54 / 68
第5章:内海船と北前船
第54話:祖父と御勘定御入人吟味
しおりを挟む
柘植定之丞の祖父、柘植平兵衛も当然ながら伊賀忍者の末裔である。
昨年還暦を迎えた平兵衛も、伊勢奉行所の御普請役格御組頭として長年勤め、定之丞が見習出仕できる年齢になって、伝兵衛に当主の座を譲って隠居した。
二百俵二十人扶持では贅沢はできないものの、普通に暮らしていく分には何の不自由もなかった。
だが子弟を武士のままにしてやろうと思うと、徒士株か同心株を買ってやるしかないが、それは不可能に近い事だった。
譜代の家臣の子弟は、草にすると言う大義名分と、努力を続け運に恵まれれば従五位下の権禰宜神職になれるので、胸を張って御師に奉公するように命じられた。
しかしながら、自分の子弟に同じ事は命じられなかった。
嫡男以外は家臣に下るのが普通なのだが、子弟に甘いのが平兵衛の弱点だった。
子弟は、武士のままで暮らしていけるようにしてやりたかった。
その為に行ったのが、金儲けと学問だった。
まだ昌平坂学問所が設立されておらず、幕閣の意識も優秀な旗本子弟を発掘しようとするまでには至らない状態だった。
ただ一つ勘定奉行所だけは、必要に迫られて御勘定御入人吟味と言う登用試験があり、筆と算盤と算術の吟味に合格さえすれば、部屋住みであっても登用されるのだ。
だが、御勘定御入人吟味にも厳然とした身分差別がある。
吟味が三回に分けて行われるのだ。
最初の吟味は勘定奉行所現職の息子達に対して行われる。
明和五年の合格者は五十九人中二十五人と半数近い。
次にお目見え以上の旗本小普請と旗本部屋住み子弟に対して行われる。
明和五年の合格者は六十三人中二十七人と四割以上ある。
最後にお目見え以下の御家人小普請と御家人部屋住み子弟に対して行われる。
明和五年の合格者は二百五十人中十三人と一割の半分、五分しかない。
学ぶ機会や使える学問費に差があるとはいえ、どう見ても必要な人員に対して優先採用があり、それで満たせなかった人数を身分に低い者に開いている状態だ。
しかも合格してからも身分差があり、旗本が合格すれば勘定になれるが、御家人が合格したら一つ下の支配勘定にしかなれない。
だが、御勘定御入人吟味に合格さえすれば、当主の父や跡継ぎに兄がいても関係なく、家を興し役目につけるのだ。
旗本なら焼火間詰の勘定として百俵が与えられる。
御家人は躑躅間詰の支配勘定で、持扶持勤めなので当主なら収入は変わらない。
小普請金を払わなくてすむが、御役目に伴う身嗜みに金が掛かる。
部屋住は見習扱いとなり十人扶持(五十俵が)支給され、並の同心より高給だ。
柘植平兵衛は、部屋住みだった弟や次男以下の子供達が達筆になるよう学ばせた。
勘定奉行所で必要とされる算盤と算術が上手くなるように、厳しく勉強させた。
忍者になるための修業とは全く違っているが、忍者修業をさせるのは嫡男と嫡孫だけで良いと割り切り、文官として立身出世できるようにした。
だが、中にはどうしても忍者修業がしたい子弟もいて、そんな子弟は算盤と算術も中途半端になり、自身番の書役となって草の役目を果たす者も現れた。
それが先日山田奉行所の与力となった次男の次郎右衛門だ。
柘植平兵衛は金儲けにも力を入れ、医薬の方でも成功していた。
六百石の屋敷の庭一杯に薬草を植え、伊賀者の秘薬と言う噂を上手く流し、副業として薬を売っていた。
医者を呼んだり薬種問屋に薬を買いに行くよりは安価で、信用のできない薬売りよりも遥かに評判の良いので、馬鹿にならない実入りがあった。
平兵衛自身が、真剣に医者になろうかと思うほど評判も良く利も大きかった。
そんな副業の実入りで買い集めたのが、孫達が武士になれず町人にもなりたがらなかった時に、医師になれるようにするための医学書購入だった。
或いは夫婦で医学書を写本する事だった。
珍しい医学書の写本は結構な額で売る事ができた。
他にも江戸にいる一族子弟が、御勘定御入人吟味を受けるために、子弟を合格させた実績のある平兵衛の所に学びに来る。
そんな一族子弟の習字の課題に医学書を写本させていた。
そんな状態の所に、目に入れても痛くないほど可愛い惣領孫定之丞から『一粒金丹』の製法を知るために津軽藩に草を入れたいと言う書状が届いた。
昨年還暦を迎えた平兵衛も、伊勢奉行所の御普請役格御組頭として長年勤め、定之丞が見習出仕できる年齢になって、伝兵衛に当主の座を譲って隠居した。
二百俵二十人扶持では贅沢はできないものの、普通に暮らしていく分には何の不自由もなかった。
だが子弟を武士のままにしてやろうと思うと、徒士株か同心株を買ってやるしかないが、それは不可能に近い事だった。
譜代の家臣の子弟は、草にすると言う大義名分と、努力を続け運に恵まれれば従五位下の権禰宜神職になれるので、胸を張って御師に奉公するように命じられた。
しかしながら、自分の子弟に同じ事は命じられなかった。
嫡男以外は家臣に下るのが普通なのだが、子弟に甘いのが平兵衛の弱点だった。
子弟は、武士のままで暮らしていけるようにしてやりたかった。
その為に行ったのが、金儲けと学問だった。
まだ昌平坂学問所が設立されておらず、幕閣の意識も優秀な旗本子弟を発掘しようとするまでには至らない状態だった。
ただ一つ勘定奉行所だけは、必要に迫られて御勘定御入人吟味と言う登用試験があり、筆と算盤と算術の吟味に合格さえすれば、部屋住みであっても登用されるのだ。
だが、御勘定御入人吟味にも厳然とした身分差別がある。
吟味が三回に分けて行われるのだ。
最初の吟味は勘定奉行所現職の息子達に対して行われる。
明和五年の合格者は五十九人中二十五人と半数近い。
次にお目見え以上の旗本小普請と旗本部屋住み子弟に対して行われる。
明和五年の合格者は六十三人中二十七人と四割以上ある。
最後にお目見え以下の御家人小普請と御家人部屋住み子弟に対して行われる。
明和五年の合格者は二百五十人中十三人と一割の半分、五分しかない。
学ぶ機会や使える学問費に差があるとはいえ、どう見ても必要な人員に対して優先採用があり、それで満たせなかった人数を身分に低い者に開いている状態だ。
しかも合格してからも身分差があり、旗本が合格すれば勘定になれるが、御家人が合格したら一つ下の支配勘定にしかなれない。
だが、御勘定御入人吟味に合格さえすれば、当主の父や跡継ぎに兄がいても関係なく、家を興し役目につけるのだ。
旗本なら焼火間詰の勘定として百俵が与えられる。
御家人は躑躅間詰の支配勘定で、持扶持勤めなので当主なら収入は変わらない。
小普請金を払わなくてすむが、御役目に伴う身嗜みに金が掛かる。
部屋住は見習扱いとなり十人扶持(五十俵が)支給され、並の同心より高給だ。
柘植平兵衛は、部屋住みだった弟や次男以下の子供達が達筆になるよう学ばせた。
勘定奉行所で必要とされる算盤と算術が上手くなるように、厳しく勉強させた。
忍者になるための修業とは全く違っているが、忍者修業をさせるのは嫡男と嫡孫だけで良いと割り切り、文官として立身出世できるようにした。
だが、中にはどうしても忍者修業がしたい子弟もいて、そんな子弟は算盤と算術も中途半端になり、自身番の書役となって草の役目を果たす者も現れた。
それが先日山田奉行所の与力となった次男の次郎右衛門だ。
柘植平兵衛は金儲けにも力を入れ、医薬の方でも成功していた。
六百石の屋敷の庭一杯に薬草を植え、伊賀者の秘薬と言う噂を上手く流し、副業として薬を売っていた。
医者を呼んだり薬種問屋に薬を買いに行くよりは安価で、信用のできない薬売りよりも遥かに評判の良いので、馬鹿にならない実入りがあった。
平兵衛自身が、真剣に医者になろうかと思うほど評判も良く利も大きかった。
そんな副業の実入りで買い集めたのが、孫達が武士になれず町人にもなりたがらなかった時に、医師になれるようにするための医学書購入だった。
或いは夫婦で医学書を写本する事だった。
珍しい医学書の写本は結構な額で売る事ができた。
他にも江戸にいる一族子弟が、御勘定御入人吟味を受けるために、子弟を合格させた実績のある平兵衛の所に学びに来る。
そんな一族子弟の習字の課題に医学書を写本させていた。
そんな状態の所に、目に入れても痛くないほど可愛い惣領孫定之丞から『一粒金丹』の製法を知るために津軽藩に草を入れたいと言う書状が届いた。
0
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる