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第3章:おかげ犬
第35話:裏切り
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取り調べの場が一気に緊張に包まれた。
丁子屋重五郎は黒幕がいたと申し立てているが、それを証明する物は何もない。
足代勝大夫に続いて岡田重蔵まで関わり合いを否定するば、自供主義の奉行所では厳しい取り調べをするしかないが、それには限度がある。
それに、そのやり方は、岡田重蔵もよく知っている方法なのだ。
岡田重蔵がその取り調べに耐え続ければ、処罰できなくなる。
問題は平民の足代勝大夫が厳しい取り調べに耐えられるかだが、地下権禰宜の役と従五位下の官位を金で買っているので、取り調べにも限度がある。
先の山田三方年寄家の裁きは、柘植定之丞が無礼討ちを手札に脅しを加え、仲間割れを誘導したから処罰できたが、同じ方法が二度も成功するとは限らない。
何より当代の足代勝大夫は、父親がその方法で所払いにされたのを知っていて、それでも柘植定之丞を殺そうとしているのだ。
少なくとも自分では取り調べに耐えられると思っているのかもしれない。
何より官位を持つ者を処罰する難しさは、少し前に起った宝暦事件で明らかだ。
宝暦事件では、諸藩の有志を糾合して徳川家重公から将軍職を取り上げ、日光へ追放する倒幕計画まで立てられていたが、処刑された者は一人もいない。
徳大寺、正親町三条、烏丸、坊城、中院、西洞院、高野の七人が朝廷から追放され永蟄居とされたが、所払いにもなっていない。
他にも出川公言、高倉永秀、西大路隆共、町尻説久、町尻説望、桜井氏福、裏松光世が落飾を命じられて仏門に入っているが、彼らも遠島や所払いにはされていない。
宝暦事件の本質が、天皇と摂関家の権力争いだとしても、幕府が直接公家に厳しい処分をしないようにしている事が伺える。
「申し訳ございません。
私は組下の身でしたので、旅右衛門様の命に逆らえなかったのです。
最初は古市の目溢しを命じられました。
同じ組下の主水同心一同の生活が懸かっていましたので、従うしかなかったのですが、それが間違いでした。
そのままずるずると深みにはまり、もう引き返せなかったのです。
ですがこれだけは信じてください。
清廉潔白で漢気も兼ね備えた柘植様の事は、心から尊敬しておりました。
襲撃を撃退される事を心から願っておりました」
「亀谷旅右衛門、岡田重蔵はこう申しているが、間違いはないか」
「間違いだらけ、大嘘でございます」
「では、丁子屋重五郎から賄賂を受け取り、賭場を見逃していたのも間違いで大嘘だと申すのか」
「はい、全ては、岡田重蔵が丁子屋重五郎から賄賂を受け取って、勝手にやって事でございます。
岡田重蔵の悪事を見抜けなかった事には忸怩たる想いで、己が非才を恥じる余りですが、私がやらせた事ではございません」
「足代勝大夫、亀谷旅右衛門と岡田重蔵はこう申しているが、どちらの申す事が正しいのだ」
「私には何の事だかさっぱりわかりません。
御師として穢れを恐れて生きて来ておりますので、古市の事は一切分かりません」
このままのらりくらりの亀谷旅右衛門と足代勝大夫が逃げきるかに思われた。
現役の与力と地下権禰宜を相手に、笞打や石抱のような牢問を行うのは少々躊躇われる。
そもそもここ数年は牢問が行われていないのだ。
拷問どころか牢問すら、やらねばならないのは目付の無能だと考えられている。
それを覚悟で断じて行ったとしても、万が一牢問で自白を得られなかった場合は、御老中に釣責や海老責のような拷問を行っていいか、許可を求めなければいけない。
そうなれば内々で済ます事は不可能になる。
奉行の大岡美濃守としては、できる事なら避けたい方法だった。
「では新たな証人に入ってもらおう。
亀谷旅右衛門の家族、組下同心、入れ。
足代勝大夫の家族と奉公人も同様に入って参れ」
亀谷旅右衛門と足代勝大夫が唖然とするのは当然だが、何も聞かされていなかった奉行の大岡美濃守も茫然としていた。
「皆の者、外で取り調べの内容は聞いていたな。
特に亀谷幾之丞、その方は父の言葉をどう思った」
「恥ずかしく、腹を切って詫びたい思いでございました。
もし父がこのまま卑怯な振る舞いを続けるのであれば、この手で討ち果たした後で腹を切ってお詫びいたします」
「幾之丞、何を申しているのだ」
亀谷旅右衛門は嫡男の言葉に思わず聞き返していた。
「足代勝大夫の末弟喜十郎、その方は兄の言葉をどう思った」
「地下とは言え、権禰宜の役目を頂いている神職として、あまりにも情けない限りでございます。
兄が足繁く悪所に通っていた事は、家族も奉公人も知っていた事でございます。
そんな恥知らずな大噓つきが申す事でございます。
全て噓でございます。
兄が柘植様を襲った事、神に誓って間違いございません」
丁子屋重五郎は黒幕がいたと申し立てているが、それを証明する物は何もない。
足代勝大夫に続いて岡田重蔵まで関わり合いを否定するば、自供主義の奉行所では厳しい取り調べをするしかないが、それには限度がある。
それに、そのやり方は、岡田重蔵もよく知っている方法なのだ。
岡田重蔵がその取り調べに耐え続ければ、処罰できなくなる。
問題は平民の足代勝大夫が厳しい取り調べに耐えられるかだが、地下権禰宜の役と従五位下の官位を金で買っているので、取り調べにも限度がある。
先の山田三方年寄家の裁きは、柘植定之丞が無礼討ちを手札に脅しを加え、仲間割れを誘導したから処罰できたが、同じ方法が二度も成功するとは限らない。
何より当代の足代勝大夫は、父親がその方法で所払いにされたのを知っていて、それでも柘植定之丞を殺そうとしているのだ。
少なくとも自分では取り調べに耐えられると思っているのかもしれない。
何より官位を持つ者を処罰する難しさは、少し前に起った宝暦事件で明らかだ。
宝暦事件では、諸藩の有志を糾合して徳川家重公から将軍職を取り上げ、日光へ追放する倒幕計画まで立てられていたが、処刑された者は一人もいない。
徳大寺、正親町三条、烏丸、坊城、中院、西洞院、高野の七人が朝廷から追放され永蟄居とされたが、所払いにもなっていない。
他にも出川公言、高倉永秀、西大路隆共、町尻説久、町尻説望、桜井氏福、裏松光世が落飾を命じられて仏門に入っているが、彼らも遠島や所払いにはされていない。
宝暦事件の本質が、天皇と摂関家の権力争いだとしても、幕府が直接公家に厳しい処分をしないようにしている事が伺える。
「申し訳ございません。
私は組下の身でしたので、旅右衛門様の命に逆らえなかったのです。
最初は古市の目溢しを命じられました。
同じ組下の主水同心一同の生活が懸かっていましたので、従うしかなかったのですが、それが間違いでした。
そのままずるずると深みにはまり、もう引き返せなかったのです。
ですがこれだけは信じてください。
清廉潔白で漢気も兼ね備えた柘植様の事は、心から尊敬しておりました。
襲撃を撃退される事を心から願っておりました」
「亀谷旅右衛門、岡田重蔵はこう申しているが、間違いはないか」
「間違いだらけ、大嘘でございます」
「では、丁子屋重五郎から賄賂を受け取り、賭場を見逃していたのも間違いで大嘘だと申すのか」
「はい、全ては、岡田重蔵が丁子屋重五郎から賄賂を受け取って、勝手にやって事でございます。
岡田重蔵の悪事を見抜けなかった事には忸怩たる想いで、己が非才を恥じる余りですが、私がやらせた事ではございません」
「足代勝大夫、亀谷旅右衛門と岡田重蔵はこう申しているが、どちらの申す事が正しいのだ」
「私には何の事だかさっぱりわかりません。
御師として穢れを恐れて生きて来ておりますので、古市の事は一切分かりません」
このままのらりくらりの亀谷旅右衛門と足代勝大夫が逃げきるかに思われた。
現役の与力と地下権禰宜を相手に、笞打や石抱のような牢問を行うのは少々躊躇われる。
そもそもここ数年は牢問が行われていないのだ。
拷問どころか牢問すら、やらねばならないのは目付の無能だと考えられている。
それを覚悟で断じて行ったとしても、万が一牢問で自白を得られなかった場合は、御老中に釣責や海老責のような拷問を行っていいか、許可を求めなければいけない。
そうなれば内々で済ます事は不可能になる。
奉行の大岡美濃守としては、できる事なら避けたい方法だった。
「では新たな証人に入ってもらおう。
亀谷旅右衛門の家族、組下同心、入れ。
足代勝大夫の家族と奉公人も同様に入って参れ」
亀谷旅右衛門と足代勝大夫が唖然とするのは当然だが、何も聞かされていなかった奉行の大岡美濃守も茫然としていた。
「皆の者、外で取り調べの内容は聞いていたな。
特に亀谷幾之丞、その方は父の言葉をどう思った」
「恥ずかしく、腹を切って詫びたい思いでございました。
もし父がこのまま卑怯な振る舞いを続けるのであれば、この手で討ち果たした後で腹を切ってお詫びいたします」
「幾之丞、何を申しているのだ」
亀谷旅右衛門は嫡男の言葉に思わず聞き返していた。
「足代勝大夫の末弟喜十郎、その方は兄の言葉をどう思った」
「地下とは言え、権禰宜の役目を頂いている神職として、あまりにも情けない限りでございます。
兄が足繁く悪所に通っていた事は、家族も奉公人も知っていた事でございます。
そんな恥知らずな大噓つきが申す事でございます。
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