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第3章 魔導競技大会

第22話 小屋

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 倒れ込んだニケを抱えて競技場を出たシオンが困ったのは、もしこの大惨事の原因がニケだと気づかれて、大事になることだった。それだけは避けるべきで、人に紛れて競技場から遠ざかりつつ、どうしようかと考え込んでいた時。

『そこの、巡回薬師』

 シオンが声のした方を見て、驚いた。そこには、数日前にルーメリアで出会った八つ目があるモグラの精霊がいた。

「ルーメリアの」

『あの時は世話になった。困っているだろう。こっちへ来い』

 言われて、シオンは逃げ惑う人々から外れて、精霊の導くままに町を抜けた。坂道の先の端にある路地裏へと案内されたかと思うと、そこには半分崩れたような石の階段があった。

『この先に、小屋がある。あと少しだ』

 シオンは壊れかけの石階段を上っていき、そこにひっそりと建てられた小屋の中へと入った。中は整理されていて、人が使っている気配がある。

『部屋の主は私の友人だ』

 精霊が信じろというので、入り口でためらっていたシオンは中へ入った。一通りの生活道具がそろっており、ベッドもあったのでそこにニケを寝かせた。

 ニケの呼吸は整っていて、熱もない。炎に焼かれた服のあちこちが焦げてはいるが、大きな火傷もしていないようだった。

「よかった、ニケ」

 シオンはその小屋にあった甕《かめ》から水を汲んでくると、薬箱から大きな葉を取り出して水で濡らし、ニケの顔まわりを拭いた。

 膨大な魔力を一気に消費し、疲れて寝てしまったニケの寝顔を見て、シオンはひとまずほっとした。

『さっきのあの大騒ぎ、この娘の力だろう?』

 入り口の土間から顔を出し、今やその姿をさらしている精霊は、布団によじ登ってきてニケの隣に鎮座した。長い鼻先で、ニケの匂いをクンクンとかいで、目をぱちくりさせている。そしてそのまま寝ているニケの隣に座り込んだ。

「イグニスに住んでいたのか?」

『わしが、このイグニスの守護精霊だ』

 モグラに似た金の精霊は、瞳を瞬かせた。

「……じゃあ、この小屋は」

 シオンがふと人の気配を感じて振り返ると、小屋の扉が開く。

 そこには、目深にフードをかぶった人物が立っていて、中に入ってくるなりそのフードを取った。

 葡萄酒のような深い赤味のある目立つ髪の毛。つり目の勝気そうな顔をした青年は「よお」と言いながらにやりとした笑みを口の端に乗せた。

「魔導士マグナ――」

 シオンが警戒すると、守護精霊が鼻をクンクンと動かした。

『案ずるな。危害を加えたりはせん。ここは、マグナの私的な隠れ家だ』

「そうそう。ここは誰も来ない。ほら、俺目立つから、一人になりたい時はここ来るんだよ。ところでウルム、俺はそのその小娘だけに用事があったわけで、この不愛想なにーちゃんには用事なかったんだけど」

 ウルムと呼ばれた金の精霊は、それに鼻を鳴らした。

『馬鹿を言うな。お前はいつもやり過ぎだ。今回は、いくら何でもこの子がかわいそうだ。魔力が強い人間が入国したと騒いだと思ったら、こんな形で確認する馬鹿がおるか。おかげで競技場が変形したぞ』

 ウルムは鼻先でニケをつつく。ニケがうーんと唸り声をあげて、ウルムの方へと寝返りを打った。ウルムが長い尻尾の先でニケの頬に触れると、ニケはなぜだか嬉しそうな顔をした。

「ちょっと確かめたかっただけなのに、あんなになるとは俺も思わなかったんだよ。あんな魔力、俺だって初めてだ。で、あんたさあ、そこのきれいな顔をしたにーちゃん。あんたは、その子どうするんだ? あぶねーぞ、あんなに魔力持ってたらさ」

 マグナは真面目な顔でシオンに告げた。

「俺より強い火の魔力だ。さすがにちょっと鳥肌が立った。しかも、制御もできてなくてどうするんだよ」

 シオンは椅子に深く腰掛けて、ニケを見た。そのまだ幼さが残る頬を指先で触れると、ニケの温かさが伝わってくる。

「どうにもこうにも……俺は、ニケを一人前の薬師にするだけだ」

「薬師だと? 馬鹿言うなよ、無理に決まってる。そんだけ魔力が強ければ、魔導士の方がいい。火の魔力が使えるなら、俺のところに置いておくのが一番だ」

 マグナは壁によりかかって、くつくつと笑った。

「見ただろ、その子の力を。薬師なんかにしておくのはもったいない魔力だ。魔導士になれば、大陸全てを手に入れられるほどの力だぞ。俺が預かって立派な魔導士にしてやる」

「断る」

 間髪入れずに鋭い声でシオンが告げると、マグナは目を細めた。やっと、マグナが本気の顔をする。

「薬師の夢は、この子の師匠と、この子の願いだ。それに、ニケには、まだ俺が必要だ」

「逆だろ。お前がその子を必要なんだ。お前、魔力ないだろ。その耳の宝石でごまかしてるみてーだけどよ。そんなんで、その娘を守れるわけないだろ」

 すやすやと寝ているニケを見つめたまま、それにシオンは答えなかった。

 *

「……わ、どうしよう寝過ごした! シオンに置いて行かれる……あれ?」

 騒がしく起きるニケに、シオンがあきれた顔をした。

 担ぎ込まれてしばらくは苦しそうに寝ていたのに、急に元気になって飛び起きるその体力に、半分シオンは驚いていた。

「置いて行かないから安心しろ」

「シオン!」

 ニケは飛び起きると、横に座っていたシオンに抱きついた。何度も名前を呼びながら、シオンの感触を確かめる。置いて行かれた夢を見たので、シオンをぎゅっと抱きしめたニケの力は強かった。

「良かった、置いて行かれなくて……私、あんないっぱい燃やしちゃったから嫌われたかと。怪我無い、焼けて無い? どっか痛いところは? 煙り吸っちゃわなかった?」

 シオンから離れたかと思うと、顔に手を当てて覗き込んで、矢継ぎ早に質問する。それにシオンは深くため息を吐くと、ニケの手に自分の手を添えてから、じっと彼女の顔を覗き込んだ。

「大丈夫だ。それより、ニケの身体は大丈夫か?」

「うん、大丈夫……なんか、ものすごい軽いし…懐かしい匂いがしていたんだけど」

 そう言ってニケが今さっきまで自分が寝ていた布団を見て、そこにいたモグラに似た精霊のウルムを見つけると歓喜の声を上げた。

「あなた、あの時の!」

『そうだ。その節の礼を返しに来た。元気は出たか?』

 ニケはウルムに向かって礼をする。そしてから「あの、抱きついてもいい?」と許可を取ってから、ウルムに抱きついた。精霊の感触はニケにとって一番懐かしくて落ち着くものだった。

『マグナが、悪いことをしたな、ニケ』

 マグナって何のことだと言わんばかりにニケが思っていると、精霊が鼻をクンクンと動かす。その鼻筋の先に立っていた男に、やっとニケは気がついた。

「え、もしかして、魔導士マグナ!?」

「初めまして、お嬢さん」

 どう見ても二十代そこそこの青年の姿は、シオンと同じくらいかそれよりも若く見える。ニケはぽかんと開いた口が塞がらなかった。

「もっと厳ついおじさんだと思っていた」

「そりゃどうも」

 マグナは肩をすくめてから、勝気な笑みを口の端に乗せた。
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