悪い人なのかもしれないけど、私にとっては大切な人だから」
「もちろん言わないよ」
実際悪い人どころじゃねーけどな、と突っ込みたくなるが口には出さない。
「ありがとう。物分かりがいい!さすが真矢くん」
「当たり前だよ!さすが真矢くん」
僕も同じく自分を褒める。しかしどさくさに紛れてユキの胸に伸ばした手は、思いっきり弾かれるのであった。
絵を売ることで地道にお金が溜まってきた僕は、そろそろ冬の気配を感じることもあり、公園暮らしをやめてマンションを借りることにした。
僕には学がなく親を頼ることもできないので家を探すのに難航したが、その分自らの力で家を借りられたことは感慨深いものだった。僕は自らの住処を手に入れてから、本格的に自分だけの空間で3Dアートを作成し、それで得たお金でコンピュータをはじめ、必要な物を買い揃えた。最近ではメールで変わった依頼が入るのだ。リアルな動物の絵や立体的な天使の絵。直近では、部屋を大きく見せるための壁一面の大きな壁画を描いてくれ、というものまであった。
生活がある程度安定してくると、思い出されるのは桜のことだ。自分と同じく家出少女となった彼女は今どうしているのだろう。何をしてどんな生活を送っているのだろう。なんとかしてもう一度桜に会うことはできないものだろうか。僕は想いを馳せる。
だが連絡手段がない僕にとって、桜の居所を掴むのは無理な相談だった。パソコンを買ったことでメールは開通したが、僕は桜のメールアドレスを知らない。二人とも携帯電話や、最近発売されたというスマートフォンとやらも持っていなかった。僕のパソコンには「皆川桜」に関連する無数の検索履歴だけが空しく残っている。
それでも本業の方は順風満帆で、最近ではメールでちょこちょこ依頼が来るようになっていた。それをこなしていく日々のさなか、意外な人物からメールが届いた。美里さんからだ。
「真矢君、お久しぶり♪この前はありがとね!私真矢君が描いた絵をいっぱい写真撮ってたと思うんだけど、それ妹に見せたらすごいびっくりしてて、私も欲しいって言ってるの。ちょっとだけプライベートで妹と会ってくれないかな??」
僕はすぐに返信した。もちろんオッケーである。
美里さんより美人の妹とお知り合いになれるだって?なんだそれは。願ったり叶ったりじゃないか。早速テンションが上がってくる。自分でも思う、単純な奴だ。だけど人間なんて単純であるに越したことは無い。これは僕の持論である。
せっかく上がったテンションを無駄にしないように、僕は新しい3Dアートの製作を始める。
最近のマイブームは家電だ。家は借りたものの、家電は最小限のものしか買っていない。洗濯機や冷蔵庫は高いので、全部紙に書いて張り付けている。いわゆるトリックアートと呼ばれるものだ。
そのため一見僕の家は物で満ち溢れているように見える。実際にはパソコンと机と製図道具くらいしかないのだが。
それで今から何を書こう? そうだ!
僕が書き始めたのはおしゃれな観葉植物だ。美里さんの妹を家に連れ込める場合まで想定しておくのが、デキる男ってもんだろう?
「ここ?」僕は恐る恐る尋ねる。
「うん」
「その、アキナリさんは居るの?」
「多分」
「まじで中入るの?」
「入るよ」
「え、なんで俺が入んないといけないの?」
「だから彼氏なんだから紹介しないとダメでしょ」
「ま?それ本気で言ってんの?」
「ま!もう覚悟を決めてよ」
彼女は紅くて柔らかそうな唇を尖らせている。
一方僕はチキり出していた。よく考えたらこんなのやべえ怖い。美少女のことは残念だが、危ない事には踏み込まずやっぱり帰ろうかなとさえ思い始めていた。
その時である。ドアノブが回り玄関の扉が開いた。
出てきたのは寝癖の立った髪に眼鏡を掛けたジャージ姿の男。
一見どこにでもいるニートであった。
「アッキー、どこ行くの?」ニートに彼女が声をかけた。
「おぅ、おぅ」
「だからどこ行くの?」
「おぅ?ああ、ちょっと撮影会に……って!おぅ、そいつ誰だ?」
「私の彼氏です」
美少女は僕の腕を掴んで頭を肩に寄せてきた。
「おぅ、おぅ。おめでとう!これからはユキもすべからく大いなる旅路を歩みたまえ」
「ちょっと、なんか軽すぎない?真矢くんに挨拶でもしたらどうなの?」
「あ、初めてお目にかかります。加藤真矢と申します」
突然振られた僕は思わず早口になる。
「おぅ、辻秋成です。よろしくおぅ、じゃあ、また後で」
アキナリは直ぐに背を向けて何処かに行ってしまった。
僕はどうしていいのか判らず所在なく立ち尽くす。
「ねえ、早く帰って来てよ!」
「おぅ、おぅ」
返事はしているが聞こえているのかどうか怪しい感じだ。
「もう、全く……」
彼女はなんだか、ダメ息子にやきもきするお母さんのようだ。
「ねえ、あれが例の誘拐犯の?」
思っていたのとだいぶ違ったせいか、なんだか現実感がない。
「そうよ。前はもうちょっと私に優しかったんだけど、あの人自分の興味がなくなったら、すぐあんな感じになるのよね」
彼女はどことなく不満げだ。
「あと気になったんだけど、君の名前はユキって言うの?」
ああ、そうだ忘れてた。彼女は独りごちる。
「島根雪。16歳です」軽く会釈をしてユキは言った。
「よろしく!」
僕はユキが自分と同い年だったことに、ちょっとだけ安心する。アキナリも思ったより普通そうな人だったし、これはわんちゃんあるかもな。早くもそんなことを考え始める。
「えっと、それでこれから僕はどうしたらいいの?」
「稼げ」 「はい?」
「私を養うためにお金を稼げ」
「なっ」
急な命令口調は完全に下心を見透かされたようにしか思えない。
すでに僕がある程度、自分の言うことを聞きそうなことを見抜いたのだろう。鋭い女である。ただし僕にとっても異論はない。
「分かった。だけど僕の家は人が二人住める大きさじゃないし、すっごい散らかってる。どうしたらいい?」
「私もアッキーから少しお金をもらってる。一緒に借りよ、アパート」
なんだか話が急速に進んでいる。ユキにアキナリ。何から何までわからないことだらけだが、僕はもう少し流れに身を任せてもいいような気がしてきた。ユキはかわいいし。
「でも万引きはもうしないでね」
ユキはかわいくない鋭い目つきを僕に向ける。
「分かった。万引きはもうしない。自分でお金を稼ぐ」
「それからアキナリさんのことは警察には言わないで。世間的に見たら悪い人なのかもしれないけど、私にとっては大切な人だから」
「もちろん言わないよ」
実際悪い人どころじゃねーけどな、と突っ込みたくなるが口には出さない。
「ありがとう。物分かりがいい!さすが真矢くん」
「当たり前だよ!さすが真矢くん」
僕も同じく自分を褒める。しかしどさくさに紛れてユキの胸に伸ばした手は、思いっきり弾かれるのであった。
絵を売ることで地道にお金が溜まってきた僕は、そろそろ冬の気配を感じることもあり、公園暮らしをやめてマンションを借りることにした。
僕には学がなく親を頼ることもできないので家を探すのに難航したが、その分自らの力で家を借りられたことは感慨深いものだった。僕は自らの住処を手に入れてから、本格的に自分だけの空間で3Dアートを作成し、それで得たお金でコンピュータをはじめ、必要な物を買い揃えた。最近ではメールで変わった依頼が入るのだ。リアルな動物の絵や立体的な天使の絵。直近では、部屋を大きく見せるための壁一面の大きな壁画を描いてくれ、というものまであった。
生活がある程度安定してくると、思い出されるのは桜のことだ。自分と同じく家出少女となった彼女は今どうしているのだろう。何をしてどんな生活を送っているのだろう。なんとかしてもう一度桜に会うことはできないものだろうか。僕は想いを馳せる。
だが連絡手段がない僕にとって、桜の居所を掴むのは無理な相談だった。パソコンを買ったことでメールは開通したが、僕は桜のメールアドレスを知らない。二人とも携帯電話や、最近発売されたというスマートフォンとやらも持っていなかった。僕のパソコンには「皆川桜」に関連する無数の検索履歴だけが空しく残っている。
それでも本業の方は順風満帆で、最近ではメールでちょこちょこ依頼が来るようになっていた。それをこなしていく日々のさなか、意外な人物からメールが届いた。美里さんからだ。
「真矢君、お久しぶり♪この前はありがとね!私真矢君が描いた絵をいっぱい写真撮ってたと思うんだけど、それ妹に見せたらすごいびっくりしてて、私も欲しいって言ってるの。ちょっとだけプライベートで妹と会ってくれないかな??」
僕はすぐに返信した。もちろんオッケーである。
美里さんより美人の妹とお知り合いになれるだって?なんだそれは。願ったり叶ったりじゃないか。早速テンションが上がってくる。自分でも思う、単純な奴だ。だけど人間なんて単純であるに越したことは無い。これは僕の持論である。
せっかく上がったテンションを無駄にしないように、僕は新しい3Dアートの製作を始める。
最近のマイブームは家電だ。家は借りたものの、家電は最小限のものしか買っていない。洗濯機や冷蔵庫は高いので、全部紙に書いて張り付けている。いわゆるトリックアートと呼ばれるものだ。
そのため一見僕の家は物で満ち溢れているように見える。実際にはパソコンと机と製図道具くらいしかないのだが。
それで今から何を書こう? そうだ!
僕が書き始めたのはおしゃれな観葉植物だ。美里さんの妹を家に連れ込める場合まで想定しておくのが、デキる男ってもんだろう?
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