江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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側室

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 ・天文二年(1533年) 十二月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


 京での用事を済ませた後、山科楽市を視察して岩城九衛門に諸々の指示を与えてから戻って来た。

 山科楽市のある場所は元が一向宗の寺院だけあって、周辺の郷村からは様々な物を売りに来る者達が集まって来ていた。特に目立ったのは遊女屋だ。坊主の暮らしがどんな物だったか想像に難くない。まあ新興の町には付き物でもあるし、それはいい。
 だが、今後の発展を期するならばそういう店は一角を設けてまとめて置いた方がいいだろう。色町は華やかではあるが、それだけに喧嘩沙汰も多く治安の悪化を招くこともある。

 町割りと普請が済み次第遊女屋を移転させ、色町の一角を柳の木で囲むようにさせた。後年の吉原や京の色町の真似だが、この柳の木を舞台に様々なドラマが起きるようになるんだろうな。
『山科の見返り柳』とか風情があっていいねぇ。

 洛中からはまだ進出する気配はないとのことだったが、伏見からは数軒の酒蔵が楽市に出店を打診しているとも聞いた。酒屋は同時に土倉を営む貸金屋でもあるからこれも一角を設けてまとめさせるようにする。
 金利は石寺楽市に準じるようにさせた。相場よりも低金利を徹底させる代わり、徳政令が出された時も山科楽市は徳政除外という特権を与える。
 これで金融街としての発展も見込めるだろう。

 こうなると陸路の整備も着手したいところだな。大津までは船で貨物を集めるとして、大津から山科への逢坂山が難所になっている。いくら運搬用の牛馬を大量に抱えているとはいえ、これから物流が増えてきたら運送の効率化は必要になって来るだろう。

 大津から京都への物流網と言えば疎水だが、疎水を引くには時間も技術力も足りない。とりあえずは牛車の通る牛車道の普請計画を練り上げよう。これも郷村から人手を引き抜いて普請をさせると肝心の農業生産力が落ちるから、普請組を組織する所から始めないといかんな。
 逢坂越えだけでなく伊勢との八風越えや千草越えも難所はあるし、それ以外に堤防工事も必要な場所はいくらでもある。普請組の仕事は無限に用意できるだろう。むしろ普請組が音を上げないかの方が心配なくらいだ。

 観音寺城が見えて来た。我ながらデカい城になったな。


 城の玄関に入ると蒲生定秀と進藤貞治が出迎えに出て来た。この二人が揃って出迎えるということは、何かあったな。

「御屋形様、お帰りなさいませ」
「うむ、どうした?新助と藤十郎が揃って出迎えとは珍しい。戦が起こったか?」
「戦というならば戦でございましょうな。しかも負け戦にございます」
「何?」

 進藤貞治が妙に渋い表情で不穏な言葉を吐き出す。
 まさか朝倉が動いたのか?

「御屋形様……申し訳ございません!」

 思考を巡らし始めた所で蒲生定秀が平伏する。一体何が起きたんだ?

「京での……その……御屋形様と某の行状が御裏方様に……」

 ……何ぃ!?

「バレたのか!?」
「藤十郎が女房に問い詰められ、自白したそうにございます。藤十郎の女房から御裏方様へは既にご注進が参っておりましょう」

 定秀コノヤロウ!嫁に夜遊びをバラすなんて男の仁義を何だと思ってやがる!

「此度の戦、某は助太刀できませぬ。どうぞ、御屋形様お一人で存分に戦ってくだされ」
「新助ぇ……何とかならんか」
「なりませぬ。腹を括りなされ」

 玄関で男三人額を突き合わせていると奥から軽やかな声が響く。

「あら、御屋形様。お帰りなさいませ」

 怖い……いつもと変わらない志野の笑顔が怖い……。

「では、御屋形様。御武運をお祈りいたしますぞ」
「あ、待て!新助!藤十郎!」

 進藤は飄々と、蒲生は申し訳なさそうに頭を下げて引っ込んで行く。
 俺は志野に連行されて亀の間に二人で座った。侍女や小姓も遠ざけて夫婦二人だけだ。

 怖い……。
 対面に座る志野は相変わらずニコニコ笑っている。笑っているんだが……。
 後ろに『ゴゴゴゴ』って文字が見える気がする。今にもスタンドが飛び出してきそうだ。

「藤十郎殿の奥方様から伺いましたわ。京に上られた際は藤十郎殿と随分お楽しみであったとか」
「い、いや、それは……」
「あれほど側室をお迎えくださいと申し上げたのに、何故コソコソと色町で遊ばれるのです?」
「その……志野が嫌がるかなぁと思って」

 志野がふぅと息を吐いて俯く。少し怒りが収まったか?
 次はどう攻めてくる。感じろ。志野の息遣いを感じろ。

「それは私も女ですから、御屋形様が他の方と褥を共にされることが嬉しくはありません」
「そ、そうだろう?だから……」
「ですが、コソコソされるのはもっと嫌でございます。されるなら堂々となさってくださいな」

 志野の後ろの文字がより大きくなった気がする。やはり怒ってらっしゃる。

 しかし!遊女屋遊びをしないという言質だけは取らせない!嫁が居ようが愛人が居ようがキャバクラに出かけるのは男の性質サガというもの!
 ……というか側室だと子供を産む為だけの関係って感じがして嫌なんだよな。もうちょっとキャッキャウフフと遊びたいじゃないですか。
 こうなれば負け戦は覚悟の上だ。せめてそこのラインだけは死守する!

「分かった。秘密にした事は謝る。だから今回は水に流してくれ」

 真剣な顔で頭を下げる。志野の目がスッと細くなるのが頭皮越しの感覚で分かる。
 幸いなのは志野に別れるという選択肢が無いことだ。落としどころを考えているんだろうが、謝った以上この戦はここまでだ。傷は深いが致命傷じゃない。

 あとは今度絹の小袖を買って来よう。それで手打ちだ。

「では、こうしましょう。私が御屋形様に相応しい側室の方を見つけて参ります。それならば良いのではないですか?」
「ええ~~側室は……」
「まだ色町に行かれるおつもりです?」
「いや……そんなことは……」
「その方に御屋形様の見張りをお願いいたしましょう。それならば安心です」
「いや、しかし……」
「まだ何か?」

 ぐっ……完敗か……

「わかった。志野の言う通りにしよう」

 ようやく志野の後ろの文字が消えた。もう二度と夜遊びが出来ないのか……。

「ホホホ。そうと決まれば良いお方を探さねばなりませんね」

 志野が妙に嬉しそうな顔をして下がって行った。まあ、確かに大名としては子供が少ない方だもんな。志野も気にしていたのかもしれない。
 それで志野の気が収まるならいいか……。



 ・天文三年(1534年) 二月  近江国蒲生郡 観音寺城  伴庄衛門


 いつもの定例報告でお城に参ったが、どうにも六角様に元気が無い。新しく側室をお迎えされたばかりだから、夜は随分攻め立てられているのかもしれんな。

「……普請組の設立は正式に評定で認可された。家中からも希望者は募るが、本福寺の明宗に言って各村から希望者を募ってくれ。戦働きではなく鍬鋤を持っての働きになるから、俊敏な者よりも体躯の大きな者の方が良いだろう」
「承知いたしました。まずは穴太衆に声を掛けましょうか?」
「そうだな。穴太衆の石積みの技術を習得できれば色々と普請に応用が効くだろう」

 さて、六角様と打ち合わせる内容はこれくらいかな。

「では、手前はこれにて……」
「待ってくれ。もう一つ相談がある」

 はて、まだ何かあったかな?

「先だって志野の侍女の一人を側室に迎えたのは知っているな?」
「ええ、お寅の方様ですな。ヨネ様の姪御さんであられるとか」
「うむ。その側室のことで相談だ」
「はて、手前でお役に立てることがあるとも思えませんが」
「……口が臭うのだ。何か口の臭いが消える薬草のような物は無いか探してみてくれ」

 く、口が臭うとは……。
 笑ってはいかん。笑ってはいかんが……駄目だ。

「ぷっくくく。あ、いや、失礼しました。しかし、口の臭いとは……ぷっくくく。それはまたキツうございますな」
「まったくだ。隣で寝ていても臭って来る。顔はタイプではあるんだが……」
「はあ?タイプですか?」
「ああ、いや、何でもない」

 さしもの六角様と言えども口の臭いには勝てぬか。お寅の方は美しいお方であると聞いていたが、まさかそのような欠点があるとは思いも寄らなかった。
 しかし、口の臭いを消すか。そのような薬があるのかどうか、一度会合衆の皆に聞いてみねばならんな。

「ともかく、何か解決策が無いか探してみてくれ。俺の命がかかっていると思って」
「承知いたしました。では、手前はこれにて……」

 駄目だ。一刻も早く御前を下がらねば。これ以上耐えきれん。腹がよじれそうだ。




 ・天文三年(1534年) 三月  山城国 京  清涼殿  近衛稙家


「此度山科の市に柳本党が押入って乱暴狼藉を働いたことは決して許せぬ。山科の銭は帝の御物。即ち帝の御料所を略奪したことに他なりませぬ」

 麿の言葉に久我右府が頷くが、九条内府は渋い顔をしておる。やはり九条は三条と繋がっておるか。既に関白に就くことが内定しているとも聞くから、三条から何かと言い含められておるのだろう。だが、今回のことは明確に法華の失策だ。

「では、左府様(近衛稙家)はどのように事を収めようとお考えで?」
「左様。帝から法華に対して兵を召し放つ宣下を賜りたい。宣下を賜れれば京洛での法華の狼藉も抑えることが出来る。公卿の中には法華の兵によって家人に乱暴をされたり下女がさらわれるという事件も起きておじゃる。全ては法華が兵を持つことによって起きていることにおじゃりましょう」
「法華については相国様(三条実香)がくれぐれも注意を与えておくと申されておじゃります。山科市への狼藉は六角の兵によって大事にならずに鎮圧されましたし、此度のことはひとまずそれで収めるべきでおじゃりましょう」

 九条め。それでは手緩いということが分からんのか。そもそも法華がこれほどに増長したのはひとえに三条が好き勝手を容認したからに他ならん。
 麿の動きに勘付いて自ら太政大臣に上り、九条を関白に就けて麿を牽制しようという肚積もりであろうが、そうはさせぬ。

「恐れ多き事ながら、主上の御意を賜りとう存じます。そもそも山科市は主上の即位式を実現せんと内蔵頭(山科言継)が各地を巡り歩いて実現させたもの。その努力を無にしようとする此度の法華の狼藉は許しがたいものと思料致しますが」

 上座の御簾に体を向け、帝御自らのお言葉を待つ。例え三条や九条が何と言おうとも帝の御意を覆すことまでは出来まい。

「近衛。今法華に兵を召し放つように宣下を出したとしても法華が素直に従うとは限らんのではないか?」

 しばしの沈黙の後、帝のお声が響く。まだ迷っておられるのか。

「宣下を下された後、三条様からも併せて注意を促せば良いでしょう。帝の御意志を天下に示されることこそ肝要かと」

 宣下を賜れば後は六角が差配できる。法華が従おうが従まいが、六角が兵を持って駆逐すれば同じことだ。

「分かった。法華宗に兵を召し放つように宣下を下す」

「主上!」
「九条殿、お控え為され。主上の御意志におじゃりますぞ」

 九条が悔し気に俯く。これで良い。ようやくに法華を追い払う大義名分を得ることが出来た。


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