江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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第二次六角包囲網(1)出雲の佐々木

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 ・天文七年(1538年) 六月  山城国乙訓郡 勝竜寺城  六角定頼


「御屋形様! 天王山砦の改修資材が到着しました」
「急ぎ山上へ回せ。天王山を抑えなけれれば、この戦負ける。何としてでも十日で形にしろ」
「ハッ!」

「義父上! 某の手勢も普請に加わります」
「頼む。天王山砦は孫次郎に守将を任せることになる。戦の段取りが組みやすいよう、工夫してくれ」
「ハッ!」

 海北綱親と三好頼長が連れ立って天王山へ向かう。天王山の山上に砦を構築し、その周囲に複数の出城と連絡路を引く。本来ならば半年がかりの普請だが、今回ばかりは急いで築城を済ませないといかん。
 なにせ時間がない。

「御屋形様!男山の砦普請が完了しました!」
「よし。男山から木津川周辺に馬防柵を巡らせろ。洞ヶ峠まで野戦陣を広げ、大和方面からの進軍に備えろ」
「ハッ!」

 蒲生定秀は男山で南方からの警戒網を敷く。数的不利はあれども、野戦築城をしっかりすれば守ることは難しくないはずだ。

「御屋形様。美濃の斎藤山城守殿(斎藤利政)が十日後には軍勢をまとめて京に参ると使者を立てて参りました」
「わかった。伊勢の後藤の軍はどうか?」
「後藤但馬守も伊勢の兵五千を率いて五日後には到着するとの由。斯波様も五千を率いて越前を出立為されたと先触れが参りました。これなら何とか間に合い申す」
「南北近江、越前、伊勢、美濃の軍勢。しめて四万五千か。それでも数的不利は如何ともしがたいな」
「やむを得ません。敵の動きを掴むのが遅れ申した」

 進藤貞治も悔しそうな顔をにじませる。

 ……そうだな。遅すぎた。
 だが、これだけの野戦陣と四万以上の軍勢で大山崎に蓋をすれば、何とかしのげるはずだ。

 木沢が太平寺でボコボコにされている頃、俺は淀城を力攻めにして落とし、その勢いのまま勝竜寺城を攻略した。細川晴元の援軍要請に乗じてその晴元を攻めた格好だから、外聞が良いことじゃないのは重々承知だ。それに味方の損害が大きくなる力攻めは出来れば避けたかった。
 だが、それらを曲げてでも素早く天王山を抑えなければ取り返しがつかなくなると判断した。

 原因は阿波の細川持隆だ。阿波から再び足利義維を奉じて播磨に上陸し、摂津経由で上洛して足利義晴を討つと呼号しているらしい。らしいというのは、まだその全貌を隠しているからだ。恐らく越水城に入ったところで各地に檄文を出すつもりなんだろう。
 無論、阿波衆だけでこんな大掛かりな上洛軍を起こせるわけがない。もっと厄介な奴が動いた。

 山陰の雄 尼子経久

 謀聖とも称される稀代の腹黒ジジイだ。齢八十に達そうかって年のはずだが、老体に鞭打って上洛軍を起こした孫の尼子詮久のりひさの後見役として出馬したらしい。
 俺からの文に警戒心を強めた所に、折よく細川持隆が足利義維支持を要請したことで利害が一致した。
 もっとも、尼子が上洛軍を起こしたなんて歴史は聞いたこともない。歴史が変わったのか、あるいは俺が知らなかっただけなのか……。

 畿内各地の動きを見る限り、恐らく細川晴元には何も知らされちゃいない。今の晴元は畿内に敵対勢力を抱えるとは言え、足利義晴の幕閣の一員だ。つまり、持隆は兄をも討って足利義晴の幕府を終わらせるつもりだということだ。
 遊佐長教は知っていただろうな。畠山稙長を高屋城に迎えたと聞いた。元々稙長は堺幕府と対立していた細川高国の一派だ。それらを迎えたのは細川晴元と決別する意志の表れと見るべきだ。
 だが、足利義維の幕臣となる肚を固めたわけでもないだろう。あくまでも畿内の南から両者の戦いを見るつもりと見た。俺と尼子、どちらの佐々木が勝つのかを……。


 今回は報せを聞いて頭が真っ白になったよ。こんなに慌てたのは朝倉宗滴の北近江侵攻以来だ。
 いや、あの時よりも敵ははるかに強大だ。信長の時代には毛利に食われていたから目立たないが、この時代の尼子は山陰全土を暴れまわり、十一カ国の太守として君臨する超大物だ。
 例えて言うなら、元亀年間に信長に対して上洛軍を起こした武田信玄のような立ち位置に居る。最後の抑えが徳川ならばともかく、細川晴元などに抑えきれる器量があるとはとても思えん。ひとたまりも無く粉砕されるのがオチだろう。

 細川持隆、遊佐長教、尼子経久……。
 今考えられる西側最強の布陣だよなぁ。それに越水城の三好虎長や、播磨の赤松政祐が加わる。
 例え遊佐が日和見に回ったとしても総兵力はざっと六万を超えるだろう。
 これだけの面子が細川持隆の一声だけでまとまったとは思えない。間に立って各方面の調整に当たった立役者が居るはずだ。そしてそんな芸当が出来る者を俺は一人知っている。

 内池甚太郎。

 長く庄衛門の右腕として俺の調略や広域戦略をつぶさに見て来た男だ。甚太郎ならば、これだけの面子の間を取り持つ調整力があったとしても不思議じゃない。商業を仲介にした謀略戦か。
 自分でやってるとイマイチ分からないが、敵として仕掛けられる側に回るとこんなにも厄介なものなのかと思い知らされたよ。

 だが、俺は歴史を知っている。尼子はこの先、毛利の膨張に手を焼くことになるはずだ。
 もう一度毛利に超がんばれって文を送っておこう。俺が天王山で尼子の主力を引き付ければ、毛利が尼子を食い荒らすのも早まるかもしれん。
 それと大内義隆に出陣要請だな。尼子は六角を包囲したつもりだろうが、俺は畿内から尼子を逆包囲する。どっちが先に耐え切れなくなるかの消耗戦だ。

 こっちとしても細川晴元を攻めたこともやむを得ないことと理解されるはずだ。何せ、相手はそもそも『足利義晴』に反旗を翻している。堺幕府と近江幕府の抗争再びってところだな。笑いごとじゃないが、妙に笑えて来る。
 こんな歴史、俺は心底望んじゃないかったっていうのに。



 ・天文七年(1538年)  六月  摂津国武庫郡 越水城  三好虎長


「讃岐守様(細川持隆)は左馬頭様(足利義維)と共に三木城に入られました。尼子軍も播磨に着陣するとの由、いよいよ宿願を果たす時が来ましたな」
「うむ。孫四郎(三好長逸)もご苦労だった。赤松との交渉は内池屋と共にお主が当たってくれた。讃岐守様の御口添えがあったとはいえ、赤松を口説き落とすのは難儀しただろう」
「なんのこれしき。とうとう我らの宿願が果たされるのです。捲土重来を期して堺を落ち延びてから早七年。長い雌伏の時でございました」

 ふっ。柄にもなく孫四郎が涙ぐんでいる。
 父の死後、細川六郎に顎で使われ、父の仇である越後守(三好政長)の目を気にして息を潜めながらここまで来た。
 だが、それも今日で終わる。もはや我が心中に秘めた牙を隠す必要もない。

「泣くのは早いぞ、孫四郎。むしろここからが本番だ。亡き父の志を受け継ぎ、必ずや足利家の家督を左馬頭様に継いでいただく。まだまだ孫四郎には働いてもらわねばならんぞ」
「ハッ! ですが、その前に一つ仕事が残っておりますな」
「うむ」

 ちょうど居室の外が騒がしくなる。このカンに触る足音は右衛門大輔(三好政勝)だな。

「彦次郎殿(三好虎長)! 一体何をしておられる!」
「何と言って……見ての通り孫四郎と軍議をしておる」
「そのようなことを言っているのではござらん! 勝竜寺城奪還に向かった父から後詰の要請があったはずです!呑気に軍議などと言っておらず、早く手勢を取りまとめて……な、何を!」

 おもむろに脇差を抜いて右衛門大輔の首筋に突き付けると、ようやく静かになった。
 いい加減男のくせにギャアギャアと五月蝿い声も聞き飽きていたところだ。

「孫四郎。縛り上げろ」
「ハッ!」

「き、貴様! このようなことをしてタダで済むと思っているのか! 我が父は右京大夫様をお支えする股肱の臣。父がこのことを知れば、三好虎長に逆心ありとして右京大夫様から厳しい叱責が来ると思え」
「ふん。右京大夫などもはや死に体になっているさ。今更右京大夫の怒りを買ったところで、何程のこともあるまい」
「何だと! 若造の分際で図に乗りおって! 貴様は細川家の恩を忘れたのか!」
「恩ならば感じている。俺は間違いなく細川家の忠臣だ。だが、我が主君は阿波細川家の細川讃岐守様だ。父を殺した右京大夫などを主と思ったことはただの一度も無い」
「そ、そこまで腐ったか! このことをお主の父が知れば……」
「もうよい。少し黙れ」
「がっ」

 脇差を一振りするとようやく静かになった。
 思えばいつもいつも儂のことを子供と侮ってやりたい放題だったな。こやつの甲高い声がいつも耳に触った。だが、これからはこの声に不快になることもあるまい。もう二度とこの声を聞くこともないのだからな。
 ふっふふふふ。黙っていれば、右衛門大輔もなかなか良い男ぶりではないか。だが、口を開いたままの顔は頂けんな。やはり阿呆はどこまで行っても阿呆か。

「お見事にございました」
「人を斬るとは、案外あっけないものだな」
「殿の御器量故にございましょう」

 孫四郎め、人をおだてるのが上手くなったではないか。これも交渉に当たった成果というやつか。

「片付けておけ。出陣は明日だ。
 呑気に勝竜寺城に攻めかかっている阿呆の後ろを突き崩してくれる」
「ハッ!」



 ・天文七年(1538年)  六月  播磨国美嚢郡 三木城  尼子経久


「おお、伊予守(尼子経久)よ。よくぞ参ってくれた」
「ありがたきお言葉。この老骨にもまだお役に立てることがあるとは思えませぬが、お招きとあらばと馳せ参じてございます」
「うむ。そちが余の上洛を支援してくれるというのならば百人力だ。今の公方は六角の言いなりになっておるが、六角は京を焼き、比叡山を焼き、畿内にさらなる争乱をもたらす元凶。まさに悪鬼羅刹、天魔の所業。今こそ天下に正義を掲げ、信義を持って世を治めることを示さねばならん」

 上座で左馬頭様が熱弁を振るい、隣では細川讃岐守殿が満足げに頷いている。
 これが堺公方とやらの首脳か。

 ……児戯だな。

 この世はどこまで行っても欲と切り離しては回らぬ。正しき暮らしをしたいのならば、上洛などせずにさっさと出家すれば良いだろうにな。
 ま、三郎四郎(尼子詮久)の為の踏み台としてはちょうどよかろう。

「左馬頭様の申されること、御尤もに存ずる。我らはただただ先祖伝来の地である近江の尼子郷を回復したいというそれのみにございますが、我らの力がその助けとなるならば喜んで兵馬の労を取りましょう」
「うむ。期待している」

 大義名分はこれで充分かの。
 儂としては、近江の商人を使って大内と連携する六角を抑え込めれば何でもよい。我が尼子家は元々近江佐々木氏の流れだ。六角が嫡流面をして何かと指図してきては面倒なことになる。
 折角京極を追い出したのだ。これ以上出雲に佐々木宗家が口を出すことは控えてもらわんとな。出雲には尼子以外の佐々木は必要ない。

 さてさて、あとは尼子が畿内に到着したことを松平に申し送っておかねばならんな。


――――――――

ちょっと解説

主人公は知らないことですが、史実でも天文六年~天文七年に尼子が上洛軍を起こしました。尼子の上洛には畠山稙長の策謀もあったと言われています。

史実では播磨の赤松政祐が抵抗し、その赤松への援軍として細川持隆が播磨に出陣しました。陣中には若き日の三好実休も居たと推測されます。
播磨争乱の結果は尼子の勝利でしたが、その後本格的に畿内に進出する前に一旦軍勢を返して毛利を攻めたことが泥沼化したため、尼子の畿内遠征は幻と終わりました。

こっちの世界では六角に警戒心を強める尼子が大義名分として『足利義維』派に転じたため、細川持隆は尼子の上洛を支援したという形になります。
渋る赤松を説き伏せて尼子上洛の道を開けさせたのが三好虎長と三好長逸という感じです。
主人公も独白していますが、信長包囲網で信長を心底怯えさせた『武田信玄上洛』以上のインパクトのある事件になると思います。

謀聖尼子経久の次の一手にご期待ください!
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