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第3章
第33話 逃げない
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「ちょ……涼音さ――」
「逃げるな、芽生。早く俺のこと好きになれよ」
切実な瞳が芽生を覗き込む。唇を指でなぞられて、芽生は言葉を飲み込むことしかできない。もう一度塞がれようとするのを、芽生が手で押さえた。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください!」
「嫌だ。待てない」
「ダメダメ!」
芽生は涼音の口を両手でふさぐ。そこでやっと、半眼になりつつ涼音の動きが止まった。
「平日なら、居酒屋来てくれたら、私がちゃんとご飯作りますから。今日は休みですけど。涼音さんのために、特別に、私がちゃんと作りますからっ!」
涼音はなおもソファに芽生を押し付けたまま納得のいかない顔をしている。むしろ、半分怒っているようだった。
「特別です、特別!」
「それで俺が納得するとでも思ってるのか?」
「あのね、涼音さん。私、人生でこんなこと言われるの初めてなんです。だから、その……分かんなくて。あなたを拒絶したいわけじゃなくて、私が追い付いていないだけなんです。だから、本当は謝りたくて今日だって来たのになんでこんな……。あのね、変な態度とってごめんなさい。私、逃げませんから」
涼音の顔から手をどかし、おずおずと彼の顔を芽生が見上げる。そのいじらしさに、ついもう一度唇を塞ぎたくなる衝動を、涼音は必死で抑え込んだ。
「逃げないけど、でも、待ってください。ちゃんと、頭が追い付いて、私が答え出るまで、待ってて欲しいんです……ダメかな?」
「俺はすぐに答えを出す方が好きだが。まあ今回は俺も特別だ。少しは猶予してやる」
その答えに、芽生がぱああと表情を明るくした。だけどな、と涼音は今一度芽生の腕を掴んだ。
「答えは待ってやるが、お前は俺のものだということに変わりはない」
「ちょっとそれ、なんか違くないですか!?」
「違くないぞ。俺は、欲しいものは手に入れる主義だ。お前は俺が首輪つけておかないと、すぐどっかに行きかねない」
涼音の脳内に、ちらりと海斗の顔が浮かんだ。
「そんなわけないでしょう。逃げないって今言ったじゃないですか。そんなに信用ないですか、私?」
「信用じゃなくて、お前に経験値がなさすぎるんだよ。だから隙だらけなんだ」
ほら、と引っ張って抱き寄せられ、芽生のむき出しの首筋に涼音の唇が触れる。
「ちょっと、涼音さん!」
「だから男にこんなことされるんだ」
耳に噛みつかれ、芽生は「ひゃあ!」とまたもや色気のない声を上げる。その声に涼音はくつくつと笑って芽生を離した。
「ほんと、お前って色気の欠片もないのな。なんだよひゃあって、子どもか」
「か、からかわないでよっ! バカ!」
齧られた耳を押さえて、全身真っ赤になっている芽生を見て涼音はさらに笑った。からかえばからかうほどに面白くて、ついつい涼音はいたずら心を出してしまう。
「とにかく。お前の口からの返事は待つけれど、YESだろうがNOだろうが、もうすでに俺のものだからな。これは変わらないぞ。雇用主だからじゃなくて、お前の全部は俺のものだ。何でもするって言ったんだから、俺のこと好きになれ。分かったか?」
「言ってることめちゃくちゃだって分かってます?」
「それがどうした?」
「……まともに話そうと思った私がバカでした。もう、どうしてそう傲慢なんですか。答え、考える意味あるのかって思っちゃうんですけど」
「だから考えなくてもいいぞ。無駄だろ、考えるだけ。素直に俺に愛されておけよ、経験値がゼロなんだから、俺が教えてやる」
「ちゃんと考えます!」
相当強情だなとそれに涼音は笑って、芽生は盛大にため息を吐いた。まさか、この野獣をどう調理しようかと、頭を悩ませる日々が来るとは微塵も予想していなかった。
しかし、好きになれとこんな風に差し迫られて、気にならないわけがない。涼音のことが嫌ではないことを自覚して、芽生は真っ赤になった。
「逃げるな、芽生。早く俺のこと好きになれよ」
切実な瞳が芽生を覗き込む。唇を指でなぞられて、芽生は言葉を飲み込むことしかできない。もう一度塞がれようとするのを、芽生が手で押さえた。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください!」
「嫌だ。待てない」
「ダメダメ!」
芽生は涼音の口を両手でふさぐ。そこでやっと、半眼になりつつ涼音の動きが止まった。
「平日なら、居酒屋来てくれたら、私がちゃんとご飯作りますから。今日は休みですけど。涼音さんのために、特別に、私がちゃんと作りますからっ!」
涼音はなおもソファに芽生を押し付けたまま納得のいかない顔をしている。むしろ、半分怒っているようだった。
「特別です、特別!」
「それで俺が納得するとでも思ってるのか?」
「あのね、涼音さん。私、人生でこんなこと言われるの初めてなんです。だから、その……分かんなくて。あなたを拒絶したいわけじゃなくて、私が追い付いていないだけなんです。だから、本当は謝りたくて今日だって来たのになんでこんな……。あのね、変な態度とってごめんなさい。私、逃げませんから」
涼音の顔から手をどかし、おずおずと彼の顔を芽生が見上げる。そのいじらしさに、ついもう一度唇を塞ぎたくなる衝動を、涼音は必死で抑え込んだ。
「逃げないけど、でも、待ってください。ちゃんと、頭が追い付いて、私が答え出るまで、待ってて欲しいんです……ダメかな?」
「俺はすぐに答えを出す方が好きだが。まあ今回は俺も特別だ。少しは猶予してやる」
その答えに、芽生がぱああと表情を明るくした。だけどな、と涼音は今一度芽生の腕を掴んだ。
「答えは待ってやるが、お前は俺のものだということに変わりはない」
「ちょっとそれ、なんか違くないですか!?」
「違くないぞ。俺は、欲しいものは手に入れる主義だ。お前は俺が首輪つけておかないと、すぐどっかに行きかねない」
涼音の脳内に、ちらりと海斗の顔が浮かんだ。
「そんなわけないでしょう。逃げないって今言ったじゃないですか。そんなに信用ないですか、私?」
「信用じゃなくて、お前に経験値がなさすぎるんだよ。だから隙だらけなんだ」
ほら、と引っ張って抱き寄せられ、芽生のむき出しの首筋に涼音の唇が触れる。
「ちょっと、涼音さん!」
「だから男にこんなことされるんだ」
耳に噛みつかれ、芽生は「ひゃあ!」とまたもや色気のない声を上げる。その声に涼音はくつくつと笑って芽生を離した。
「ほんと、お前って色気の欠片もないのな。なんだよひゃあって、子どもか」
「か、からかわないでよっ! バカ!」
齧られた耳を押さえて、全身真っ赤になっている芽生を見て涼音はさらに笑った。からかえばからかうほどに面白くて、ついつい涼音はいたずら心を出してしまう。
「とにかく。お前の口からの返事は待つけれど、YESだろうがNOだろうが、もうすでに俺のものだからな。これは変わらないぞ。雇用主だからじゃなくて、お前の全部は俺のものだ。何でもするって言ったんだから、俺のこと好きになれ。分かったか?」
「言ってることめちゃくちゃだって分かってます?」
「それがどうした?」
「……まともに話そうと思った私がバカでした。もう、どうしてそう傲慢なんですか。答え、考える意味あるのかって思っちゃうんですけど」
「だから考えなくてもいいぞ。無駄だろ、考えるだけ。素直に俺に愛されておけよ、経験値がゼロなんだから、俺が教えてやる」
「ちゃんと考えます!」
相当強情だなとそれに涼音は笑って、芽生は盛大にため息を吐いた。まさか、この野獣をどう調理しようかと、頭を悩ませる日々が来るとは微塵も予想していなかった。
しかし、好きになれとこんな風に差し迫られて、気にならないわけがない。涼音のことが嫌ではないことを自覚して、芽生は真っ赤になった。
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