【完結】優しい君に「死んで」と言われたある夏の日

雪村

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一瞬の夏休み 桜side

伝えたい言葉

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「ずるいです。大人だから大丈夫って言わないでください。私は…これでもちゃんと考えているつもりです」

「…本当に?」

「はい」

「そっか。無駄な心配だったね」



私の頬から手がゆっくりと離れて行った。

しかし私がその手を掴む。

驚く表情をする才田さん。

私はそれでも離さなかった。



「私は、才田さんをお姉ちゃんと思っています。何かあったら協力したいんです。初めてこんなに私を可愛がってくれた人だから…」



最初よりもギュッと手を握って才田さんに伝える。

お父さんがかけてくれなかった言葉を才田さんはこの少ない期間で沢山言ってくれた。

姉を通り越して母親みたいな発言だってした。

でも私はそれが今でも嬉しく感じる。

さっき私を見つめて言った言葉だってお父さんからは貰えなかった心配の言葉だった。

年が近くても、血の繋がりがなくても、私は才田さんを家族のように思っている。

その気持ちを伝えるようにずっと手を握っていた。



「いこう」

「さ、才田さん!?」



私の手を離して急に立ち上がった才田さんはすぐさまお会計をしてお店を出る。

突然の行動に私は戸惑ってしまって、後ろをついて行くことしか出来なかった。



「乗っていいよ」

「わかりました…」



車に着くと助手席の扉を開けてもらって私は中に入る。

運転席に回った才田さんは、座って腰をかけると深呼吸をするように顔を上に向けた。



「あーもう…」


 
目を両手で押さえて耐えるような声を出す。

泣くのを我慢しているのだろうか。

それでも手の隙間から流れ出た涙は頬を伝っていた。



「流石にお店で泣けないよ…。正直言って結構悩んでた。好きだから始めた仕事を強制的に辞めさせられるなんて思いたくなかったから…」



震え声の才田さんはただ上を向いて喋る。

私は黙って見ている。

今は私から話すタイミングではない。

それはちゃんとわきまえていた。



「もう出来ないんだとわかっちゃった瞬間から自分に穴が空いた気がしたの。本当、どうすればいいんだろうって。…でも私よりも桜ちゃんの方が絶対辛いはずだから、、。だから連れて来たのに、私の方が励まされちゃった」



才田さんは手で涙を拭ってやっと私を見てくれた。

私は微笑んで頷く。

目が赤くなっている才田さんの姿は子供大人関係なく、普通の人だった。



「……お姉ちゃん」

「なぁに?」

「私のお願い聞いて欲しいの」



今1番願う、たった1つのお願い。

それはきっとお父さんではなく、才田さんにしか出来ない頼み事。

才田さんは私に話してくれた。

私もそれに返すようにケジメをつけよう。



「彼の……あの人の最後の日、最後の瞬間、私に会わせて」


私がその想いを伝えるのはきっと確定していたんだ。

それは私だけじゃなくて、少なくとも隣にいる才田さんもわかっていた。

驚く事なく才田さんは手を握る。

何回目の重なりだろう。

でも私は嫌なんて思わなかった。

むしろこの優しさをずっと感じていたい。



「8月24日。それが安楽死を実行する日になっているけど、桜ちゃんは耐えられる?」

「…耐えられない。けれど、私は会いたいです」

「うん。いいよ。妹のお願いならなんでも聞いてあげれるから」



私は手を握り返す。

2人の手は少し冷たさもあったけど、重なれば体温が上がった。



「それなら私は桜ちゃんを家に降ろした後、研究室に向かう。社長と話し合ってみるよ。でも安心して。絶対お願いは叶えるから」

「はい。…ありがとう、お姉ちゃん」

「うん」



私と才田さんはシートベルトをして車を発進させる。

まずこの車が向かうのは、私の家。

私は24日までにやる事がある。

学校の課題が疎かになっても構わない。

それ以上に大切な事だから。

才田さんの車は来た道を引き返すように進む。

助手席に乗って前を見つめる私の目は真剣だった。



ーーーーーー 

 

「決まったら連絡するね」

「はい。よろしくお願いします」

「任せて」



ドア越しに才田さんと約束を交わすと、私は車が見えなくなるまで立っていた。

完全に姿が消えたところで動き出して家の中に入る。

行きとは違い私の心は強く固まっていて、目の腫れも治りつつあった。

才田さんの言葉と少しの時間で私は冷静になれている。

家の中にはお父さんは居なく、私はリビングを通り越すと部屋へ駆け上がった。



「…あった」



部屋に投げてあった筒状に丸められた絵。

昨日涼が届けてくれたものだ。

まっすぐに整えて、掲げてみると全然未完成。

実行日まで約1週間。描けるか?



「描けるよ」



自分で問い、自分で答えを出す。

私は絵を机の上に置いてスマホを持つと涼のトーク欄をタップした。



【聞きたい事があるんだけど、電話してもいい?】

【いいよ~】



相変わらず返信が早くて助かる。

この時ばかりはそう思った。

私は早速涼に電話をかけると、すぐにだらけたような声が聞こえる。



「何~?」

「帰省中にごめん!どうしても聞きたい事があったの。この前行った海の場所を教えて欲しい。できれば道とか乗る電車とか!」

「な、何急に。その前に俺まだ福島じゃないんだけど」

「はぁ?昨日、お父さんに言ったのは営業トークだったわけ?」

「ちげーよ!ほら、今日の夜から雨がやばくなる予報だろ?ちょうど帰省から帰る時にはもっと凄い雨になるらしくてさ。延期になったんだよ」

「雨…?」

「ニュース見ればどこでもやってるぞ?大荒れの天気だってさ」

「嘘でしょ…」



涼からの情報では私は頭に手を当てる。

こんな時に限って雨予報。

しかも大荒れ。

これじゃあ海に行って絵を描くことは出来ない。



「てか、海行きたかったの?」

「絵をどうしても完成させなきゃいけないの。24日までに」

「24だと雨と被ってるなぁ…」 

「どうしよう…」

「流石に雨の中では無理だよな」

「うん…」

「んじゃあ今から行くか?」

「え…」

「雨は夜からだから間に合うはず。とりあえず晴れているうちに写真撮っていればそれ見て家でもかけるだろ?桜がいいなら案内する」

「でも」  



出来るならそうしたい。

今は正午を回ったばかりだから時間はまだある。

でも私の事情で涼に迷惑をかけてしまうのではないか?

言葉が詰まっていると涼が呆れ声で話しかけて来た。



「もう、行くぞ。15分後に駅集合。じゃあまた後で」



音がなったと思ったら電話を切られていた。

いつもなら愚痴を言うけど、今日は涼の勢いにお礼を言いたい。

ああいう風に言ってくれなかったらきっと今でもダラダラ悩んでいただろう。

私は大きなバッグに画材と画用紙を丁寧にしまう。

ある程度の荷物も持って、部屋から出た。

駅までは10分あれば着ける距離だ。

私は少しでも早く、と思い玄関から出ると鍵をしめて小走りで駅へと向かった。

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