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第1章
第7話:上意討ち
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「無礼者、わらわを誰と心得る!」
真昼間から、あられもない姿で愛人と戯れていた女が叫ぶ。
主君である西尾主水正が江戸に出府しているのを好い事に、事も有ろうに横須賀城の奥に愛人を引っ張り込んでいた。
「何事でございますか?!
若殿と言えども、このような狼藉は許されませんぞ!」
まだ着物もまともに着られていない、不義密通が明らかな情けない姿で、城代家老が必死で虚勢を張る。
「戯けが、そのような姿で何を言っても通るはずがなかろう!」
若殿、西尾山城守が刀を抜いたまま激高して叫ぶ。
「これは……これは……止むに止まれぬ事情が……」
「某は幕府西之丸書院番士、長谷川平蔵でござる。
その方らの悪巧みは幕府の知る所、何をどうしようと、もう逃げ道はござらん。
我らを殺して悪巧みが成功しても藩は御取り潰しになり藩士全員が極刑でござる」
まだ正式に番入りした訳ではないのに、長谷川平蔵がぬけぬけと名乗る。
「もはやこれまで、死ね!」
初老の城代家老が破れかぶれとなって若殿に斬りかかろうとした。
「痴れ者が!」
長谷川平蔵が抜き打ちに城代家老の額を叩き割って一刀両断にする。
「「「「「きゃあああああ」」」」」
城代家老が血飛沫を上げて斬り殺されるのを見て、若殿を止めようと集まっていた謀叛一派の奥女中達が、悲鳴をあげて逃げ出す。
「「「「「上意!」」」」」
五人の近習が不義密通をしていた愛妾を斬り捨てる。
「探せ、不義の子を探して殺せ!」
「お待ちください、山城守様。
城代家老と御愛妾が不義密通をしていたからと言って、子供に罪はありません」
生れて初めて人を殺す指揮をして、正気を失い荒ぶる山城守を勝三郎が止める。
「何を申すか、本当に父上の子供かどうかも分からぬのだぞ?!
この期に及んで御家騒動の禍根を残せと申すか?」
「山城守様、幕府に届け出ていない子供でございます。
御老中の方々も事情を御存じなのです、何の心配もございません。
弟かもしれない幼子を殺すのは、山城守様の心に影を差すかもしれません。
某が預かり、捨て子として寺に預けさせていただきます」
「寺だと、仏門に入れて生かすというのか?!」
興奮冷めやらぬ西尾山城守は納得できないようで、咬みつくように言い返す。
「はい、これから藩士の半数以上を斬首にするのです。
斬首を免れた家族も奉公構にして放逐するのです。
元服を迎えていない女子供くらいは、情けをかけてやるのが君子の道では?」
佐久間勝三郎に諭された西尾山城守は、良識を焼き尽くさんばかりの怒りを抑えようと、何度も大きく息を吸い込んだ。
「貴公が責任を持って、我が家に仇をなさぬようにするというのだな?」
「はい、我が家は代々南町奉行所の与力を務める家でございます。
罪人の子供が道を誤らぬように預けられる、確かな寺を知っております」
「分かった、某も幼子を殺すような後味の悪い事はしたくない。
だが、重ねて確かめるが、我が家との関係を完璧に絶てるのだな!」
「はい、御任せ下さい、罪人の子が親の悪事を言い立てられて道を謝らぬように、生まれを悟られずに預けられる寺がございます、御安心下さい」
佐久間勝三郎が重ねて大丈夫だと言ったので、山城守も受け入れた。
怒りの激情が下火になり、佐久間家が謀叛の悪巧みを探り当ててくれたから、毒殺されずにすんだ事を思い出し、恩人の諫言は聞くべきだと自分に言い聞かせた。
幼子を殺さないように諫言した勝三郎だったが、謀叛に加担していた者、阿諛追従で城代家老に取り入ろうとしていた者に対しては厳罰を勧めた。
城代家老を上意討ちしただけでなく、一族郎党の悉くを斬首にした。
城代家老に続いて三人の中老も一族郎党と共に謀叛人として斬首された。
上士である石取りの給人家は七割が斬首にされ、家も取り潰された。
中士に当たる扶持米取は五割、下士の切米取は三割が斬首にされた。
残された家族が家を継ぐことは許されず、奉公構えで放逐された。
このまま新しい藩士を召し抱えなければ、藩の勝手向きは好転する。
だが幕府によって最低限の軍役が定められているから、召し抱えるしかない。
足軽以下は必要な時に人宿から雇い入れれば良いが、騎馬武者や徒士侍といった士分は、軍役の数だけ召し抱えないといけない。
「圧倒的に不利な状況の中で山城守様に忠義を尽くした方々を取立てられよ。
才人も大切ですが、それ以上に大切なのが忠義者です」
「分かっておる、爺を始めとした忠義の士を空いた給人に取立てる」
「その上で、藩政や農政に秀でた者を取立てられよ。
人宿組合に良き者がいれば、実高が増えるかもしれません」
「今回の件で勝手向きは多少良くなるだろうが、実高を増やすのは大切だな。
湊が栄えれば好いのだが、そのような者が人宿におるのか?」
「いなければ諦めれば良いではありませんか。
いるかもしれないのに、試さずに見逃すのは愚かではありませんか?」
「確かにその通りだな、分かった、人宿組合に尋ねさせよう」
「旗本御家人の子弟に有望な者がいるかもしれません。
何より、旗本御家人の子弟を登用されたら、幕府との繋がりが強くなります」
「ふむ……それも良いかもしれぬな」
佐久間勝三郎と長谷川平蔵は、横須賀藩の謀叛人達の処罰があるていど終わるまで、江戸に帰れなかった。
だが処罰の途中で、謀叛人達の一部が家族揃って逐電してしまった。
斬首処分となった者があまりにも多く、逆に見張る者が少ない状態だった。
抜擢された下士や足軽、中間や小者が見張っていたが、逃げられてしまった。
だが、逃げた者たちに未来はない。
表沙汰にはされないが、謀叛を未然に防いだことは確実に三百諸侯に広まる。
主君を阿芙蓉で廃人にして、若殿を毒殺しようとした者を受け入れる藩などない。
武士を捨て、平民として大きな町に紛れ込む以外に生きる道はない。
大きな町といっても、横須賀藩士が参勤交代で出入りする江戸は危険だ。
京大阪、名古屋くらいしか元武士の町人が生きて行けそうな場所はない。
しかも一生藩の追手に怯えて暮らす事になるから、勝三郎が言った。
「一生怯えて暮らさなければいけない、西に逃げた者達は放っておきましょう。
それよりも一日でも早く江戸に戻って、残った謀叛人達を成敗いたしましょう。
余程の愚か者でなければ江戸には行かないと思いますが、諦めの悪い愚か者が、江戸の謀叛人達と手を組んで悪足掻きするかもしれません」
「分かった、後の事は爺達に任せて江戸に戻ろう」
若殿西尾山城守が決断したので、佐久間勝三郎達は江戸に急いだ。
早馬を使ったので、斬首を逃れた謀叛人達よりも早く江戸に戻れた。
江戸に戻った西尾山城守は中屋敷に入ってひと晩だけ英気を養った。
上屋敷に討ち入り謀叛人達を成敗するために、十分な休息が必要だった。
若殿の御国入りと国元の謀叛人成敗が江戸表に知られたら、藩主が殺されてしまう可能性があったし、謀叛人達を取り逃がしてしまう可能性もあった。
だが、老中の田沼意次と松平武元が中屋敷に助太刀を送ってくれたので、中屋敷の若殿が国元に討ち入っている事は、上屋敷の誰にも知られていなかった。
更に幕府の密偵が横須賀藩上屋敷を見張っていたので、謀叛人達が逃げ出しても居所を見つけられるようになっていた。
「謀叛人ども、その方らの悪巧みは露見した!」
西尾山城守は忠義の近習番五人を率いて上屋敷に乗り込んだ。
もちろん助太刀の佐久間勝三郎と長谷川平蔵も一緒だ。
更に国入りの時と同じように、幕府の密偵と雨垂の亥之助が影供していた。
真昼間から、あられもない姿で愛人と戯れていた女が叫ぶ。
主君である西尾主水正が江戸に出府しているのを好い事に、事も有ろうに横須賀城の奥に愛人を引っ張り込んでいた。
「何事でございますか?!
若殿と言えども、このような狼藉は許されませんぞ!」
まだ着物もまともに着られていない、不義密通が明らかな情けない姿で、城代家老が必死で虚勢を張る。
「戯けが、そのような姿で何を言っても通るはずがなかろう!」
若殿、西尾山城守が刀を抜いたまま激高して叫ぶ。
「これは……これは……止むに止まれぬ事情が……」
「某は幕府西之丸書院番士、長谷川平蔵でござる。
その方らの悪巧みは幕府の知る所、何をどうしようと、もう逃げ道はござらん。
我らを殺して悪巧みが成功しても藩は御取り潰しになり藩士全員が極刑でござる」
まだ正式に番入りした訳ではないのに、長谷川平蔵がぬけぬけと名乗る。
「もはやこれまで、死ね!」
初老の城代家老が破れかぶれとなって若殿に斬りかかろうとした。
「痴れ者が!」
長谷川平蔵が抜き打ちに城代家老の額を叩き割って一刀両断にする。
「「「「「きゃあああああ」」」」」
城代家老が血飛沫を上げて斬り殺されるのを見て、若殿を止めようと集まっていた謀叛一派の奥女中達が、悲鳴をあげて逃げ出す。
「「「「「上意!」」」」」
五人の近習が不義密通をしていた愛妾を斬り捨てる。
「探せ、不義の子を探して殺せ!」
「お待ちください、山城守様。
城代家老と御愛妾が不義密通をしていたからと言って、子供に罪はありません」
生れて初めて人を殺す指揮をして、正気を失い荒ぶる山城守を勝三郎が止める。
「何を申すか、本当に父上の子供かどうかも分からぬのだぞ?!
この期に及んで御家騒動の禍根を残せと申すか?」
「山城守様、幕府に届け出ていない子供でございます。
御老中の方々も事情を御存じなのです、何の心配もございません。
弟かもしれない幼子を殺すのは、山城守様の心に影を差すかもしれません。
某が預かり、捨て子として寺に預けさせていただきます」
「寺だと、仏門に入れて生かすというのか?!」
興奮冷めやらぬ西尾山城守は納得できないようで、咬みつくように言い返す。
「はい、これから藩士の半数以上を斬首にするのです。
斬首を免れた家族も奉公構にして放逐するのです。
元服を迎えていない女子供くらいは、情けをかけてやるのが君子の道では?」
佐久間勝三郎に諭された西尾山城守は、良識を焼き尽くさんばかりの怒りを抑えようと、何度も大きく息を吸い込んだ。
「貴公が責任を持って、我が家に仇をなさぬようにするというのだな?」
「はい、我が家は代々南町奉行所の与力を務める家でございます。
罪人の子供が道を誤らぬように預けられる、確かな寺を知っております」
「分かった、某も幼子を殺すような後味の悪い事はしたくない。
だが、重ねて確かめるが、我が家との関係を完璧に絶てるのだな!」
「はい、御任せ下さい、罪人の子が親の悪事を言い立てられて道を謝らぬように、生まれを悟られずに預けられる寺がございます、御安心下さい」
佐久間勝三郎が重ねて大丈夫だと言ったので、山城守も受け入れた。
怒りの激情が下火になり、佐久間家が謀叛の悪巧みを探り当ててくれたから、毒殺されずにすんだ事を思い出し、恩人の諫言は聞くべきだと自分に言い聞かせた。
幼子を殺さないように諫言した勝三郎だったが、謀叛に加担していた者、阿諛追従で城代家老に取り入ろうとしていた者に対しては厳罰を勧めた。
城代家老を上意討ちしただけでなく、一族郎党の悉くを斬首にした。
城代家老に続いて三人の中老も一族郎党と共に謀叛人として斬首された。
上士である石取りの給人家は七割が斬首にされ、家も取り潰された。
中士に当たる扶持米取は五割、下士の切米取は三割が斬首にされた。
残された家族が家を継ぐことは許されず、奉公構えで放逐された。
このまま新しい藩士を召し抱えなければ、藩の勝手向きは好転する。
だが幕府によって最低限の軍役が定められているから、召し抱えるしかない。
足軽以下は必要な時に人宿から雇い入れれば良いが、騎馬武者や徒士侍といった士分は、軍役の数だけ召し抱えないといけない。
「圧倒的に不利な状況の中で山城守様に忠義を尽くした方々を取立てられよ。
才人も大切ですが、それ以上に大切なのが忠義者です」
「分かっておる、爺を始めとした忠義の士を空いた給人に取立てる」
「その上で、藩政や農政に秀でた者を取立てられよ。
人宿組合に良き者がいれば、実高が増えるかもしれません」
「今回の件で勝手向きは多少良くなるだろうが、実高を増やすのは大切だな。
湊が栄えれば好いのだが、そのような者が人宿におるのか?」
「いなければ諦めれば良いではありませんか。
いるかもしれないのに、試さずに見逃すのは愚かではありませんか?」
「確かにその通りだな、分かった、人宿組合に尋ねさせよう」
「旗本御家人の子弟に有望な者がいるかもしれません。
何より、旗本御家人の子弟を登用されたら、幕府との繋がりが強くなります」
「ふむ……それも良いかもしれぬな」
佐久間勝三郎と長谷川平蔵は、横須賀藩の謀叛人達の処罰があるていど終わるまで、江戸に帰れなかった。
だが処罰の途中で、謀叛人達の一部が家族揃って逐電してしまった。
斬首処分となった者があまりにも多く、逆に見張る者が少ない状態だった。
抜擢された下士や足軽、中間や小者が見張っていたが、逃げられてしまった。
だが、逃げた者たちに未来はない。
表沙汰にはされないが、謀叛を未然に防いだことは確実に三百諸侯に広まる。
主君を阿芙蓉で廃人にして、若殿を毒殺しようとした者を受け入れる藩などない。
武士を捨て、平民として大きな町に紛れ込む以外に生きる道はない。
大きな町といっても、横須賀藩士が参勤交代で出入りする江戸は危険だ。
京大阪、名古屋くらいしか元武士の町人が生きて行けそうな場所はない。
しかも一生藩の追手に怯えて暮らす事になるから、勝三郎が言った。
「一生怯えて暮らさなければいけない、西に逃げた者達は放っておきましょう。
それよりも一日でも早く江戸に戻って、残った謀叛人達を成敗いたしましょう。
余程の愚か者でなければ江戸には行かないと思いますが、諦めの悪い愚か者が、江戸の謀叛人達と手を組んで悪足掻きするかもしれません」
「分かった、後の事は爺達に任せて江戸に戻ろう」
若殿西尾山城守が決断したので、佐久間勝三郎達は江戸に急いだ。
早馬を使ったので、斬首を逃れた謀叛人達よりも早く江戸に戻れた。
江戸に戻った西尾山城守は中屋敷に入ってひと晩だけ英気を養った。
上屋敷に討ち入り謀叛人達を成敗するために、十分な休息が必要だった。
若殿の御国入りと国元の謀叛人成敗が江戸表に知られたら、藩主が殺されてしまう可能性があったし、謀叛人達を取り逃がしてしまう可能性もあった。
だが、老中の田沼意次と松平武元が中屋敷に助太刀を送ってくれたので、中屋敷の若殿が国元に討ち入っている事は、上屋敷の誰にも知られていなかった。
更に幕府の密偵が横須賀藩上屋敷を見張っていたので、謀叛人達が逃げ出しても居所を見つけられるようになっていた。
「謀叛人ども、その方らの悪巧みは露見した!」
西尾山城守は忠義の近習番五人を率いて上屋敷に乗り込んだ。
もちろん助太刀の佐久間勝三郎と長谷川平蔵も一緒だ。
更に国入りの時と同じように、幕府の密偵と雨垂の亥之助が影供していた。
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