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仲買人
しおりを挟む・天文元年(1532年) 八月 山城国宇治郡 山科郷 六角定頼
山科本願寺焼き討ちの後始末の最中、京から近衛稙家が山科言継と共にやって来た。
用件は京の法華宗討伐についてだ。法華宗に武装解除を要求し、拒否するならばこのまま法華宗攻めにかかると朝廷に申請しておいた。
近衛も山科も生々しい焼け跡と累々たる門徒達の遺体を見て戦々恐々としている。ちょうどいい機会だから見ておいてもらおう。六角定頼は紛れもなく武士であり、人を殺すことを生業としている男だということを……。
さすがの近衛稙家も顔色が青い。やはり焦げ臭さと人の血の匂いの中での会談は気が気じゃないようだ。我ながら悪趣味だとは思う。だが、武士は武力が最大の武器だ。その武力行使の結果の中での会談ならば下らないだまし合いはせずに済むだろう。
「近衛様。京の法華討伐の綸旨は頂けましょうか?」
「……今は難しい」
「ほう?」
チラリと目を見ただけなのにますます顔色が青くなる。額に汗が浮かんでいるのは暑さのせいだけじゃないだろう。
「しょ、少弼の言を軽んじているわけでは決してない。だが、朝議内に浸透した法華の毒はそう簡単に抜けるものではない」
「……三条様ですか」
「だけではない。法華と戦をするということは即ち京が戦乱の巷となるということ。今までの戦は京と言えども洛中からは外れておった。だが下京や上京の法華寺院と戦うとなればまさに洛中が戦場となろう。
少弼の言う通り、法華の勢威が増せば三条の力が増す。確かにそれは業腹だが、九条内府や久我右府なども法華討伐の綸旨を賜ることには慎重な姿勢をみせておじゃる」
九条稙通に久我通言か。確かに現状では朝廷は法華に好意的だ。三条実香を仲介者とすることで朝廷内に広く銭をバラ撒いているからな。それに法華の方でも『不受不施』には『王侯除外』というダブルスタンダードがある。要するに王侯権力には法華門徒でなくとも友好的に接するということだ。
現状でいくら法華の危険性を訴えても無駄か。現実に法華門徒が京を制圧して好き勝手な振る舞いを始めなければ、現状維持を望む勢力を説得しきれないというわけか。
「しかし、銭の力に加えて現実に武力まで持てば法華坊主はますます増長いたしましょう。お二方はそれでよろしいのですか?
法華は他宗派を決して認めませぬ。本願寺は今回その力を削ぎましたが、京の北には比叡山がある。某がここで退いたとして、いずれは法華と山門が戦をするとは思われぬので?」
「そのことは麿も朝議で申し上げた。だが、誰も彼もが目先の戦を避けることで頭が一杯だ。現状で法華攻めを無理押しすれば、最悪の場合帝のお命を危険に晒したということで少弼が朝敵とされる可能性すらもある」
……それはさすがに不味いな。近江一国を抑えているとは言え、朝廷の意志をあまりにないがしろにすれば法華側に六角に対抗する大義名分を持たせることになってしまう。法華宗が朝廷の権威を笠に着て周辺国の大名を巻き込めばさすがに六角軍でも苦戦は必至だ。朝倉なんかは喜び勇んで進軍してくるだろうしな。
足利義晴は俺が抑えているとは言え、朝廷が足利とも対立することを許容すれば将軍派と朝廷派に分かれて戦をすることになってしまう。南北朝時代の再来だ。
「では、法華に対しては打つ手なしですか」
「現状では、だ。麿と三条西で今朝廷内の工作を行っている。保内の者達の食糧援助は帝にも好意的に受け止められているし、近頃の法華一揆の振る舞いには廷臣の中にも眉をひそめる者が出てきている。今法華攻めを行うことは時期尚早だと申しておる」
「むぅ……」
ここまで来て法華宗を放りだして帰るのもなぁ。このままじゃ次は法華一揆が京を席巻する。一向一揆を止められなかった反省もあるし、今のうちに法華一揆の芽を摘んでしまいたいんだが……。
「一つ、よろしいですか?」
置物のようだった山科言継が突然発言したことで俺と近衛稙家の視線が一斉に向く。一瞬怯んだ様子を見せたが、意を決したように山科言継が発言する。顔つきがいつもの甘ったれとは違っている。
「この本願寺の跡地に楽市を開いてはいかがでしょう?」
「楽市を?しかし、この地に楽市を開いたとしても京の法華門徒が市場を占拠するのがオチではないのですか?」
「そうはさせません。この楽市で集められる産物は全て帝への献上物という形式を取ります。楽市での売買はあくまでも帝の物を皆へ下賜されるという形になる。それを法華が横領すれば、それこそ法華を討伐する理由にもなりましょう」
……ふむ。確かに帝への献上物を横領したとなれば法華を援護する声も少なくなるだろう。
「しかし、商品の仕入れはどうします?京への輸送の途次にあるとはいえ、山科は東国からは遠い。若狭湊から鯖街道を経由した方が運搬効率は良いでしょう」
「そこで、少弼様の御協力をお願いしたい。近江から伊勢へと至る陸と海の路の終着点を山科楽市として頂きたい。そうすれば、京の隣に法華の力の及ばぬ巨大な市場が出来上がりましょう」
京に対抗する市場を山科に作るというわけか。
「中々良きお考えですが、それには各地の商人が近江衆の流通に乗せるということが必須になる。本所である寺院の意向を無視してまでそれに応える商人がどれほどいるか……」
「麿が各地の地下人と繋ぎを付けて参ります」
なんだって?
「麿が『御厨子所別当』の権限を持って山科への往来勝手の免状を出しましょう。それであれば、各地で実際に産物を生産している漁民や農民達も堂々と商品を山科へ出荷することが出来る。帝の御為にという名分があれば各地の寺社や座商人達も文句は言えぬはず」
なるほど!考えたなぁ。
山科言継が務める御厨子所別当は帝の食膳に供される食材を各地から調達する役目になる。そのために律令制下では各地の供御人(商人)を掌握する立場だ。
座商人が自由に諸国を歩き回れるのは地場の産物を本所である京の寺社に届ける役目を負うという建前を用いるからだ。それによって寺社の権限で諸国往来勝手を認められる。例えば保内衆は本来的には比叡山を本所とすることで日吉社に必要な物資を届ける役目を与えられた。それが保内商人が各地を自由に歩き回ることが出来る根拠になっている。
座商人が寺社を本所とするのに対し、供御人は帝に仕えるという立場を持つことで諸国往来勝手の免状を得ている。その免状を発行する権限は御厨子所別当である山科言継の職掌だ。
産物の生産者から直接買い付けを行い、それを物流網を司る近江の商人達が産地から山科へ運ぶというわけか。
六角領では商人は年に一度の年貢銭を納めることで日々の関銭は免除としているが、他国の商人は関を通る度に関銭を支払う必要があり、近江商人よりも安い経費で山科へ運ぶことは出来ない。それは京へ運ぶのも同じことだ。
もちろん六角領でも他国の商人は通常通り関銭を徴収している。そうでなければ近江商人の特権にならないからな。
山科言継の言うことは、要するに近江商人の物流網を貸せということだ。
各地の生産者と渡りを付け、近江商人の物流網に産物を乗せて山科楽市に東国の物資を集める。西国の物流はそれでも法華宗に握られるが、東国の物流は必ず近江を経由する仕組みになるという訳だ。
つまり、山科楽市で京の法華門徒に対して経済戦争を仕掛ける。
これなら武力を用いないから公家が眉をひそめることもないし、法華寺院の檀那衆である京の富裕商人は山科楽市と繋がりたいと思うはずだ。東国の産物を得ようと思えば山科から買い付けるのが最も安く買えることになるからな。法華寺院を置き去りに法華の地盤である富裕商人をこちらに引き込むことを狙う。
ただし、それには富裕商人達が涎を垂らすような商品を仕入れてくる必要がある。売れない物をいくら並べても笑い飛ばされるだけだ。
「相当な目利きが必要になりますぞ。それに、各地を巡り歩かねばならん。辛い仕事になります」
「覚悟の上です。少弼様の申される通り、いつまでも法華の銭を当てにしていては法華の横暴に対抗できぬことになる。元々麿は法華以外の銭を得る為に各地の守護を巡って朝廷への献金を募るつもりでありました。いつまでも少弼様だけに甘えるわけにもいきませんし……。
そのついでに各地の産物を仕入れる伝手を作ってゆくつもりです」
さしずめ朝廷直属のバイヤーだな。面白い。銭が無くて朝廷が窮乏するのならば、朝廷自ら商売しようってことか。地下人達と親しく交わって来た山科言継だからこそ出てくる発想だ。
「それに、どのみち商人達を保護できるほどの武力が無ければこの話は成立しません」
その通りだ。面白くないのは置き去りにされる各地の座商人や京の寺院だ。彼らは近江商人の物流網を破壊しようと企むようになるだろう。具体的に言えば、輸送途中で荷を略奪する。それを防ぐにはその後ろに六角家という軍事力があることを解らせなければいけない。しばらくは馬借達の護衛に兵を割かなければいかんだろうな。
だが、やる価値はある。経済を制するには物流と金融を抑えることだ。金融については京の土倉業者には一朝一夕で勝つことは難しい。だが、物流ならば近江商人の得意分野だ。
「近衛様。山科殿の言うことは帝の御名を持って朝廷自ら商いをされようというものです。朝廷としてはいかがですかな?」
「……正直、外聞は良くない。公家たる者が地下人の真似事などと陰口も叩かれような。だが、現実に銭が朝廷に足りておらぬ以上表立って反対できる者は居らぬだろう。反対すれば今度はその者が銭を都合してこなければならなくなる。今の朝廷の財政を支えられる者など居まい」
そうだろうな。いつの時代も対案無き反対は周囲からの批判に晒される。
「以前に少弼様から京の商人を直に支配する方法を考えてほしいと言われてからずっと考えておりました。今の京では法華を抜きにして商人を支配することは難しい。であれば、新しく市場を立てれば良いのではないかと思い至りました」
「それで楽市ですか」
「左様にございます。石寺楽市は麿も見に行きました。商人達が集めた産物を掛け合わせて次々に新たな産物を作って行く。布団のような革新的な産物が新たに産まれたりもする。それをこの山科郷でも行いたいと思います」
近衛稙家と顔を見合わせた後に大きく頷く。
これで役割分担が決まったな。山科言継は山科楽市の建設によって法華宗の足元を切り崩す。近衛稙家は朝廷工作によって法華宗の庇護者である三条実香の邪魔を封じる。そして俺は山科楽市とそこへの物流網への兵力の配置だ。山科楽市は軍事的には六角家の勢力範囲内に収めないといけない。平和が保たれてこそ市場は安定する。
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