伊勢山田奉行所物語

克全

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第2章:ハンセン氏病

第18話:詮議

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 奉行所の御奉行は、白洲で咎人に罪状と量刑を言い渡すだけの役目だ。
 罪状と量刑を決めるのも、決めるための証拠を集めて検討するのも、与力同心の仕事なのだが、山田奉行所には江戸町奉行所にはいない支配組頭がいる。

 今回の咎人は、事もあろうにその支配組頭に無礼を働いた。
 それも、御奉行が裁可を下した事に真っ向から逆らった。
 そのお調べが生易しいはずがなかった。

 公衆の面前で作法を破った直訴という、愚かな事をやった大世古町の龍大夫家だけでなく、山田三方年寄家とされている全ての家の当主が調べられた。

 それも、与力同心が家を訪ねて聞き取りを行うような生易しいものではない。
 奉行所に呼び出されて取り調べを行うような物でもない。
 事もあろうに、拝田村にある牢に放り込まれての取り調べだ。

 牢屋の管理を任されている拝田衆には、奉行所から一日二升の費用が渡されているが、食事などは一切支給されない。

 穢れの有る拝田衆とは共に食事をしない、同じ火を使わないという不文律があり、咎人の食事は家族親戚が届けるのだが、その度に牢番に心付けが必要になる。

 奉行所が拝田衆に渡している二升の米も奉行所が負担する責任などない。
 それ以上の負担が咎人の家族親戚に命じられる。

 咎人の家族親戚が負担しなければいけない費用はそれだけではない。
 実際に咎人を捕らえるのは奉行所の与力同心ではなく、下役を務める拝田や牛谷の番太捕方なのだ。

 彼らは捕らえた罪人一人につき縄代千文、酒代を百文請求できた。
 請求先は個人ではなく山田三方会合衆になる。

 今回も事もあろうに会合衆を含めた山田三方年寄家当主全員だ。
 残された家族が支払いを拒めるわけもなく、大きな臨時収入となっていた。

 咎人を出した山田三方年寄家の負担はとても大きい。
 何よりも大きかったのは、御師宿の悪い評判だった。

 単に奉行所に逆らっただけでなく、正禰宜の神宮家に逆らった不信人者で、そのような御師の案内で参詣しても御利益がないという評判が広まったのだ。

 最初は将軍家や大大名家の御師を務めている事で強気だった連中も、その噂に広がりの早さと、檀家が御師替えをする準備をしている事に顔色を変えた。

 これまでも採算の取れない地方の檀家を、御師が売買する事はあった。
 採算の合わない遠方檀家を、その地方に強い御師に売る渡す事はあった。
 だが悪い評判で檀家衆から御師を変えられる事はなかったのだ。

 特に慌てたのが将軍家の御師を務め、八百石の役料を頂いている春木大夫で、このままでは将軍家から見限られると思い込んだ。

 何と言っても御奉行は幕府将軍家の信任を受けて派遣されてきているのだ。
 これを機に、外宮の御師を檜垣屋に変えられてしまうかもしれない。

 内宮で将軍家の御師を務める山本数馬大夫家は、役料を二百石しか貰っていない。
 この機会をとらえて地位向上を図らない訳がない。

 奉行所に訴えて柘植家と檜垣屋に味方する可能性が高い。
 そう春木大夫は思い込んでしまった。

 幕府将軍家を敵に回してしまったら、これまで順調だった御師宿経営が破綻するのは明らかだった。

 春木大夫家が旦那場としていたのは、伊勢国松阪、尾張国名古屋、今尾、三河国吉田、岡崎、挙母、常陸国水戸、完戸、手綱、美濃国高須、高富、信濃国飯野、陸奥国白川、守山、泉、湯長屋、越前国福井、越後国高田、糸魚川、丹後国宮津、美作国津山、備後国福山、紀伊国若山、讃岐国高松、伊予国西条、日向国延岡だ。

 幕府将軍家に詳しい者が見れば気が付く事だが、御三家、親藩、譜代が中心だ。
 奉行所を敵に回して将軍家の機嫌を損ねたら檀家衆が一斉に離れてしまう。

「全て正直に申し上げます。
 直訴は、大世古町の龍大夫が他の会合衆と語らって行った捏造でございます。
 畏れ多くも、己の欲望を満たす為だけに行った狂言でございます。
 私は脅かされて同意してしまいましたが、心から悔いております。
 罪は私一人だけ、家族は知らなかったのでございます。
 非役の山田三方年寄家も知らされていませんでした。
 悪いのは会合衆を務めていた山田三方年寄家だけでございます。
 どうか寛大なお裁きをお願い致します」
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