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第二章

第25話

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 二週間のカラオケ店での早朝アルバイトが終わったとき、美空の手元には目標よりもちょっとだけ足の出た金額が手に入った。初めて自分で労働をして手に入れたお金は、感無量という言葉がぴったりだった。

 二枚の一万円札と、小銭が少し。美空があまりにも嬉しそうにしているので、店長まで嬉しそうにしていた。封筒に入れられて手渡しという、レトロな受け渡しだったが、それが逆にずっしりとお金と労働の重みを伝えてくれた。

「坂木さん、すごくまじめに働いてくれたし、もしよかったらまたアルバイト来てね。短期でも長期でもいいし、冬休みとか時間あったらぜひ」

 ありがとうございます、と伝えてぜひまた来ますという言葉は飲み込んだ。美空の命は、残りも少なくなっていた。不思議とその焦りは感じなかった。まだ、やりたいことも、やれることもあると美空は思っていた。

 良くしてもらったこと、親切にしてくれたことを思い返すと、美空は急に込み上げてくるものがあった。もっと自分の命が長かったら、もっともっと、この人たちと共に働けたし、たくさん恩返しができたかもしれない。

 そう思うとお辞儀から顔を上げた時に、目が潤んでいた。それを見て店長も、周りにいたほかのバイトの人もぎょっとしながらも、照れ笑いしていた。美空もつられて、ついつい感動でとごまかした。また来てね、という言葉に、深々とお辞儀を返しながら。

 たくさんの経験と思い出を胸に、天国へと行きたい。美空は唇を引き結んで、店長に再度お礼を伝えた。店長は帰り際に割引券を渡してくれて、みんなで来てねとにっこり笑った。

 美空はもらったそれを眺めながら、学校へと向かうために駅へと歩いた。バイトをしてはみたものの、カラオケに友達と来たことがないなと、ふと冷静になって考えが及ぶ。

(せっかくならみんなで行ってみたい)

 美空は魔法のノートを取り出すと、〈クラスの友達とカラオケに行く〉と書いた。それを書き終わったときに、ベンチの後ろから夕が現れて、美空のノートを覗き込みながら「おはよう」と声をかけた。

「わ、先輩……! びっくりした。おはようございます」

「友達とカラオケ? すごく楽しそうだね」

 夕はにこにこ笑いながら美空の隣に腰を下ろした。肌寒い朝だった。夕はカーディガンの上からブレザーを羽織って、厚着をしている。美空がさっきもらったばかりのクーポン券を見せると、夕のひんやりとした指先が、美空の手に触れた。

「前、喧嘩したって言ってた、まゆちゃんたちと行ってきたら? 奈々ちゃんも誘って」

 お会計から四十%オフと書かれたそれを眺めながら、夕が提案をして、そういえばまゆはよくカラオケに行っていたなと思い出した。

「赤石さん、そういえばカラオケ好きって言ってました。先輩、よく知っていましたね」

 それにふふふと笑いながら、夕は電車が来るアナウンスを聞いて立ち上がった。手を伸ばしてきて、美空はノートをしまうと、その手を握る。

「僕は神様だからね」

 電車に乗り込んで座席に腰かけながら、夕がぽつりとつぶやいた。美空はさすがだなと思いながら、そういえば額にキスしてもらったことを思い出して、魔法が失敗していることを伝えようか迷って、そして止めた。

 本当に今度、完璧に魔法をかけられてしまって、忘れてしまったとしたら、あの思い出は天国へ持って行けない。

 あの、一瞬だけど現実とは思えない永遠の時を忘れたくなくて、魔法が失敗してくれたことに感謝しながら、美空はほっとして目をつぶった。

 早朝の電車は静かで、二人で指を絡ませて繋ぎ、ゆっくりと通り過ぎて行く駅を眺めた。あと何回、何十回、二人でこうして登校できるだろう。

 そこのサラリーマンは、今日も幸せな一日を送れるだろうか。あっちの仏頂面をしている高校生も、良い一日であってほしい。美空はそう思いながら、ゆっくりと呼吸をして、健やかに過ごせていることを心から感謝した。
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