江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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秘薬

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 ・天文三年(1534年) 十月 近江国観音寺城  六角定頼


 八月半ばには京の仮復興も終えて郷方衆を解散して帰村させた。旗本衆も観音寺城と小谷城に戻って京は一部の駐屯軍と普請組だけが居残っている。
 戦に人手を出した惣村に対しては約束通り今年の年貢は収穫があろうとなかろうと免除にしたから、郷方衆は京から戻ると休む間もなく張り切って米の収穫に勤しんだようだ。おかげで使ってしまった兵糧も買い上げる形で備蓄が進んでいる。
 問題は今回で銭の蓄えが大幅に減ったことだ。京の復興に合わせて今度こそ安定した税徴収の仕組みを考えなければいけない。京を再建するこのタイミングならば軋轢を最小限にして制度を作っていけるはずだ。

 まずは六角家の京支配に合わせて京都奉行という役職を創設し、初代奉行として三井高好を配した。南近江の内政という地味な役目を懸命に頑張っていた男だから、京でもコツコツと頑張ってくれるだろう。ひとまず今後の京の行政は三井が取り仕切って行くことになる。
 京の商人が法華の影響を抜けたことで今度こそ所得税の導入の準備に取り掛かった。まずは会計ルールの統一だ。伴庄衛門と岩城久兵衛が相談して最低限整備するべき帳簿の形式を色々と思案しているが、必要なのは売上と仕入と経費を明確に切り分けることだ。要するに純利益を算出させる。

 純利益を出したら帳簿と共に京都奉行所に申し出て、銭を納入して帳簿の末尾に納税印を押していく。帳簿に納税印のある者は地子銭を半額とし、臨時徴収の段銭も免除する特例を設ける。こうすることによって商人にとっても事前に分かっている納税額を収めればそれ以上の追加納税が発生しないという利点がある。つまり帳簿を見れば自分が収める税額が計算でき、それ以上に税を絞り取られる事が無い。
 幕府と朝廷には商人からではなく京都奉行所から既定の税額の納入を行わせることで合意した。つまり京の町人への直接徴税権を持つのは六角家の京都奉行だけという形式を整えた。

 問題は所得隠しの摘発だな。こればかりは日々の商いを見回るしかない。

 その役目は保内衆の何人かを京都奉行の配下として正式に召し抱え、見回りの任に当たらせることにする。恐怖のマルサ部隊の誕生だ。マルサ部隊は帳簿の記し方についての相談も受け付けるから、制度が浸透してくれば帳簿を付けることの利点が商人の側にも理解されるだろう。

 もちろん、帳簿を付けずに地子銭と段銭を納入することも許す。どちらか好きな方を選べるようにする。最初は馴染み深い方法を取る商人が多いだろうが、保内衆が仕込んだ商人が段銭を免除され、帳簿を活用して売り上げを伸ばしていく所を目の当たりにすれば本気で取り組み始める者も増えるだろう。
 新しい仕組みは上からの強制だけじゃ浸透しない。それを選ぶことによるメリットとデメリットを提示し、商人自身に選ばせる方法を取ることだ。帳簿をつけるということは言い換えれば数字を意識して商売をすることに繋がる。最終的には帳簿を付けたほうがあらゆる意味で商売上の利点が大きいということは他ならぬ商人自身によって立証されるだろう。
 まして最初の内は商売の規模が小さいんだから、所得税を納める方が圧倒的に有利になる。必ず市場に受け入れられるはずだ。

 差し当たって、二年ほどしたら何らかの名目で段銭を課税してみるか。


 考え事をしていると伴庄衛門がその後の京の経過報告でやって来た。

「帳簿の形式は定まったか?」
「はい。岩城さんと相談して大福帳という帳簿を基本にするようにしました。仰せの通り、大福帳は一年の商いの売上と掛かった仕入れを計算できるようにしております。京都奉行所への利銭(所得税)の納入も大福帳を持参して確認を受けることと致します」

「ふむ。京の復興の様子は?」
「まだ仮普請の家屋がほとんどですが、普請組の面々が順繰りに本普請を進めてくれていますので二年の内には完全に元の京に戻せるかと」
「そうか。とりあえずは順調だな」

 京の税徴収の仕組みが軌道に乗れば山科楽市や石寺楽市も順次導入していけるだろう。

「ところで、もう一つご報告があります」
「ん?何だ?」
「お寅の方様の件にございます。お寅の方様は滋賀郡の真野の出身でございましたな」
「そう聞いている。それが何か関係があるのか?」
「真野から北の山中では薬種にするために比良の山中に分け入って薬草を採ることを生業にする者達が居ります。彼らは独自に薬種を栽培することもしておるようで……」

 薬草取り?あの口の臭いは薬草の臭いなのか?

「医師の吉田様に伺った所、薬草の中には臭気を伴う物もあるそうで。特に滋養に良いが臭気が強い薬草にこういう物があるそうです」

 言いながら庄衛門が懐から白い塊を取り出す。これは……

「……ニンニク?」
「おや、ご存知でございましたか。それを食せば病を跳ねのける滋養を体に付けることが出来る秘薬だそうで、吉田様も時たま買い入れているそうにございます」

 そうか……ニンニク臭嗅ぐのなんて転生して以来だからすっかり忘れてた。
 お寅の奴ニンニク臭いんだ。

「つまり、お寅はこれを食べていると?」
「恐らくは。医者の間では強壮の秘薬として珍重されていると耳にしました」

 これは、確かめてみる必要があるな。



 ・天文三年(1534年) 十月  近江国蒲生郡観音寺城  六角寅


 御屋形様のお側にお仕えするようになってもうすぐ一年。父ちゃんは子宝に恵まれると言って大蒜ニンニクを度々持って来てくれるけど、御屋形様はあまり私を近づけては下さらないし……。
 貴重な薬だから安い物でもないはずだけど、父ちゃんは喜んで持って来てくれる。御屋形様のお側にお仕えできたことを父ちゃんは喜んでいたな。何とか御子を授かることが出来たらいいのに……。

 今日も皮を剥いて一欠片を口に入れる。
 ……からい。でもこの薬を食べれば御子が授かるのだから、我慢して食べないと。

「お寅、入るぞ」

 突然御屋形様が室内に入って来る。慌てて口の中の物を飲み込んだ。
 御屋形様が私の部屋を訪ねてくれるなんて珍しい。寝所ですらいつも少し間を取られるのに。

「御屋形様。どうかされましたか?」
「うん。実はな……」

 何か言いにくそうにしておられる。もしかして私はお役を免ぜられるのかもしれない。父ちゃんが聞いたら悲しむかな……。

「お寅は何か毎日食べている物は無いか?」
「はい、父から届けられるお薬を口にしております」
「それはこういう物か?」
「ええ、私の里では薬として珍重されています。近くに薬種を集める集落があって、そこから買い求めていると」

 御屋形様が太いため息を吐く。私は何かいけない事をしたのだろうか。

「どうやって食べている?」
「皮を剥いてそのまま食べます。お医者様はすり潰して粉にするそうですが、そのまま食べた方が薬効は強いと聞きました」
「……辛くなかったか?」
「それは……でも、薬としての効果は高いと聞きますし」

 もう一度ため息を吐かれる。本当に訳が分からない。何なのだろう……。

「厨へ行くぞ」
「はい?」
「ついてこい」

 そういいながら御屋形様が厨の方へ歩いて行かれる。厨に着くと御裏方様も居られた。何が始まるのだろうか……。



 ・天文三年(1534年) 十月  近江国蒲生郡観音寺城  六角定頼


 まったく、知らぬこととはいえ生ニンニクを毎日かじっていればそりゃあ息も臭くなるわ。
 それに生ニンニクは殺菌作用が強すぎて生で食い過ぎると腹壊すはずだぞ。言われたことを真面目に続けるのはいいが、体に不調があるならちょっと控えるとか誰かに相談するとかあっただろうに。

 ニンニクを炭火でじっくり焼いて味噌を付けた。こうすればだいぶ食いやすくなるはずだ。

「こうやって食べてみろ」

 志野とお寅に味噌焼きにしたニンニクを差し出す。志野はおずおずと、寅は物珍し気に口に運ぶ。俺も一つ食べよう。

「あら、ホクホクして美味しいですね」
「焼いたらこんなに美味しいなんて」

 うん。焼きニンニクも悪くないな。油で揚げるともっと美味いんだけどな。

「あら?お寅の臭いがあまり気にならなくなりましたわね」
「……臭いですか?」
「ああ、ニンニクを食べると口が臭くなるという弊害があってな」

 はっとした顔で寅が口を手で覆う。今更だけどな。

「私……口が臭かったのですか?」

 志野と俺が目で頷くと見る見る寅の顔が赤くなる。融通の利かない真面目ちゃんかと思ってたら可愛い所もあるじゃないか。

「まあ、ニンニクを食べた者同士なら気にならない。だから今は大丈夫だ」
「あまり女子に口が臭いと言う訳にもいかず、どうしたものかと御屋形様と話していたのですよ。私の侍女であった頃は食べていなかったでしょう?」
「申し訳ありません!大蒜には薬効があると聞いて、それで毎日……」
「薬効?何の薬効だ?」
「その……子宝……です……」

 お寅が真っ赤な顔で目に涙を貯めながら俯く。何か可愛いな。いつものクソ真面目とのギャップが妙に萌える。

「はっはっはっは。まあ、今後はニンニク食うのは俺と一緒の時にしろ。隠れて食うと臭いで回りにすぐバレるぞ」

 志野と二人で笑う。まったく人騒がせな。多分ニンニクには強精作用があるから、そこから転じて子宝に恵まれるなんて伝承が生まれたんだろう。
 そんなに必死になっていたのなら、何とかお寅にも子を授けてやらないといかんな。



 ・天文三年(1534年) 十一月  越前国足羽郡一乗谷城  進藤貞治


 目の前には朝倉家当主の朝倉左衛門尉孝景が座る。左右を固めるのは大野郡司と敦賀郡司か。いや、敦賀郡司だったな。

「左衛門尉様。此度は大変なことをされましたな」
「山城守殿(進藤貞治)。今更何をしに来られた。よもや死にに来たわけではあるまい?」

 左衛門尉の言葉に続いて左右から異様に険悪な空気が放たれる。元敦賀郡司などは噛みつかんばかりだ。儂は朝倉に良い報せをもたらしに来たのだから、もちっと歓待してもらっても良さそうな物だがな。

「公方様はお怒りでござる。よもや将軍家直々に仲介した和議を破るとは……。朝倉は怪しからぬ、取り潰してしまえと大層な剣幕にございましたぞ」
「……」

 左衛門尉の目がますます細くなる。だが動揺の色は見られない。どうやら将軍家と対立することは覚悟の上のようだな。だが、悪いが朝倉にはそれすらもさせぬ。

「しかし、朝倉家は違乱したとはいえ越前の名門。我が主は朝倉を取り潰すのは忍びぬと朝倉家を許されるように公方様に願われた」
「……何?」
「此度のことは不問に付すようにと願ったのでござる。もう一方の当事者である六角弾正……いや、近江宰相(参議の唐名)からの懇願ならば公方様も強いて取り潰すとは言えますまい」

 驚きの表情をしていた左衛門尉から今度は不信感に満ちた眼差しが返って来る。やはり警戒するか。

「何が条件だ。六角は儂に何をさせようとしている」
「別に、何も……」
「何も?そんなはずはあるまい!」

 やれやれ、わざわざ朝倉の味方をしてやると言っているのにその言い草はあるまい。

「繰り返しますが、我が主は名門朝倉家を潰したいと思っているわけではござらん。しかし、一度和議を破った身であれば誓紙を差し出してそれで終わりとするわけには参らぬでしょうな。
 左衛門尉様自ら上洛なさり、公方様に詫びを入れられるのが筋ではありましょう」

「貴様!我が兄を愚弄するか!六角に敦賀を奪われた挙句に膝を屈して軍門に降れとは!」
「御黙りなされ!」

 立ち上がった敦賀郡司が儂の一喝で言葉を失う。左衛門尉からも制止されて悔し気に座り直した。
 若造が。もう少し己の立場を、朝倉の立場を弁えねばならんぞ。

「これは我が主の真心にござる。朝倉を裏切者として処断し、公方様に願って朝倉討伐軍を起こすことも出来申す。されど、朝倉が生き残れる道を近江宰相は提示しているのでございます。
 どちらの道を選ぶべきか、左衛門尉様にはご英断をお願いいたす」

 左衛門尉の目が深く猜疑心を宿した目に変わる。果たして六角家の計略に気付けるか?
 朝倉にはこのまま楽に六角との対立路線を歩ませぬ。屈辱にまみれて六角の軍門に降るか、内憂外患を抱えて破滅するか、好きな方を選ばせよと御屋形様は仰せであった。
 儂が献策しておいて何だが、御屋形様もなかなかにやることが悪どい。ま、儂が言えた義理でもないか。

 さて、選ぶがいい。朝倉左衛門尉孝景。

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