ざまぁの嵐

克全

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第一章

第8話:エンツォ第2王子サイド:戦争と姉弟愛

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メストン王国暦385年4月14日:フェラーリ侯爵領・領都・城壁外

 馬を潰す勢いでエレナ嬢を追った。
 西部貴族の支配域に入り、アリギエーリ侯爵と争っていると報告があった場所にたどり着いたが、既にエレナ嬢の姿はなかった。

 フェラーリ侯爵家に向かったと聞いたので、急いで追いかけようとしたのだが、西部一帯の状況が追う事を許さなかった。

 とても信じられない話なのだが、国境防衛の要であるアリギエーリ侯爵が、エレナ嬢に完敗したというのだ。
 それも二度と戦えなくなるくらい心身を破壊されたと聞いた。

 何より大問題だったのは、西部貴族の心が王家からもアリギエーリ侯爵からも離れた状況で、レイヴンズワース王国が侵攻の準備をしている事だった。

 情けなさ過ぎて涙も出ないのだが、西部地方に残されていたエレナ嬢の家臣から、レイヴンズワース王国が侵攻の準備をしていると教えられたのだ。

 王家も王国も、アリギエーリ侯爵家も西部貴族達も、誰も気がついていないのに、南部貴族の寄親が知っていて、警告されると言うていたらくだ!

 こんな状態を放り出してエレナ嬢を追いかける訳にもいかず、アリギエーリ侯爵領に残って、混乱する西部貴族を纏めようとした。

 だが、自分には何もできなかった。
 全ての元凶は、エレナ嬢に恥をかかした愚兄であり、あんな風に育てたのが王家だからだ。

 王家が西部貴族の心を失ったかを思い知らされただけだった。
 王位継承権第1位に繰り上がった私よりも、エレナ嬢が西部に残して行った陪臣騎士の指揮に、西部貴族達が従う現実を見せつけられただけだった。

 私が西部地方に到着してから10日目、好機が来たと慌てて侵攻準備を整えたレイヴンズワース王国が侵攻してきたが、私には出番がなかった。

「お嬢様に大恥をかかせたばかりか、殺そうとまでしたアンゼルモ王家の事だ、戦いのどさくさに紛れて何時味方を攻撃するか分からん!
 我が軍から半日以上近づくな!
 近づいたら、臣従を打診してきたレイヴンズワース王国に同盟を提案して、手を携えて王城に攻め込むぞ!」

 王家と王国を敵視するエレナ嬢の家臣に合流を拒否されたのだ。
 しかも、既にレイヴンズワース王国から臣従の使者が来ているという。
 全部愚兄ダンテの所為だ!

 幽閉したのが失敗だったのだ!
 父王陛下が即座にエレナ嬢に引き渡していれば、こんな事になっていなかった!
 せめて首を刎ねて差し出していれば、ここまで酷い状況にはならなかった!

 エレナ嬢の家臣が指揮を執る西部貴族連合が、アリギエーリ侯爵家の居城に籠城するのに、第2王子の私は、半日も離れた山に臨時の砦を造って籠城しなければいけなかった。

 居城に入れてくれる西部貴族が1人もいなかったからだ。
 王家や王国が直轄領にしていた所にある砦は、エレナ嬢の家臣によって占拠されており、エレナ嬢に許しを請う立場なので、攻撃して奪う事など絶対にできない。

「殿下、レイヴンズワース王国がこちらに向かっております。
 マリーニ侯爵家が、殿下がここにいる事を知らせたに違いありません!
 これは明確な反乱でございます!
 これ以上マリーニ侯爵家をつけあがらせてはいけません!
 ここは一旦王城に引き、フェラーリ侯爵家とフェレスタ侯爵家の援軍を待って、マリーニ侯爵家軍とレイヴンズワース王国軍を叩きましょう!」

「黙れ憶病者!
 死ぬのが怖くて戦場から逃げ出す言い訳に、マリーニ侯爵家に難癖をつけるなど、ダンテやイラーリオと同じだ!
 それほど死にたくないのなら、さっさと逃げろ!
 憶病者などいる方が邪魔だ!」

 情けなさ過ぎて涙も出ない……
 王家の直属の貴族がここまで惰弱になっていたとは!

 王位継承権1位の私にここまで言われたら、少しでも気概のある男なら、奮起して残ると思っていたのに、半数の騎士と徒士が王都に逃げ出した。

 能力がないだけでなく、勇気も忠誠心もない。
 そんな連中の能力も性格も見抜く事ができず、役職につけてしまっていた。

 それも、国を守るべき武官につけてしまっていたのだ。
 父王陛下を始めとした、私を含む王族の無能さに涙が流れた。

 レイヴンズワース王国軍1万兵の猛攻を防ぐには、急造の砦では防御力が弱すぎたし、半数の500に減った騎士団では少な過ぎた。

「名誉と忠誠心の為に残ってくれた誇り高き者共よ!
 私と共にここを墓所と決めて、地に落ちた王家の誇りを取り戻してくれ!
 頼む、この通りだ」

 私が血を吐く思いでそう願うと……

「お任せください!」
「殿下お独りを死なせはしません!」
「王家騎士の名誉は我々が守ります!」
「我々は徒士に過ぎませんが、誇りは騎士にも負けません!」
「逃げ出した騎士連中に覚悟の違いを見せつけてやります!」

 残ってくれた者達の心意気に涙が流れた。
 勇気と忠誠心の有る本当の士が死に、憶病で忠誠心の欠片もない連中が生き残る。
 亡国……少なくともアンゼルモ王家は滅びるべきなのかもしれない。

 それでも、主従一丸となって必死で戦った。
 500対10000なのに、丸1日急造の砦を守り抜いたのだ。
 誰に誇っても許される奮闘だと思う。

 だが流石に人数差が大き過ぎた。
 こちらが不眠不休で戦うのに比べて、敵は交代で休む事ができる。
 もうこれ以上戦える状況ではなかった。

「「「「「うわぁあああああ!」」」」」
「「「「「逃げろ」」」」」
「「「「「殺されるぞ!」」」」」

 エレナ嬢の家臣は騎士としても指揮官としても優秀だった。
 彼らは王子である私を囮にして勝機を掴んだのだ。
 名誉のために家臣を道ずれに死ぬ事しか考えられなかった私とは、大違いだった。

 それに、ダンテの事を愚兄と言っていた私も同じように愚かだった。
 全く何も分かっていなかった。
 
「自分達が敵兵10000の全て相手にしていると思っていたのか?
 我らが城に引き付けていた兵が7000もいるのだ。
 敵もバカではないのだぞ。
 全軍を王子に向けたら、我らに背後を突かれるだろうが!」

 500対10000だと思っていたのに、実は500対3000だった。
 それでもよく頑張ったと言えるが、問題は、それをやった者と何も知らなかった者のとても大きな差だった。

 エレナ嬢の家臣達は、多くの密偵を放って刻一刻と状況を調べさせていた。
 密偵は、これまで西部貴族の家臣だった者や領民だった者だ。

 彼らは、マリーニ侯爵の家臣に取立ててもらえる事になっていた。
 万が一当人が戦死する事があっても、子弟を必ず取立てると約束していたのだ。

 これも王家とマリーニ侯爵の信用の違いだった。
 王家が取立てると約束しても、西部貴族の家臣や領民は信用してくれないだろう。
 それなのに、南部の寄親であるマリーニ侯爵の方が信用されている。

 敗北感に打ちのめされてしまった。
 もうこの場に倒れ込んで諦めたい気分だった。
 だが、エレナ嬢に負けっぱなしなのも悔し過ぎた。

「我らは王国存続のために何としてもエレナ嬢の許してもらわなければならぬ。
 思わぬ時間を使ってしまったが、これより急ぎフェラーリ侯爵家に向かう」

 克己心で何とか自分を奮い起こした私は、限界まで急いで北部にあるフェラーリ侯爵家に向かった。

 フェラーリ侯爵家は王家に残されたわずかな希望だった。
 私の母親がフェラーリ侯爵家の出なのだ。
 上の姉が、フェラーリ侯爵家の次期当主サミュエルに嫁いでいる。

 当代で見れば、4大侯爵家で1番血が濃い家なのだ。
 普通なら王家を見放すとは思えないのだが、油断はできない。
 あのエレナ嬢が、何の勝算もなしにフェラーリ侯爵家に向かいはずがない!

「私は王位継承権3位の第1王女ですよ!
 いえ、ダンテが本当に王位継承権を剥奪されたのなら、第2位の継承権者です。
 その私を離縁して追放するなんて、気が狂ったのですか?!
 上手くやれば、サミュエルは王配に成れるのですよ?!
 カッリストが国王に成れるかもしれないのですよ!」

 疲れ切った状態でフェラーリ侯爵家の領都にたどり着くと、事もあろうにビアンカ姉上が領都から追い出されていた。

 姉上の輿入れの付き従った護衛騎士や侍女が一緒にいるから、盗賊や不届き者に襲われる心配はないが、普通ではありえない事だった。

 何より私を驚かせたのは、姉上が私を追い落としてでも王位を欲しがっている事と、私達が近づいた事にすら気付かない精神状態だ。

 500人もの騎士団が急いで近づいてくるのだ。
 100の騎士と200人の徒士、騎士の家臣が200人がたてる馬蹄と足音は、とても大きく地響きを感じるほどだ。

 現に姉上の護衛騎士と侍女達は私達に気がついている。
 姉上に報告している様子も見てとれる。
 一体姉上に何があったのだ?!
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