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第5章:内海船と北前船
第58話:輿入れ
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御公儀は本気で薩摩藩を処罰しようとしていたが、薩摩藩も関係している諸藩も必死で、中々確たる証拠がつかめないでいた。
山田奉行所も湊に入る船を厳しく改めていたが、薩摩藩の抜け荷を証明するような物は一切見つからなかった。
「定之丞、ゆうとの婚儀を急いで行え」
柘植家当主の伝兵衛がそう言ったのは、将軍家に二人もの男子が生まれた宝暦十二年の冬だった。
「何をそんなに急がれているのですか。
来春には祝言を上げる事になっているではありませんか。
周りを慌てさせ無理をさせてまで、三月や四月早める意味が分かりません」
「定之丞にしては考えが浅いぞ。
将軍家にお二人も男子がお生まれになられたのだ。
無事に御成長されれば、それなりの数の小姓が集められる。
家柄もそうだが、年が近く才の有る者が選ばれるだろう。
一日でも早く男子を儲けなければならぬ」
「確かに小姓は集められると思います。
ですが、我が家のような小身から将軍家御世継ぎの御小姓が選ばれるでしょうか」
「選ばれる頃までに目覚ましい手柄を立てればよい。
既に薩摩藩抜け荷の噂を江戸表に届出る功を立てている。
勘定奉行所入りした分家が長岡入りして証拠を探している。
ここで確たる証拠を押さえれば、御加増も夢ではない。
手柄を立ててから動くのではなく、必ず手柄を立てると思って動くのだ」
「分かりました。
急いで祝言を上げる事にします」
柘植定之丞が檜垣屋に事情を伝え、祝言を早める事になった。
だが祝言を早めるのは、柘植家と檜垣屋だけで決められる事ではなかった。
武家と社家の結婚であるため、双方の上司に根回しが必要だった。
とはいえ、来春の結婚を予定して準備は進められていたので、絶対に不可能な事でもなかった。
一番大きな問題が、祝言に参列してくれる人々の予定が狂う事だけだった。
檜垣屋のゆうは、伊勢神宮外宮一の禰宜、度会常之の養女となってから輿入れする事になっていた。
正三位の養女が蔵米二百俵の小心旗本に嫁ぐなど、普通では絶対ありえない事なのだが、これまでの柘植家の働きが常識を打ち破って不可能を可能とした。
祝言の方も、正式な祝言は来春改めて上げるとして、仮祝言だけ挙げてしまい、急いで子作りする事になった。
仮祝言とはいえ、嫁入り行列が手抜きされるような事はなかった。
檜垣屋はひとり娘を外に出すのだ。
大恩を受けたとはいえ、そう簡単に割り切れるものではない。
次男以降の子供を跡継ぎにする約束とは言え、二人以上の男児が生まれなければ守りようのない約束なのだ。
権威と財力を見せつけて、何としてでも男児を手に入れる覚悟を示した。
だから急に決まった仮祝言なのに、花嫁衣裳は立派な物だった。
ただ、来春を見越して準備させていたので新しい花嫁衣装は間に合わず、仮祝言は母親の花嫁衣装を不眠不休で直した物だった。
嫁入り道具も新しい物が間に合わず、打掛小袖、古今集かるた、茶道具、香道具、長寿を願う鶴や亀の蒔絵箪笥、長持などは母親が檜垣屋に嫁いだ時の物だ。
それでも二百俵蔵米取旗本家には不釣り合いな、立派な嫁入り道具だった。
ゆうのために用意している嫁入り道具は、本祝言の時に改めてもう一度柘植家の屋敷に行列を連ねて送られる事になっていた。
ひとり娘なので母親が嫁入り道具に持参した雛人形を姉妹で分ける事無く、権禰宜家に相応しい立派な雛人形も嫁入り行列に加えられている。
柘植家に長年仕える奥女中が侍女郎となり、ゆうを屋敷に案内する。
出された料理は檜垣屋が急いで手配した物で、前もって準備されていたような山海の珍味を揃えて、ゆうの輿入れを立派なものにした。
可哀想なのはゆうについて行く奥女中と下女だった。
彼女達も檜垣屋から柘植家について行くのだ。
来春移動すると思っていた彼女達の準備は全く整っていなかった。
「高砂や、この浦舟に 帆を上げて。
この浦舟に帆を上げて。
月もろともに、出潮の。
波の淡路の島影や、遠く鳴尾の沖過ぎて。
はやすみのえに、着きにけり。
はやすみのえに、着きにけり」
山田奉行所も湊に入る船を厳しく改めていたが、薩摩藩の抜け荷を証明するような物は一切見つからなかった。
「定之丞、ゆうとの婚儀を急いで行え」
柘植家当主の伝兵衛がそう言ったのは、将軍家に二人もの男子が生まれた宝暦十二年の冬だった。
「何をそんなに急がれているのですか。
来春には祝言を上げる事になっているではありませんか。
周りを慌てさせ無理をさせてまで、三月や四月早める意味が分かりません」
「定之丞にしては考えが浅いぞ。
将軍家にお二人も男子がお生まれになられたのだ。
無事に御成長されれば、それなりの数の小姓が集められる。
家柄もそうだが、年が近く才の有る者が選ばれるだろう。
一日でも早く男子を儲けなければならぬ」
「確かに小姓は集められると思います。
ですが、我が家のような小身から将軍家御世継ぎの御小姓が選ばれるでしょうか」
「選ばれる頃までに目覚ましい手柄を立てればよい。
既に薩摩藩抜け荷の噂を江戸表に届出る功を立てている。
勘定奉行所入りした分家が長岡入りして証拠を探している。
ここで確たる証拠を押さえれば、御加増も夢ではない。
手柄を立ててから動くのではなく、必ず手柄を立てると思って動くのだ」
「分かりました。
急いで祝言を上げる事にします」
柘植定之丞が檜垣屋に事情を伝え、祝言を早める事になった。
だが祝言を早めるのは、柘植家と檜垣屋だけで決められる事ではなかった。
武家と社家の結婚であるため、双方の上司に根回しが必要だった。
とはいえ、来春の結婚を予定して準備は進められていたので、絶対に不可能な事でもなかった。
一番大きな問題が、祝言に参列してくれる人々の予定が狂う事だけだった。
檜垣屋のゆうは、伊勢神宮外宮一の禰宜、度会常之の養女となってから輿入れする事になっていた。
正三位の養女が蔵米二百俵の小心旗本に嫁ぐなど、普通では絶対ありえない事なのだが、これまでの柘植家の働きが常識を打ち破って不可能を可能とした。
祝言の方も、正式な祝言は来春改めて上げるとして、仮祝言だけ挙げてしまい、急いで子作りする事になった。
仮祝言とはいえ、嫁入り行列が手抜きされるような事はなかった。
檜垣屋はひとり娘を外に出すのだ。
大恩を受けたとはいえ、そう簡単に割り切れるものではない。
次男以降の子供を跡継ぎにする約束とは言え、二人以上の男児が生まれなければ守りようのない約束なのだ。
権威と財力を見せつけて、何としてでも男児を手に入れる覚悟を示した。
だから急に決まった仮祝言なのに、花嫁衣裳は立派な物だった。
ただ、来春を見越して準備させていたので新しい花嫁衣装は間に合わず、仮祝言は母親の花嫁衣装を不眠不休で直した物だった。
嫁入り道具も新しい物が間に合わず、打掛小袖、古今集かるた、茶道具、香道具、長寿を願う鶴や亀の蒔絵箪笥、長持などは母親が檜垣屋に嫁いだ時の物だ。
それでも二百俵蔵米取旗本家には不釣り合いな、立派な嫁入り道具だった。
ゆうのために用意している嫁入り道具は、本祝言の時に改めてもう一度柘植家の屋敷に行列を連ねて送られる事になっていた。
ひとり娘なので母親が嫁入り道具に持参した雛人形を姉妹で分ける事無く、権禰宜家に相応しい立派な雛人形も嫁入り行列に加えられている。
柘植家に長年仕える奥女中が侍女郎となり、ゆうを屋敷に案内する。
出された料理は檜垣屋が急いで手配した物で、前もって準備されていたような山海の珍味を揃えて、ゆうの輿入れを立派なものにした。
可哀想なのはゆうについて行く奥女中と下女だった。
彼女達も檜垣屋から柘植家について行くのだ。
来春移動すると思っていた彼女達の準備は全く整っていなかった。
「高砂や、この浦舟に 帆を上げて。
この浦舟に帆を上げて。
月もろともに、出潮の。
波の淡路の島影や、遠く鳴尾の沖過ぎて。
はやすみのえに、着きにけり。
はやすみのえに、着きにけり」
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