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第5章:内海船と北前船
第52話:阿芙蓉(阿片)
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五月二十八日、静まり返る小林村の宝林寺に読経の声が流れている。
主水同心家と主水家の当主が勢揃いしている。
今日だけは、奉行所の役目は全て見習がやっている。
この日は第二十代山田奉行、保科正純の命日だった。
薄給の主水同心や主水にとって、保科正純は大恩人だった。
第七代山田奉行、花房幸次から保科正純の途中までは、主水同心や主水は現米が支給されていて、手数料を払って換金しなければいけなかった。
現米を一度換金して、その金で米を買うような無駄もあった。
それを保科奉行が金給に換えてくれたので、現米を金に換える手間も手数料もいらなくなったのだ。
更に扶持米分は、一人扶持年五俵の米で支給してもらえた。
主水同心家と主水家は心から感謝し、毎年保科正純の命日五月二十八日には、小林村の宝林寺に米一俵を供えて供養法座を開いているのだ。
今年からはその主水同心家に、柘植家の下忍五人が加わっている。
彼らは何時も何気ない風を装いながら、気を張って情報を集めていた。
供養法座が終わり、肩の力が抜けた所を下忍達が探りをいれた。
「最近何か面白い話を聞かなかったか」
「何か面白い話しと言われても、特に何もありませんよ」
話を振られた主水の一人が答える。
「何でもいいんだよ、何でも。
この前船改めをした時に、上方の船頭たちが何か言っていなかったか」
「いや、船改めの時は此方も真剣ですし、船頭たちも気が立っていますから、ほとんど話なんてしませんよ」
「そうか、面白い話があれば、柘植様に褒美がもらえたのだが」
「え、噂話で褒美がもらえるのですか」
「お前達もこの前の大捕物は知っているだろう」
「ええ、主水の私達は出ませんでしたが、目付組の方々は全員出られたのでしたね」
「その黒幕が加茂虎太郎と言うのだが、 京都町奉行所の連中が捕り逃がしてしまい、姿をくらましたのだよ」
「大阪の町奉行所といい、たるんでいますね」
「そうなのだが、他人事のように笑ってもいられないのだよ。
柘植定之丞様が檜垣屋の一人娘と恋仲なのは知っているだろう。
加茂虎太郎が執念深く狙ってくるのが心配なのだ。
何か少しでも噂があれば、褒美をいただけるのだ」
「褒美は頂きたいですが、加茂虎太郎なんて聞いた事もありません」
「いやいや、虎太郎の話でなくてもいいのさ。
どんな噂にも裏がある。
つまらない噂だと思っても、何所で何と繋がっているか分からない。
何でもいいからいつもと違う噂があれば教えてくれ。
それで褒美がもらえたら、一杯奢らせてもらうよ」
「一杯奢ってもらいたいですが、何もないですね」
「京大阪ではなく、江戸の事なんですが、良いですか」
「ああ、構わない、江戸には柘植様のご隠居が住んでおられる」
「じゃあ、数日前に湊近くの煮売り酒屋で聞いたんですが、江戸で煙草のように吸う『一粒金丹』が出回っているそうなのです。
津軽藩が躍起になって出所を探しているそうです」
『一粒金丹』とは津軽藩だけが作れる阿片の秘薬だった。
この時代の日本人は阿片の事を阿芙蓉と呼んでいたが、阿芙蓉から作る薬『一粒金丹』が物凄く効果があると評判で、津軽藩のとても大切な財源だった。
だから津軽藩でも国元四人、江戸表三人と限られた藩医にしか製法が伝えられていない、藩財政を左右する重大な禁制品なのだ。
製造法自体は、他にも知っている人が結構いる。
最初に津軽藩に教えたのが、生坂藩の初代藩主池田輝録の許可を受けた藩医木村道石だったので、生坂藩も製造法は知っていた。
製造法も材料も、中国の「医学入門」「本草綱目」に書かれているので、芥子の栽培にさえ成功すれば何所でも作る事ができる。
ただ、『一粒金丹』の材料は、芥子、膃肭臍(オットセイの陰茎)、麝香、辰砂、龍脳、原蚕蛾、射干などだが、西国の藩では膃肭臍を手に入れるのが難しい。
材料を集めるのが他藩よりも簡単なので『一粒金丹』製造は津軽藩が有利だった。
「『一粒金丹』と言えば津軽とまで言われるほどだ。
他藩がそう簡単に真似できるとは思えない。
煙草のように吸えると言うのなら、全く違う作り方なのだろう。
津軽藩が探していると言うのが本当なら、効能が同じなのかもしれない。
これは良い話しを聞かせてくれた。
柘植定之丞様に話すまでもない、一杯奢ってやるよ。
その話を聞いた煮売り酒屋に連れて行ってくれ」
主水同心家と主水家の当主が勢揃いしている。
今日だけは、奉行所の役目は全て見習がやっている。
この日は第二十代山田奉行、保科正純の命日だった。
薄給の主水同心や主水にとって、保科正純は大恩人だった。
第七代山田奉行、花房幸次から保科正純の途中までは、主水同心や主水は現米が支給されていて、手数料を払って換金しなければいけなかった。
現米を一度換金して、その金で米を買うような無駄もあった。
それを保科奉行が金給に換えてくれたので、現米を金に換える手間も手数料もいらなくなったのだ。
更に扶持米分は、一人扶持年五俵の米で支給してもらえた。
主水同心家と主水家は心から感謝し、毎年保科正純の命日五月二十八日には、小林村の宝林寺に米一俵を供えて供養法座を開いているのだ。
今年からはその主水同心家に、柘植家の下忍五人が加わっている。
彼らは何時も何気ない風を装いながら、気を張って情報を集めていた。
供養法座が終わり、肩の力が抜けた所を下忍達が探りをいれた。
「最近何か面白い話を聞かなかったか」
「何か面白い話しと言われても、特に何もありませんよ」
話を振られた主水の一人が答える。
「何でもいいんだよ、何でも。
この前船改めをした時に、上方の船頭たちが何か言っていなかったか」
「いや、船改めの時は此方も真剣ですし、船頭たちも気が立っていますから、ほとんど話なんてしませんよ」
「そうか、面白い話があれば、柘植様に褒美がもらえたのだが」
「え、噂話で褒美がもらえるのですか」
「お前達もこの前の大捕物は知っているだろう」
「ええ、主水の私達は出ませんでしたが、目付組の方々は全員出られたのでしたね」
「その黒幕が加茂虎太郎と言うのだが、 京都町奉行所の連中が捕り逃がしてしまい、姿をくらましたのだよ」
「大阪の町奉行所といい、たるんでいますね」
「そうなのだが、他人事のように笑ってもいられないのだよ。
柘植定之丞様が檜垣屋の一人娘と恋仲なのは知っているだろう。
加茂虎太郎が執念深く狙ってくるのが心配なのだ。
何か少しでも噂があれば、褒美をいただけるのだ」
「褒美は頂きたいですが、加茂虎太郎なんて聞いた事もありません」
「いやいや、虎太郎の話でなくてもいいのさ。
どんな噂にも裏がある。
つまらない噂だと思っても、何所で何と繋がっているか分からない。
何でもいいからいつもと違う噂があれば教えてくれ。
それで褒美がもらえたら、一杯奢らせてもらうよ」
「一杯奢ってもらいたいですが、何もないですね」
「京大阪ではなく、江戸の事なんですが、良いですか」
「ああ、構わない、江戸には柘植様のご隠居が住んでおられる」
「じゃあ、数日前に湊近くの煮売り酒屋で聞いたんですが、江戸で煙草のように吸う『一粒金丹』が出回っているそうなのです。
津軽藩が躍起になって出所を探しているそうです」
『一粒金丹』とは津軽藩だけが作れる阿片の秘薬だった。
この時代の日本人は阿片の事を阿芙蓉と呼んでいたが、阿芙蓉から作る薬『一粒金丹』が物凄く効果があると評判で、津軽藩のとても大切な財源だった。
だから津軽藩でも国元四人、江戸表三人と限られた藩医にしか製法が伝えられていない、藩財政を左右する重大な禁制品なのだ。
製造法自体は、他にも知っている人が結構いる。
最初に津軽藩に教えたのが、生坂藩の初代藩主池田輝録の許可を受けた藩医木村道石だったので、生坂藩も製造法は知っていた。
製造法も材料も、中国の「医学入門」「本草綱目」に書かれているので、芥子の栽培にさえ成功すれば何所でも作る事ができる。
ただ、『一粒金丹』の材料は、芥子、膃肭臍(オットセイの陰茎)、麝香、辰砂、龍脳、原蚕蛾、射干などだが、西国の藩では膃肭臍を手に入れるのが難しい。
材料を集めるのが他藩よりも簡単なので『一粒金丹』製造は津軽藩が有利だった。
「『一粒金丹』と言えば津軽とまで言われるほどだ。
他藩がそう簡単に真似できるとは思えない。
煙草のように吸えると言うのなら、全く違う作り方なのだろう。
津軽藩が探していると言うのが本当なら、効能が同じなのかもしれない。
これは良い話しを聞かせてくれた。
柘植定之丞様に話すまでもない、一杯奢ってやるよ。
その話を聞いた煮売り酒屋に連れて行ってくれ」
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