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第一章

第5話亡国の足音、国王視点

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「もう、この国はお終いだ、愚か者の王太子の所為でな。
 いや、余があれを廃嫡に出来なかったのだ、余の責任だ」

「陛下、何を申されるのです、高が女一人の事、しかも公爵家を追放になって何の力もない女です、気にする事などありません。
 それよりは早く隠居されて、王位を譲られてください」

 愚か極まりない王妃だ、我が子可愛さに、何も見えなくなっている。
 いや、違うな、余に嫁いできた時から、度し難いほど愚かだった。
 王太子が愚かなのもこの者の血が濃く出たのかもしれない。
 いや、己の罪と無能を他者の所為にしてはいけない、余が愚かなのだ。
 死の床に就いて、ようやくこの国の現状を受け入れることができた。
 己の弱さ愚かさを認めることができるようになった。

 余の遊興のために余裕のなくなった国庫を、いや、さらなる遊興のために国防費を削り、命懸けで国を護ってくれていた将兵に満足な食糧も武具も与えてこなかった。
 それを四人の辺境伯は未開地を開拓しながら補ってくれていた。
 その四人が、この国を見捨てて独立を宣言した。
 聖女カリーヌを保護したヴァレンティア辺境伯だけではなく、他の三人にも王家王国は見捨てられたのだ。

 愚かで怯懦な王太子は、裏切者を討伐しろと、王国軍の将軍や貴族の命じているが、睨まれただけで失禁脱糞するような臆病者の命令を、何所の誰が聞くのだ。
 命令を聞くふりをして、軍事費を着服して己の利益とする将軍。
 将軍が軍事費を着服したため、遠征軍の将兵には食糧もなく、現地の民から略奪するしかないが、そんな事になれば、民が辺境伯の領地に逃げるだろう。
 いや、領主が辺境伯の配下に入って、諸侯軍を動員して王家王国に叛旗を翻しかもしれない。

 近隣諸国がこの機を逃さずに侵略をしてくるかもしれないが、それは簡単に撃退されるだろう。
 余の身勝手な振舞いで、今迄から彼らは独力で近隣の侵攻を撃退していた。
 今さら王太子と敵対したからと言って、実力が低下するわけではない。
 それどころか、聖女カリーヌを軸に辺境伯連合を組めば、無敵の強さだろう。

 余は、この国を滅ぼした愚かな王として歴にに名を残すことになるだろう。
 直接の原因は王太子だと史書に残るだろうが、余の悪行が見逃される事はない。
 それに、神々が王家王国を許すとは思えない。
 どれくらいの天罰が下るかで、生き残れる民の数が変わる。
 願わくば、少しでも多くの民が生き残れますように。

「陛下、陛下、王位を譲れないとはどういう事でございますか?!
 この状態で国王が軍を指揮できないでは、将兵の士気にかかわりますぞ。
 直ぐに余に王位を譲られるのです、さもないと天寿を全うできませんぞ!」

 自分独りでは、余を弑逆する事すらできないのか。
 エリルスワン公爵とオレリアに余を殺させようと言うのか?
 王位を簒奪しようと言う者が、自ら手を下せないとは、情けない。
 余が王太子に殺されれば、少しは聖女の役に立つかもしれない。
 聖女軍が立つときに、叛乱ではなく正義の討伐に出来るかもしれない。
 寿命の尽きた命を捧げる程度で、今までの罪が許されるとは思わないが、今の余にはこの程度のことしかできない。
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