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第5章
第55話 今夜は
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「美味しい、涼音さん?」
「うん、美味かった」
「良かった。全然会えなかったから、餓死してないかちょっと心配していたんですよ。まあ餓死寸前でここに来たみたいですけど」
「一言いつも多いよな。でもやっと会えた、芽生」
涼音の手が伸びてきて、芽生の頬に触れる。そして、引っ張った。
「痛いっ!」
「お前、さっきオーナーにここ触らせやがって。勝手に触らせてんじゃねーよ。お前は誰のものだ? ちゃんと言えるまで離さないから言わないとハムスターみたく顔の皮が伸びて頬袋ができるぞ」
(なんて横暴な!)
芽生はむっとしながらも「社長のです」と答えて手を引っぺがした。あえて役職で言ったところは芽生の反抗要素だったのだが、涼音はまあ今日はいいかと引き下がった。
「よっぽど疲れているんですね? 大丈夫ですか?」
「芽生、携帯は?」
ありますよ、と芽生がポケットから携帯を取り出した。貸して、と涼音が言うので手渡す。
「親、まだ起きてるか?」
「ええ、全員起きてます………あ、陸は寝たかも」
「親父さんに電話して、早く」
「はい?」
いいから、と急かされて、芽生はおずおずと電話をかける。
『もしもし、芽生——?』
「あ、父さん、ちょっと待って」
それを見ると、涼音が芽生から携帯電話をひったくった。芽生の制止を聞かずに、奪い取った電話を耳にあてて、勝ち誇ったような笑みを見せる。
「夜分遅くに申し訳ありません。市原商事の代表の市原と申します。いつも芽生さんにはお世話になっております」
「わ、わ、ちょっと涼音さん!」
うるさい、と目で黙らされて、芽生は涼音が食べ終わった食器をまとめつつ、様子を見守った。
「お嬢様に、明日早朝から頼みたいことがありまして、今晩はうちでお預かりさせていただきたいのですが………はい、はい。もちろんです。変なことは致しません。弊社の大変重要な案件についてですので………はい、ありがとうございます。失礼いたします」
電話をぷつっと切ると、芽生に返した。そのあまりの華麗な丸め込み作業に、芽生はびっくりして口をパクパクした。
「というわけだから、お前今夜は俺んち泊まれ」
「なにが、というわけですか! 勝手に決めないでくださいよ!」
「うるさいな。もう決まったことだ、つべこべ言うな。とっとと仕事終わらせろ」
芽生はぷんぷん怒りながら食器を片付けて、クローズ作業を始める。今日はお客の引きが早く、すでにほぼ片付いていたので、あっという間に有紀と二人で片づけ終わった。
「芽生、今日は社長のお家に泊まるわけ?」
「なんか、勝手にそんなことになっていますけど。まあ、明日も涼音さんの家で仕事なんで、結局は会うことに変わりはないのでちょっと通勤の手間が省けたと思えば」
「その割には納得いかない顔だけど?」
「だって有紀君、あんな強引な………まあ、今に始まったことじゃないけど。どうせ部屋も散らかっているんだろうし、こうなったらもう今夜から片付けてやる!」
やる気に溢れ出す芽生を見て、有紀はくすくすと笑った。
「まあ、気をつけて行っておいで。外で待っているんでしょ? 早く行ってあげなよ」
「いいの?」
「うん、もう終わるから大丈夫。ありがとう」
芽生はエプロンを外すと、帰り支度を済ませた。鞄を持って、上着を羽織る。
「じゃあ有紀君、お先に失礼しまーす」
「あ、芽生!」
裏口から出て行こうとする芽生の手を、有紀が引っ張った。そのまま強く引っ張ったのでよろけた彼女の身体を抱きとめる。
「有紀君?」
「もし、あの社長が芽生のこと泣かすようなら、俺が許さないからな。その時はちゃんと相談して」
有紀が芽生の頭をポンポンと撫でた。そのこそばゆさに、芽生は目をつぶる。
「じゃあ、気をつけてね。また明日」
芽生を裏口に押しやると、有紀は手を振った。芽生はその優しさに嬉しくなりつつ手を振り、そして入り口で待っていた涼音と合流した。
「うん、美味かった」
「良かった。全然会えなかったから、餓死してないかちょっと心配していたんですよ。まあ餓死寸前でここに来たみたいですけど」
「一言いつも多いよな。でもやっと会えた、芽生」
涼音の手が伸びてきて、芽生の頬に触れる。そして、引っ張った。
「痛いっ!」
「お前、さっきオーナーにここ触らせやがって。勝手に触らせてんじゃねーよ。お前は誰のものだ? ちゃんと言えるまで離さないから言わないとハムスターみたく顔の皮が伸びて頬袋ができるぞ」
(なんて横暴な!)
芽生はむっとしながらも「社長のです」と答えて手を引っぺがした。あえて役職で言ったところは芽生の反抗要素だったのだが、涼音はまあ今日はいいかと引き下がった。
「よっぽど疲れているんですね? 大丈夫ですか?」
「芽生、携帯は?」
ありますよ、と芽生がポケットから携帯を取り出した。貸して、と涼音が言うので手渡す。
「親、まだ起きてるか?」
「ええ、全員起きてます………あ、陸は寝たかも」
「親父さんに電話して、早く」
「はい?」
いいから、と急かされて、芽生はおずおずと電話をかける。
『もしもし、芽生——?』
「あ、父さん、ちょっと待って」
それを見ると、涼音が芽生から携帯電話をひったくった。芽生の制止を聞かずに、奪い取った電話を耳にあてて、勝ち誇ったような笑みを見せる。
「夜分遅くに申し訳ありません。市原商事の代表の市原と申します。いつも芽生さんにはお世話になっております」
「わ、わ、ちょっと涼音さん!」
うるさい、と目で黙らされて、芽生は涼音が食べ終わった食器をまとめつつ、様子を見守った。
「お嬢様に、明日早朝から頼みたいことがありまして、今晩はうちでお預かりさせていただきたいのですが………はい、はい。もちろんです。変なことは致しません。弊社の大変重要な案件についてですので………はい、ありがとうございます。失礼いたします」
電話をぷつっと切ると、芽生に返した。そのあまりの華麗な丸め込み作業に、芽生はびっくりして口をパクパクした。
「というわけだから、お前今夜は俺んち泊まれ」
「なにが、というわけですか! 勝手に決めないでくださいよ!」
「うるさいな。もう決まったことだ、つべこべ言うな。とっとと仕事終わらせろ」
芽生はぷんぷん怒りながら食器を片付けて、クローズ作業を始める。今日はお客の引きが早く、すでにほぼ片付いていたので、あっという間に有紀と二人で片づけ終わった。
「芽生、今日は社長のお家に泊まるわけ?」
「なんか、勝手にそんなことになっていますけど。まあ、明日も涼音さんの家で仕事なんで、結局は会うことに変わりはないのでちょっと通勤の手間が省けたと思えば」
「その割には納得いかない顔だけど?」
「だって有紀君、あんな強引な………まあ、今に始まったことじゃないけど。どうせ部屋も散らかっているんだろうし、こうなったらもう今夜から片付けてやる!」
やる気に溢れ出す芽生を見て、有紀はくすくすと笑った。
「まあ、気をつけて行っておいで。外で待っているんでしょ? 早く行ってあげなよ」
「いいの?」
「うん、もう終わるから大丈夫。ありがとう」
芽生はエプロンを外すと、帰り支度を済ませた。鞄を持って、上着を羽織る。
「じゃあ有紀君、お先に失礼しまーす」
「あ、芽生!」
裏口から出て行こうとする芽生の手を、有紀が引っ張った。そのまま強く引っ張ったのでよろけた彼女の身体を抱きとめる。
「有紀君?」
「もし、あの社長が芽生のこと泣かすようなら、俺が許さないからな。その時はちゃんと相談して」
有紀が芽生の頭をポンポンと撫でた。そのこそばゆさに、芽生は目をつぶる。
「じゃあ、気をつけてね。また明日」
芽生を裏口に押しやると、有紀は手を振った。芽生はその優しさに嬉しくなりつつ手を振り、そして入り口で待っていた涼音と合流した。
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