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本編
対馬国の現状(興味のない方は飛ばして下さい)
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1538年9月『筑前国・大宰府』種子島少弐時堯・10歳
さて、俺は対馬国に侵攻する決断をしたが、そのためには今の対馬国の現状を理解しなければならない。そしてそれは中世の日本と朝鮮の交易を理解することになる。本来日朝の交易は通交使節による進上と回賜、朝鮮国による公貿易、日朝双方の商人による私貿易の三つの形態が組み合わさったものであった。
しかし以前の日朝交易は、朝鮮から見れば海賊を取り締まる為に仕方なく始めた事で、公貿易は利益を産み出すものではなく国庫を圧迫する要因となっていた。また朝鮮国内における通交者の滞在費・交易品の輸送も朝鮮側が担っており、こうした負担も無視出来ないものだった。
日本経済の発達に伴い交易量が増大した結果、朝鮮はこうした負担に耐えられなくなり、交易の制限を図るようになった。それに対し、対馬国は山がちで耕地が少なく土地を通じた領国支配は困難であったため、宗家は通交権益を有力庶家や地侍に権利として貸与することで家臣化していた。
宗家は対馬国を完全に支配下に置くべく動いていたが、主家である少弐氏の敗勢により九州北部の領地を失い、代わりに家臣に通交権益を与える必要が強くなっていた。だから朝鮮国とに公貿易の拡大を望んでおり、貿易の制限は受け入れらなかった。そのため、宗家は様々な手段で公貿易の拡大を図り、朝鮮王国と問題を引き起こしてきた。
1443年の嘉吉条約により、朝鮮は対馬から通交する歳遣船(毎年派遣される使送船)の上限を年間50隻に定めた。それに対し宗家は特送船(緊急の用事で送る使送船)を歳遣船の定数外とし、島主歳遣船(宗家本宗家名義の歳遣船)とは別に有力庶家名義の歳遣船を認めてくれ、また島主歳遣船の上限を引き上げるよう要求したが、これは朝鮮から拒絶されてしまった。さらに対馬島外勢力や実在しない勢力名を騙った新たな通交者の偽使を仕立て上げ、通交の拡大を図った、完全な詐欺である。
当時の日朝貿易における日本側の輸出品は胡椒・丹木・朱紅・銅・金等であり、朝鮮側の輸出品は綿布だった。朝鮮は綿布の国庫備蓄が底をつくことを恐れ、1488年に綿布の交換レートの引き上げを行い、1494年には金・朱紅の公貿易を禁止し、1498年には銅の公貿易も禁止した。
それに対し宗家は、それまでは外交交渉のために使用していた特送船を使って、銅の輸出を図った。1500年に朝鮮に訪れた宗家の使者は、11万5千斤の銅を持ち込むが、朝鮮は3分の1を買い取り、残りは持ち帰らせた。2年後、再度訪れた使者は残余の買い取りを迫ったが、朝鮮は綿布の交換レートを引き上げた上での3分の1の買い取りを提示し、交渉は物別れに終わった。翌々年、三度交渉するが不調に終わった。1508年にもまた同様の交渉が行われたが、こうした大量の銅は、宗家が新たに入手したものではなく、朝鮮が交易の制限を強化していく中、対馬・博多において大量に不良在庫となって溜まってしまった銅だった。
朝鮮の最初の予定では、三浦は入港場にすぎず、日本人の定住は想定していなかった。しかし対馬は土地が痩せていて、島内で過剰人口を養う事は出来なかった。そのため貿易の関係者以外にも三浦に定住する対馬人・日本人があらわれた。
彼らは日本人居住地の範囲を超えて朝鮮国内に広がってしまい、ついには田地を購入して耕作や朝鮮半島沿岸での漁業、密貿易など様々な活動を行いだした!
朝鮮は、彼ら日本人が海賊になることを恐れ、検断権(警察・司法権)・徴税権といった行政権を行使できず、日本人有力者による自治に任せる状態だった。この状況が拡大して、日本人が続々と増えていく事恐れて、宗家に日本人を朝鮮国内から引き上げさせてくれと度々要請していた。
しかし宗家は、朝鮮国内の日本人を支配下に置いていなかった。だから領主権を確立するために、朝鮮国内の日本人を自身の支配下にある対馬へ移動させる事にに熱心だった。しかし1436年の送還により宗家の支配下にない者達が一掃された事で、以降三浦は宗家の派遣する三浦代官の支配するところとなった。
その結果、朝鮮の3つの湊(釜山浦・薺浦・塩浦)は、宗家の領地同然となり、朝鮮から対馬に日本人を移動させる事に消極的になった。結局三浦の日本人人口は1436年の206人から、1466年には1650余人、1494年には3105人まで急増することになってしまった。
日本人の増加に伴い、日本人が三浦付近の漁場を独占してしまった。海賊を取り締まってもらう為に3つの湊を開港したのに、朝鮮国ににいる日本人が海賊となったり密貿易を行ったりした。しかも日本人と朝鮮人が癒着し、三浦周辺朝鮮人が税を納めなかったり、朝鮮人が海賊になったりしてしまっていた。
15世紀末、こうした事態に耐えかねた朝鮮国は、朝鮮国内に住む日本人に対して強硬姿勢で対応することにした。辺将を使って納税の正常化を行い、三浦の日本人代官の協力を得た上ながら、海賊行為を働いた者を捕らえて処刑するなど、それまで朝鮮国内の日本人に対し行えなかった検断権・徴税権行使を試みるようになった。また三浦の辺将に中央高官を任命し、厳重な取締りを行わせた。こうした中、無実の日本人が海賊と間違われて斬られるといった事件が起こって、日本人の不満は爆発してしまった。
薺浦・山浦・巨済島で、倭人たちが宗家の援軍を得て、倭人抑圧政策の変更を朝鮮国にせまった。守令・辺将を血祭りにあげ山浦の僉使営を攻めおとし、薺浦僉使・金世均をとりこにし山浦僉使李友曽を殺した。巨済島でも襲撃が行われ、広範囲に及ぶ大規模な侵攻があった。倭軍は山地では東萊府を攻め、薺浦では熊川城を包囲したて陥落させるなど、破竹の勢いをみせた。
しかし最終的には、慶尚道都元帥(軍総司令官)柳順汀を指揮官とする中央から派遣され、鎮定軍の総攻撃により薺浦は陥落、倭軍は295名の戦死者を出して対馬へ撤退した。撤退後の和平交渉で、宗家は不利な条件を受け入れることになった
この事件により日朝の国交は断絶状態となった。これは宗氏以外の全ての受職人(朝鮮から官位を貰っている者)・受図書人(通交許可を受けている者)に対しても同様であった。しかしながら、交易で生計を立てている対馬と、胡椒・丹木・銅などの輸入を対馬に全面的に依存している朝鮮の双方は、折り合いを付ける必要に迫られ、1512年、壬申約条により和解が成立した。
1:恒居倭の廃止
2:薺浦のみを開港
3:島主歳遣船を従来(癸亥約条)の50隻から25隻へ半減
4:島主特送船・興利倭船の禁止
5:歳賜米・豆を200石から100石へ半減
など、生業の大部分を朝鮮関係に依拠する対馬にとって大変厳しいものであった
三浦・宗家が得た交易可能な3つの湊(釜山浦・薺浦・塩浦)
壬申約条において通交に制限を加えられたのは、宗家のように朝鮮にとって陪臣にあたる者達であり、朝鮮と同格である日本国王(室町幕府)の使節の通交を制限するものではなかった。経済的に困窮した宗家はこの点に着目し、日本国王使の偽使を仕立て上げ通交を行おうとした。偽使の派遣は三浦の乱以前にも行われていたが、三浦の乱をきっかけに本格化することになった。
また宗家は交易目的だけではなく、三浦の乱や蛇梁倭変の講和のような重要な交渉時にも、交渉を有利にするため、偽の日本国王使を派遣した。その結果、三浦の乱後の1511~1581年までの間、日本国王使は22回通交することになるが、その中で本物の日本国王使は2回に過ぎず、残りの20回は宗家の仕立て上げた偽使であった。この偽使の派遣により、壬申約条による交易の制限は事実上有名無実化されることになる。
日本国王使の派遣には朝鮮が室町幕府に発行する象牙符が必要であった。象牙符は大友家と大内家が所持するものであり、偽の日本国王使の派遣には大友家、大内家の協力が欠かせず、宗家は両家との関係の緊密化に努力していた。
さて、俺は対馬国に侵攻する決断をしたが、そのためには今の対馬国の現状を理解しなければならない。そしてそれは中世の日本と朝鮮の交易を理解することになる。本来日朝の交易は通交使節による進上と回賜、朝鮮国による公貿易、日朝双方の商人による私貿易の三つの形態が組み合わさったものであった。
しかし以前の日朝交易は、朝鮮から見れば海賊を取り締まる為に仕方なく始めた事で、公貿易は利益を産み出すものではなく国庫を圧迫する要因となっていた。また朝鮮国内における通交者の滞在費・交易品の輸送も朝鮮側が担っており、こうした負担も無視出来ないものだった。
日本経済の発達に伴い交易量が増大した結果、朝鮮はこうした負担に耐えられなくなり、交易の制限を図るようになった。それに対し、対馬国は山がちで耕地が少なく土地を通じた領国支配は困難であったため、宗家は通交権益を有力庶家や地侍に権利として貸与することで家臣化していた。
宗家は対馬国を完全に支配下に置くべく動いていたが、主家である少弐氏の敗勢により九州北部の領地を失い、代わりに家臣に通交権益を与える必要が強くなっていた。だから朝鮮国とに公貿易の拡大を望んでおり、貿易の制限は受け入れらなかった。そのため、宗家は様々な手段で公貿易の拡大を図り、朝鮮王国と問題を引き起こしてきた。
1443年の嘉吉条約により、朝鮮は対馬から通交する歳遣船(毎年派遣される使送船)の上限を年間50隻に定めた。それに対し宗家は特送船(緊急の用事で送る使送船)を歳遣船の定数外とし、島主歳遣船(宗家本宗家名義の歳遣船)とは別に有力庶家名義の歳遣船を認めてくれ、また島主歳遣船の上限を引き上げるよう要求したが、これは朝鮮から拒絶されてしまった。さらに対馬島外勢力や実在しない勢力名を騙った新たな通交者の偽使を仕立て上げ、通交の拡大を図った、完全な詐欺である。
当時の日朝貿易における日本側の輸出品は胡椒・丹木・朱紅・銅・金等であり、朝鮮側の輸出品は綿布だった。朝鮮は綿布の国庫備蓄が底をつくことを恐れ、1488年に綿布の交換レートの引き上げを行い、1494年には金・朱紅の公貿易を禁止し、1498年には銅の公貿易も禁止した。
それに対し宗家は、それまでは外交交渉のために使用していた特送船を使って、銅の輸出を図った。1500年に朝鮮に訪れた宗家の使者は、11万5千斤の銅を持ち込むが、朝鮮は3分の1を買い取り、残りは持ち帰らせた。2年後、再度訪れた使者は残余の買い取りを迫ったが、朝鮮は綿布の交換レートを引き上げた上での3分の1の買い取りを提示し、交渉は物別れに終わった。翌々年、三度交渉するが不調に終わった。1508年にもまた同様の交渉が行われたが、こうした大量の銅は、宗家が新たに入手したものではなく、朝鮮が交易の制限を強化していく中、対馬・博多において大量に不良在庫となって溜まってしまった銅だった。
朝鮮の最初の予定では、三浦は入港場にすぎず、日本人の定住は想定していなかった。しかし対馬は土地が痩せていて、島内で過剰人口を養う事は出来なかった。そのため貿易の関係者以外にも三浦に定住する対馬人・日本人があらわれた。
彼らは日本人居住地の範囲を超えて朝鮮国内に広がってしまい、ついには田地を購入して耕作や朝鮮半島沿岸での漁業、密貿易など様々な活動を行いだした!
朝鮮は、彼ら日本人が海賊になることを恐れ、検断権(警察・司法権)・徴税権といった行政権を行使できず、日本人有力者による自治に任せる状態だった。この状況が拡大して、日本人が続々と増えていく事恐れて、宗家に日本人を朝鮮国内から引き上げさせてくれと度々要請していた。
しかし宗家は、朝鮮国内の日本人を支配下に置いていなかった。だから領主権を確立するために、朝鮮国内の日本人を自身の支配下にある対馬へ移動させる事にに熱心だった。しかし1436年の送還により宗家の支配下にない者達が一掃された事で、以降三浦は宗家の派遣する三浦代官の支配するところとなった。
その結果、朝鮮の3つの湊(釜山浦・薺浦・塩浦)は、宗家の領地同然となり、朝鮮から対馬に日本人を移動させる事に消極的になった。結局三浦の日本人人口は1436年の206人から、1466年には1650余人、1494年には3105人まで急増することになってしまった。
日本人の増加に伴い、日本人が三浦付近の漁場を独占してしまった。海賊を取り締まってもらう為に3つの湊を開港したのに、朝鮮国ににいる日本人が海賊となったり密貿易を行ったりした。しかも日本人と朝鮮人が癒着し、三浦周辺朝鮮人が税を納めなかったり、朝鮮人が海賊になったりしてしまっていた。
15世紀末、こうした事態に耐えかねた朝鮮国は、朝鮮国内に住む日本人に対して強硬姿勢で対応することにした。辺将を使って納税の正常化を行い、三浦の日本人代官の協力を得た上ながら、海賊行為を働いた者を捕らえて処刑するなど、それまで朝鮮国内の日本人に対し行えなかった検断権・徴税権行使を試みるようになった。また三浦の辺将に中央高官を任命し、厳重な取締りを行わせた。こうした中、無実の日本人が海賊と間違われて斬られるといった事件が起こって、日本人の不満は爆発してしまった。
薺浦・山浦・巨済島で、倭人たちが宗家の援軍を得て、倭人抑圧政策の変更を朝鮮国にせまった。守令・辺将を血祭りにあげ山浦の僉使営を攻めおとし、薺浦僉使・金世均をとりこにし山浦僉使李友曽を殺した。巨済島でも襲撃が行われ、広範囲に及ぶ大規模な侵攻があった。倭軍は山地では東萊府を攻め、薺浦では熊川城を包囲したて陥落させるなど、破竹の勢いをみせた。
しかし最終的には、慶尚道都元帥(軍総司令官)柳順汀を指揮官とする中央から派遣され、鎮定軍の総攻撃により薺浦は陥落、倭軍は295名の戦死者を出して対馬へ撤退した。撤退後の和平交渉で、宗家は不利な条件を受け入れることになった
この事件により日朝の国交は断絶状態となった。これは宗氏以外の全ての受職人(朝鮮から官位を貰っている者)・受図書人(通交許可を受けている者)に対しても同様であった。しかしながら、交易で生計を立てている対馬と、胡椒・丹木・銅などの輸入を対馬に全面的に依存している朝鮮の双方は、折り合いを付ける必要に迫られ、1512年、壬申約条により和解が成立した。
1:恒居倭の廃止
2:薺浦のみを開港
3:島主歳遣船を従来(癸亥約条)の50隻から25隻へ半減
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など、生業の大部分を朝鮮関係に依拠する対馬にとって大変厳しいものであった
三浦・宗家が得た交易可能な3つの湊(釜山浦・薺浦・塩浦)
壬申約条において通交に制限を加えられたのは、宗家のように朝鮮にとって陪臣にあたる者達であり、朝鮮と同格である日本国王(室町幕府)の使節の通交を制限するものではなかった。経済的に困窮した宗家はこの点に着目し、日本国王使の偽使を仕立て上げ通交を行おうとした。偽使の派遣は三浦の乱以前にも行われていたが、三浦の乱をきっかけに本格化することになった。
また宗家は交易目的だけではなく、三浦の乱や蛇梁倭変の講和のような重要な交渉時にも、交渉を有利にするため、偽の日本国王使を派遣した。その結果、三浦の乱後の1511~1581年までの間、日本国王使は22回通交することになるが、その中で本物の日本国王使は2回に過ぎず、残りの20回は宗家の仕立て上げた偽使であった。この偽使の派遣により、壬申約条による交易の制限は事実上有名無実化されることになる。
日本国王使の派遣には朝鮮が室町幕府に発行する象牙符が必要であった。象牙符は大友家と大内家が所持するものであり、偽の日本国王使の派遣には大友家、大内家の協力が欠かせず、宗家は両家との関係の緊密化に努力していた。
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