裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全

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第二章

第28話:求愛と脅迫

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 新之丞が東海道筋の諸藩と大身旗本に手配りを行い、無事に京の二条城に到着した頃には、秋も十分も深まっていた。

「内親王殿下、ようやくお会いする事ができました。
 殿下との婚約が整って以来、お会いできるのを一日千秋の想いで待っていました」

 新之丞は婚約者の聖珊内親王殿下を迎えに曇華院にいた。
 聖珊内親王殿下に安心して下向してもらえるように、誠意と言葉を尽くしていた。

 聖珊内親王は中御門天皇の第一皇女であったが、早くから僧尼なる事が決められており、曇華院里坊で生まれたばかりか、僅か三歳で曇華院を相続する事になった。

 とは言え、正式に寺に入った事になっているのは五歳からで、得度したのは十一歳の時であった。

 その三年前に新之丞の父親である清水徳川宗哀が、吉宗の御落胤であると御公儀に名乗り出ている。

 その真偽を確かめるのに一年以上の月日がかかり、身分を明確にするのに更に一年以上の月日がかかった。

 先に宗武と宗尹の婚約者が決められていた事と、宗哀と新之丞が次期将軍候補になるくらい優秀だった事で、その地位と能力に相応しい未婚女性がおらず、一度僧籍に入った聖珊女王を還俗させ、内親王にしてまで婚約させる事になったのだった。

「わたくしもお会いできる日を楽しみにしておりました」

 聖珊内親王も新之丞の事を憎からず思っていた。

 最初は朝廷と幕府の権力争いよる結婚だと苦々しく思っていた。
 天皇家が、幕府の力を背景にした近衛家の横暴を抑えるために、自分を人身御供にしたのだと聖珊内親王は思い込んでいた。

 だが、新之丞が自分を迎えにわざわざ江戸から上洛してくれた事で、本当に望まれて結婚するのかもしれないと思えたのだ。
 御所に入る事も許されない自分のために、曇華院にまで迎えに来てくれる真心に心打たれたのだった。

「二条城に殿下の為の部屋を御用意いたしました。
 望まれるのなら、今直ぐにでも御案内する事ができます。
 一緒に連れて行きたい者がいるのでしたら、朝廷が許さない者であっても、私の力で下向させましょう。
 どうか遠慮する事なく、好きになされてください」

「ここで私の世話をしてくれていた者は、全員僧籍に入っていて、誰一人一緒に連れて行く事ができないのですが、貴方様の御力で何とか出来るのですか?」

「京都所司代と町奉行に命じて、即日還俗させますので、大丈夫です。
 朝廷からつけられた女官の方々は、朝廷の仕来りには詳しくても、殿下の心を慰める事はできないのでしょ?
 還俗させた者達は、女官ではなく、我が家の奥女中として召し抱えますので、何の心配もありません」

「ありがとうございます。
 これで安心して江戸の下向する事ができます」

 京に住む人々、特に公家関係の人々にとって、日本の中心はあくまでも京の都であって江戸ではなかったのだ。
 だから京大阪を上方と呼び、江戸に行く事を下向と蔑んでいた。

 徳川一門や幕臣にとっては腹立たしい事だが、吉宗公の孫だと認められるまでは、修験者の息子だと思い込んでいた新之丞には気にもならない事だった。

 それよりも、朝廷と幕府の駆け引きによって、無理矢理心穏やかな仏門の生活から現世に引き戻される、聖珊内親王を幸せにする事の方が大切だった。
 だから、聖珊内親王が望む側仕えの尼達を江戸に連れて聞く事に全力を注いだ。

 今回そのとばっちりを受けたのは、幕府側では京都所司代の土岐丹後守頼稔で、朝廷側は武家伝奏の葉室頼胤と冷泉為久だった。

「冷泉民部卿、朝廷では聖珊の事を冷遇しているのではないか?」

 新之丞は今回の件に関して弁明に現れた武家伝奏を厳しく問いただした。

「私の妻となる聖珊を一度も御所に入れず、曇華院から直接嫁入りさせるとは、幕府を舐めているとしか思えない。
 将軍家としては、皇室と仲良くやって行こうと思っているのに、これでは近衛家の方が正しく、皇室の方が間違っているとしか思えぬ。
 このままでは、皇室や朝廷の領地を削らなければ示しがつかない」

「決してそのような事はございません。
 朝廷も皇室も幕府とは好い関係を続けたいと思っております」

「だったら、聖珊に正式な称号を与えないのは何故だ!
 年下の理秀女王には嘉久宮の称号を与え、成子内親王にも籌宮の称号を与え、亡くなられた第二皇女や第三皇女にすら三宮や五宮の称号を与えているのに、我妻に称号を与えないとは、幕府と余を舐めているのか!?
 皇室など根絶やしにしてやってもいいのだぞ!」

「ひぃいいいいい、お許しを、お許しください!」

「直ぐに御所に戻って称号を持ち帰ってこい!
 今日陽が沈むまでに持ち帰らねば、余の率いてきた兵力で御所を焼き滅ぼすぞ!」

「「ひぃいいいいい」」
「直ぐに、直ぐに頂いて参ります!」
「しばし、今しばしお待ちください!」

 葉室頼胤と冷泉為久は這う這うの体で御所に逃げて行った。
 新之丞は念のために、自分が率いてきた御先鉄砲組に、何時でも鉄砲を使えるように、火縄を灯した状態で御所を包囲するように命じた。

 ★★★★★★

「清水民部卿、脅しだとは分かっておりますが、少々お言葉が過ぎるのではありませんか?」

 享保の大飢饉の時、手を尽くして窮民対策を行った京都所司代の土岐丹後守が、諫めるように言葉をかけた。

「我が妻が蔑ろにされるのを黙って見ているわけにはいかぬ。
 最近の朝廷は幕府を舐めている。
 ここらで特大のお灸を据えてやった方がいいのだ!」

「清水民部卿らしからぬ言動のような気がいたしますが?」

「土岐丹後守は少々勘違いしているようだな。
 私は人を大切にするが、人に差をつけない訳ではないぞ。
 大切な米を作ってくれる百姓は大切にするが、何の役にも立たないどころか、政の足を引っ張るような公家や武士は、殺しても飽き足らないのだ!」

「なるほど、確かに少々思い違いをしていたようでございます。
 しかしながら、幾ら何でも皇室や公家の全てを滅ぼすのは行き過ぎでございます。
 身の程を知らない公家を厳罰に処し、皇室には逆らう気にならないほどの脅しをかけておけば十分でございます」

「どのくらいの脅しが丁度いいのか、余と土岐丹後守の考えが違うようだ。
 まあ、土岐丹後守がしかと請け負ってくれるのなら、今回だけは見逃そう。
 だが、土岐丹後守の処分が甘いと思ったら、幕府軍を率いて京を焼き滅ぼすぞ!」

「清水民部卿の御期待の沿えるよう、粉骨砕身働かせていただきます」

 ★★★★★★

「新之丞様、今回は随分と臭い演技をなされましたな。
 まるで馬の足が主役を張ったような演技でございましたぞ」

 気の置けない主従である新之丞と伊之助が好き勝手に言い合っている。

「誰が大根役者だ!」

「新之丞様でございますよ」

「ふん、調子に乗っている身の程知らずには、あれくらい臭い演技で脅かした方がいいのだ!」

「まあ、確かに、驚くほど調子に乗っておりましたね」

「綱吉公、家宣公と皇室や朝廷に甘い方が続き過ぎた。
 上様も将軍職を継承する時に近衛家に借りがあった。
 だからこそ図に乗っていたのだろうが、次の代にまで借りを感じる必要はない」

「皇室や朝廷に強く出るのは、新之丞様が継がれた時でいいのではありませんか?」

「それでは姫宮が肩身の狭い思いをするではないか!
 我が妻に迎えると決めた以上、幸せにする努力は惜しまない」

「くっくっくっくっくっ。
 それにしても、姫宮を正式な称号だと言い張って誤魔化そうとするとは、公家の連中も意地を張ったものです」

「素直に新しい称号を与えればいいものを、皇女共通の姫宮という言葉を称号だと言い張るとは、可愛げが無さ過ぎる。
 こんな誤魔化し方をしようとするから、私の怒りがおさまらないのだ!」

「まあ、確かに、こんな態度を取られたら、許す気にはなれませんね」

「皇室と朝廷が送り込もうとした女官共は全員突き返せ!
 どうせ行く当てない娘や妹を幕府の金で養わせようとしたのだろう。
 姫宮を盾に使って、幕府に要求を突き付けたり、金を無心したりする心算だったのだろうが、そのような事は絶対に許さん!」

「そうですな、皇室や朝廷の間者を幕府の金で養ってやる義理はありませんな。
 ですが、曇華院からの側近だけで内親王殿下の体面が保てますか?」

「勝手向きが苦しいのは公家だけではない。
 代々将軍家に忠誠を尽くしてくれている幕臣にも勝手向きの苦しい家が多い。
 気立ての好い女を厳選して、姫宮の側仕えにすればいい。
 元々大奥にいた擦れた御殿女中など絶対に召し抱えるなよ!」

「分かっております、新之丞様。
 房殿のような気立ての好い女性を厳選したします。
 それにしても、皇室と朝廷が苦しい言い訳に使った姫宮を使われるのですね」

「ふん、向こうが青くなるまで姫宮の称号を使ってやるわ!」

「くっくっくっくっくっ。
 姫宮の称号は今後ずっと聖珊内親王殿下御一人の称号。
 これから生まれてくる皇女を姫宮と呼べなくするのですな。
 記録や日記に皇女の事をどう書くようになるのか、楽しみですな」
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