伊勢山田奉行所物語

克全

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第5章:内海船と北前船

第55話:御種

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 祖父の平兵衛に『一粒金丹』の事を相談した定之丞の所に、御師の手代が「医学入門」「本草綱目」を含めた医学書の写本を運んできた。

「御隠居様から伝言を言付かってまいりました」

 届けに来た御師の手代は、四代前の当主時代に御師宿に奉公に入った下忍家臣の子孫だが、代々山田の柘植屋敷に顔を出し主従の契りを維持している。

 彼らは江戸に行った折にも必ず柘植家の屋敷に顔をだし、何か用がないか確かめつつ、自分がただの御師手代ではなく、若党格の武士だとの思いを嚙みしめるのだ。

「うむ、祖父は何と言っていたのだ」

「はっ、『一粒金丹』を始めとした多くの薬の作り方が書かれている医学書を送るので、材料となる薬種を育てられる薬草園を作るようにとの事でございます。
 無理に津軽藩に草を送り込む必要はなく、御師の檀家衆の中に材料になる薬草を育てている者がいるなら、初穂料として納めさせればいいとの事でございます」

「そうか、分かった。
 父上に相談したうえで、動かせる御師を総動員して薬草を集めよう」

 祖父の指示がもっともで、安全確実に材料を集められる方法でもあり、柘植定之丞は父親と檜垣屋に相談して、檀家衆から薬草を掻き集める事にした。

 柘植家の下忍平御師が跡継ぎに入った、山田三方年寄家の御師宿三日市大夫次郎は、津軽に一万軒もの檀家を持っていた。
 そこから芥子の種を手に入れる見込みが早々にたった。

 生坂藩一万五千石に檀家を持つ御師も調べ、そちらからも芥子の種を手に入れられるように手を打った。

 尾張藩でも近年に入って芥子が育てられているとの噂があったので、生坂藩と同じ様に尾張に檀家を持つ御師を調べて種を手に入れられるように手を打った。

「それと、お種人参も手に入れるようにとの事でございます」

 下忍が祖父から言付かったのは芥子の事だけではなかった。
 御種人参も手に入れ育てるように命じていた。

 お種人参とは、八代将軍徳川吉宗公が対馬藩に命じて、種の持ち出しを厳しく禁じていた朝鮮から種と苗を手に入れさせ、幕府主導で育てさせた朝鮮人参だ。

 当時の日ノ本は、朝鮮との貿易で大きな赤字を出していたので、金銀銅の国外流出を防ごうとした吉宗公の政策だった。

 吉宗公の政策は成功し、享保十年(一七二五年)、日光にある幕府直営の農園で朝鮮人参の栽培に成功した。

 その後、江戸城内や小石川養生所、越後の佐渡島、仙台、土佐にも朝鮮人参の栽培拠点が設けられ、朝鮮との貿易で赤字にならないようにしていた。

 だが、朝鮮人参の御栽培は一朝一夕で出来るものではない。
 朝鮮人参は種まきから収穫するだけでも五年以上かかる。
 朝鮮で作られた人参と同じ薬効があるは確かめるのに数十年かかるのだ。

「若君、御隠居様のお話では、本草学者の田村藍水様が弟子の平賀源内様らと行った湯島の薬品会が素晴らしく、江戸表でも朝鮮人参を幕府の専売にしようと言う話が出ているようでございます。
 専売になる前に手に入れるようにとの事でございます」

「分かった、早急に御師達に知らせて集めさせよう」

 これは後の話だが、東国の農民に信心深い檀家が多かった事もあり、予想していた以上に早く芥子の種が手に入り、栽培も順調に進んだ。

 伊勢山田の畑だけでなく、貧しく信心深い檀家衆にも芥子の種を分けて栽培させたので、檀家衆の暮らし向きがよくなり、更に信心深くなった。

 一方の朝鮮人参は順調とは言えなかった。
 高値を付ける良い朝鮮人参を育てるには、最低でも種を蒔いてから五年は待たねばならない。

 しかも一度朝鮮人参を収穫した土地は、その後十年は草一本生えないと言われるくらい土地が痩せ細るのだ。

 栽培自体がとても難しく、小屋を掛けて直射日光と雨を除け、通常は六年がかりで栽培するのだが、そのような通常では考えつかない栽培法も、田村藍水かその弟子に教わるしかなかった。

 幸いな事に、江戸にいる祖父平兵衛が田村藍水と面識があったので、お礼を払えば栽培方法を教えてもらえる立場だったのが助かった。
 そうでなければ御種人参、朝鮮人参の栽培は失敗していただろう。
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