江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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急転

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 ・大永八年(1528年) 三月 山城国 京 下鳥羽  三好元長


 六角弾正が自ら会いたいと言って来た。
 ちょうどいい。こちらも一度会って話さねばならんと思っていたところだ。桂川の川原に陣幕を張って極秘の会談場所を設けてある。
 表面上は川を挟んで対峙している我らが、その戦場で極秘に会談を持つとは皮肉なものだな。

 陣幕を上げると進藤山城(進藤貞治)が居る。こちらも大和守(篠原長政)だけを連れてきた。
 対面に座るこの男が六角弾正か。

「此度はこのような場を設けてもらって申し訳ない。弾正殿には常々ご苦労をおかけする」
「いや、お互いの話をすり合わせねばこれ以上話が進まぬと思ったまで。礼には及びません」

 これが六角弾正か。目が大きく知性を感じさせる。やはりこういう御仁であったか。
 引き締まった口元は難航する和睦交渉に苛立っているのか?
 だが、こちらとしても譲れぬところだ。信義を持って天下を治めようという六郎様(細川晴元)が、自らその信義を破ってはならんのだ。

「早速ですが、左馬頭様(足利義維)の件はそちらも引いて頂くことはできませんか?
 左馬頭様は副将軍として公方様に仕えて頂ければ身は立つはず。公方様の弟君でもあらせられる。位としては順当なのでは?」
「……何度も申し上げてきた通り、それは出来ません。それでは六郎様は左馬頭様に嘘を吐いて担ぎ上げたことになってしまう。
 義晴公には大御所としてそれなりの待遇をお約束する。それに、次の公方様は義晴公の意中の方をとして頂いても構わない。
 どうか、我が主が左馬頭様に偽りを申したということにはしないで頂きたい」

 弾正がため息を一つ吐く。
 今まで平行線を辿って来たのだ。向こうも容易に引けないのは理解できるが……

「弾正殿。天下とは何なのでしょうか?」
「……唐突にいかが為されました?」
「某は常々考えております。天下とは何なのか。
 少なくとも、今の天下には信義が足りない。義を持って治める手本を六郎様が示さねば、例え六郎様が天下人として権勢を握っても再び世は乱れましょう。
 某の申すことは、六郎様が天下を治める為に必要と信じていることです」

 弾正の口元が歪む。
 ……笑ったのか?何だ?弾正の姿が大きく見える。
 弾正とはこれほど体の大きい男だったか?

「天下とは……ですか」
「左様……弾正殿は天下をどのように治めるべきとお思いか?」

 弾正の姿が益々大きくなったように感じる。気圧されているのか?この儂が……

「天下とは、そこに住まう人々のことでございましょう」

 人?民草こそが天下だと言うのか?

「公家も武家も、商人や農民も、あらゆる者が天下でござる。どのように治めるか、それは一部の者のために決めるべきことではない。
 某には大切な妻や子が居ります。死なせたくない家臣が居ります。日々ささやかな幸せを生きる領国の民が居ります。
 守護とは、それらの人々のささやかな営みを守るべき存在。どのようにすれば人々が幸せに暮らせるか。それを考えるのが守護たる者の務め。

 ……天下人も同じでござる。
 天下の人々がどのようにすれば幸せに暮らせるか。それを考え、それを脅かす者を討ち平らげるのが天下人の役目でござる。
 しかし、全ての者の利害が一致するとは限らぬ。故にこそ、天下人には己の信じる道を貫き、たとえ悪評を受けても跳ね返すだけの心の強さが必要でございましょう。

 失礼ながら、お手前は六郎殿の弱さを覆い隠そうとしているだけではないのかな?」

「……」

 言葉がない。確かに儂は六郎様を本当の意味で信じていないのかもしれぬ。故にこそ悪評を被らせることを極力なくそうとしているのかもしれぬ。
 弾正の姿が益々大きくなる。押しつぶされてしまいそうだ。

「このまま和議が不調となれば、我らは今度こそ本気で戦をすることになる。我が領国の民がそれで幸せになれるとは思えませぬ。
 故にこそ、こうやってお手前と何度も交渉を重ねている。
 戦うのは簡単です。しかし、その先にあるものを考えて頂きたい」

「しかし……しかし、それでも某は六郎様に悪評を受けさせるわけには……」


「失礼します!」

 家臣が一人入って来る。何か書状を持っているな。

「何事か?」
「堺より、これが……」
「某のことは気にされるな。火急の用件なのでありましょう?」

 弾正の言葉に、一礼して文を開く。堺の六郎様からか。

 ……こ、これは!

『左馬頭のことは捨て置いて、一刻も早く自分を上洛させて管領に就けよ。管領職に就けるのならば、義晴に臣下の礼を取ることも苦しからず』

 何故このような文が……そもそも何故六郎様が交渉の詳細を知っている?
 ……まさか!

「貴様!六郎様に入れ知恵をしおったか!」

 薄く笑っておる。やはり六角定頼キサマの仕業か!

「遅かれ早かれ六郎殿の耳には入っておったこと。柳本弾正忠(柳本賢治)や三好越後(三好政長)の耳にも入っておったことでござる。
 いつまでも隠しきれることではありません」

 おのれ!まんまと六角に嵌められたというのか!

「貴様が絵を描いたのか!よくも儂を嵌めてくれたな!」
「嵌めるとは人聞きが悪い。遅かれ早かれと申したでしょう」

 くっ……
 確かにその通りかもしれぬ。しかし、それにしても六郎様からの文は早すぎる。

「これにて失礼する!」
「堺に参られるのですかな?」

 何を分かり切ったことを!それを見越して手配りをしておったのだろうが!

 ……弾正が哀しそうな顔を?俺を憐れんでいるのか?

「このまま堺に戻っても、お手前は六郎殿に振り回されましょう。言いたくはないが、今まで以上に苦労をされることは目に見えている。お手前にも帰りを待つ家族、お手前を頼りにささやかに生きる領国の民が居るのでしょう?
 悪いことは言わん。お手前にとって本当に大事なものは何なのか、本当に六郎殿がそれほど大切なのか、今一度良く考えた方がよろしいのではないかな?」

「……失礼する」

 六角弾正……その知略は侮れぬ。分かっておったはずなのに、知らず知らずの内に儂は六角を侮っておったのか?
 ともかく、今は直ぐにでも六郎様に目通りし、考えを改めさせなければ……

 ……儂にとって本当に大切なもの、か。



 ・大永八年(1528年) 三月  山城国 京 下鳥羽  六角定頼


 ふぅ。

『天下とは』なんていきなりそんな難しいこと言うんじゃないよ、まったく。
 まあ、それっぽいことは言ったし、何か心に響いてくれればいいかな。

 本当、ここまで来て本気の戦なんて冗談じゃない。兵が死ねば生産力が落ちるんだ。そうすれば食うに困る者も出て来る。
 事情は三好だって同じはずだ。為政者オレたちの都合で振り回される民衆こそいい迷惑だと気付けっての。元振り回されてた小市民が言うんだから間違いはない。

 それにな、民衆にとっては為政者が誰かなんて実はそこまで興味はない。それよりも目の前の家族の暮らしを守ることの方がよっぽど大切なんだ。
 国の為に人は死ねない。人が命を懸けて戦えるのは、大切な人達の暮らしを守る時だけだ。

「御屋形様……某は、感動致しました……」

 ん?進藤が泣いてる?
 こっちに刺さってしまったのか……

「新助(進藤貞治)。陣に戻るぞ」
「ハッ!どこまでもお供致しまする!」

 まあ、進藤の忠誠心が上がったと思えば多少は実のある会談だったかな。



 ・大永八年(1528年) 五月  山城国 京 相国寺  六角定頼


 足利義晴本陣を相国寺に移したのに合わせて、六角の本陣も相国寺に移した。
 懐かしいな。幼少期はここの宿坊で過ごしたんだ。
 師匠の景徐周麟けいじょしゅうりんはもう死んでしまったけど、俺の詩を褒めてくれてたな。

『字が下手だっていいじゃない にんげんだもの じょうき』

 俺の詩が飾ってあるな。字が下手だと良く怒られたが、あの詩を書いてからあまり怒られなくなった気がする。
 いやぁ、懐かしいねぇ。

 今はその師匠が使ってた部屋で家臣を集めて茶を飲んでる。
 やっぱ身内でわいわいやるってのは気楽でいいね。三条実香や山科言継とかと歌会や茶会なんか開いたけど、やっぱ肩凝るわ。

 それと帝に布団を献上した。

 正直、今の近江じゃ綿花がダブつき始めている。堅田の水軍衆も今一つ返事が煮え切らないままだし、綿花の新たな需要を掘り起こしていかないと。これもトップ商談ってやつだな。
 さすがに近江一国レベルの産量じゃ布団を量産ってわけにはいかない。布団が一般化したのは明治になって安いシナ綿やインド綿が大量に輸入されるようになってからだ。だが、公家や一部の武家に献上する超高級品としてなら作れる。

 布団が一種のステータスになれば、綿花の価値もぐっと上がるはずだ。
 これからも綿花の需要は喚起し続けなきゃならんから、やれることはやっとこう。

 桑名の水軍衆には新しい帆布は好評だって言ってたし、沿岸部の漁民には徐々に広まっていくだろう。綿花の生産と新しい綿製品の開発はこれからも近江を潤すはずだし、これで暮らしが豊かになれば俺の立場も益々安泰となる。
 いつの時代も政権を安定させるのは経済政策ってのは一つの真理だ。

 それにしても、俺はいつまで京に居ないといかんのかなぁ……
 そろそろ志野に会いたい。亀寿丸にも。それと、三年前には娘も産まれた。早く戦を終わらせて帰りたいなぁ。


「御屋形様。三好は折れるでしょうか」
「わからん。今もって筑前殿からはその後の返答がない。向こうも寄り合い所帯だから色々と一筋縄ではいかんのだろうな」

 進藤が聞いてくるが、俺だって何でもかんでも分かるわけじゃない。
 まあ、細川晴元は義晴に乗り換える気満々って話だから、そのうちに返事はくるだろう。

 しっかし、三好はもう少し強く説得してやるべきだったかな?
 このままだと細川晴元との対立で一向一揆に殺されるはずだよな。確か畿内で最初の一向一揆の犠牲者になるはずだ。まあ、史実通りにそうなるかどうかはわからんけど。

 三好元長は嫌いなタイプじゃない。頭は固いが、自分の為だけに動こうとする細川高国や細川晴元よりもはるかに好感が持てる。
 一向一揆なんかで死んでほしくはないな。

「御屋形様!近江より火急の報せにございます!」

 三雲定持が慌てて駆け込んで来る。親父の三雲資胤も不審な顔をしている所からすると、本当に今入った情報らしいな。

「落ち着け。火急の報せとは何だ?」
「ハッ!北近江にて浅井備前守(浅井亮政)が起ったとのことでございます!」

 一座がざわめく。へーそりゃ一大事だ。

「鎮まれ。浅井が起ったとしても浅見対馬守(浅見貞則)が対処できるだろう。観音寺城には万一に備えて池田三郎(池田高雄)も残してある」

 その点は抜かりはないよ。浅井対策はしてある。
 史実よりもはるかに弱い勢力になるはずだから、浅見だけでも問題はないはずだ。

「浅見対馬守殿は木之本にて一戦に及びましたが、敗北して今は京極長門守様(京極高延)共々尾上城に籠っているとの由」

 ……ん?

「木之本?なんだって戦場がそんなに北なんだ?」
「越前から朝倉勢八千が浅井の支援を表明して侵入して参りました!」

 何!?まさか……

「朝倉勢ということは……」
「ハッ!朝倉勢の総大将は朝倉宗滴!
 敵方に内通した六角を討つと号しております!朝倉宗滴が北近江に侵攻して参りました!」


 あ…………俺、死んだ。
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