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第4章
第46話 幸せの判断
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昼休みを告げるブザーが鳴るころには、芽生は今日の午前中にやるべき仕事はきっちり終わらせることができた。もう一度しっかりとバックアップを取り、そして何か言いたそうな部長に捕まらないようにそそくさと社食へと向かう。
データの紛失事件が起きてから、数日が経っているのだが、相変わらず誰がやったのか掴めないまま、神経質になりながら仕事に取り掛かっていた。
社食へ行くと、いつものように窓際の席に座ったところで、後ろから肩を掴まれた。驚いて振り返ると、長い髪の毛を一つに縛った、切れ長の目をした美人が立っている。
「真央! どうしたの、珍しい」
「やっほー、芽生! 今日は今から外回りだから、今食べ終わったところなの。そしたら芽生が入ってきたからさ」
にこにこと笑うと、その場に花が咲いたかのように可憐だ。この美人は、芽生と同期入社で営業一課に配属の花巻真央だった。新人研修で仲良くなったのだが、部署が違っているためになかなか連絡も取らず、こうして話すのも久しぶりだった。
「ところで芽生、噂になってるよー。あの御剣社長から、何かもらったんだって?」
「噂話って、どうして広がるのが早いんだろう。もらったんだけど、ちょっと事情があってね。怪我したところを助けたお礼に、プリンをもらっただけなんだよね」
「プリン!? なにそれ、めっちゃセンスいい!」
「真央、声大きい!」
真央は華やかなうえに、美人で目立つので、芽生は慌てて真央の声に驚いた周りの目を察知して彼女の口を封じた。
「だから、何でもないんだよね」
「ははーん、やっかまれちゃったかな。総務にだって同期いるんだから、話せば味方になってくれるよ?」
「同じようなこと、主任にも言われた。ちょっと考えてみる」
それに真央は芽生の背中をどんどんと叩いた。
「あの切れ者の優男、早川主任ね! いいねーいいねー! できる上司がいると、仕事頑張っちゃうよね! ま、頼れる人が一人でもいるなら安心したよ。一人で抱え込む癖あるんだから、たまには人に話しなよね。もちろん、私も含めて。私は芽生のこと好きだから、また何でも話して……っていけない、アポ間に合わなくなっちゃうから行くわ!」
「売れっ子営業は忙しいね。無理しないでね」
「もちろーん! 同期の成川と成約件数競ってんの。負けられないんだから頑張らなくっちゃ! じゃあね、芽生。今度電話しよ」
真央が軽やかに去っていくのを見送ってから、芽生は携帯電話を取り出した。涼音に、頼ってみようかなとふと思った。
『涼音さん、やっぱり心が折れそうです。今日、ちょっとだけ顔見たい……かも』
涼音にそれだけ文字で送ると、芽生は水を取りに立ち上がった。サーバーから水を汲んで、席に戻ろうとすると、ドンと後ろから誰かがぶつかってくる。水をこぼしてしまった芽生があたふたしていると、ぶつかった本人が振り返った。
「あ、三井さ——」
「媚び売ってんじゃねーよ。地味茂のくせに」
敵意のある目で、そう言われて、芽生は一瞬頭の中が真っ白になった。そして、言われたことに後から腹が立ってしまい、それでも怒らずに深呼吸をした。
「……媚なんて売っていません」
静かに、だけどはっきりと芽生が言葉を発した。すると、それが聞こえた三井と、その横にいた二人が眉根を寄せて芽生を振り返ってにらんだ。
周りでそれを聞いていた社員たちが、ざわざわし始める。芽生はこれ以上は事を荒立てないようにしようと、席に戻ろうとしたところ、三井が芽生の腕をがっつり掴んだ。
「あんたみたいな悲壮感漂わせて、かと思えば男や客には媚びへつらってにこにこしているような奴が嫌いなのよ。いかにも不幸ですっていうの、目障り」
それに芽生はさすがにカチンときた。三井の声に、周りが静まっていた。何事だと、多くの社員が注目してくる。
「三井さん。言わせてもらいますが、私の幸せは貴方ではなくて私が決める問題です。私の人生が幸せか不幸かどうかは、私が判断するんです」
芽生は静かにそう言い放った。三井が、芽生の胸倉を掴んでにらんできたので、芽生は眉根を寄せた。
データの紛失事件が起きてから、数日が経っているのだが、相変わらず誰がやったのか掴めないまま、神経質になりながら仕事に取り掛かっていた。
社食へ行くと、いつものように窓際の席に座ったところで、後ろから肩を掴まれた。驚いて振り返ると、長い髪の毛を一つに縛った、切れ長の目をした美人が立っている。
「真央! どうしたの、珍しい」
「やっほー、芽生! 今日は今から外回りだから、今食べ終わったところなの。そしたら芽生が入ってきたからさ」
にこにこと笑うと、その場に花が咲いたかのように可憐だ。この美人は、芽生と同期入社で営業一課に配属の花巻真央だった。新人研修で仲良くなったのだが、部署が違っているためになかなか連絡も取らず、こうして話すのも久しぶりだった。
「ところで芽生、噂になってるよー。あの御剣社長から、何かもらったんだって?」
「噂話って、どうして広がるのが早いんだろう。もらったんだけど、ちょっと事情があってね。怪我したところを助けたお礼に、プリンをもらっただけなんだよね」
「プリン!? なにそれ、めっちゃセンスいい!」
「真央、声大きい!」
真央は華やかなうえに、美人で目立つので、芽生は慌てて真央の声に驚いた周りの目を察知して彼女の口を封じた。
「だから、何でもないんだよね」
「ははーん、やっかまれちゃったかな。総務にだって同期いるんだから、話せば味方になってくれるよ?」
「同じようなこと、主任にも言われた。ちょっと考えてみる」
それに真央は芽生の背中をどんどんと叩いた。
「あの切れ者の優男、早川主任ね! いいねーいいねー! できる上司がいると、仕事頑張っちゃうよね! ま、頼れる人が一人でもいるなら安心したよ。一人で抱え込む癖あるんだから、たまには人に話しなよね。もちろん、私も含めて。私は芽生のこと好きだから、また何でも話して……っていけない、アポ間に合わなくなっちゃうから行くわ!」
「売れっ子営業は忙しいね。無理しないでね」
「もちろーん! 同期の成川と成約件数競ってんの。負けられないんだから頑張らなくっちゃ! じゃあね、芽生。今度電話しよ」
真央が軽やかに去っていくのを見送ってから、芽生は携帯電話を取り出した。涼音に、頼ってみようかなとふと思った。
『涼音さん、やっぱり心が折れそうです。今日、ちょっとだけ顔見たい……かも』
涼音にそれだけ文字で送ると、芽生は水を取りに立ち上がった。サーバーから水を汲んで、席に戻ろうとすると、ドンと後ろから誰かがぶつかってくる。水をこぼしてしまった芽生があたふたしていると、ぶつかった本人が振り返った。
「あ、三井さ——」
「媚び売ってんじゃねーよ。地味茂のくせに」
敵意のある目で、そう言われて、芽生は一瞬頭の中が真っ白になった。そして、言われたことに後から腹が立ってしまい、それでも怒らずに深呼吸をした。
「……媚なんて売っていません」
静かに、だけどはっきりと芽生が言葉を発した。すると、それが聞こえた三井と、その横にいた二人が眉根を寄せて芽生を振り返ってにらんだ。
周りでそれを聞いていた社員たちが、ざわざわし始める。芽生はこれ以上は事を荒立てないようにしようと、席に戻ろうとしたところ、三井が芽生の腕をがっつり掴んだ。
「あんたみたいな悲壮感漂わせて、かと思えば男や客には媚びへつらってにこにこしているような奴が嫌いなのよ。いかにも不幸ですっていうの、目障り」
それに芽生はさすがにカチンときた。三井の声に、周りが静まっていた。何事だと、多くの社員が注目してくる。
「三井さん。言わせてもらいますが、私の幸せは貴方ではなくて私が決める問題です。私の人生が幸せか不幸かどうかは、私が判断するんです」
芽生は静かにそう言い放った。三井が、芽生の胸倉を掴んでにらんできたので、芽生は眉根を寄せた。
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