江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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親馬鹿

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 ・天文九年(1540年) 二月  近江国蒲生郡 観音寺城  六角定頼


 正月の松も取れた頃に西国から報せが来た。
 尼子詮久が出雲から軍を発し、毛利元就の吉田郡山城を包囲した。囲む軍勢は総勢で四万の大軍だ。
 これは先の上洛戦で尼子が用意した軍勢とほぼ同数だ。恐らく略奪も含めての軍旅なのだろうが、尼子は毛利攻めに全力を出していると見ていい。

 対する毛利は僅か三千の兵で吉田郡山城に籠城している。

 しかも、安芸武田家の武田信重が尼子に同調し、瀬戸内海への道を得た尼子詮久は阿波の細川持隆から兵糧の援助を受けたそうだ。
 飢饉に喘いでいた尼子にとっては、まさに干天の慈雨と言える。

 一方で九州では大友が土佐の一条家から援助を受けて何とか食いつないでいくだけの米を調達できたようだ。畿内と同じく四国も今回の凶作の影響は軽微で、物成りに問題はないらしい。西国の主要大名の中で唯一飢饉を克服できていないのは大内だけになってしまった。
 こうなればもはや四の五の言っていられない。運賃は物凄く割高ではあるが、遊佐に頼んで堺から兵糧を運ばせるしかない。堺衆の船ならば途中で横領される可能性は低いはずだ。


 諸々考え事をしていると、予定していた来客が到着したと近習が知らせてきた。
 居室から腰を上げて広間へと向かうと、ひげ面の偉丈夫が座っている。

「お待たせ致した。此度は大変なご苦労でございましたな」
「いえ。近江宰相様には何卒お力添えを頂きたく、こうして厚かましく参上いたしました」

 そう言って偉丈夫が頭を下げる。
 正面に座るのは甲斐武田家の当主、武田信虎だ。正確には前当主と言った方がいいな。史実と同じく、武田晴信に甲斐を追い出されてこちらまで逃れて来た。

 史実と違うのは、武田晴信は父信虎を追い出すとすぐさま今川との同盟を破棄して徳川清康と結び、信濃では無く駿河へと進軍したことだ。唯一の援軍である武田に裏切られ、北条とは家督継承戦以後から敵対関係が続いている。
 さすがの今川義元と言えども、これでは詰んだと言わざるを得ない。返す返すも、徳川清康が生き延びたことが東国の歴史を大きく捻じ曲げてしまったようだ。


 一方で、武田晴信は今回の事で諸国のほとんどの大名から反感を買った。
 郷土史を調べていて最もイメージが変わったのがこの武田信虎・晴信親子だな。一般には暴君武田信虎の横暴ぶりに業を煮やした晴信が、父を追い出して善政を敷いたと言われている。だが、事実は全くの逆だ。はっきり言うと、武田晴信こそ本物の外道だった。

 元来甲斐は貧しい国で、一国を統一したところで食わせていける人数は知れている。まして甲斐は富士山の山陰となる関係でそもそも米作りに向いていない土地だ。
 武田が活路を求める為には外征によって豊かな耕作地を手に入れるしかなかった。武田信虎や史実の武田信玄が少なくない犠牲を払いながら信濃に侵攻し続けたのはそのためだ。

 だが、こっちの世界では南の今川は強大どころか徳川清康に圧迫されて掛川城を維持するのがやっとの有様だ。武田信虎は家督継承戦で義元と婚姻を結んだ関係であくまでも今川義元を支援し続けたが、甘利、板垣らの重臣は徳川と通じてむしろ徳川に奪われる前に駿河を奪ってしまえば良いと考えた。
 そして、若い晴信を担いで今川支援にこだわる信虎を追放した。

「那古野の今川左馬助殿(今川氏豊)からも文が参っております。何とか武田家を大膳大夫(武田晴信)から奪還してもらいたいと。それが今川家のためでもあると」
「お力添えを頂ければ幸いにございます」
「その前に一つ、確認しておきたい。陸奥守殿(武田信虎)は御子息を……太郎殿を殺したいほど憎いとお思いか?」
「……」

 信虎の顔が苦悶にゆがむ。
 やはりか。今川氏豊の言葉にも今一つ返事が上の空だったと聞いた。武田信虎は、世上で言われているほど苛烈な父親じゃない。むしろ、誰よりも信玄を大切に思う一人の父親だ。


 後年の事になるが、武田信玄は世の全ての大名から総スカンを食らったことがある。
 有名な元亀争乱、信長包囲網の主力として西上作戦を実行し、三方ヶ原で徳川家康をボコボコにしたときだ。

 実はこれには事前の経緯がある。

 織田信長が足利義昭を奉じて上洛戦を起こした永禄十一年には、その裏で武田信玄は今川氏真を裏切って突如駿河へと侵攻した。慌てたのが東国の諸大名だ。
 何せ、武田はそれでなくても戦に慣れた強国だ。それが海と豊かな駿河の地を手に入れれば、それこそ手が付けられなくなる。北条・徳川は連携して武田の侵攻を食い止めるべく今川家支援に回った。さらに、北条・徳川は越後の上杉謙信を味方に引き入れ、『武田包囲網』を構築した。
 信長が包囲されている裏では、東国で信玄も包囲されていたというわけだ。

 これには信玄も参った。

 徳川はともかく、北条も上杉も決して片手間で戦える相手じゃない。それらがまとまって侵攻してくればいかに武田軍と言えども苦戦は必至だ。
 このうち北条とは単独講和を実現できた。北条氏康が病によって急死し、北条家自体が氏政への権力移譲を最優先にしなければならなかったからだ。だが、徳川と上杉はあくまでも武田を包囲してその膨張を阻止する方向で一致していた。

 窮した信玄は、当時同盟関係にあった織田信長に和睦斡旋を依頼する。
 徳川家康は隠れも無き織田の忠実な同盟者であり、織田信長から矛を収めよと言われれば無視することは出来ない。だが、上杉謙信にはその手は効かない。
 そこで、信長は当時京で将軍として奉じていた足利義昭の上意という形を取って上杉に武田との和睦を求めた。

 この武田包囲網において、信玄は近臣に『仮に信長に見捨てられれば武田は滅亡する』と弱音を吐くくらいに追い詰められていたそうだ。

 ところが、その舌の根も乾かない三年後の元亀三年、織田信長が信長包囲網に苦しんでいると見るや、信玄は当時の恩を返すどころか、織田信長を第六天魔王と糾弾して上洛軍を発し、徳川家康を三方ヶ原で散々に打ち破った。
 信長が烈火のごとく怒ったのも当然だろう。文字通り恩を仇で返されたんだからな。

 信長包囲網において浅井や朝倉の動きが鈍かった原因もそこだ。どれだけ武田信玄が今こそ好機と喚こうが、そもそも武田信玄を信用できない。上洛して権勢を得た信玄が、今度は矛を返して浅井や朝倉を攻めないとは誰にも言えなかった。だからこそ、織田と敵対しているとはいえ武田に協力することにはためらいがあった。

 その時、浅井・朝倉を説得して曲がりなりにも武田と協調関係を作らせたのが、甲賀に潜む六角義賢だった。定頼の時代から六角家は朝倉家と協調関係にあったし、朝倉義景も六角義賢のたっての願いであればということで武田と協調することを約束した。

 武田信虎は京と甲賀を何度も往復し、六角義賢に頼んで何とか朝倉を説き伏せてくれと頭を下げていたという訳だ。

 当時の信虎は既に八十歳。現代であっても京と甲賀を往復するのは大変だ。まして当時は鉄道や車はもちろん、まともな道すら整備されていない。それでも信虎は、可愛い我が子の為と老体に鞭打って何度も何度も甲賀に足を運んだ。
 自分を追い出した息子に対し、涙ぐましいまでの献身を見せている。


 こうした経緯を知れば、信虎の心境も違った側面が見えて来る。
 追放された当初こそ信虎も怒っただろう。反抗期を拗らせた息子が、家出するどころか近臣の口車に乗って自分を追放してしまった。馬鹿息子ぶりにもほどがある。何を考えているのかと散々に罵ったはずだ。

 だが、村上義清との戦いや上杉謙信との戦いを通じて、息子の評判を聞くたびにアンタは心の底では信玄を心配していたんじゃないのか。
 一度裏切りによってすべてを得た息子は、その後の人生でも他人を裏切ることを常としていた。諏訪、村上、長尾、今川、徳川、織田、ありとあらゆる和議や同盟を破り、昨日の味方は今日の獲物という人生を生きていた。

 諏訪や村上を裏切った所までは同情すべき点もある。そうしなければ武田は生きていくことが出来なかったんだからな。だが、その後はいくらでも道を変えることは出来たはずだ。内政に注力し、国を富ませることで食料を確保する道もあった。
 だが、裏切りによって欲しい物を手に入れたことが成功体験となり、信玄は最後までその生き方を変えることはしなかった。

 それじゃあ駄目だ。何とか人から信用されるような生き方をしろと信虎は何度も思っただろう。

 だが、世間の全ての者が息子を見捨てても信虎だけは信玄を決して見捨てなかった。上洛する息子の為、何とか協力してやってくれと方々に頭を下げて下交渉を整えた。八十歳の老人が、五十歳を超えた息子の為に頭を下げて回る姿は、想像するだけで涙を誘う。

 実を言うと、それだけ献身的に息子を支えた気持ちもわからなくはない。
 人の親になったなら、それは当然の気持ちともいえる。誰だって父親になってしまえば、親馬鹿ウチの子がイチバンになってしまうもんだ。

 俺だって義賢が困っていたら、他の何を犠牲にしてでも救ってやりたいと思うだろう。戦国時代の親子関係は冷酷な物だと言う者も居るが、それは一部の特殊な例を見ているだけだ。戦国時代と言えどもほとんどの父親は息子を愛していた。

 敵に囲まれた我が子を助けるために絶望的な状況の中で出陣し、命がけで子を守ろうとした親もいる。可愛い息子を見捨てることが出来ずに、とうとう自分の身まで破滅させてしまった親もいる。
 自分の子を可愛いと思う気持ちは、種としての人間の本能のようなものだ。それが父親という生き物だ。


「……あの馬鹿息子は、人としてやってはならぬ道に進もうとしております。某は父として、殴ってでも道を変えさせねばならぬと心に決めて参りました。
 ……ですが、それでも、太郎は某の可愛い息子なのです。死なせたくはございませぬ」

 袴を鷲掴みにして肩を震わせながら、信虎が本音を吐露する。ずっとそれが言いたかったんだろうな。誰も彼もが晴信を殺して当主を奪還せよと言う。だが、本音の所ではアンタは晴信を死なせたくはないんだろう。
 例え救いようのない馬鹿息子だとしても、それでもアンタにとっては可愛い我が子だものな。

「よくわかり申した。某とて人の親。陸奥守殿のお気持ちも分からなくはない。ともあれ、まずはゆるりと休まれよ」
「お心遣い、痛み入ります」

 さて、西国の動きにばかり気を配っていたが、東国は東国でキナ臭くなってきた。最悪の場合は多少無理をしててでも尼子討伐軍を出すかとも思ったが、こうなった以上は東国の動きにも気を配らないと足元を掬われる。

 やむを得ん。尼子には非公式なルートでの交渉を模索しよう。
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