ざまぁの嵐

克全

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第一章

第7話:落とし穴

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メストン王国暦385年4月5日:フェラーリ侯爵領領都城壁外

 私はアリギエーリ侯爵の心を完璧に打ち砕きました。
 当主だけでなく、アリギエーリ氏族全体にも圧力をかけました。
 
 西部貴族の半数は、アリギエーリ侯爵ではなく私の顔色を伺う状態です。
 何と言っても、アリギエーリ侯爵が私に相談もなく当主や跡取りを処罰した家を、私は寛大な心で許してやったのです。

「か弱い令嬢が、ダンテのような獣に王子の地位を振りかざして迫られたら、断れなくて当然です」

「「「「「おおおおお!」」」」」

 1番の被害者であり、国内最強と呼ばれたアリギエーリ侯爵を完膚なきまでに叩きのめした私、エレナが理解を示したのです。

 アリギエーリ侯爵が狂乱した時に参陣していなくて、何とか処罰を免れた貴族家の当主や跡取りが心を動かすのは当然です。

「それに、貴族の令嬢に生まれた者が、家のために公妾や愛人になろうとするのは、なんらおかしい事ではありません。
 むしろ褒められるべき事です」

「ありがとうございます」
「感謝の言葉もありません」
「アリギエーリ侯爵とは雲泥の差です」
「アリギエーリ侯爵家から追い出された老臣達の待遇を見ても、弱い寄子や家臣の事を考えてくださるのはマリーニ侯爵家の方です」

「ただ、妃の座を狙って私とマリーニ侯爵家に恥をかかせた、コクラン男爵家とシルキン宮中伯家だけは絶対に許せません。
 ダンテとヴィオラ、ルイージは王家が捕らえたふりをして匿っているようですが、コクラン男爵とシルキン宮中伯は西部に潜んでいるようです。
 卑怯下劣なだけでなく、惰弱な売国奴であるアリギエーリ侯爵に、彼らの捜索を任せる訳にはまいりません。
 本当に心から国を思う忠義者にしか任せられません。
 連中がレイヴンズワース王国に逃げこむ前に捕らえてください」

「「「「「はい!」」」」」

 私の、お願いしているように見せかけた命令に、西部貴族の半数以上が従ってくれましたので、アリギエーリ侯爵家を中心として西部の寄親寄子体制は崩壊しました。

「貴男達を死地に残すようで胸が痛みますが、これもマリーニ侯爵家が生き残るためなので諦めてください」

「何を申されるのですか、主家のために死ぬのは家臣の誉れでございます」
「こいつの言う通りです、名誉以外の何物でもありません」
「我らは新領地を護って立派に戦ってみせます」

 私は西部に有った王家や王国の直轄領を接収しました。
 アリギエーリ侯爵は、粛清した貴族の私財を私に渡して、領地は自分で接収するか、潰した貴族の中で自分の意のままに動かせる者に与える気だったのでしょう。

 ですが私は貴族家の土地など欲しくありません。
 レイヴンズワース王国との戦いで荒れ果てると分かっている土地など、領有しても負担になるだけです。

 私が1番大切にしなければいけないのは、マリーニ侯爵家の家臣と領民です。
 2番目が今マリーニ侯爵家が治めている領地。
 3番目がカーショウ山脈北側にある古くからの寄子達です。

 西部貴族の心をつかめれば、盾にして時間稼ぎくらいには使えます。
 戦わせてみなければ、本性が分かりません。
 本当に信じられると分かったら、負けたとしても本領に匿ってあげます。

「何を馬鹿な事を言っているのですか。
 新たに得た土地など、代々忠誠を尽くしてくれて来た、家臣の命とは比べ物になりません
 レイヴンズワース王国が攻め込んで来たら、そんな土地など捨てて逃げるのです。
 そして勝ち目の有る場所で戦うのです。
 武人ならば、勝ち目のある戦いに命を賭けなさい。
 大切な命を無駄な戦で失う事は絶対に許しません」

「「「「「はい、ありがとうございます!」」」」

 10人の騎士を西部に残して、私は北部を目指しました。
 中央部にある王家王国の直轄地帯には近寄らず、西部貴族が支配する地域を通って、フェラーリ侯爵家が寄親を務める北部に向かいました。

 フェラーリ侯爵家と当代の王子王女はとても血が濃いのです。
 代々我が家以外の3侯爵家から妃を出しているのですが、亡くなられた当代の王妃は、現フェラーリ侯爵の実妹なのです。

 私に大恥をかかせたダンテは、フェラーリ侯爵の甥になります。
 鍛冶聖人と呼ばれる現フェラーリ侯爵ジョルジョには3人の子供がいます。

 長男のサミュエルは父親に似た職人気質の人で、政治や謀略には縁のない人です。
 3年前まで学園に在学されていて、私の三兄チリッロ、四兄バルドと仲が良かったので、それなりの交流をさせて頂いていました。

 人として信用できるのですが、貴族家の当主や跡継ぎとして考えると、強かさに欠けるところがあります。

 ただ、サミュエルの嫁がパオロ王の第1王女で王位継承権第3位のビアンカである事は、大問題です。

 王家とフェラーリ侯爵が手を結ぶ事は、北部の鉄製品や工芸品を輸出品としている我が家には痛手になります。

 メストン王国の産物を無理に輸出しなくても、中継貿易だけでも十分利益を上げられますが、少しでも交易利益を増やすのが我が家の生きる道なのです。

 それに、ビアンカ第1王女は王家の血筋が強いようです。
 フェラーリ侯爵家の血も半分入っているのに、物造りよりも政治の方が好きなのは、以前からの調査で分かっています。

 ダンテが大失態をしでかしたのを機に、ダンテだけでなく次弟のエンツォも抑えて、自分が女王になろうと画策するかもしれないのです。

 別に王家や3侯爵家が滅んでも構わないのですが、助けられる民を見殺しにしてしまうと、後味が悪くなります。
 だからほんの少しだけ策を弄します。

「マリーニ侯爵家の長女、エレナ・フォン・マリーニが、フェラーリ侯爵家の次男、ファビオ・フォン・フェラーリに軍事同盟を申し込みます!」

 領都の城壁外側から大声で叫んでやりました。
 拡声の魔術を使っているので、領都中だけでなく、領城内の隅々まで広がります。

 当主どころか跡継ぎの次期当主でもない、次男に軍事同盟を申し込んだのです。
 普通なら次男のファビオが当主の座を狙って謀叛を企んでいると思うでしょう。
 ですがフェラーリ侯爵家の血が濃い兄妹に政治的な野望はありません。

 職人気質のフェラーリ侯爵家内だけの話ですめば、何事もなく収まるのかもしれませんが、王位を狙うだろうビアンカ第1王女がいるのです。
 すんなりと収まるはずがありません。

 フェラーリ侯爵家に直接恨みがあるわけではありませんが、4大侯爵家の1つで、ダンテの外戚にあたるのなら、もっと甥の教育に力を入れるべきでした。

 王妃である妹が死んでしまっていて、残った方親が何かと忙しい王なのですからら、義兄として王子教育に協力すべきでした。

 職人である事を誇りにするのは、ただの職人ならば許されます。
 ですが、王国北部を纏める寄親としては失格です。

 彼らが誇りにしている金属製品で例えるなら、王子達の叔父や外戚としては出来損ないで、不良品としか言いようがありません!
 その責任はとってもらいます!
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