伊勢山田奉行所物語

克全

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第2章:ハンセン氏病

第19話:裁可

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 直訴にも作法がある。
 駕籠訴で守らなければいけない作法は以下の通りだ。
 
1:訴え出る者は、紋付きの羽織と袴で正装しなければいけない。
2:訴状は「上」と上書きした紙に包まなければいけない。
3:先を二つ割にした青竹の棒の先に挟んで持たなければいけない。
4:訴状を捧げて行列の前方から近づかなければいけない
5:供侍が妨げるのを、諦めずにもう一度訴え出なければいない。
6:再度供侍が妨げるのを諦めず、三度目の訴えをしなければいけない。
7:ここで初めて供侍が再三の訴えに仕方なくと言って取り次ぐ。

 訴えを受け取った者は、事情聴取のために訴人の身柄を拘束するが、事情聴取の為で処罰の為ではない。

 事情聴取によって身許が確認され、訴えに嘘偽りがなく、正当な内容だと認められれば解放される。

 ただし、身元引受人が必要になる。
 基本的には領主や代官が身許引受人になるのだが、自分が訴えられていたとしても、訴人を処罰する事はできない。

 そんな事をしたら、訴人を引き渡してくれた者の面目を潰す事になるからだ。 
 だから奉行所の不正を訴え出るのなら、ご支配の御老中に訴えるのが筋だ。

 正当な理由で作法通りの直訴をすれば、厳しい処罰は受けない。
 正規の届け出をするようにと口頭で注意されるだけだ。

 厳罰に処せられるのは、直訴の内容が虚偽で、自分が利を得るために罪なき者を陥れようとした時や、徒党を組んで騒動狼藉を行った場合だ。

 大世古町の龍大夫は自分の訴えが不当なのを重々承知していた。
 だから御奉行はもちろん御老中にも直訴できない。
 そんな事をして調べられたら、極刑を受けると分かっていた。

 そこで採ったのが、公衆の面前で柘植定之丞に訴えて罪を捏造する事だった。
 そうすれば、まだ若い柘植定之丞は対処できないと高を括っていたのだ。
 それが見事に論破され、髷まで斬り飛ばされて大恥をかいた。

 いや、大恥では済まず、山田三方年寄家全体が謀略を仕掛けたと言われた。
 全ての山田三方年寄家に入牢を申しつけられ、厳しい取り調べを受けた。
 次々と減刑を願って自白する者が現われ、龍大夫は逃れようがなくなった。

「山田三方会合衆、龍大夫。
 その方、己の私利私欲を満たすため、御上の役目を務める柘植定之丞を陥れようと偽りの直訴を行った事、許し難し。
 本来なら厳しいお咎めを下すところなれど、訴えられた柘植定之丞自身が減刑を申し出ているので、罪一等を減じて軽追放とする」

「はっ、ありがたき幸せでございます」

「他の会合衆も、己の私利私欲を満たすため、御上の役目を務める柘植定之丞を陥れる謀議を企てた事、許し難し。
 本来なら厳しいお咎めを下すところなれど、訴えられた柘植定之丞自身が減刑を申し出ているので、罪一等を減じて所払とする」

「「「「「ありがたき幸せでございます」」」」」

 咎人全員が、御奉行、大岡美濃守忠移が言い渡すのに素直に従う。
 事前に咎人本人と家族を含めた関係者の間で根回しが行われていたのだ。

 中追放以上の刑を受けると、田畑だけでなく家屋敷まで没収されてしまう。
 軽追放なら没収されるのは田畑だけですむ。
 多くの町屋を持ち、御師宿を営む山田三方年寄家には死活問題だった。

 当然裏では付け届けが飛び交った。
 特に一番の権力者である御奉行と、当事者である柘植家には莫大な付け届けが送られ、とんでもない臨時収入となった。

 軽追放を受けた龍大夫は、伊勢、江戸十里四方、京、大坂、東海道筋、日光、日光道中に立ち寄る事が許されなくなり、檀家衆の縁を頼って近場の紀伊に逃れた。

 所払いを受けた他の山田三方年寄家当主は、山田三方からは出て行かなければいけなかったが、伊勢国内の他に村に住む事は許されているので、親戚のある松阪や桑名に向かった。
 
「定之丞様、これで何も心配いらないのでしょうか。
 山田三方の会合衆を気にする事なく、癩病の勧進を行えるでしょうか」

 柘植定之丞を茶庵に迎えたゆうが心配そうに訴える。

「しばらくは大人しいと思うが、再び財力を蓄えると、つけあがって何をしだすか分からない。
 常に噂を集め、何を企んでいるのかを知らなければならない」

「檜垣屋にできる事なら何でもやらせていただきます」

「では以前隠居に言っていたように、山田三方以外の伊勢参宮街道の宿場に御師宿を造るのだ。
 そこで勧進を行う時に、癩病を使ってやればいい」
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