大好きな許嫁の弟と結婚することになりました

藤原ライラ

文字の大きさ
9 / 21

九、転落

 そうして辿り着いた自宅の景色は、朝出た時とは全く異なっていた。

 陰鬱で足元に纏わりつくような、重苦しい気配。これは、一体なんだろう。
 やっと立てるようになった足で屋敷の中へと歩を進めれば、仏間で俯いてさめざめと母が泣いている。

「彩恵っ! ああ、彩恵っ!!」

 はっと上げた母の顔は、真っ青だった。たかだか少し出かけていただけなのに、まるで生き別れにでもなったような。大仰な反応に彩恵は面食らう。

 母が、そっと手を上げる。震える指が差した先に寝かされている人がいる。

「恵一さんが、亡くなったの」

 顔に掛けられているのは、白い布。その胸は、呼吸に合わせて上下することはない。
 ぽとりと、自分の手から落ちた鞄が音を立てる。

「お兄様が」

 喉が張りついたようになって、何も言えなくなる。彩恵はただ、彫像のように立ち尽くすことしかできない。

 ああ、あの寒竹の傘を黒木の家に忘れてきてしまった。
 そんなどうしようもないことだけを、ただ思い出していた。


 ◇


 自動車に轢かれそうになった子供を、庇ったのだという。
 悲しいよりも先に、お兄様らしいなと思った。穏やかで正義感の強い、そんな兄だった。年の離れた彩恵のことを可愛がってくれた。

 突然のことに身内だけの静かな弔いとなったけれど、学友達が沢山の花を贈ってくれた。人に好かれていたのだと、黒紋付を着た彩恵は思った。

 葬儀も火葬も、全て遠くのことのように流れていく。誰がいなくなっても関係ない。世界は変わらずに回っていくのだな、と空を見上げながら思った。

 彼が訪ねてきたのは、三十五日法要も終わったそんな日のことだった。

「この度は、ご愁傷様です」

 畳の上にきちんと正座をして、頭を下げる。勿論葬儀には黒木家の名前でも供花が届いていたが、気を遣って、かの家の者が来るのは今日がはじめてだ。

 差し出された香典袋に、両親が息を呑む。畳の上に立つのかと思えるほどの分厚さ。数えるまでもなく相当な額だ。

「恵一さんには僕も、お世話になりました」

 翔はまだ学生だから、こんな時も制服なのだなと妙に納得する。今日はきちんと詰襟を着ていて、ズボンの折り目がきれいだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした

こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】 伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。 しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。 そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。 運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた―― けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった―― ※「小説家になろう」にも投稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って? いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。