江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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第二次六角包囲網(2)江口の戦い

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 ・天文七年(1538年) 六月  山城国綴喜郡 洞ヶ峠  三好政長


 ううむ……。木沢を降した後、すぐに軍勢を返して勝竜寺城の救援に向かったが、既に遅かったか。
 それにしても……

「なんだこの広大な野戦陣は……」
「未だ拡張を行っている様子。どうやら六角は男山を拠点に巨大な城郭を構築しようとしているようですな」

 朝倉宗哲(朝倉景紀)が馬を寄せて来る。
 確かに宗哲の言う通り、未だ後方では普請を続けているように見える。一体六角は何と戦う気でいるのだ。

「今すぐに仕掛け普請途中の陣を焼き払うことはできんか?」
「難しゅうござる。見たところ、男山の砦は既に完成しております。あそこに籠られれば今の二千の兵では落としきれません。あちらの兵力が二、三百程度ならばともかく、ざっと見て二万は軍勢が駐留しておりましょう」

 むむ……。
 六角め。我らと徹底的に敵対する肚積もりか。

「……しかし、妙ですな」

 宗哲がポツリと呟く。そう、言われてみれば確かに奇妙だ。

「確かに、我らをまるきり相手にしておらぬように見えるな。迎撃の部隊は出てきているが、我らを見ても固く守って微動だにせぬ」
「ええ。それに敵を前にしても野戦築城の手を止める気配も見せません。さすがに攻めかかる動きを見せれば即座に対応してきましょうが、それにしても何かに追い立てられているような……」

 ……ふむ。一体何だと言うのだ。

「伝令!」
「何事だ!申せ!」
「申し上げます!三好彦次郎殿(三好虎長)が五千の兵を率いて越水城を出立!」
「やれやれ、ようやく援軍を出したか。それにしても、いささか遅かったな」
「いえ、それが……」
「……どうした?申せ」
「彦次郎殿は足利義維公をないがしろにする細川右京大夫様を討ち、天下の政道を正すと号して軍勢を発しております。今は欠郡の中嶋城に攻めかかっているとの由」
「なんだと! 倅は、右衛門大輔は何をしている!」
「右衛門大輔様は越水城内で三好彦次郎に討ち取られたとのことにございます」

 討ち取られた……?
 では、三好虎長あのガキは儂の倅を殺して反旗を翻したというのか……。長く目をかけてやった儂を裏切り、越水城主として亡き父の名跡を継がせてやった恩も忘れて……。

 あの、クソガキがっ!

「右京大夫様はどうしておられる!」
「ハッ!突然の背後からの挙兵に対し、摂津各地の軍を芥川城に集めるように呼号しておられます!」
「芥川城では六角に近すぎる。お主は今から芥川城に参り、儂の言葉として三宅城に移られませとお伝え申せ。儂もここから三宅城に参る」
「ハッ!」

「ガキめっ。儂に背いたことを後悔させてやるわ。遊佐河内守(遊佐長教)に使いを出して南から彦次郎を挟撃する」
「某はいかがいたしましょう」
「宗哲殿は榎並城に戻ってくれ。榎並城にも二千の兵を残してある。留守居役の斎藤右衛門大夫の下知に従い、榎並城の守りを固めよ」
「承知しました」

 六角の狼藉を見過ごすことはできんが、ともかく今は六角よりも先に彦次郎を叩き潰さねばならん。我が倅にしたのと同じか、それ以上の凄惨な目に遭わせたうえで首を刎ねてくれるわ。



 ・天文七年(1538年) 六月  河内国讃良郡 飯盛山城  遊佐長教


「では、この場は御屋形様にお任せ申す」
「今少しで飯盛山城が落ちるというのに、わざわざ榎並城へ参るとは不憫よな」
「やむを得ません。これもとの約定にございます」
「はっはっは。それではやむを得んなぁ」

 尾張守(畠山稙長)めが嬉しそうに笑っておるわ。まあ、目障りだった総州家の息の根を止めることが出来るのだから無理もない。
 恐らく儂が榎並城に出ている間に己の息のかかった者達で飯盛山城を占めるつもりであろう。尼子に呼応して起ったのは己の手柄とするつもりであろうな。相変わらず見え透いた手を使う男だ。

 まあ、好きにさせておく。細川次郎(細川氏綱)は高屋城で預かっているし、高屋城は未だ儂の勢力圏だ。最後の手札は儂の手の中にある。

「しかし、三好越後守も不憫な男よ。越後守はお主が自身の援軍として参ると信じているのであろう」
「ま、やむを得ません。これも乱世の習いでござる」
「がっはっはっは。相も変わらず腹の黒い男だ」

 ふん。どの口が言うのか。全く相変わらず儂の神経を逆なでする主君よ。
 これ以上の問答は無益に腹が立つだけだな。


 陣幕を出ると、走井備前守(走井盛秀)が駆け寄って来る。

「殿、軍勢の用意が整いました」
「よし、では参ろうか」
「ハッ!」

 細川讃岐守(細川持隆)は越水城に入り、上洛して天下の政道を正すと檄文を発している。元よりそのような檄に六角が素直に従うはずもないが、摂津や丹波の国人衆は大いに揺れているという。
 まあ、讃岐守と共に尼子民部少輔(尼子経久)や尼子三郎四郎(尼子詮久)が三万の軍勢を率いて出雲より馳せ参じたのだ。摂津の国衆としては領国を保つためには已むを得まい。

 哀れなのは三好越後守だ。今も越後守は儂が援軍として榎並城に参ると信じておるだろう。だが、儂にはとの約定がある。細川右京大夫と三好越後守を討ち取るのに協力するという約定がな。

 そもそもは三好筑前守(三好元長)を謀殺したことがこの因果を生んだと諦めるのだな。
 あの頃は儂も未だ父に代わって若江城の城代を務める身に過ぎなかったが、その儂の目から見ても畿内を所狭しと暴れまわる三好筑前守の颯爽たる背中は憧れであった。
 尾張守は儂の事を謀略好きの腸の腐れ者のように言うが、儂とて好きこのんで謀略に手を染めているわけではない。叶うならば、儂も三好筑前守のように武を持って天下に名を上げたいと念じて来たものよ。
 その筑前守が、こともあろうに一向一揆によって死んだと聞いた時は衝撃であった。しかもそれが一族と主君の裏切りによってというのだから目も当てられん。

 いかに目障りであろうとも、人には超えてはならぬ一線というものがある。その一線を超えた越後守は、此度のように悪しき因果によって果てるのが世の定めだ。


 それにしても暑いな。もう梅雨も明けたのだろうか。青い空に蝉の声が聞こえ始めている。
 真夏の戦は中々に暑さが堪えるのが難儀だな。

 ……ふふっ。儂も越後守のことは言えぬか。
 我らとて六道の輪廻の中で天道を追われ、今こうして修羅道の世を生きておる。果たしてまことにこの世から戦が無くなる日は来るのだろうか。




 ・天文七年(1538年) 七月  摂津国欠郡 柴島城  三好虎長


「何?越後守が三宅城から江口砦に移っただと?」
「ハッ!おおそ三百の手勢と共に江口砦に入り、榎並城と連携して我らを攻める構えにございます」

 物見の報告に、思わず孫四郎(三好長逸)と顔を見合わせる。
 とても信じられぬ。

「まことか?まことに越後守が江口砦に?」
「ハッ!間違いございません」
「フッフッフッフ。ハァーッハッハッハ。
 どうやら越後守は追い詰められてトチ狂ったようだな。江口砦は東に対して神崎川と淀川を堀として戦うための砦だ。西側を敵に抑えられた状態で籠もっても袋のネズミになるだけだ」
「恐らく、遊佐河内守殿が上手く誘導してくださったのでしょう。未だ遊佐勢はお味方と思っておるのであれば、此度の江口砦への移動も頷けます」
「そうだろうな。人を嵌めることにかけては天下一品の男だったが、己が嵌められる立場になれば脆い物だ」

 愚か者め。遊佐河内守は既に我らに意を通じておる。此度の出陣も我らと共に榎並城を攻める為の軍勢よ。

「よし、榎並城を包囲している軍勢を再編しろ。最低限の兵を残し、主力は江口砦を一気呵成に攻め落とす」
「ハッ!」

 ……待てよ。

「念のため、榎並城の包囲にも兵を一千残しておけ」
「はあ……何かご不安でも?」

 孫四郎が不思議そうな顔をする。

「いや、杞憂ならば良いのだがな。仮に遊佐河内守が我らを裏切り、榎並城の手勢と共にこちらに攻めかかって来れば厄介なことになる」
「しかし、そこまでお味方を疑っては……」
「なに、万一の用心だ。人を呪わば穴二つとも言う。越後守を嵌めたつもりが、我らが遊佐に嵌められているということも無いとは言えぬのでな」

 我ながら臆病に過ぎるだろうか。
 ……いや、讃岐守様が越水城に入られた今、万に一つも摂津の安定を欠くことがあってはならん。用心し過ぎるということはあるまい。

「……殿?」
「いや、何でもない。明後日には抑えの兵を除いた全軍で江口砦への総攻撃に移る。各将の編成を急がせろ」
「ハッ!」



 ・天文七年(1538年) 七月  摂津国欠郡 江口砦  三好政長


 儂としたことが抜かったわ。
 まさか彦次郎が遊佐の軍勢に目もくれずこちらに攻めかかって来るとは思わなんだ。何とか敵に囲まれる前に脱出できたが、配下とは悉く逸れてしまった。
 正面を守っていた田井源介には撤退の指示を出したが、他の者も上手く逃げおおせただろうか。

 いや、他人の心配をしている場合ではないな。今はともかく馬を駆けさせて榎並城に戻らねば。榎並城には朝倉宗哲らも居る。榎並城にさえ戻れば遊佐と共に彦次郎の軍勢を粉砕してくれる。
 榎並城に、榎並城にさえ戻れば、まだ態勢は建て直せる。

 突然馬の頭がガクっと下がって体が前方へ投げ出された。

「がはっ」

 むう……。背を打ったか。一瞬息が止まる。
 一体何が……。

 む! 馬の前足に矢が突き立っている。流れ矢か。これは一体どこから……。

 周囲を見回すと、遠くに彦次郎の旗が微かに見える。あそこで何者かと戦っているのか?
 あるいは遊佐勢と戦が始まっているのだろうか。

 と、ともかく、今は榎並城へ帰らねば。

 落馬した時に足もひねったか。右足を引きずってしまう。蝉がうるさいな。だが、夏草が茂って却って目立たずに行けるかもしれん。

 あと少しだ。

 あの場所へ……あの場所へ行きさえすれば、榎並城へ行きさえすれば、まだ……
 はぁ はぁ はぁ

 今少し、あと少しだ。

 背の高い草をかき分けた時、出会い頭に足軽の姿が見えた。相手もこちらに気付いたか。
 おお。遊佐の旗。あれは味方か。助かった。

「ぐふっ」

 駆け寄って来た足軽の槍が…… 儂の腹を貫く…… 熱い……

「き、貴様、何をする……」

 不意に足軽が陣笠を外して素面を晒した。このニヤケた面。き、貴様は……

「きざ……わ……」
「久しいな、越後守」

 馬鹿な……何故木沢が生きている。何故木沢がここに居る。

「足軽に身をやつして生き延びたのよ。貴様が江口砦を落ちたと聞き、この辺りを通るかもしれぬと探し回った甲斐があったな」

 くっ。力が抜ける……まさかこんな所でこの儂が……

「儂をコケにしてくれた報いを受けるがいい」

 堪えきれず仰向けに倒れると一面の青い空が見える。抜けるように青い空だ。童の頃に見たあの空と同じだ。
 いつからだったかなぁ……こんな風に空を見上げなくなったのは……。

 木沢の顔がいきなり目の前に迫る。ああ、せっかく美しい空だったのに……。
 頭を強引に引き上げられ、首筋に冷たい感触が当たる。

 蝉が、うるさいなぁ……。


 ザンッ



 ・天文七年(1538年) 七月  摂津国欠郡 榎並城付近  木沢長政


「ふっふっふっふ。はっはっはっは。はぁーっはっはっは。
 越後守、いいザマだな。儂を嵌めたりするからこうなるのだ」

 ふん。もう聞こえておらぬか。
 さて、後はこの首を持って六角の元へと参ろう。儂は越後守に嵌められたのだ。元凶たるこの首を持って行けば必ずや儂の復帰を支援してくれるはずだ。

 後ろでガサガサと音がする。何者だ?

「ほう、兄ちゃん。なかなかいい獲物を取ったじゃねぇか」
「おほー!兜首だ。うらやましいねぇ」
「見ろよ、着ている鎧もなかなか立派だ。こりゃあさぞかし名のある大将かもしれんぜ」

 ふん。下劣な足軽共か。

「鎧を剥ぎたければ好きにすればいい。儂はもう行くぞ」
「待てよ兄ちゃん。そう邪険にすんなや」

 突然一人に肩を掴まれる。残りの二人が前に回り込んだ。
 下郎どもが、儂が誰だか知ってやっておるのか。

「ここで知り合えたのも何かの縁だ。その首を届けるまで俺たちが一緒について行ってやるよ」
「余計なお世話だ。消えろ」
「そうかい!」

 ぐっ。突然背に刃がめり込む。

「おのれ下郎ども! 儂が誰だか知っての狼藉か!」
「知らねえな。アンタが誰かなんて興味は無いね」

 ぐはっ。さらに二人から槍が……。

「貴様らぁ!儂は木沢さきょ……」
「だから知らねえって」

 がはっ……

 馬鹿な…… こんな…… こんな……

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