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第一章

第4話ヴァレンティア辺境伯ユーセフ卿

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「動くな、腐れ外道!」

 私を殺すためにあらかじめ配置されていた近衛騎士が、裂帛の気合が込められた静止の言葉に、金縛りにあったように動きを止めた。
 ヴァレンティア辺境伯ユーセフ卿が、金色の瞳に激烈な怒りと蔑みを宿し、この幼稚極まる策謀を行った王太子達を睨みつけています。
 聖女の力を宿した私ですら、動く事ができないほどの視線の強さです。

「偽聖女、よくもそのような恥知らずな冤罪をかぶせようとする。
 それで王侯貴族の地位を振りかざすとは、この国の仁道も地に落ちたな。
 いや、最初からこの国に仁・義・礼・智・信・勇・忠・孝・悌・和の何一つない。
 よく聞け、恥知らず共。
 もしカリーヌ嬢が偽物だというのなら、何故今奇跡の力が使えた。
 不貞を行って神の怒りを買ったいたら、神の奇跡が行えるはずがない。
 今奇跡が行えた言う事自体、聖女である動かし難い証拠だ。
 その聖女に冤罪をかぶせて殺そうとする、恥を知れ、恥を!」

「ひぃいいいい、くるな、くるな、くるな、余はエリルスワン公爵だぞ」
「ヒィィ、いや、いや、いや、こないで、こないで、こないで」
「……」

 父のエリルスワン公爵が、ユーセフ卿の視線に恐怖して、腰を抜かしています。
 分不相応な尊称を自称しながら、ズリズリと後ろに下がります。
 姉のオレリアお同じように腰を抜かしてズリさがっています。
 でも一番情けないのは王太子で、ユーセフ卿の視線を受けて、恐怖のあまり気絶してしまっています
 しかも周囲に黄色い水分が広がり、強烈な臭気まで漂います。
 王太子ともあろう者が、睨まれただけで失禁脱糞するなど、情けなさすぎます。

「聖女カリーヌ様、このような腐りきった国は貴女様に相応しくありません。
 私が治めるヴァレンティア辺境伯領は何もない田舎ではありますが、将兵は気高く民は心優しく善良でございます、どうか我が領地に来てください」

「ありがとうございます、ヴァレンティア辺境伯ユーセフ卿。
 厚かましいことではありますが、お世話になります。
 今日から私はマライーニ王国の聖女ではなく、ヴァレンティア辺境伯領の聖女にならせていただきます」

 もう、決断する時なのでしょう。
 この国や公爵領の貧しい民の事を想い、今日まで我慢してきました。
 でも、このままでは王太子や父姉に殺されてしまいます。
 私が彼らに殺されてしまったら、神々の怒りがこの国を焼き尽してしまいます。
 飢えや悪政に苦しめられるだけでは済まなくなります。
 ここは生き残る事を優先しなければいけません。
 それに、広大な未開地を有するヴァレンティア辺境伯なら、マライーニ王国を逃げてくる民を受け入れる事ができるでしょう。
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