伊勢山田奉行所物語

克全

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第4章:伊勢屋と共有田と金貸し

第50話:出入り

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 草木も眠る丑三つ時、山田三方年寄家の御師宿から、喧嘩出入りの準備をした博徒が一斉に現れた。

 三下が駆け回って周りの御師宿や町家の潜り戸を軽く叩くと、同じ様な出入り準備をした博徒が次々とでてきた。
 
 その合計三百人足らず。
 博徒の力がここまで大きくなっているのを幕閣はまだ気付いていない。

 声に出すことなく、枚岡鬼三郎の手振りだけで博徒が二手に分かれる。
 檜垣屋の表と裏を抑え、誰一人逃がさないためだ。
 
 ここまで準備万端整えながら、加茂虎太郎は山田に来ていなかった。
 慎重で狡猾な虎太郎は、絶対に実行犯にならないようにしていた。

 博徒達が檜垣屋の裏表に集結し、いよいよ押し入ろうとしたその時。
 表の向かいにある御師宿の表門が左右に開かれ、御用提灯が掲げた捕方達を先頭に、柘植定之丞率いる与力同心捕方が続々と出てくる。

「河内平岡の博徒、鬼三郎、お前達の企てなど先刻承知。
 御上を恐れぬ所業許し難し、大人しく縛につけ」

 裏門での光景も似たモノだった。
 裏通りは御師宿や町家の裏庭か蔵になっている。

 裏庭の塀の上に御用提灯が掲げられる。
 裏門や蔵の出入り口から、御普請役格御組頭橋本市郎左衛門に指揮された、与力同心捕方が続々と現れる。

「しゃらくせええ、やちっまえ」

「「「「「おう」」」」」

 喧嘩慣れしている博徒共だが、半数以上が虚を突かれて動けない。
 度胸の有る連中だけが鬼三郎の言葉に反応して突撃してくる。

 だが、山田奉行所の目付同心の半数は柘植家の下忍に入れ替わている。
 捕方は拝田衆で、新たな目付同心に厳しく鍛えられていた。

 人を殺す術までは学べていないが、三つ道具と呼ばれる刺股、突棒、袖搦の使い方は徹底的に仕込まれていた。

 博徒が山田に持ち込めた武器は大脇差までだった。
 縄張りなら密かに鉄砲や槍を持てるが、街道筋を通って山田までくるには、道中差しに許される大脇差が精一杯だった。

 三つ道具はどれも七尺以上の長さがある。
 長くても二尺の大脇差が相手だと、絶対に斬られない安全な位置から突ける。

 一人ならともかく、ずらりと道一杯に並んだ捕方が刺股を揃えれば、命知らずの博徒でもどうしようもない。

 刺股によって身動きできなくなった博徒を、前に前にと押し込む捕方。
 通りの中央に閉じ込められ、前後から刺股に押されていく。
 裏長屋の方に逃げたくても、長屋木戸も固く閉められている。

「短くしろ」

 定之丞の命に従った捕方が刺又を少し短くして手前に引く。
 捕方と博徒の距離が少し短くなる。
 刺又を持つ捕方の肩と肩の間から、他の捕方が袖搦を振り下ろす。
 
 頭や肩口を激しく叩かれた博徒がその場に倒れ込む。
 刺又の前にいた博徒が全員倒れてしまうと。

「前に出ろ」

 定之丞の命に従って捕方が前に出ると、痛みにのたうち回る博徒が捕方の後ろになり、縄を掛けられる事になる。

 作業のように博徒を引き寄せては叩き前にでて捕らえる。
 あっという間に、表にいた百五十弱の博徒が半数以下になる。

「おのれ卑怯者、正々堂々と戦え」

「夜中に寝込みを襲うような卑怯者がよく言う。
 女子供を人質に取らなければ武士を襲えない弱虫が親分とは、博徒ほど恥知らずで憶病な者は観た事がない。
 犬畜生以下の蛆虫を相手にしても恥をかくだけだ、さっさと捕らえよ」

 定之丞の腕ならば、鬼三郎を含めた博徒数人を同時に叩きのめせるが、世の中に絶対などない事を、忍者修業をした者は全員叩き込まれている。
 無用の危険など、どれほど挑発されても冒さない。

 四半刻もしない間に、博徒を三百人弱が捕らえられた。
 中には御師宿や町家の塀を乗り越えて逃げようとした者もいたが、捕物騒動で起きた用心棒に捕らえられていた。
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