江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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税制改革

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 ・享禄二年(1529年) 九月  越前国足羽郡一乗谷城  朝倉孝景


「兄上!何故六角と和議を結ぶと仰るのです!」
「公方様からの御内意だ。逆らうことは出来んだろう」

 弟の孫九郎(朝倉景紀)が鬼の形相で座っている。この男も随分六角にこだわるものだな。
 まあ、義父を討たれたのだから憤る気持ちは分かる。本当は今すぐにでも近江に進軍したいと思っておるのだろう。

「しかし、六角には義父を討たれた恥辱があります!これを雪がずにおれば天下から侮りを受けることにもなり兼ねません」
「確かに宗滴を討たれた恥は雪がねばならん。だが、今は北の一向一揆が不穏な動きを繰り返している」
「一向一揆が……」
「うむ。前波に命じて一向宗の動向を探らせておるが、どうも本覚寺や超勝寺が不穏な動きをしているらしい。一向一揆は我が朝倉にとって不倶戴天の敵。今は北に備えるのが第一だ。
 その意味では六角との和議は我が朝倉にとっても利がある」

 孫九郎が頭から湯気を噴き出しそうな顔をしておる。だが、今は六角と和を結ぶのが最善だ。
 何と言っても越前には一向宗が根強く残っている。足羽郡の本覚寺や吉田郡の超勝寺は古くから一揆の拠点になっておるし、吉崎御坊から加賀の一向一揆が乱入してくれば我らとしても近江どころではなくなる。

「今は近江と和を結び、全力でもって一向一揆を駆逐せねばならん。加賀の事に区切りがついたら、その時は再び近江へ侵攻することも出来よう」
「しかし、我ら敦賀衆は近江と戦うことを目指して軍備の増強に当たっております!この上は……」
「聞き分けよ。軍備を整えておるのならばちょうどいい。前波からの要請でいつでも北へ援軍に行けるように用意を整えておくがいい」
「兄上!」
「これは決定事項だ。反論は許さん。それと、公の場では御屋形様と呼べと言ったはずだ」
「……失礼いたしました」

 下がっていったか。
 やれやれ、あ奴の気持ちもわからぬではないが、今は一向一揆をなんとかせねばならん。
 幸い六角も和議に同意している。条件は『公方様の御上洛の儀につき協力を惜しまぬこと』だ。軍勢を出せだのなんだのとは言ってこなかった。
 今更共闘などできるはずもないというのは六角とて分かっておるだろうし、朝倉は領地を奪われたわけではない。その程度の条件ならば一向に構わん。

 ふふっ。六角も公方様の言うことに逆らえなかったと見えるな。今すぐに上洛軍を起こすには我らと細かな取り決めをしておる時間はないからな。
 協力は惜しまぬさ。公方様の上洛を邪魔するつもりは毛頭ない。
 そちらはそちらで好きにやってくれれば良い。今のうちに我らも新しい軍制を考えねばならん。宗滴を失った今、新たに軍を任せる者が必要だ。

 ……今少し孫九郎の風格が増せば、あ奴に軍を任せるのだがな。あ奴の戦の才は宗滴にも匹敵すると儂は見ている。
 今少し人間じんかんで苦労を重ねれば宗滴に代わる器となれるはずだ。



 ・享禄二年(1529年)十月  近江国滋賀郡坂本 西教寺  六角定頼


「今日も御不例ですか?待ちに待った上洛でございましょう?」
「左様であるが……何と言ってよいか……」

 大舘尚氏が汗をかきながら頭を下げる。こちらは進藤や後藤を始め、上洛軍の主だった武将が勢ぞろいしている軍議の場だ。
 今回は六角単独での上洛にした。
 下手に他所を巻き込むとその後の利害調整で汗をかかねばならんことを前回で思い知ったからな。
 相手が強大でないならば一人でやるほうが気楽でいい。

 それにしても、あれほど心待ちにしていたはずの上洛軍を起こしたというのに、もう三日も坂本で足踏みしている。
 わからんなぁ……義晴は何を考えているのか……

 御不例、つまり病気ということだが、要するに気分が優れずに引きこもっているらしい。
 本来なら病身を押してでも上洛軍を率いたいと思うのが人情だと思うんだけど……

 第一、京は既に先発した蒲生軍が制圧してしまっている。木沢長政は一戦だけ戦うと、早々に京を引き上げてしまった。
 まあ、まともに後詰が無い状態で京を守れというのは過酷な命令だ。まして、攻め上って来るのは『今藤太』蒲生定秀だ。
 木沢長政が京を維持できなかったとしても無理はない。

 要するに、義晴はただ京へ上ればいいだけだ。戦闘は既に終了している。
 京の定秀からは『早くご上洛遊ばされ』との文も来ているが、俺だって早く行きたいよ。さっさと済ませてさっさと帰りたい。

「何か此度の上洛でお気に召さないことでも?」
「いや、そういう訳では決してないのだが……。ともかく、某からも急ぎご上洛の途に就かれるように申し上げる。今しばらくだけお待ち願えまいか」

 いい年したオッサン連中が義晴一人に振り回されてるなぁ。

「あと五日の内にはご上洛していただきたい。それを過ぎれば某も軍を退きます。
 いつまでも兵糧を無駄に消費し続けるわけにも参りません」
「わ……わかった。そのことも合わせて公方様に申し上げる」

 なんだかなぁ……
 少年の頃はハキハキとして頭の悪い子供じゃなさそうに見えたが、大人になってこれはちょっと拍子抜けする。
 二十歳過ぎればただの人ってのは本当なのかもな。



 ・享禄二年(1529年) 十二月 山城国 京 相国寺  六角定頼


 上洛して一月が経った。
 一時は騒然とした京も今は落ち着きを取り戻し、蒲生を始めとした主力軍は山崎方面まで治安維持活動の輪を広げている。
 播磨の細川高国がいい具合に堺方の牽制役になってくれていて、細川晴元らは摂津方面の防備を強化するのに手一杯という感じだ。
 元々摂津は高国の領国だったこともあるし、細川晴元に従ったのも三好元長に攻められたりしてやむを得ず従っていた状態だ。三好が阿波に帰れば、当然高国側に寝返る者も出てくる。

 高国が復権するのは面白くないが、晴元は晴元で問題児だからな。史実の定頼は婿として身内に迎えたが俺はそんなつもりは毛頭ない。
 今のところは観客として京から摂津の成り行きを傍観させてもらう。

「御屋形様。山科内蔵頭くらのかみ様がお見えです」
「わかった。すぐに参る」

 今日は山科やましな言継ときつぐの訪問を受けた。上洛してからというもの、公家の訪問が引きも切らずだ。
 力を失った幕府に代わって今後は俺が京を抑えると皆敏感に察している。
 今から取り入っておこうということだろう。だが、山科とだけは一度話し合っておかないといけないことがある。


「お待たせいたしました」

 言継が端座する座敷に入り、上座に座って一礼する。
 思った通り、公家にしては堂々たる体躯だ。頑丈そうな体つきをしている。
 山科家は羽林家の家格で、現在は従五位下の内蔵頭に任じられている。従四位下の弾正少弼よりも官位としては低い。

 山科家自体もそれほど家格が高いわけではない上に、言継は言綱の子とは言え正室の子じゃない。本来は家を継ぐ立場じゃなかったが、他に男児が居ないために山科家の家督が巡って来たという経歴の持ち主だ。
 そのため、言継は公家には珍しく地下人や庶民との付き合いも広く、特に職業柄商人との付き合いが非常に多い。
 内蔵頭とは言わば朝廷の財政責任者だ。朝廷の儀式を行うための費用を集めるのが仕事になる。
 俺のような大名の献金は朝廷の重要な収入源の一つになっているから、六角とも良好な関係を築きたいというわけだ。

「本日はお目通りが叶い、ありがとうございまする」
「いえ、某も内蔵頭殿とは一度お話をしたいと思っておりました故」

 言継の顔に少し不審の色が混じる。まあ、俺みたいな大名が話があると言えば、いい話とは思いにくいよな。

「少弼様からお話しとは……」
「お聞きいただいておるとは思いますが、近頃京に進出した保内の商人は某が庇護しておる近江の商人です。内蔵頭様へも規定通りの公事銭はお支払いするように申し付けておりますが、できればお安くならないものかと思いまして」

 露骨に嫌そうな顔をする。献金を頼もうと思っていた所に税金の減額を言い出されたんだからそれは面食らうよな。
 まあ、誠意を込めて値切らせてもらおう。

「意外でございますな」
「意外ですか?」
「ええ。少弼様のような武家の方がそれほどに地下人と親しく交わっておられることが意外でございます」
「左様でしょうか。武家こそ戦に勝つ為にはどのような者とでも親しく交わります。公家の方々と違い、使えるものは何でも使わねばなりませんからな」

 嫌そうな顔から一転して言継が苦笑する。
 恐らく自分も人のことは言えないと思いなおしたんだろう。

「使えるものは使うというのは麿も変わりませぬ。むしろ朝廷の財政が逼迫しておる今、麿の方が深刻にそう思っているかもしれません」
「お互い苦労いたしますな」

 お互いに声を上げて笑う。なかなか気のいい兄ちゃんだな。

 歴史上で山科言継ほど朝廷の悲哀を一身に引き受けた者もそうは居ない。
 後年の言継は全国の大名と親しく交わって広く人脈を作り上げていくが、武家伝奏を務めたわけでもない言継がそこまで武家と人脈を作った理由はひとえに朝廷の財政責任者だったからだ。
 つまり、逼迫する朝廷の財政を引き受けて献金を募るために全国を行脚した。
 自身の荘園や商業課税権が武家に横領されていく中で山科家もかなり苦しい生活を余儀なくされる。にも関わらず朝廷のために身を粉にして働き続けた。
 責任感のある人間じゃないと出来る仕事じゃない。

「しかし、少弼様であれば麿に断りを入れる必要はないのではありませんか?保内商人の税を免除すると仰れば逆らえる者などは居りますまい」
「保内だけのことを考えるのならばその通りです。ですが、某は京の商業全体のことを申しております。はっきり言って今の商人は座役銭や地子銭が高すぎるように思います。
 年貢が高いということはそれだけ商業の拡大を阻害する原因にもなりましょう。農民に米の取れ高に応じて年貢を課すように、商人にも商業の割合に応じて年貢を課すようにすればもっと商業規模が拡大するのではないかと思いましてな」
「ほう……」

 方眉を上げて身を乗り出してくる。どうやら食いついたようだ。

「具体的にはどのようなお考えで?」
「左様。各商人に帳簿の整備を行わせ、その帳簿から一年間の商売の利を弾き出させます。
 それを精査し、上がった利の三割ほどを公事銭として納めさせる。そうすれば、儲けの多い者からも儲けの少ない者からも等しく年貢を徴収できる。そして商業の規模が拡大するに従って朝廷や幕府の収入も上がっていきます。
 結果として、商人の成長は年貢の増額となって返って来るという仕組みにしてはどうかと」

 しばらく下を向いて考え込む。
 いわゆる所得税や法人税の考え方だ。明治になって地租改正が導入されるまでは商業課税は固定資産税だけに課税する状態だった。だが、令和となった現代では国の税収として最も大きなものは所得税や法人税になる。

 江戸時代には固定の地子銭とは別に幕府御用金などの名目で事実上の税徴収が行われたが、これの問題点は『いつ』『いくら』納税する必要があるのかが事前にわからない点にある。ある日突然何百万何千万という金を用意しろと言われれば現代の企業だって泡食って金策に走る者が出るのが道理だ。

 商人は当然ながら算術に長けているから、税率と納税時期を設定してやれば後は自然に納税分を考慮しながら商売をしていくようになるだろう。

 しばし沈黙していた言継だが、やがて顔を上げると厳しい顔でこちらを見る。

「大変良いご思案かと思いまする。ですが、今ざっと検討しただけでも諸々の問題があるように思います」
「左様。問題点は多くある。その問題点を一つ一つ解決していくのに、朝廷の財政を司るお手前と話し合いたいと思っておったのです」

 ようやく言継が納得顔になる。
 さて、これから何度も時間をかけてじっくり話を続けようか。

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