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3 デートしちゃった

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 ヘッセンシャール新公爵との、面会というかお見合いというかを、とても無事にとはいえない状態で終えた翌朝。
 公爵からわたしあてに、家中にでも飾りきれないほどの花束が届いた。

 そして花束を届けてくれた高身長の執事さんが、公爵からの手紙をわたしに渡し、

あるじからです。必ず、お目を通していただきたい」

 と、こわいくらいの眼力と口調でいった。

 そこまでされるとゴミ箱にぽいとはいかず、というか「早く読みなさい」とかすお母さまの圧には勝てず、わたしは手紙を開きました。

 そこには、

「五日後の朝に迎えの馬車をよこすので、良かったらそれに乗ってお一人できてほしい」

 というようなことが、とても普通の幼女には理解できない難しさで書かれていました。

 あの人、本当にわたしを子どもだと思ってないのでしょうか……?

 手紙の内容を両親につげると、お母さまは安心したように脱力し、お父さまは複雑な顔でテーブルに置かれていた固くなったパンをかじりました。

「緊張して泣いてしまったと聞いたときには、冷や汗が出ましたよ。ですが公爵は、あなたに良い印象を持たれたようですね。安心しました」

 お母さまの言葉が理解できず、

「なぜわかるのですか?」

 わたしは確認します。

「わかります。これほどの花束を謝罪で女に送る殿方は、いらっしゃいません。これは女心をつかみたい殿方のすることです」

 そうですか。
 すみません。前世は喪女で、今世はまだ幼女なので、わかりませんでした。

「どうでした? 公爵様は」

 ソファーに深く腰を下ろし、お母さまがたずねます。

「すてきなかたでしたよ? かっこいいですし、やさしかったです」

 わたしは子どもっぽく、「かっこいい」と答えます。
 実際彼は、かっこよかったです。

「でしたら、なぜ泣くなどという失礼をしたのです」

 そうですけど、泣こうと思って泣いたわけじゃないんですけど。
 勝手に出ちゃったんです、涙。

「きんちょう……してしまって。だってわたくし、ちゃんと話したことのある男の人は、お父さまとおじさまくらいですよ?」

 おじさまというのは、お母さまのお兄さまのことです。騎士団で中隊長というお仕事をしているみたいです。
 中間管理職でしょうね。キツそうです。だからいまだに独身なのでしょう。

「あれほどかっこいいかたは、きんちょうします」

 泣いたことは、どうにかごまかさないと。

「あなたのお父さまも、ステキだと思いますけれど」

 ため息まじりにお母さま。

「それは、お母さまだからそう思うのです。わたしくにとってお父さまはお父さまで、男の人ですが男性ではございません」

 お父さまだって、かなりイケメンの部類だと思います。
 現在の年齢だって、前世のわたしと同じくらいですし。

 でもなんというか肉親なので、異性を感じることはないです。
 一緒にお風呂に入っても平気ですしね。

 これまで黙っていたお父さまが、

「ココネ、お前はどうしたい?」

 どうしたいって……。

「おことわりできるのですか?」

 わたしの言葉に、頭を抱える両親。
 この様子だと、「できない」で決定しているみたいです。

 公爵が持つ〈直感のスキル〉が、彼に「わたしを妻とするよう」にと囁いた。

 公爵本人がいうには、それがこの結婚話の始まりです。

 結婚というのはピンときませんが、あのかたが素敵でかっこいい人だというのは、わたしにもわかりました。

 あと、ちょっといい匂いがしました。
 男の人に「いい匂い」を感じたのは、前世も含めて初めてです。
 きっと、高価な香水をふりかけていたのでしょう。

 とはいえ、恋愛の経験値をつむためにも、わたしは行動しないといけません。
 ですので、

「わたくし公爵さまのことを、もっとしりたいと思います」

 彼の「おさそい」を、受けてみることにしました。

「では、お返事の手紙を送りませんとね」

 キラーンと光る、お母さまの目。

 ……え? 返事?

 わたし、お返事の手紙なんて書けませんよ?
 そんな勉強は、まだしてません。

「お送り、しませんとね!」

 強い眼光をわたしに、ぷっすっ! ぷっすっ! と突き刺すお母さま。
 わたしは目をそらすこともできず、

「……は、はい」

 そう答えるしか、ありませんでした。

 で、五日後のお迎えの馬車には、

「おはようございます。男爵令嬢」

 ヘッセンシャール公爵本人が乗ってきていて、馬車に乗るだけだと油断していたわたしに、抱えきれないほどの花束を渡してきました。

 また、花束です。
 この人、花好きなの?

 彼の訪問は予告もなく突然でしたが、思ったより動揺どうようはありませんでした。

 この五日間、彼のことばかり考えていたからかもしれません。

「おはようございます。男爵令嬢」

 ヘッセンシャール公爵本人が乗ってきていて、馬車に乗るだけだと油断していたわたしに、抱えきれないほどの花束を渡してきました。
 また、花束です。この人、花好きなの?
 彼の訪問は予告もなく突然だったけど、思ったより動揺はありませんでした。
 この五日間、彼のことばかり考えていたからかもしれません。

「おはようございます、公爵さま」

 生後2500日記念のときに両親から送られた淡い桃色のドレスは、正式なものでなくカジュアルに着るもので、お母さまがいうには、

「このようなときに着るのが正しいのです」

 らしいので、今日はその新しいドレスを着ています。
 というか、着せられています。

 このドレスかわいいんですけど、すっごく幼女趣味というか子どもらしくて愛らしいデザインで、前世で29歳まで生きたわたしには少し恥ずかしいんですよね。

 ですが今のわたしは愛らしい幼女ですので、このドレスも似合っているのでしょうけど。
 ……と思うことにします。
 えっへん。

 公爵はわたしの姿を見て……というか凝視して、ふわっとした笑顔を作ると、

「やはりあなたは、とても愛らしいです。この数日間、あなたのことばかり考えていました。でもわたしの心に残ったあなたより、実際のあなたのほうが何倍も愛らしい」

 ふわぁ!?
 なにそれ、ホストなのこの人!?

 い、いや……ホストクラブなんて行ったことなかったけど、ホストっぽいセリフだよね?

 あっ、でも。
 やばい……わたし、ドキドキしてる。

 普通ならこんなこといわれたら、「この人、なにいってるんでしょう?」と冷めていくのがわたしなのですが、どうして?

 顔が熱い。
 胸が苦しい。

 公爵のお顔を、まっすぐに見れない。

「ありがとうございます」

 笑顔でそう返すのが、貴族の令嬢としての礼儀でしょ?
 なのに……どうして?
 言葉がうまく出てくれない。

 なんの言葉も返せないわたしに、公爵が左手を差し出す。

 男性から差し出された左手には、自分の右手を重ねるのが令嬢のたしなみだ。
 わたしは公爵に渡された花束をお母さまに渡し、空いた右手を彼の大きな手に重ねた。

 ギュッ

 予想していたよりも強い力で、公爵がわたしの小さな手を握る。

「もう離さない」

 そういわれてるようで、胸が……苦しいです。

「いきましょう」

 わたしの腕を引き馬車へと向かう公爵が、

「夜には戻ります」

 お母さまにそうつげる。
 お母さまは腰を折って頭を下げ、

「ご自由に、お連れくださいませ」

 え? それって、親公認での「お持ち帰りOKです」みたいな意味だよね!?
 でも公爵は、

「夜には、お返しいたします」

 お母さまに同じようなことをつげて、わたしを抱き寄せるようにして馬車に乗せた。

 馬車が動き出し、車内には向かいあうわたしと公爵だけになる。

「公爵さまは、なぜわたくしをお気にめしてくださったのですか?」

 それが彼が持つ〈スキル〉の囁きなのは聞きましたが、本当にそれだけなのでしょうか?

 わたしの見た目を考えると、「幼女趣味だ」といわれればそれはそれで理解できますけれど、このかたは「そういうの」ではない気がします。
 わたしの直感ですけど。

 なんというか、この人。

 わたしを「いやらしい目」で見ていない。

 そう感じる。

 わたしの問いに帰ってくる、

「フレイクです」

 彼の言葉。

「公爵さまではなく、フレイクと呼んでください。私もあなたを、ココネと呼びたい」

 ……やばいです。
 貴族階級の名前の呼び捨てって、「夫婦」か「婚約したもの」にしか許されてないはずですけど。

 どう、ごまかしましょう……?

 わたしは自分のかわいさを利用して、軽く小首をかしげて公爵を見つめると、

「それは、ぶれいになりますわ。公爵さま」

「フレイクです。ココネ」

 微笑む公爵。

 なにこれ、めっちゃ強引に攻めてくるんですけど!?

 というか、今世の名前の「ココネ」って、前世の名前と同じなんです。
 前世ではひらがなでしたけど。

 だから男の人に「ココネ」って呼び捨てにされると、ちょっと、ドキドキしちゃいます。
 前世ではなかったことですし。

 公爵の微笑みに、ぽーっと見とれるわたし。
 だって、すごくステキで、かわいいから。

 公爵は今のわたしにとっては年上の男性ですけど、前世のわたしからしてみれば、年下の男の子ともいえる年齢で、かっこいいとかわいいが混ざりあってるように思えます。

 わたしは、どうしたいのでしょう?

 自分でもわかりません。
 だから、無礼に当たるのは理解していましたが、

「フレイク……さま」

 恥ずかしくして彼の顔は見れなかったけれど、名前を呼ばせていただきました。

「はい。ココネ」

 わたしを呼びしてにする彼の声は、とても……嬉しそうに聞こえました。

 馬車は走る。
 どこに向かっているのかは知らされていなかったけれど、気にならなかった。

(フレイク……さん)

 心の中で「前世のわたし」が、彼を……そう呼んだ。
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