伊勢山田奉行所物語

克全

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第5章:内海船と北前船

第54話:祖父と御勘定御入人吟味

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 柘植定之丞の祖父、柘植平兵衛も当然ながら伊賀忍者の末裔である。
 昨年還暦を迎えた平兵衛も、伊勢奉行所の御普請役格御組頭として長年勤め、定之丞が見習出仕できる年齢になって、伝兵衛に当主の座を譲って隠居した。

 二百俵二十人扶持では贅沢はできないものの、普通に暮らしていく分には何の不自由もなかった。

 だが子弟を武士のままにしてやろうと思うと、徒士株か同心株を買ってやるしかないが、それは不可能に近い事だった。

 譜代の家臣の子弟は、草にすると言う大義名分と、努力を続け運に恵まれれば従五位下の権禰宜神職になれるので、胸を張って御師に奉公するように命じられた。

 しかしながら、自分の子弟に同じ事は命じられなかった。
 嫡男以外は家臣に下るのが普通なのだが、子弟に甘いのが平兵衛の弱点だった。

 子弟は、武士のままで暮らしていけるようにしてやりたかった。
 その為に行ったのが、金儲けと学問だった。

 まだ昌平坂学問所が設立されておらず、幕閣の意識も優秀な旗本子弟を発掘しようとするまでには至らない状態だった。

 ただ一つ勘定奉行所だけは、必要に迫られて御勘定御入人吟味と言う登用試験があり、筆と算盤と算術の吟味に合格さえすれば、部屋住みであっても登用されるのだ。

 だが、御勘定御入人吟味にも厳然とした身分差別がある。
 吟味が三回に分けて行われるのだ。
 
 最初の吟味は勘定奉行所現職の息子達に対して行われる。
 明和五年の合格者は五十九人中二十五人と半数近い。

 次にお目見え以上の旗本小普請と旗本部屋住み子弟に対して行われる。
 明和五年の合格者は六十三人中二十七人と四割以上ある。

 最後にお目見え以下の御家人小普請と御家人部屋住み子弟に対して行われる。
 明和五年の合格者は二百五十人中十三人と一割の半分、五分しかない。

 学ぶ機会や使える学問費に差があるとはいえ、どう見ても必要な人員に対して優先採用があり、それで満たせなかった人数を身分に低い者に開いている状態だ。

 しかも合格してからも身分差があり、旗本が合格すれば勘定になれるが、御家人が合格したら一つ下の支配勘定にしかなれない。

 だが、御勘定御入人吟味に合格さえすれば、当主の父や跡継ぎに兄がいても関係なく、家を興し役目につけるのだ。

 旗本なら焼火間詰の勘定として百俵が与えられる。
 御家人は躑躅間詰の支配勘定で、持扶持勤めなので当主なら収入は変わらない。
 小普請金を払わなくてすむが、御役目に伴う身嗜みに金が掛かる。
 部屋住は見習扱いとなり十人扶持(五十俵が)支給され、並の同心より高給だ。

 柘植平兵衛は、部屋住みだった弟や次男以下の子供達が達筆になるよう学ばせた。
 勘定奉行所で必要とされる算盤と算術が上手くなるように、厳しく勉強させた。

 忍者になるための修業とは全く違っているが、忍者修業をさせるのは嫡男と嫡孫だけで良いと割り切り、文官として立身出世できるようにした。

 だが、中にはどうしても忍者修業がしたい子弟もいて、そんな子弟は算盤と算術も中途半端になり、自身番の書役となって草の役目を果たす者も現れた。
 それが先日山田奉行所の与力となった次男の次郎右衛門だ。

 柘植平兵衛は金儲けにも力を入れ、医薬の方でも成功していた。
 六百石の屋敷の庭一杯に薬草を植え、伊賀者の秘薬と言う噂を上手く流し、副業として薬を売っていた。

 医者を呼んだり薬種問屋に薬を買いに行くよりは安価で、信用のできない薬売りよりも遥かに評判の良いので、馬鹿にならない実入りがあった。
 平兵衛自身が、真剣に医者になろうかと思うほど評判も良く利も大きかった。

 そんな副業の実入りで買い集めたのが、孫達が武士になれず町人にもなりたがらなかった時に、医師になれるようにするための医学書購入だった。

 或いは夫婦で医学書を写本する事だった。
 珍しい医学書の写本は結構な額で売る事ができた。

 他にも江戸にいる一族子弟が、御勘定御入人吟味を受けるために、子弟を合格させた実績のある平兵衛の所に学びに来る。
 そんな一族子弟の習字の課題に医学書を写本させていた。

 そんな状態の所に、目に入れても痛くないほど可愛い惣領孫定之丞から『一粒金丹』の製法を知るために津軽藩に草を入れたいと言う書状が届いた。
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