伊勢山田奉行所物語

克全

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第5章:内海船と北前船

第56話:密貿易

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 徐々に寒くなり、柘植定之丞が薬種を集め薬草園を作ろうとしていた頃、将軍家にお二人もの男児が生まれ、江戸表は慶事に沸き立っていました。

 ですが賀茂虎太郎の行方を追っていた定之丞には、うれしくもない多くの情報がもたらされていました。

「若君、木曾三川の手伝い普請を恨みに思った薩摩が、膨れ上がった借財を解消するのも兼ねて、密貿易に力を入れているようでございます」

「あの手伝い普請は酷過ぎる。
 五十五人もの切腹を含め、百人近い死者を出していると聞く。
 薩摩の将軍家に対する恨みが激しいのは理解できる。
 とはいえ、御定法を破る密貿易は許されぬ。
 伊勢沖を通ると言うのなら厳しく取り締まるだけだ」

「今のところは此方は使っていないようでございます。
 蝦夷の俵物を手に入れるのも唐物を越後まで運ぶのも、琉球から西廻りの海路を使っております」

「そうか、それは残念だ。
 この手で密貿易を取り締まれると思ったのだが」

「今は難しいと思われます」

「賀茂虎太郎の行方は分からないか」

「申し訳ございません。
 未だ何所に潜んでいるか分かりません」

「そうか、引き続きありとあらゆる噂を集めてくれ」

 柘植家では、下忍に確かな情報を集めろと言う事は滅多にない。
 確かになどと言ってしまうと、せっかく集めた情報なのに、信頼度が低いと報告されない重要な話があるかもしれない。

 そこで指定されない限りありとあらゆる情報を集め報告する事になっている。
 下忍にも常々、たわいもない噂話の陰に大切な情報が隠れているから、重要だと思わないような噂話でも報告しろと言い聞かせてあった。

 だが今日は、そんな噂話の中にも気になる話はなかった。
 賀茂虎太郎につながるような情報はなかった。
 ただ、密貿易に関しては思う事があり、当主の父親に相談を持ち掛けた。

「父上、薩摩の密貿易ですが、江戸表に取り締まりを届出ませんか」

「ふむ、西廻りの取り調べが厳しくなれば、瀬戸内を使って伊勢沖を通るから、自らの手で取り締まれると言いたいのだな」

「はい、木曽川の手伝い普請は同情しないでもありませんが、それも元々は御守殿の件で奢った薩摩が、次々と利権を求めて幕閣の方々の怒りを買ったせいです。
 武士の意地を通すために腹を切った者達は哀れですが、限度を越して利権を求めた薩摩殿と家老達の責任です」

 御守殿とは、徳川吉宗公の養女として薩摩藩五代藩主島津継豊に嫁いだ、清閑寺熈定の娘、竹姫の事だ。

「まあ、幕閣の方々からすれば、薩摩の逆恨みとしか言えないだろうな」

「はい」

「密貿易の件は正規の届出で江戸表にお知らせできるが、手柄を立てて我が家の家格を上げるには、手伝い普請も含めた薩摩の恨みの伝えておきたい。
 これは書面で残せるものではないから、内々に伝えてもらわねばならぬ。
 御奉行と父上を通じて幕閣の方々に伝えていただこう」

 山田奉行大岡美濃守忠移に賄賂に近い莫大な付届けを行った柘植家は、大岡美濃守を通して幕閣に願いが出せるようになっていた。

 他にも祖父の代から行った勘定奉行所入りの家訓が功を奏して、二百俵蔵米取旗本よりも家格の高い旗本家と養子縁組できるようになっていた。

 元々の幕府御定法は、親類や遠類がいるのに他人を養子に向かえる事を厳しく禁じていた。

 これは権力者や金持ちが、血統を捻じ曲げて家を乗っ取る事を防いでいた。
 最近では武士以外が金の力で武士になろうとする事が多いので、将軍家の側近くに仕える旗本だけはそのような事にないように、特に厳しく禁じ罰していた。

 八代吉宗公が享保四年に、同性ならば親類や遠類でなくても、理由を届ければ養子に迎えてもいい事にした。

 これは由緒のない養子を迎えている旗本を叱責すると同時に、同性ならば許すと言う事でもあった。

 吉宗公が血統の大切さを示しつつ現状を踏まえて養子の制限を広めたにも構わらず、享保十二年に許し難い違反者がでた。

 畔柳助九郎組の御中間高橋吉大夫が、事もあろうに金目的で実子を廃して養子契約をしたのだ。

 事が露見して厳しく処分されたが、これは氷山の一角でしかない。
 実際問題、柘植家でも与力同心に養嗣子を送り込んでいる。

 だが、幕府が禁じているのは金銀に紐づいた養子である。
 旗本同志の養子縁組を奨励し、百姓町民が金で武士になる事を厳しく禁じたのだ

 とはいえ、御家人の生活が困窮している事も、幕閣は理解していた。
 だから表向き一代限りの抱席に関しては取り締まりの対象から外した。
 これによって柘植家は与力同心家に子弟や下忍を送り込めたのだ。

 享保一八年四月には更に制限が緩められ、当主の血縁者であれば、一旦陪臣に下った者でも浪人した者でも、跡継ぎに認める事になった。

 更に十月には、妻方の血縁者も、一旦陪臣に下った者でも浪人した者でも跡継ぎに認める事になった。

 だが幕閣も養子には迷う事も多かったのか、元文元年の九月と十月、宝暦七年十一月と度々改正された。

 今現在は妻方の陪臣や牢人の血縁者が養子に入る事は認められなくなり、父方の又従弟か又甥までとなっている。

 だがこれはあくまで陪臣や牢人を養子縁組する場合である。
 元々が、養子口のない旗本部屋住を差し置いて、金で旗本家を乗っ取ろうとする百姓町人を排除する事が目的だ。

 柘植家の子弟が優秀な成績で吟味に合格し、勘定奉行所入りして部屋住の百俵を得ているとなれば、娘の養子に迎えて出世に望みをかける家も出えくる。
 身分を偽った入子ではなく、実子の旗本部屋住なら何の問題もない。

 嫡男がいる力のある大身旗本家なら、柘植の子弟を娘の婿に向かえるのではなく、娘を嫁がせて新たに一家を興させ、一門を増やして勢力拡大を目指す。

 そんな風にして増えた親戚縁者を頼れば、柘植家は独自で幕閣に話しを通せるようになっていた。
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