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piece9 何にもうまくできないの
どうか私の居る意味を、奪わないで
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「……あのね、悠里」
「……うん、なぁに?」
「お母さん、3月のうちに業務を整理して、4月に入ったら時短勤務に変えるつもり。基本はお家で、リモートワークしようかと思うんだ」
悠里は驚きのあまり、一瞬言葉を失くす。
「……ど、どうして?」
母の優しい指が、悠里の髪を梳くように撫でる。
「お母さん、いままで悠里と悠人に甘えて、思い切り仕事をがんばってこれたから。これからはお母さんが家にいて、2人の家事負担を減らそうと……」
「どうして?」
思わず悠里は、母の声を遮った。
「私、家のことするの、全然嫌じゃない。どうして、そんなこと言うの?」
悠里は、矢継ぎ早に問いかける。
「私が、熱出したから? 私が、ちゃんとできなかったから?」
悠里が己を責める言葉を吐くのを見て、母は慌てて首を横に振った。
「違うわ。悠里は本当に、よくやってくれてる」
「だったら、どうして?」
「だからよ」
母は、落ち着いて?というように微笑んで見せ、悠里の両肩に優しく手を置いた。
「あのね、悠里。これは、今回のこととは関係ないの。前々から、お父さんとも相談していたことなのよ」
悠里の、ゆらゆらと頼りなく瞬く瞳に向かい、母はゆっくりと言い聞かせる。
「悠里にもっと、学校生活を楽しんで欲しいの。家事のことを気にせずに、お友だち付き合いとか、クラブ活動とか」
「そんな……」
悠里は硬い表情で、かぶりを振った。
自分の役割、自分の居場所が、唐突に足元から崩れて、失われていく感じがする。
――嫌だ。いまの私には、お家しかないの。
しっかり、ご飯を作って、掃除をして。
お母さんとお父さんと悠人が、仕事と部活に集中できるように。
家の仕事を、がんばるしかないの。
どうか、私の居る意味を、奪わないで……
悠里は、震える声で必死に訴える。
「お母さん……私、もっと、がんばるから……」
「違う、違うのよ、悠里」
母が、心を覗き込むように、悠里を見つめる。
「むしろ、がんばらないで欲しいの。そんなにお家のことを気にせずに、悠里は、悠里の生活を……」
母の言葉が終わらぬうちに、はらはらと、悠里の目から涙が溢れ出した。
もう、駄目だ。
何もかも、崩れ去っていく。
自分から、消えていく。
私が、上手にできなかったせいで……
「悠里……」
「お母さん」
悠里の声が、身体が、心が震えた。
私がいつも通りにできなかったから。
熱を出したから、悠人に部活を休ませた。
たくさん心配かけたから、お母さんに、仕事をセーブすると言わせてしまった。
私が、いつも通りにできなかったから。
あのとき、あの人の手を、振り払ったから。
連絡に、何日も応えなかったから。
あの人は、私の前から居なくなっちゃった……
いままで通りにいかないのは。
日常が、壊れてしまったのは。
全部全部、私のせいだ――
「……うん、なぁに?」
「お母さん、3月のうちに業務を整理して、4月に入ったら時短勤務に変えるつもり。基本はお家で、リモートワークしようかと思うんだ」
悠里は驚きのあまり、一瞬言葉を失くす。
「……ど、どうして?」
母の優しい指が、悠里の髪を梳くように撫でる。
「お母さん、いままで悠里と悠人に甘えて、思い切り仕事をがんばってこれたから。これからはお母さんが家にいて、2人の家事負担を減らそうと……」
「どうして?」
思わず悠里は、母の声を遮った。
「私、家のことするの、全然嫌じゃない。どうして、そんなこと言うの?」
悠里は、矢継ぎ早に問いかける。
「私が、熱出したから? 私が、ちゃんとできなかったから?」
悠里が己を責める言葉を吐くのを見て、母は慌てて首を横に振った。
「違うわ。悠里は本当に、よくやってくれてる」
「だったら、どうして?」
「だからよ」
母は、落ち着いて?というように微笑んで見せ、悠里の両肩に優しく手を置いた。
「あのね、悠里。これは、今回のこととは関係ないの。前々から、お父さんとも相談していたことなのよ」
悠里の、ゆらゆらと頼りなく瞬く瞳に向かい、母はゆっくりと言い聞かせる。
「悠里にもっと、学校生活を楽しんで欲しいの。家事のことを気にせずに、お友だち付き合いとか、クラブ活動とか」
「そんな……」
悠里は硬い表情で、かぶりを振った。
自分の役割、自分の居場所が、唐突に足元から崩れて、失われていく感じがする。
――嫌だ。いまの私には、お家しかないの。
しっかり、ご飯を作って、掃除をして。
お母さんとお父さんと悠人が、仕事と部活に集中できるように。
家の仕事を、がんばるしかないの。
どうか、私の居る意味を、奪わないで……
悠里は、震える声で必死に訴える。
「お母さん……私、もっと、がんばるから……」
「違う、違うのよ、悠里」
母が、心を覗き込むように、悠里を見つめる。
「むしろ、がんばらないで欲しいの。そんなにお家のことを気にせずに、悠里は、悠里の生活を……」
母の言葉が終わらぬうちに、はらはらと、悠里の目から涙が溢れ出した。
もう、駄目だ。
何もかも、崩れ去っていく。
自分から、消えていく。
私が、上手にできなかったせいで……
「悠里……」
「お母さん」
悠里の声が、身体が、心が震えた。
私がいつも通りにできなかったから。
熱を出したから、悠人に部活を休ませた。
たくさん心配かけたから、お母さんに、仕事をセーブすると言わせてしまった。
私が、いつも通りにできなかったから。
あのとき、あの人の手を、振り払ったから。
連絡に、何日も応えなかったから。
あの人は、私の前から居なくなっちゃった……
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日常が、壊れてしまったのは。
全部全部、私のせいだ――
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