江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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戦法

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 ・大永八年(1528年) 五月  山城国 京 相国寺 足利義晴本陣  六角定頼


「我が六角も明日陣を払い、近江へ戻ります」
「な!朝倉が抜けた今、貴様までもが京を離れれば我らは敵中で孤立するのがわからんのか!」

 堂内に細川高国の耳障りな甲高い声が響く。
 うるせぇよ。他人の火事の心配している場合じゃ無くなったと何度言えばわかるんだ。

「しからば、右京大夫様(細川高国)が朝倉の進軍を止めて頂きたい」
「ぐっ……」

 もう朝倉は高国の言うことは聞かない。聞くはずがない。

「某も近江を放って京で呑気に戦などしておる場合では無くなりました。後のことは右京大夫様御自ら為されればよろしい」

 高国からは言葉もない。こっちもこれ以上は協力しない。
 ここらで高国アンタとは縁を切らせてもらう。


「弾正。一ついいか?」
「ハッ!」

 珍しく足利義晴の声が上座から響く。義晴としても自分を支える両輪が戦をしようってんだから気が気でないというのが本音ではあるだろう。
 義維陣営のことを笑えない。こっちはこっちで立派に内紛を起こしてしまった。

「宗滴はそなたが堺方に通じたと申しておるようだが、それは真のことか?」
「それは宗滴殿の誤解でございます。某は公方様御為に堺方と交渉に当たっていただけのこと。他意はございません」

 義晴の為ってのは嘘じゃない。それが即ち高国の為ではなかったというだけだ。

「堺の細川六郎殿(細川晴元)は公方様に忠誠を誓う心づもりを持っていると聞いております。公方様御身のことについては安泰かと」
「そ……それでは儂の立場はどうなる!」
「ですから、後のことは右京大夫様がなされればよろしい。たまにはご自身のお力でお立場を作られればいかがですかな?」

 フン。
 人の軍勢だけを当てにするからそうなるんだ。武門の棟梁を名乗りたいなら、それらしい軍事力を見せろってんだ。

「繰り返しますが、公方様御身のことは安泰に存じまする。公方様には何卒、お心を安らかにお持ちになり、六郎殿と話し合われてはいかがかと」
「いや、それには及ばぬ」

 うん?
 及ばぬったって、それならどうするつもりだ?

「余も近江へ参る」
「……しかし、近江はこれから戦場になります。お迎えする用意などは……」
「手間はかけぬ。坂本に陣を取り、そこから弾正の行く末を見守らせてもらおう」

 俺が勝つか負けるか見極めようってことか。負ければそのまま朝倉と組んで六角征伐と洒落こむ気かもな。

 ……いかんな。だんだん思考がやさぐれて来た。義晴はそんな人物じゃないと信じよう。

「無理にお留めすることは出来ませぬ。ですが、某もこれから大きな戦をせざるを得なくなり申す。
 そのこと、お心に留め置き下され」
「わかった」

 さて、仁義は通した。即日陣を払って観音寺城に帰らないと。
 ああ、何だってこんなことになったんだ……



 ・大永八年(1528年) 五月  近江国栗太郡 六角陣  六角定頼


 観音寺城に戻る道すがら、集めた情報を様々に拾っている。
 浅井の軍勢は予定通り大したことはない。せいぜい二千ほどという話だ。
 これなら、浅井は朝倉の片翼くらいのもので主力はやっぱり宗滴率いる朝倉軍だ。

 その宗滴は、北近江の国人衆を制圧して回っているらしい。俺と決戦するための下準備を整えているんだろう。

 ……美濃に早馬を立てて至急軍勢を向かわせてもらうか?

 北近江なら西美濃から一日か二日の距離だし、こちらに向けて布陣していれば側面を突く格好になる。
 南と東から挟撃すれば、相手が朝倉宗滴とはいえ優位に戦えるかもしれん。美濃の土岐氏は親父の代から付き合いがあるし、もしかすると聞いてくれるかも……

 いや、駄目だな。
 美濃は美濃で今は土岐頼武と土岐頼芸の兄弟争いの真っ最中だ。とても近江に介入している暇はないはずだ。
 それに、そもそも美濃への早馬なんて朝倉が真っ先に警戒しているだろう。無事に美濃に着けるかどうかすらも怪しいもんだ。

 朽木は独立勢力だから、今回参戦する義理はない。そもそも高島郡は独立勢力でいいと言ったのは俺自身だ。それに、元通り俺の下知が効く状況であっても今回は参戦しなかったろうな。俺が有利だから味方していただけなんだから。

 くそっ。
 やっぱり独力で戦うしかないのかよ。

 そもそも高国が京から落ちて来なければこんなことには……

 いや、今更言っても始まらない。やると決めたのは俺自身だ。これは俺が招いた事態だ。
 ともかく、朝倉相手に野戦なんて馬鹿な真似は出来ない。
 あの爺さんは一万で三十万の一揆勢を撃破する戦上手だ。今回の京での戦でも、たった二百の先手だけで畠山勢二千を粉砕しやがった。
 とんでもねえバケモンだよ。

 単純に言って、八千の朝倉勢と戦う為には八万以上の軍勢を用意しなきゃならんってことだ。
 そんな兵力、近江だけでとても出せるわけがない。関ケ原の時の徳川家康並じゃないか。

 となると、やっぱ観音寺城の防備を使って籠城戦をやるか。
 上杉謙信や武田信玄も小田原城の攻略には手間取って、ついには北条を討てずに撤退している。
 観音寺城だって防備を固めればそれなりに籠城は出来るはずだ。

 それに、六角の弓隊は籠城戦でもその威力は遺憾なく発揮できる。
 高所から撃ちおろす矢の威力は、鉄砲ほどじゃないにしても今の時代じゃ驚異的と言っていい。
 弓隊は六角の主力部隊でもあるしな。

 よし、そうしよう。戦法は籠城戦だ。
 城下の者には申し訳ないが、一時避難してもらおう。伴庄衛門に采配を取らせて、一時甲賀郡にでも避難してもらうとしよう。
 甲賀郡には九里の隠れていた拠点もあるし、そこに兵糧を運び込めば万一の時には俺が逃げて行くこともできる。六角家の伝統的な戦法だな。
 籠城して兵糧を消費させた挙句に甲賀の山中でゲリラ戦を展開すれば、朝倉も嫌気が差してくるだろう。まともに戦ってなんてやらないよ。俺はいつでも味方の損失を少なくする方法を考える。
 宗滴ジイサンには理解できないだろうがな。

 ……また怒り出したりするかな?

 知ったことか。こうなればもはや朝倉は敵だ。

 こんなことなら日野の音羽城も残しておけばよかった。つくづく、史実から外れたのが痛すぎる。



 ・大永八年(1528年) 六月  近江国浅井郡高月 朝倉本陣  朝倉宗滴


「義父上!坂田・下坂・山室の国人衆が今朝坂田郡へ落ち延び、鎌刃城に入ったとのことです!
 これで我らに味方する北近江国人衆は浅井・速水・田河・三田村・富田のみになります。浅井勢はおよそ二千に満たぬかと……」

 ふむ……
 孫九郎(朝倉景紀)が厳しい顔つきで報告してくる。
 弾正め。北近江は元々京極領であり、かつ幕府奉公人として気位の高い国人衆が多い。それをたったの三年でここまで手懐けるとは……

 何故その力を勝つために使わぬ。思い出しても腹が立ってくるわ。

「義父上。いかがなさいますか?尾上城に籠る浅見対馬守(浅見貞則)と京極長門守(京極高延)を討ちますか?」
「いや、放っておけ。尾上城は湖畔に建つ城で街道から外れている。我らの進軍の邪魔にはならん」
「しかし、打って出て後ろを扼されれば……」
「心配はいらん。奴らにはもはや単独で事を起こす戦力は無い。今はひたすら京に居る弾正の帰国を待っておるのだろう。六角を討てば、尾上城は自ら城を開く。
 それよりも、我らは前進して顔戸ごうどに陣を構える。地形を確認し、陣立てを練るぞ」

 今頃は京から大慌てで帰国の途に就いておるだろう。
 あの若造に余計な小細工をする隙を与えてはならん。戻ったらすぐさま決戦に及べるように陣を整えておかねばな。

「顔戸に陣を構えたとして、六角は素直に北上してくるでしょうか?」
「来る。奴は必ず来る。北近江の国人衆が奴を信じて鎌刃城に籠っておるのがその証よ。
 ここで奴が一戦もせずに観音寺城に籠れば、以後北近江で六角を頼みとする者は居なくなる。奴は否応なしに出て来ざるを得ぬ」

 孫九郎が納得した顔になる。
 そうだ。奴は一戦もせずに逃げるわけにはいかぬ。そして、その一戦で弾正の首級を獲る。既に策は練ってあるわ。

 弾正よ……貴様の戦は『負けぬ戦』だ。
 極力味方の損害を減らし、戦いを小さくして勝とうとする。そこが貴様の強さであり弱点でもある。

 戦は負けぬようにではなく『勝つように』戦わねばならん。勝つ為ならば、多少の損害を覚悟してでもなりふり構わず戦機を掴まねばならぬ時がある。そこを理解できぬ貴様には儂の策は読めまい。
 お得意の謀略も今からでは何をする暇もない。それを見越して貴様が京に在るうちに侵攻したのだ。

 卑怯だなどと言うなよ。武士はなりふり構わず勝たねばならぬのだ。貴様に勝つためには卑怯者の汚名でもなんでも着てやる。犬とでも畜生とでも好きに罵るがいい。
 その代り、貴様の首級は儂が取る。

「義父上。進軍の準備が整いました」
「よし、では陣を進める」

 うむ。もう夏も近いというのに、近江には分厚い雲がかかっておるな。
 天も間近に迫る戦の気配に慄いておるのやもしれん。だが、戦にはこのような曇天がよく似合う。

 ふふふ。年甲斐もなく気分が高揚しておるわ。



 ・大永八年(1528年) 六月  近江国高島郡 高島南市  小幡商人布施源左衛門


「船の手配は付いたか?」
「いや、駄目でさ。海津を回る船は全て朝倉が荷を止めているって話です。ここから東近江に戻る船はしばらく出ません」

 参ったな。
 今は一刻も早く伴さんにこの報せを届けねばならんのだが……

「銭を積んで、漁船を買い上げることはできんか?」
「船は買えても、船頭がビビっちまって見つかりません。わしらは船は素人ですし、うみの沖で雨にでも降られたらひっくり返っちまいます」

 ちっ。
 そういや今にも降り出しそうな空がここ数日続いてやがる。もう梅雨の季節だな。

「仕方ねぇ。南に下って堅田衆に船を出してもらうよう頼もう」
「しかし、堅田衆の船は全人衆と粟津商人が押さえてしまってますし、わしらに船を貸してくれるかどうかは……」
「四の五の言ってねえで行くぞ!どのみち最短で行く道はないんだ。堅田の猪飼様に一か八か話してみるしかねぇ」
「へい!」

 馬を引いて歩き出す。やれやれ、早く戻らないと手遅れになっちまうってのに。
 六角様よ。待っててくれよ。とびっきりの情報ネタ仕入れてきてやったぜ。



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