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第一章

第9話:苦悩

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ロマンシア王国暦215年2月4日王城国王私室

「公爵代理はどのような者であった?」

 ルーカ国王がガッロ公爵邸から戻った侍従に聞いた。
 智勇仁を兼備した太陽王と近臣から褒め称えられる王だが、これまでロレンツォ公爵代理を気にした事などなかったのだ。

「恐ろしく胆力がある方だと思いました。
 それに、公爵家に対する忠誠心も揺るぎないと思われます。
 現公爵を隠居させて公爵にすると言っても、今回の件をなかった事にするとはとても思えません」

「公爵代理のまま利用されるだけだったのに、何故それほど忠誠心がある?」

「恐れながら国王陛下、それは当然の事ではありませんか。
 私も、どれほど待遇が悪くても、王家への忠誠心を失ったりしません」

「……他の侍従や公爵家の家臣が言っていた事は間違いだと言うのだな?」

「恐れながら陛下、陛下が公爵家を裏切った不忠者共の言葉を信ずる理由が、私には分かりません」

「では、その不忠者共が申していた公爵家の力も嘘なのだな?」

「陛下、陛下には忠誠を誓った家臣が数多くおられます。
 先ずはその方々の言葉を聞かれてください。
 代々仕える主家を裏切るような者共が言っている事を基準にしていては、陛下の名声が地に落ちてしまいます」

「分かった、公爵家の武力に関しては騎士団長達から話しを聞こう。
 公爵家の財力に関しては、財務大臣に話を聞けばいいのだな?」

「そのようにしてくださるのが良いと思います」

「彼らの話は後で聞くとして、お前が公爵邸を見てどう思ったかを聞かせてくれ」

「王家と戦う覚悟と準備は十分整っていると思われました」

「そう思った理由は?」

「公爵家を裏切る可能性のある家臣と使用人を追い出していました。
 王家は彼らを使う事ができなくなりました。
 これは以前から裏切る可能性のある者を特定していた証拠でございます」

「随分前から王家に謀叛する準備を整えていたという事だな?」

「それは違います」

「何が違うのだ?」

「恐れながら、マルティクス王子殿下が失策をされる前までは、マリア嬢が王妃になる事が約束されていました。
 公爵家もそのために着々と準備をされていました。
 裏切る可能性がある家臣使用人を特定していたのは、マリア嬢を排除して王妃の座を手に入れようとする者に備えての事でしょう」

「……全てマルティクスが悪いと言いたいのか?!」

「賢明な陛下が思われている通りでございます。
 確かな事は、マリア嬢と王家を護るために用意されていた武力と軍資金が、王家に向けられていると言う事で御座います」

「ガッロ公爵家が発展している事は余も聞き及んでいる。
 だが発展しているのはガッロ公爵だけではない。
 王家も著しく発展しておる。
 4年前から徐々に経済が良くなり、今では3倍、いや4倍は発展しておる。
 元々の経済力が違うガッロ公爵家に負けるはずがあるまい」

「……恐れながら国王陛下、臣が聞き及んでいる話では、王国が発展した理由は、ガッロ公爵家のお陰でございます」

「お前はさっきから何を言っておるのだ?!
 余の侍従のくせに、先ほどからガッロ公爵家を褒めてばかりではないか!」

「恐れながら陛下、臣は陛下の下問の答えさせていただいているだけでございます。
 臣下として、嘘偽りを申すのは不忠だと思っているからでございます。
 阿諛追従がお聞きになられたいのでしたら、不忠者からお聞きください」

「……分かった、分かった。
 だったら何故ガッロ公爵家が王国を発展させたと言うのか話せ」

「これ以上本当の事を申し上げると、陛下の不興を買ってしまいます。
 経済の事も軍事力の事も、専門の家臣にお聞きください。
 臣はただの侍従に過ぎません」

「黙れ、余が聞いているのだ、さっさと答えよ!」

「……臣が聞き及んでいる話では、ロレンツォ公爵代理が養子に迎えられた時から、代理が陣頭指揮を執って農業を改革したというの事です」

「公爵代理が農業を改革しただと?
 それで、どれほどの効果があったのだ?」

「これから臣が申し上げるのは、専門外の侍従が聞いた噂話に過ぎません」

「言い訳はいいからさっさと申せ!」

「はい、公爵代理が改革する前の16倍の実りが収穫できるそうでございます」

「はぁ、お前は夢でも見ているのか?
 16倍も収穫できるわけがないであろう!
 お前などの言う事を信じた余が馬鹿であった!」

「はい、正確な数値は、宰相閣下や財務大臣閣下からお聞きください。
 信用を失った臣は下がらせていただきます」

「四の五の言っていないでさっさと下がれ!
 お前の顔など二度と見たくない!」

 思い通りの答えが得られなかった国王は、その苛立ちを忠誠心のある侍従に八つ当たりしたが、これは最悪の言動だった。

 本当の事であろうと、王の気に入らない事を口にしたら排除される。
 このような前例があったら、誰が本当の事を王に伝えるだろう。

 滅私奉公、自分が殺されようとも主君の為に働く者以外は、主君の歓心が買える嘘偽りしか口にしなくなる。

「侍従の申した通りでございます。
 ガッロ公爵家発展の理由を知ろうと、多くの犠牲を払って密偵を送り込みましたが、公爵家の収穫は同じ広さの王家直轄領の16倍はあります」

 国王は家臣に恵まれていた。
 いや、急いで呼ばれた財務大臣や宰相は、侍従がどのような目に遭わされたのかを正確には知らなかった。

「では、公爵家は王家に匹敵する財力を持っていると言うのだな?」

 王のこの言葉は、王国と公爵家が領有している元々の畑の広さから、16倍の収穫量になっても同格だと思ったからだ。

 こんな国王の言葉を聞いて、財務大臣と宰相は顔を見合わせた。
 不興を買ってでも本当の事を言うべきかどうか、目で確かめ合った。

「恐れながら陛下、ガッロ公爵家は豊かになった財政を開墾に使いました。
 未開の原野はもちろん、モンスターが跋扈する魔境まで開墾したのです。
 今の公爵家が領有している耕作地は、王家の10倍でございます」
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