江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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三好政長暗躍

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 ・天文二年(1533年) 八月  山城国 京  相国寺


 足利義晴の上洛に続いて慶事があった。義晴正室の近衛尚子が懐妊の兆し在りとのことだ。
 男児なら後の足利義輝になる。
 近衛稙家も相国寺までやって来て目出度いと喜んでいるが、正直俺は内心複雑ではある。義晴との対立を見越せばその子が産まれることは純粋に喜べない。
 まあ、とは言っても表面上はお慶び申し上げなければならんよな。御産所役なんてものも拝命したから、尚子様には精の付く食べ物を色々と献上しよう。それともつわりがあるならあっさりとした物がいいのかな?

 近衛稙家が喜んでいるのは別の側面もある。
 義晴には側室として三条実香の娘である一対局いっついのつぼねも嫁いでいるが、近江に逃れた義晴に従っていた尚子と違ってずっと京に居残っていた。
 捉えようによっては義晴の為に京で将軍帰洛の準備を整える為に奔走していたとも取れるが、実際は頼りない夫よりも京で権勢を持つ父を頼りとしていただけの話だ。だが、義晴が帰京したことでこの一対局と近衛尚子の女の戦いが再燃した。
 要するに義晴の閨房けいぼうにおいても近衛派と三条派での主導権争いをしていた。尚子が懐妊したことでこの閨閥争いは近衛派が一歩リードしたことになる。
 いやはや、公家らしいねぇ。

「此度の妹君のご懐妊おめでとう存じまする。某も御産所役として最大限尚子様がお健やかなる御産となるよう差配して参ります」
「うむ。弾正にはそちらの方でも世話になる。近江には様々な新しい食べ物があると聞いておじゃる」
「ハッ!」

 型通りの挨拶をした後本題に入る。
 相国寺の宿所では人払いをしているが、近衛稙家が扇で口元を隠しながら顔を近づけて来る。後ろめたい話ってのはやはりヒソヒソ話になってしまうんだな。

「山科の市には様々な目新しい店が出来ていると京でも評判でおじゃる。近江の牛肉料理や麦粉を使った料理などは特に美味いと評判を取っていてな。法華の檀那衆である大店の商人達も密かに東口の関を抜けて山科へ遊びに出かける者が出ているそうじゃ」
「左様でございますか。京から山科に店を移そうという者は現れておりますか?」
「いいや、まだそこまではいっておらぬ。だが、法華坊主共が気にし始めている。東口の関の前に独自の関所を設け、京から山科に行こうとする者から関銭を集めておるそうじゃ」
「ははあ。東口に見慣れぬ関所があったのはそのためでございましたか」
「左様。おかげで山科は関銭を払ってもなお遊びに行きたい憧れの場所となりつつある」

 近衛稙家がクフフと笑う。わっるい顔してんなぁ、おい。
 俺も同じ顔してるのかもな。

 ともあれ、法華坊主の失策だな。
 山科楽市の繁盛ぶりを気にしだしたのは分かるが、それに対抗するために関所を作ったのは悪手だ。
 人には禁じられれば禁じられるほど憧れが増す心理がある。近衛稙家の話が本当ならば、今の山科は高級歓楽街と認識されているということだ。高い関銭を払ってもなお行きたいと思わせる場所ならば、やがて京に肩を並べるほどの消費地にもなっていくだろう。

「だが、少し不穏な空気も流れている。柳本の遺臣達が法華一揆に参加しておるが、柳本党は『関所など手緩い、山科の銭を奪い取ればいい』と声高に主張しているそうだ」
「ほう……」

 柳本甚次郎が三好元長に討たれた後、その遺臣達は法華宗に雇われた。要するに寺の兵になったということだ。
 この時代の武士――特に落ち武者は、戦闘に慣れた者でありかつ略奪にも慣れた野盗の群れと変わらない。オツムの足りない者ならそういう考えも出てくるか。

「そうなればもはや武力で制圧するしかなくなりますな」
「左様。山科楽市の銭は名目上帝に献上される銭だ。それを奪ったとなればもはや朝廷も法華を討伐することに是非はあるまい」

 結局武力討伐の流れになるな。まあ、法華寺院が武力を抱えた時点で何らかの軍事衝突は避けられないか。

「某も下京を見て参りました。惣堀を普請しておりましたが、あれではまるで城でございますな」
「いかにも、下京は法華の城と言って差し支えなかろう。公家衆の中にも法華が戦支度を整えていると糾弾する声が秘かに高まりつつある。法華一揆衆に違乱されて迷惑する者も増えておるしな」

 秘かに……ねぇ。どうせ近衛屋敷や三条西屋敷での宴が中心になっているんだろう。

「ときに、帝の即位式の銭が足りぬと伺いました。某が用立てさせて頂いても良うございましょうか?」
「……しばし待ってたもれ。今内蔵頭(山科言継)が奔走しておる。帝の即位式の銭が整えば山科が各地を巡り歩く名分が少なくなる。
 それに山科も帝の御為に随分と骨を折っておる。出来得るならば帝の即位式は山科の手柄とさせてやりたい」

 ほう。腹が黒いだけじゃなく中々部下想いの所もあるじゃないの。

「承知いたしました。最後に足らぬ分は某が用立てる故近江に参るようお伝えくだされ」
「相分かった。弾正の骨折りにも感謝するぞ」
「ハッ!」



 ・天文二年(1533年) 十月  摂津国武庫郡 越水城  細川持隆


 轟音が響いて越水城の城門が揺れる。城門破りの丸太槌が突進するのはこれで何度目だろうか。
 降伏すれば命は取らぬと申し聞かせておるというのに、下間とやらに率いられた一揆衆の抗戦派は未だ城を開こうとはせぬ。無益なことを……。

「殿!城門が!」
「うむ。城門を破壊したら足軽達を突入させよ!城門付近を確保したら本隊も進軍を開始する!」
「ハッ!」

 ふう。
 ようやく越水城を一揆勢から奪回することが出来るか。千満丸の名を持って兄上と本願寺証如との和睦は成ったが、証如に従わぬ各地の抗戦派は未だに武装を解こうとせぬ。もはや蜂起から一年が経ち、一向一揆は摂津各地で掃討されている。今更抵抗したとしても無駄に死ぬだけだというのに。

 越水城を奪回したら阿波から千満丸を呼び戻してやろう。ここは千満丸が筑前守と共に過ごした場所だ。良い思い出ではないかもしれんが、千満丸が一人前になった暁には兄上に願って千満丸に越水城を与えるよう計らってもらおう。

 本当ならばもう一人、呼び戻したい者が居る。
 無意識に胸に手を当ててしまう。手に伝わるのは甲冑の冷たい感触だけだが、その下には近江からの文が入っているはずだ。

 千熊丸……。

 よもや六角を頼っていたとはな。他に手が無かったとは言え、大和守(篠原長政)も愚かな事を……。
 我ら阿波衆は左馬頭様(足利義維)こそを将軍位に就けるべく立ち上がったのだ。三好筑前守もその為に戦い、その為に散った。現公方の後ろ盾たる六角の庇護下に入ることは、亡き筑前守の志を無にすることに他ならん。
 我ら阿波衆は六角とは決して和すことなど出来んのだ。六角が公方の後ろ盾である限りな。

「殿!城門付近を確保いたしました!」
「よし!城内の掃討にかかれ!抵抗を止めて降る者は殺さずに捕らえるに留めよ!」
「ハッ!」

 ともあれ、この文はまだ儂の腹の中に仕舞っておこう。あれほど仲の良かった兄弟だ。兄が裏切者に成り果てたなどと幼い千満丸にはまだ知らせぬ方が良いだろう。いずれ一人前になり、苦しい事実も受け止められるようになった暁には千満丸にも事の次第を話そう。


 しかし、兄上は何故これほどに急がれるのか……。
 仮初めとは言え、公方と和議を結んでまで管領に成らねばならんものか……。
 確かに管領になれば摂津の国人衆は兄上に従うだろうが、それにしてもまずは左馬頭様の上洛を果たすのが先であろう。

 ……よもや、左馬頭様を見捨てる気ではあるまいな。

 いや、止そう。兄上を疑っても得る物はない。今は乱れた摂津・河内・大和の安寧を取り戻すのが先だ。越水城を拠点にまずは北摂津を一向一揆衆から奪回していく。筑前守の子らは儂が立派な武士に育て上げて見せる。

「殿!城内の掃討が終わりました!」
「よし!降伏した者には食を与えて休ませてやれ。望む者は我が兵として取り立てる」
「ハッ!」

 今しばらくは儂が越水城に留まって兄上の行く末を見守る。左馬頭様をないがしろにするのならば実の兄と言えども容赦はせぬ。



 ・天文二年(1533年) 十二月 摂津国島上郡 芥川山城  三好政長


「越後守、未だ上洛することはできぬか?」
「今しばしお待ち下さりませ。摂津下郡や大和では未だ一向一揆が各地で抵抗しております。今は摂津を平らげることが肝要かと」

 上座で六郎様が不機嫌な顔で黙り込む。公方との和睦も成り、一日も早く上洛したい一心なのだろう。だが、今はまだ機が熟しておらん。
 大和は木沢左京亮(木沢長政)が平定の最中であるし、南河内では遊佐河内守(遊佐長教)が未だ細川八郎(細川晴国)や一向一揆の残党と連携して抵抗の姿勢を見せている。まだ摂津を離れて京に上るわけにはいかぬわ。

「摂津の平定は讃岐守(細川持隆)に任せれば良いではないか」
「さて、それですが……讃岐守様には阿波勝瑞城を守って頂かねばなりますまい」
「何故だ?あ奴は兄である儂を支える為に阿波から摂津に進軍し、越水城を奪回して北摂津の掃討を始めている。今阿波に帰らせずとも良いであろう」
「備中や備後辺りでは出雲の尼子が勢力を伸ばしていると聞きます。阿波は瀬戸内の海を挟んではおりますが、尼子の勢力がこれ以上伸長するようであれば阿波から備中へ援軍を出すことも検討せねばなりますまい。
 阿波細川家は六郎様をお支えする大切な地盤でございます。讃岐守様を置いて他にお任せできる方など居られませぬ」
「ふむ……確かにな」

 讃岐守様には阿波で大人しくしていてもらおう。あの御仁は未だ左馬頭様大事に凝り固まっている。公方様との和議は何とか仮初めの物と言いくるめたが、いつまたうるさく将軍交代を言い出すかわからん。

「しかし、ならば越水城はどうする?」
「千満丸にお任せになられればよろしいかと」
「千満丸はまだ六歳だぞ?あまりに若すぎるであろう」
「一族の三好孫四郎(三好長逸)を補佐に付けられればよろしい。某の家臣からも補佐の者を出しましょう。亡き筑前守の遺児であれば越水城を与えることにも理がありましょう」
「ふふふ。孫四郎もまだ二十歳にならぬ若造だ。事実上、お主の支配下に置くつもりか」
「全ては六郎様御為にございまする」
「相分かった。良きに計らえ」

 これで邪魔者は消える。今後の摂津は儂が差配する。筑前守の影は出来得る限り削いでいかねばな。

 さて、あとは六郎様の御婚儀を整えなければならん。京の三条様に使いを出しておこう。
 公方様には近衛様の姫君が御子を授かったということだから、三条様も焦れておられよう。以前交渉した時よりも六郎様との縁組は意味が大きくなるはずだ。何とか来年中には御正室をお迎えしたいものだな。

――――――――

ちょっと解説

物語の都合上、三好政長を黒幕的動きをする悪役にしていますが、史実の三好政長は細川晴元を支えた股肱の臣でした。
三好元長や木沢長政などの勇将や智将を失っても崩壊しなかった細川晴元政権ですが、三好政長を失ったことで崩壊します。目立った戦功こそありませんが、三好政長は細川晴元の兵站を支える超重要人物だったようです。
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