28 / 215
戦法
しおりを挟む・大永八年(1528年) 五月 山城国 京 相国寺 足利義晴本陣 六角定頼
「我が六角も明日陣を払い、近江へ戻ります」
「な!朝倉が抜けた今、貴様までもが京を離れれば我らは敵中で孤立するのがわからんのか!」
堂内に細川高国の耳障りな甲高い声が響く。
うるせぇよ。他人の火事の心配している場合じゃ無くなったと何度言えばわかるんだ。
「しからば、右京大夫様(細川高国)が朝倉の進軍を止めて頂きたい」
「ぐっ……」
もう朝倉は高国の言うことは聞かない。聞くはずがない。
「某も近江を放って京で呑気に戦などしておる場合では無くなりました。後のことは右京大夫様御自ら為されればよろしい」
高国からは言葉もない。こっちもこれ以上は協力しない。
ここらで高国とは縁を切らせてもらう。
「弾正。一ついいか?」
「ハッ!」
珍しく足利義晴の声が上座から響く。義晴としても自分を支える両輪が戦をしようってんだから気が気でないというのが本音ではあるだろう。
義維陣営のことを笑えない。こっちはこっちで立派に内紛を起こしてしまった。
「宗滴はそなたが堺方に通じたと申しておるようだが、それは真のことか?」
「それは宗滴殿の誤解でございます。某は公方様御為に堺方と交渉に当たっていただけのこと。他意はございません」
義晴の為ってのは嘘じゃない。それが即ち高国の為ではなかったというだけだ。
「堺の細川六郎殿(細川晴元)は公方様に忠誠を誓う心づもりを持っていると聞いております。公方様御身のことについては安泰かと」
「そ……それでは儂の立場はどうなる!」
「ですから、後のことは右京大夫様がなされればよろしい。たまにはご自身のお力でお立場を作られればいかがですかな?」
フン。
人の軍勢だけを当てにするからそうなるんだ。武門の棟梁を名乗りたいなら、それらしい軍事力を見せろってんだ。
「繰り返しますが、公方様御身のことは安泰に存じまする。公方様には何卒、お心を安らかにお持ちになり、六郎殿と話し合われてはいかがかと」
「いや、それには及ばぬ」
うん?
及ばぬったって、それならどうするつもりだ?
「余も近江へ参る」
「……しかし、近江はこれから戦場になります。お迎えする用意などは……」
「手間はかけぬ。坂本に陣を取り、そこから弾正の行く末を見守らせてもらおう」
俺が勝つか負けるか見極めようってことか。負ければそのまま朝倉と組んで六角征伐と洒落こむ気かもな。
……いかんな。だんだん思考がやさぐれて来た。義晴はそんな人物じゃないと信じよう。
「無理にお留めすることは出来ませぬ。ですが、某もこれから大きな戦をせざるを得なくなり申す。
そのこと、お心に留め置き下され」
「わかった」
さて、仁義は通した。即日陣を払って観音寺城に帰らないと。
ああ、何だってこんなことになったんだ……
・大永八年(1528年) 五月 近江国栗太郡 六角陣 六角定頼
観音寺城に戻る道すがら、集めた情報を様々に拾っている。
浅井の軍勢は予定通り大したことはない。せいぜい二千ほどという話だ。
これなら、浅井は朝倉の片翼くらいのもので主力はやっぱり宗滴率いる朝倉軍だ。
その宗滴は、北近江の国人衆を制圧して回っているらしい。俺と決戦するための下準備を整えているんだろう。
……美濃に早馬を立てて至急軍勢を向かわせてもらうか?
北近江なら西美濃から一日か二日の距離だし、こちらに向けて布陣していれば側面を突く格好になる。
南と東から挟撃すれば、相手が朝倉宗滴とはいえ優位に戦えるかもしれん。美濃の土岐氏は親父の代から付き合いがあるし、もしかすると聞いてくれるかも……
いや、駄目だな。
美濃は美濃で今は土岐頼武と土岐頼芸の兄弟争いの真っ最中だ。とても近江に介入している暇はないはずだ。
それに、そもそも美濃への早馬なんて朝倉が真っ先に警戒しているだろう。無事に美濃に着けるかどうかすらも怪しいもんだ。
朽木は独立勢力だから、今回参戦する義理はない。そもそも高島郡は独立勢力でいいと言ったのは俺自身だ。それに、元通り俺の下知が効く状況であっても今回は参戦しなかったろうな。俺が有利だから味方していただけなんだから。
くそっ。
やっぱり独力で戦うしかないのかよ。
そもそも高国が京から落ちて来なければこんなことには……
いや、今更言っても始まらない。やると決めたのは俺自身だ。これは俺が招いた事態だ。
ともかく、朝倉相手に野戦なんて馬鹿な真似は出来ない。
あの爺さんは一万で三十万の一揆勢を撃破する戦上手だ。今回の京での戦でも、たった二百の先手だけで畠山勢二千を粉砕しやがった。
とんでもねえバケモンだよ。
単純に言って、八千の朝倉勢と戦う為には八万以上の軍勢を用意しなきゃならんってことだ。
そんな兵力、近江だけでとても出せるわけがない。関ケ原の時の徳川家康並じゃないか。
となると、やっぱ観音寺城の防備を使って籠城戦をやるか。
上杉謙信や武田信玄も小田原城の攻略には手間取って、ついには北条を討てずに撤退している。
観音寺城だって防備を固めればそれなりに籠城は出来るはずだ。
それに、六角の弓隊は籠城戦でもその威力は遺憾なく発揮できる。
高所から撃ちおろす矢の威力は、鉄砲ほどじゃないにしても今の時代じゃ驚異的と言っていい。
弓隊は六角の主力部隊でもあるしな。
よし、そうしよう。戦法は籠城戦だ。
城下の者には申し訳ないが、一時避難してもらおう。伴庄衛門に采配を取らせて、一時甲賀郡にでも避難してもらうとしよう。
甲賀郡には九里の隠れていた拠点もあるし、そこに兵糧を運び込めば万一の時には俺が逃げて行くこともできる。六角家の伝統的な戦法だな。
籠城して兵糧を消費させた挙句に甲賀の山中でゲリラ戦を展開すれば、朝倉も嫌気が差してくるだろう。まともに戦ってなんてやらないよ。俺はいつでも味方の損失を少なくする方法を考える。
宗滴には理解できないだろうがな。
……また怒り出したりするかな?
知ったことか。こうなればもはや朝倉は敵だ。
こんなことなら日野の音羽城も残しておけばよかった。つくづく、史実から外れたのが痛すぎる。
・大永八年(1528年) 六月 近江国浅井郡高月 朝倉本陣 朝倉宗滴
「義父上!坂田・下坂・山室の国人衆が今朝坂田郡へ落ち延び、鎌刃城に入ったとのことです!
これで我らに味方する北近江国人衆は浅井・速水・田河・三田村・富田のみになります。浅井勢はおよそ二千に満たぬかと……」
ふむ……
孫九郎(朝倉景紀)が厳しい顔つきで報告してくる。
弾正め。北近江は元々京極領であり、かつ幕府奉公人として気位の高い国人衆が多い。それをたったの三年でここまで手懐けるとは……
何故その力を勝つために使わぬ。思い出しても腹が立ってくるわ。
「義父上。いかがなさいますか?尾上城に籠る浅見対馬守(浅見貞則)と京極長門守(京極高延)を討ちますか?」
「いや、放っておけ。尾上城は湖畔に建つ城で街道から外れている。我らの進軍の邪魔にはならん」
「しかし、打って出て後ろを扼されれば……」
「心配はいらん。奴らにはもはや単独で事を起こす戦力は無い。今はひたすら京に居る弾正の帰国を待っておるのだろう。六角を討てば、尾上城は自ら城を開く。
それよりも、我らは前進して顔戸に陣を構える。地形を確認し、陣立てを練るぞ」
今頃は京から大慌てで帰国の途に就いておるだろう。
あの若造に余計な小細工をする隙を与えてはならん。戻ったらすぐさま決戦に及べるように陣を整えておかねばな。
「顔戸に陣を構えたとして、六角は素直に北上してくるでしょうか?」
「来る。奴は必ず来る。北近江の国人衆が奴を信じて鎌刃城に籠っておるのがその証よ。
ここで奴が一戦もせずに観音寺城に籠れば、以後北近江で六角を頼みとする者は居なくなる。奴は否応なしに出て来ざるを得ぬ」
孫九郎が納得した顔になる。
そうだ。奴は一戦もせずに逃げるわけにはいかぬ。そして、その一戦で弾正の首級を獲る。既に策は練ってあるわ。
弾正よ……貴様の戦は『負けぬ戦』だ。
極力味方の損害を減らし、戦いを小さくして勝とうとする。そこが貴様の強さであり弱点でもある。
戦は負けぬようにではなく『勝つように』戦わねばならん。勝つ為ならば、多少の損害を覚悟してでもなりふり構わず戦機を掴まねばならぬ時がある。そこを理解できぬ貴様には儂の策は読めまい。
お得意の謀略も今からでは何をする暇もない。それを見越して貴様が京に在るうちに侵攻したのだ。
卑怯だなどと言うなよ。武士はなりふり構わず勝たねばならぬのだ。貴様に勝つためには卑怯者の汚名でもなんでも着てやる。犬とでも畜生とでも好きに罵るがいい。
その代り、貴様の首級は儂が取る。
「義父上。進軍の準備が整いました」
「よし、では陣を進める」
うむ。もう夏も近いというのに、近江には分厚い雲がかかっておるな。
天も間近に迫る戦の気配に慄いておるのやもしれん。だが、戦にはこのような曇天がよく似合う。
ふふふ。年甲斐もなく気分が高揚しておるわ。
・大永八年(1528年) 六月 近江国高島郡 高島南市 小幡商人布施源左衛門
「船の手配は付いたか?」
「いや、駄目でさ。海津を回る船は全て朝倉が荷を止めているって話です。ここから東近江に戻る船はしばらく出ません」
参ったな。
今は一刻も早く伴さんにこの報せを届けねばならんのだが……
「銭を積んで、漁船を買い上げることはできんか?」
「船は買えても、船頭がビビっちまって見つかりません。わしらは船は素人ですし、湖の沖で雨にでも降られたらひっくり返っちまいます」
ちっ。
そういや今にも降り出しそうな空がここ数日続いてやがる。もう梅雨の季節だな。
「仕方ねぇ。南に下って堅田衆に船を出してもらうよう頼もう」
「しかし、堅田衆の船は全人衆と粟津商人が押さえてしまってますし、わしらに船を貸してくれるかどうかは……」
「四の五の言ってねえで行くぞ!どのみち最短で行く道はないんだ。堅田の猪飼様に一か八か話してみるしかねぇ」
「へい!」
馬を引いて歩き出す。やれやれ、早く戻らないと手遅れになっちまうってのに。
六角様よ。待っててくれよ。とびっきりの情報仕入れてきてやったぜ。
0
あなたにおすすめの小説
コンバット
サクラ近衛将監
ファンタジー
藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。
ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。
忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。
担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。
その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。
その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。
かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。
この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。
しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。
この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。
神典日月神示 真実の物語
蔵屋
歴史・時代
私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。
この方たちのお名前は
大本開祖•出口なお(でぐちなお)、
神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。
この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。
昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。
その書物を纏めた書類です。
この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。
私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。
日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。
殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。
本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。
日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
不死身のボッカ
暁丸
ファンタジー
逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。
小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。
逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。
割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。
※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。
※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。
※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。
※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。
この状況には、訳がある
兎田りん
ファンタジー
どうしてこんなことになったのか…
ファルムファス・メロディアスは頭を抱えていた。
居なくてもいい場所に、しなくてもいい装いをしている事の居心地の悪さといったら!
俺の関係ない所でやってくれ!
ファルムファスの握りしめた拳の行方はどこに
○更新状況○
2023/2/15投稿開始
毎週水曜20時頃次回投稿の予定
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お姉様優先な我が家は、このままでは破産です
編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。
だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!
愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理!
姉の結婚までにこの家から逃げたい!
相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる