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第1章

第10話 職権乱用

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「ちょっと優しくするとつけあがるとは、お前の頭は湧いてんのか? 今俺はこの会社の社長で、お前はその社員で俺の部下だ。立場分かってるよな?」

「……すみません……」

「それに、会社の規約違反をあんなに堂々としておいて、おまけに俺に見つかっているっていうのに、口は減らないわ態度は図々しいわ、お前の方がよっぽど脳みそ腐ってるだろうが」

「……腐ってません……」

 芽生は口をすぼめる。

「理由を聞かせろ」

「はい?」

「あそこでバイトしている理由だ!」

「いや、そのそれは……」

 将来のためなのだが、それを伝えたところでどうにかなる問題ではない。あまりにも個人的な理由すぎるので、芽生が言うのをためらっていると、涼音が形の良い眉をピクリと動かした。

「俺に言えない理由か?」

「……そういうわけじゃ……」

「じゃあとっとと言え。俺は気が短いんだ。お前が言うまで、デスクには返さないからな」

「なにそれ、鬼すぎます!」

 ふふふ、と涼音は邪悪な笑みを見せる。

「ここでちんたらしているといいのか? 業務時間内に仕事を終えられるのか? 今この時間、仕事ができないということは作業がずれ込むということであって……お前の嫌いな残業をしないといけなくなるぞ?」

「職権乱用です!」

「なんとでも言え」

 芽生は眉根を寄せる。

「それとも、金が欲しいなら営業職にしてやろうか? 俺が人事部の部長に電話一本いれるだけで、お前は一瞬で営業職だ。まあ、家に帰るのは遅くなるけどな」

「それはダメです!」

 芽生が慌てて涼音に近寄って、机の上を叩くように手を乗せた。やっと慌てた芽生に、涼音が楽しそうな顔をする。

「それは、ダメです。止めてください」

「じゃあ、理由を言え」

 涼音の指が、内線番号を押すために電話に伸びる。芽生はとっさに机を避けて駆け出すと、涼音の横へと回りこんでその手を押さえつけた。

「言います、言いますから!」

「早く言えよ」

「家族のご飯を作っているんです、私が全部」

「ご飯?」

 それに芽生はうなずいた。

「飯くらい、外に食いに行くなり自分たちで作ればいいだろ」

「それじゃ、ダメなんです」

 芽生の表情に何か必死さをくみ取ったのか、涼音が、真顔になった。

「それじゃダメなんです。私たち、血がつながってないんで。父と私は繋がっていて、父の再婚相手が連れてきたのが弟二人です。母親はもう、交通事故で亡くなっています」

 それを聞いて、涼音は眉根を寄せた。

「私たちには、お互いの家族の接点となっていた母親がいません。だから、みんなで一緒に朝晩のご飯を食べる……この接点が薄れれば、私たちはすぐさま家族から、他人になれてしまうんですよ」

 芽生は、いつの間にか涼音の手をぎゅっと掴んでいた。

「それだけは、嫌なんです……」

 芽生はすがるように、涼音の手を見つめていた。
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