裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全

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第二章

第29話:襲撃

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 新之丞は、予定通り京大阪近隣の諸藩や大身旗本からも護衛兵を受け入れた。
 彼らと直卒の兵力で姫宮を護りながら東海道を下向した。
 新之丞達が東海道と思わせて中山道を使う可能性があると考えたら、襲撃者達は京にいる間か、両街道共通の大津宿か草津宿を狙う。
 
 案の定と言っていいのか、襲撃者達は大津宿に罠をしかけていた。
 東海道、中山道、北陸道、伏見街道と共通であったり交わったりする、街道最大の宿場町だけあって、完全に襲撃者を排除する事は不可能だった。

「姫宮、お気を確かに!
 その駕籠は安全です。
 絶対に籠から降りないようにしてください!」

 新之丞が安全なはずの駕籠から降りて聖珊内親王に声をかけた。
 新之丞は、何かあれば直ぐに助けに入れるように、聖珊内親王の駕籠の前を進んでいたのだ。

「はい、大丈夫でございます。
 吉継様こそ大丈夫でございますか?」

 聖珊内親王が何気に新之丞の諱を使う。
 新之丞から、もう夫婦同然なのだから、諱で呼んでもらって構わないと下向前に言われていたのだ。

 今回聖珊内親王を迎えに上洛するにあたり、吉宗公から吉継の名を貰っていた。
 宗武と宗尹が、吉宗の下の諱、宗の字を偏諱されているのに比べ、新之丞はただ独り上の諱、吉の字を偏諱されている。

 しかも吉の下に継ぐの字を与えて吉継としたのだ。
 吉宗の後継者が誰であるのか一目瞭然だった。
 新之丞の父親である宗哀も家晴に名を改めていた。

「私は大丈夫だ!
 皆の者、慌てずに落ち着いて対処せよ。
 火の回りはどうなっておる?!」

「清水民部卿、周りを全て火に囲まれております!」

 駕籠側を護ってくれている、小十人組の組頭が少し慌てた様子で返事をする。
 炎に恐怖して暴れた馬を御すことができずに落馬してしまい、負傷しているはずなのだが、意地と誇りで役目を果たそうとする姿は好感が持てた。

 襲撃を受けた大津宿は三つの顔を持つとても大きな宿場町だ。
 単に宿場町と言うだけでなく、琵琶湖水運の港町であり三井寺の門前町でもある。
 狭い地域に百町もの町が築かれ、一万五千もの人が住む街なのだ。

 その街の中でも、左右に商家が建ち並ぶ逃げ場のない場所で、街道筋の多くの家に火をつけられてしまったから、前後にしか逃げ場がない。
 だがその前後には、護衛の兵士が列をなしている。

「駆けさせよ!
 幕臣陪臣にかかわらず、ただ一心に前に駆けさせよ!

「はっ、承りました!
 駆けよ!
 ただ一心に駆けよ!
 邪魔する者は斬り捨てて駆けよ!」

 油と火薬を使って火の回りを早めたのであろう。
 普通の火事でも火と煙に巻かれて多くの死傷者が出るのに、今回は普通の火事とは比べ物にならないくらい早く火と煙が回っていた。

 新之丞の命令などなくても、誰もが死にたくない逃げたいと思っていた。
 逃げずに踏ん張っていたのは、武士の見栄と後の処分を恐れての事だ。
 それが公式に逃げる事を命じられたのだ。
 恥も外聞のなくなり、友崩れや裏崩れが同時に起こってしまった。

 新之丞の命令は次の宿場まで駆け抜けよという意味だった。
 行列の前半は、命令通り前に進んだ方が火事から逃れられる。
 だから命令通り次に草津宿に向かって駆けた。

 だが行列の後半は、京の方に駆けた方が火から逃れられる。
 ましてまだ大津宿に入っていなかった護衛は、大火の中に飛び込む度胸のない者が大半で、裏崩れのように京方面に逃げ出してしまった。

 軍役通りの兵力を揃える為に、日雇い人足や渡り中間を集めた弊害が、この緊急時に出てしまったのだ。

「駆けよ、余が止めるまで駆け続けよ!」

 新之丞の駕籠側近くに控え、逐一状況を報告する修験衆のお陰で、行列の後半がついて来ていない事は新之丞にも分かっていた。

 幼い頃は危険な修行をくり返していた新之丞だが、その危険は父親や伊之助達が十分に気配りした安全な危険だった。

 だが今回は、生まれて初めて、自分個人の力では対処できない危険を、女性を護りながら掻い潜らなければいけないのだ。

どーん!
「ぎゃあああああ!」
どーん!
「うわぁあああああ!」
ばーん!
「ぎゃあああああ!」

「焙烙玉です!
 敵は焙烙玉を投げつけてきました!」

 焙烙玉、火縄を入れた陶器に火薬を詰めて、手榴弾のように投げつける兵器だ。
 戦国時代に毛利水軍が無敵を誇った理由の一つだ。
 敵船に向かって使う戦道具を、生身の人間相手に使うのだ。
 それも、合戦が行われなくなって百年以上経つ享保の世に。

「慌てるな!
 投げつけてきた者を斬り捨てよ!
 余の前で見事敵を討ち取ってみよ!」

 新之丞は、内心の聖珊内親王を護りきれないかもしれないと言う不安と恐怖を押し殺し、幕臣が奮起するような言葉を放った。
 そのお陰で、胆力のある幕臣が焙烙玉を投げたであろう方向に殺到した。

どーん!
「ぎゃあああああ!」
どーん!
「うわぁあああああ!」

 何とか燃え盛る大津宿から抜けられると思った途端、左右の林の影からまたしても焙烙玉が投げられた。
 
 幸いだったのは、囮に使った駕籠の数がとても多かった事だ。
 新之丞と聖珊内親王の駕籠と同じような、並んだ駕籠が前後十組もあった。
 担ぎ方で見分けられないように、諸藩の当主一族や重臣が乗っていた。
 藩士にとっては絶対に守らなければいけない主筋や上役だ。

 襲撃側から見れば、幕臣に護られた中心にいる駕籠が新之丞と聖珊内親王が乗っていると思えるが、影武者の可能性も無視できない。
 中心を襲撃している間に、前後にいる本物を逃すわけにはいかない。
 だから結局全ての駕籠を襲う事になる。

 ★★★★★★

 襲撃者達の攻撃は熾烈を極めた。
 だが、諸藩の家臣も幕臣も命懸けで戦った。
 完璧な奇襲を受け、生まれて初めて焙烙玉を見舞われるという状況になっても、逃げる事なく向かって行った。

 奮起できたのは、行列後半のように逃げる場所がなかったからではある。
 前後左右から焙烙玉を投げつけられ、逃げたくても逃げ場所などなかったのだ。
 敵を斬れと言われたら、素直に従い易かった。
 何より将軍候補と内親王殿下を置いて逃げたら切腹だと分かっていた。

 護衛の者達は獅子奮迅の戦いをしてくれたが、襲撃者の数と武器が新之丞の予測を遥かに上回っていた。

 新之丞も鉄砲と火付けまでは予測していたが、焙烙玉は予想外だった。
 両替商の一件で連座処分となった連中が、徒党を組んで襲撃する事は予測していたが、その連中だけとは思えない数がいた。
 しかも、火付けや焙烙玉の投擲に手慣れていたのだ。

「あれが最後の駕籠だ、何としても始末しろ!」

 敵味方共に大きな損害を出していた。
 新之丞と聖珊内親王以外の駕籠は、全て襲撃者に破壊されていた。
 どの駕籠も焙烙玉の直撃や至近弾を受けていた。

 影武者となっていた者は全員死傷していた。
 だが、彼らと逆撃にでた者のお陰で、襲撃者の大半を討ち取る事ができた。
 敵の焙烙玉を使い切らす事もできた。
 結果、襲撃者達が最後の斬り込みをかけてきた!

「護れ、殿下の駕籠を護るのだ!」

 新之丞は自ら駕籠から出て聖珊内親王を護ろうとしていた。
 降りた籠を襲撃者が来る方向に並べて防御柵代わりに使った。
 最後まで周りを固めてくれる小十人や新番と共に聖珊内親王を護る。

「「「「「ぎゃあああああ!」」」」」
「「「「「うっわあああああ!」」」」」

 あちらこちらで最後の攻防が繰り広げられていた。
 敵味方共に全員が徒士で戦っていた。
 騎乗していた者は、焙烙玉の爆発音と火に恐怖した馬に放り出されてしまい、襲撃の早期に戦う力を失ってしまっていた。

「死ね、大騙り!」

 小十人や新番の護りを討ち破って、襲撃者の一人が襲い掛かってきた。
 手槍を縦横無尽に振るって幾人もの小十人や新番を突き殺している。
 そんな手練れが新之丞ただ独りを狙って突っ込んで来た。

 対する新之丞は、まだ誰も斬っていない刀を抜き放っていた。
 新之丞のような身分の者が、自らの手で人を殺す事などない。
 いたとするなら、人殺しが好きな狂人だけだ。

「姫宮を護るためなら人殺しも辞さぬ。
 死ぬ覚悟があるのなら掛かってこい!」

「死ね、偽者!」
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