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第3章:おかげ犬
第29話:御恩
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「柘植定之丞様の事でとても大切な話がございます。
御主人様か柘植様に近しい方にお取次ぎ願います」
暮れ六つを少し回った頃、檜垣屋の裏門に、伊勢神楽の時に銭を拾う拝田衆がやって来て取次を頼んだ。
表向きの取り決めでは、非人は家の門から内側に入ってはいけない。
だがそんな事を守っていたら、伊勢神楽の時に檀家衆が身を祓い清め祈願するために行う撒き銭ができなくなる。
撒き銭を拾うのは穢れを一身に受ける拝田衆や牛谷衆と決まっているのに、卑しい山田の人間が檀家衆の撒いた銭を拾う事件が度々起きている。
奉行所からも厳しく咎められた恥知らずな行いだった。
つまり、本音と建前なのだ。
神領内と神領外では非人の扱いが全く違うのだ。
拝田衆や牛谷衆は、非人であろうと同じ神宮に仕える者なのだ。
何かの事件で捕らえられた者が、非人が禁じられている事をやったと愚かな供述しない限り、奉行所も山田の衆も見て見ぬふりをしているのだ。
「少し待っていなさい、直ぐに大番頭さんを呼んできます」
裏の門番をしていた下男が急いで大番頭に報告した。
往復の時間しか待たされることなく、直ぐに大番頭がやって来た。
「柘植定之丞様について重大な話があるというのは本当ですか」
僅かな偽りも許さぬ。
どのような嘘も見抜いて見せる。
そんな鋭い視線で出入りの拝田衆を見ている。
「はい、柘植定之丞様の命に係わるかもしれません」
「こちらについてきなさい」
大番頭は一旦裏道に出て右に進んだ。
そこには檜垣屋の蔵があり、門を通ることなく中に入る事ができる。
拝田衆を神楽殿に向かわせる時、裏門から入れると茶庵の前を通る事になる。
檜垣屋も拝田衆も誰かに言い掛かりをつけられる事は避けなければならない。
だから拝田衆は蔵を通って屋敷に入り、裏庭に出る事無く使用人用の脇道を通る。
そのまま檀家衆の目に触れることなく神楽殿用の中庭に入る事ができた。
今回は脇道にまで行く事もなく、蔵の中で話せば済んだ。
「怪しい人間が牢番に近づき、柘植定之丞様が捕らえられた博徒に毒を盛って欲しいと言ってまいりました。
直ぐに断らず、礼金を吊り上げるように見せかけて、もう一度来るように仕向けましたので、柘植定之丞様にお伝えいただきたいのです」
「よく知らせてくれました、大手柄です。
ですが、何故知らせてくれたのですか。
そのまま毒を盛れば、結構な額の礼金が手に入ったはずです。
貴方達なら、渡された毒ではなく、本当の病気に見せかけられる毒が手に入る。
貴男が直接頼まれたのなら別ですが、牢番が頼まれたのなら、柘植定之丞様はもちろん檜垣屋への義理もないでしょう」
「確かに、牢番個人は柘植定之丞様にも檜垣屋にも御恩を受けておりません。
ですが柘植定之丞様からは、お返しできないほどの御恩を拝田が受けたのです。
与力同心がいる所で、同心を差し置いて拝田衆を一番に褒めてくださいました。
今回の事も、それを逆恨みした同心の仕業と聞いております。
ここで御恩返しなければ、拝田の恥でございます」
「なるほど、そう言う事なら信じましょう。
ですが、何故直接柘植定之丞様にお伝えしないのですか」
「黒幕が拝田を見張っているかもしれません。
これまで出入りのない柘植様の屋敷に行くのは危険だと言う者がいたので、檜垣屋様から伝えていただこうと、出入りの私が来させていただきます」
「よく気がついてくれました。
拝田衆がそこまで気を付けてくれているのを、檜垣屋が台無しにするわけにはいきません。
貴男がここに来たのを疑われないように、明日神楽を行いますので、戻って準備をしてください」
「はい」
「どうやって疑われることなく柘植定之丞様にお伝えするかですが……
お嬢様に行っていただくのが一番良いかもしれません。
しばらく来てくださっていませんから、恋焦がれたお嬢様が押しかけた事にすれば、敵の目を誤魔化せるかもしれません」
「大番頭さん、我々が疑われなければ数日は時間稼ぎができるはずです。
お嬢様の評判を落とすような事をしなくても良いと思うのですが」
「そうですか、そうかもしれませんね。
ここで定之丞様が逃げられないようにするのも、一つの手段だと思ったのですが、お嬢様の評判が落ちては何にもなりませんね。
分かりました、定之丞様にお知らせする方法は後で考えましょう。
貴男はさっき言ったように、明日の神楽を頂いたと大げさに喜んでください」
「はい、そのようにさせていただきます」
御主人様か柘植様に近しい方にお取次ぎ願います」
暮れ六つを少し回った頃、檜垣屋の裏門に、伊勢神楽の時に銭を拾う拝田衆がやって来て取次を頼んだ。
表向きの取り決めでは、非人は家の門から内側に入ってはいけない。
だがそんな事を守っていたら、伊勢神楽の時に檀家衆が身を祓い清め祈願するために行う撒き銭ができなくなる。
撒き銭を拾うのは穢れを一身に受ける拝田衆や牛谷衆と決まっているのに、卑しい山田の人間が檀家衆の撒いた銭を拾う事件が度々起きている。
奉行所からも厳しく咎められた恥知らずな行いだった。
つまり、本音と建前なのだ。
神領内と神領外では非人の扱いが全く違うのだ。
拝田衆や牛谷衆は、非人であろうと同じ神宮に仕える者なのだ。
何かの事件で捕らえられた者が、非人が禁じられている事をやったと愚かな供述しない限り、奉行所も山田の衆も見て見ぬふりをしているのだ。
「少し待っていなさい、直ぐに大番頭さんを呼んできます」
裏の門番をしていた下男が急いで大番頭に報告した。
往復の時間しか待たされることなく、直ぐに大番頭がやって来た。
「柘植定之丞様について重大な話があるというのは本当ですか」
僅かな偽りも許さぬ。
どのような嘘も見抜いて見せる。
そんな鋭い視線で出入りの拝田衆を見ている。
「はい、柘植定之丞様の命に係わるかもしれません」
「こちらについてきなさい」
大番頭は一旦裏道に出て右に進んだ。
そこには檜垣屋の蔵があり、門を通ることなく中に入る事ができる。
拝田衆を神楽殿に向かわせる時、裏門から入れると茶庵の前を通る事になる。
檜垣屋も拝田衆も誰かに言い掛かりをつけられる事は避けなければならない。
だから拝田衆は蔵を通って屋敷に入り、裏庭に出る事無く使用人用の脇道を通る。
そのまま檀家衆の目に触れることなく神楽殿用の中庭に入る事ができた。
今回は脇道にまで行く事もなく、蔵の中で話せば済んだ。
「怪しい人間が牢番に近づき、柘植定之丞様が捕らえられた博徒に毒を盛って欲しいと言ってまいりました。
直ぐに断らず、礼金を吊り上げるように見せかけて、もう一度来るように仕向けましたので、柘植定之丞様にお伝えいただきたいのです」
「よく知らせてくれました、大手柄です。
ですが、何故知らせてくれたのですか。
そのまま毒を盛れば、結構な額の礼金が手に入ったはずです。
貴方達なら、渡された毒ではなく、本当の病気に見せかけられる毒が手に入る。
貴男が直接頼まれたのなら別ですが、牢番が頼まれたのなら、柘植定之丞様はもちろん檜垣屋への義理もないでしょう」
「確かに、牢番個人は柘植定之丞様にも檜垣屋にも御恩を受けておりません。
ですが柘植定之丞様からは、お返しできないほどの御恩を拝田が受けたのです。
与力同心がいる所で、同心を差し置いて拝田衆を一番に褒めてくださいました。
今回の事も、それを逆恨みした同心の仕業と聞いております。
ここで御恩返しなければ、拝田の恥でございます」
「なるほど、そう言う事なら信じましょう。
ですが、何故直接柘植定之丞様にお伝えしないのですか」
「黒幕が拝田を見張っているかもしれません。
これまで出入りのない柘植様の屋敷に行くのは危険だと言う者がいたので、檜垣屋様から伝えていただこうと、出入りの私が来させていただきます」
「よく気がついてくれました。
拝田衆がそこまで気を付けてくれているのを、檜垣屋が台無しにするわけにはいきません。
貴男がここに来たのを疑われないように、明日神楽を行いますので、戻って準備をしてください」
「はい」
「どうやって疑われることなく柘植定之丞様にお伝えするかですが……
お嬢様に行っていただくのが一番良いかもしれません。
しばらく来てくださっていませんから、恋焦がれたお嬢様が押しかけた事にすれば、敵の目を誤魔化せるかもしれません」
「大番頭さん、我々が疑われなければ数日は時間稼ぎができるはずです。
お嬢様の評判を落とすような事をしなくても良いと思うのですが」
「そうですか、そうかもしれませんね。
ここで定之丞様が逃げられないようにするのも、一つの手段だと思ったのですが、お嬢様の評判が落ちては何にもなりませんね。
分かりました、定之丞様にお知らせする方法は後で考えましょう。
貴男はさっき言ったように、明日の神楽を頂いたと大げさに喜んでください」
「はい、そのようにさせていただきます」
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