江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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第三次六角征伐(6) 朝倉宗哲の意地

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 ・天文十一年(1542年) 四月  摂津国島上郡 高槻城  朝倉宗哲


 大和で河内守様(遊佐長教)が敗れたか。やはり寄せ集めの兵では六角に対抗出来んようだな。
 いくら法華門徒や一向門徒を動員して数を揃えようとも質の差は如何ともしがたい。有利な時は良いが、不利な戦局でも心を一つにして戦うということが出来ぬ。
 この結果もむしろ当然と言うべきか。


 ……夜には不思議な力がある。
 かがり火の明かりに照らされていると、妙に昔のことを思い出す。

 義父上は六角と戦うと決めたあの時、何を思っておられたのだろう。
 ……あるいは今日の六角の隆盛を予感し、六角定頼が強大な存在となる前にその首を獲ろうと決意なされたのだろうか。
 だが、皮肉にも義父上を討ち取ったことが結果として今日の六角の隆盛に繋がっている。義父上はやはり六角と敵対せずにいるべきだったのだろうか。

 しかし、あの時敵対せずともいずれは六角と戦うことは避けられなかっただろう。
 今ならば分かる。六角定頼は明確に足利の世に挑んでいる。その六角にとって、我が朝倉は早晩邪魔な存在になっていたはずだ。あの時叩かなければ、いずれはより強大になった六角家と戦わねばならなかっただろう。
 我ら朝倉はどうすべきだったのか……。

 瞑目していると不意に広間の外から具足の音が響いてくる。

「宗哲様」
「新左衛門(山崎吉家)か。準備は出来たか?」
「ハッ! 敦賀衆五百。殿の下知でいつでも動けます」

 今や敦賀は六角の領地だ。六角の治世を良しとせず、我らを慕ってついて来てくれた者を『敦賀衆』と呼んでいるに過ぎぬ。
 敦賀の地に拠っているわけではないのに敦賀衆とは、考えてみれば滑稽なものだな。 

「よし、蒲生は未だ枚方城を包囲したままだな?」
「ハッ! 蒲生めも度肝を抜かれましょう。我らは最初から枚方城になど入ってもおらんのですからな。法華門徒衆と朝倉の旗だけが防衛部隊として籠っているに過ぎぬとは、夢にも思いますまい。さすがは宗滴様の御子息でございます」

 新左衛門は儂の軍略を褒めてくれるが、むしろこのような小細工を弄さねばならぬ我が身の情けなさが染みる。儂に義父上ほどの御器量があれば、正面から蒲生と雌雄を決することも出来たであろうに。
 だが、今はそんなことを嘆いている場合ではない。

 一つ頷いて床几から立ち上がる。耳に響く自分の具足の音が妙に心地よい。
 やはり儂は戦しか能のない男なのだな。

「出陣する。夜陰に紛れ、淀川を渡って蒲生の後ろを突くぞ。腕に白布を巻き、同士討ちを避けよ」
「ハッ!」

 今宵、これより淀川を渡って枚方城を囲む蒲生勢の後ろから夜襲を仕掛ける。
 大軍同士の戦いでは六角軍に抗することは難しい。だが、不意を突いた奇襲まで完全に防ぐことは出来まい。淀川周辺の漁民は我らの味方だ。貴様らは襲撃者の影を捉えることは出来ぬぞ。

「出陣!」



 ・天文十一年(1542年) 四月  河内国交野郡 枚方城攻囲陣  蒲生定秀


「夜襲だと!?」
「ハッ! 朝倉の軍勢が突如後ろから現れ、我が方の陣に次々と火を放ちながら本陣に迫っております」
「事前に察知できなかったのか!」
「淀川周辺は警戒していたはずですが、突如として敵勢が現れたとの由。その数は未だ不明。総数は三千とも五千とも……」

 馬鹿な。
 五千もの軍勢が現れるのならば何かしら前触れがあるはずだ。何かを見落としていたに違いない。

 くそ! 御屋形様が大和で遊佐を破り、ようやく反撃が始まった所だというのに……。

「まずは兵を落ち着かせよ。城方が討って出て来ぬか警戒を強めよ」
「後方に現れた敵勢は如何いたしましょう」
「儂が出る。本陣の兵を叩き起こせ。既に火を付けられた陣からは兵を引き上げさせ、本陣で防御を厚くせよ」
「ハッ!」

 慌てて陣の外に出ると、既に後方の空が赤く染まっている。
 馬鹿な……。淀川周辺には哨戒部隊を置いていたはずだ。飯盛山城には小倉の率いる別動隊が張り付いている。この状況で後ろを取られるなど……。

 いや、油断があったのだ。警戒はしつつも、まさか後方から朝倉が仕掛けて来るとは思っていなかった。
 御屋形様が大和で勝利されたばかりだと言うのに、ここで我らが兵を損じては折角の勝利に水を差すことになってしまう。

 慌てるな。焦って対応しようとすれば墓穴を掘る。まずは慌てふためく兵を落ち着かせなければ。

「動ける者は武器を取れ! 無理に火を消そうとするな! 兵糧はまだ男山城に備蓄してある!」

 周囲の者が儂の姿を認めて少しだけ落ち着きを取り戻したか。
 ここから立て直していかねばなるまい。

「無理に火を消そうとするな! 敵に備えよ! 後方から逃げて来る兵を収容しろ!」



 ・天文十一年(1542年) 五月  山城国 京 六角屋敷  山科言継


 江州殿(六角定頼)から頼まれていた件にようやく目途が立った。
 この分ならば何とか秋の除目に間に合おう。麿としても一つ肩の荷を下ろせる。

 ……まあ、その分麿は完全に江州殿と一蓮托生となってしまったがな。仮に江州殿が公方に負けることがあれば、麿も京には居られなくなるだろうて。
 やれやれ、何の因果でこんなことに。

 まあ、ともあれ江州殿には急ぎ戦陣より戻ってもらわねばならん。戦の最中で気の毒なことではあるが、一刻も早く帝にお目通り頂かねば。

 六角屋敷の廊下を進むと、中庭の方から甲高い声が響いてきた。
 また吉法師殿が剣の稽古でもしておるのかな?

 廊下の角を曲がると中庭の景色が目に入ってくる。
 吉法師殿と……近衛少将殿(近衛前久)も一緒か。近衛家のご嫡男にも関わらず、あのように剣にのめり込まれるのもいかがな物かとは思うが……。

 指南役の柳生新左衛門殿(柳生宗厳)が麿に気付いて頭を下げる。稽古の邪魔にならぬよう物音を立てずに近付いたつもりであったが、やはり剣の達人という者は気配に敏感になる物なのかの。
 吉法師殿と少将殿は今も夢中で木剣を振っている。麿に気付いた素振りはない。

「柳生殿。ご精が出ますな」
「これは大納言様。恐れ入ります。御二方とも筋がよろしいので、指南する某の方もつい熱が入ってしまいます」

 柳生殿の言葉で幼い二人が麿に気付き、慌てて膝を付く。
 あまり邪魔をしてしまっては悪いかの。

 しかし、考えてみれば贅沢なものよな。
 吉法師殿の護衛役ではあるが、柳生殿の剣名は今や京中に鳴り響いている。何せ京一番の兵法の達者と名高かった吉岡憲法(吉岡直元)と立ち会い、見事打ち負かしてしまったのだからな。
 今では柳生殿から兵法を教わりたいと言う者が引きも切らずだが、当人はあくまでも吉法師殿の護衛であると言い張って頑なに門人を取ろうとせぬ。
 それ故、柳生の兵法を学べるのは吉法師殿と少将殿のお二人のみだ。

 勿体ないことよ。
 仮に麿の私塾で柳生の兵法が学べるとなれば、どれほどの門人が集まることか……。
 ああ、勿体なや勿体なや。

「して、大納言様(山科言継)は何故こちらに?」
「おお、忘れる所であった。大至急江州殿へ使いを出したいのだが、生憎と京都奉行殿(三井高好)はご不在でな。こちらの監物殿(平手政秀)であれば江州殿のご本陣が今どこに在るかご存知ではないかと思って参ったのでおじゃる」
「左様でございましたか。お急ぎの所を呼び止めてしまったようで申し訳ございません」
「いや、活気あふれる声につい麿の方がいざなわれたのでおじゃる。気兼ねなどなさるな」

 礼を交わして再び廊下を進む。後ろからは再び甲高い声が響き始めた。
 公家の中にも弓馬の道を学ぶ者は少なくないが、若い者がこうして武の鍛錬を重ねるとは頼もしい限りよな。

 いずれはあの二人を麿の私塾で……。
 おっといかん。今は江州殿に繋ぎを取ることを第一に考えなければ。
 それにしても、江州殿が既に大和の陣を払われていたとは。随分と忙しく動き回っておられるな。少しは骨を休ませられれば良いが……。



 ・天文十一年(1542年)  五月  山城国綴喜郡 男山城  六角定頼


「面を上げろ」

 蒲生を筆頭に南軍の組頭達がゆっくりと顔を上げる。
 どの顔もひどい有様だ。

「朝倉にしてやられたようだな」
「面目次第もございません。この責めはいかようにも」
「よせ。責めというならば、大和に掛かりきりになって南軍への後詰を怠った俺にも責任はある。何より、蒲生定秀の背後を突くなどという真似は余人に出来る物では無い。今回は朝倉にしてやられた。それだけだ」


 枚方城を囲む南軍が背後から奇襲を受け、百人近くの兵と兵糧を失って男山城に撤退した。蒲生は油断があったと自分を責めているが、とても蒲生の責任とは言い切れないな。

 状況的に見て、朝倉は高槻城から淀川を渡って南軍の後ろを取った。蒲生はその手を最初から警戒し、淀川周辺には常に哨戒部隊を巡回させていた。
 にも関わらず裏を取られたのは、地元の漁労民らが朝倉に味方したということだろう。こちらの哨戒の網に掛からない渡河地点を割り出し、そこから川を渡って小勢で背後から奇襲をかけた。

 こんな真似が遊佐に出来るとは思えない。朝倉宗哲でもない。恐らく内池甚太郎が広く摂津・河内各地に根を張り巡らせていた。

 商人の諜報網を使って敵軍勢の裏をかく。

 迂闊だったよ。昔俺が浅井や朝倉、土岐らを嵌める時にさんざん使ったやり口だ。

「ともあれ、これだけ完璧に嵌められてなお手負い・死人は三百に満たないのだ。蒲生だけでなく、各組頭の撤退戦の手腕があったればこそだろう。よくぞ損害を最小限に留めてくれた」

 組頭達が安堵を表す中、再び蒲生が苦渋の顔で頭を下げる。
 やはり蒲生だけは気付いているか。大和で勝って優勢になったとはいえ、今度は河内でしてやられたことで戦線は膠着状態に入る。
 北軍だけが高屋城へ突出しても、茨田郡を敵に抑えられたままではいつでも背後を取りに来れるからな。せめて南軍が枚方・飯盛山両城の遊佐勢の動きを制限できていればまた別だったが……。
 ともあれ、今後の河内攻めは枚方城・飯盛山城を正面から落としてからとせざるを得ない。

 だが、言い換えればこれで敵の攪乱は終わりだ。今までは先手を取られて終始振り回されていたが、ここから先はどちらが次の一手を打てるかで戦全体の主導権が決まる。
 摂津や河内の民衆も今の戦乱を不安に思う気持ちはあるはずだ。いや、戦地で暮らす以上その危機感は京の民衆の比ではないだろう。
 安全保障と引き換えにこちらへの協力を要請していこうか。保内衆・小幡衆の出番だな。

「ともあれ、今はこれ以上の損害を出さぬように堅守の構えを取っておいてくれ。俺はしばらく京へ戻る。再び河内へ来た時は、今度こそ遊佐と雌雄を決する。そのつもりでいてくれ」
「ハッ!」

 機が熟せば三河の四郎(六角義賢)を援軍として呼び寄せよう。東を手薄にするのは少し危うい気もするが、伊勢に後藤を据え置けば万一の場合にも対応は可能なはずだ。

 次に来るべき決戦は河内平野が主戦場になるだろう。その前に朝倉を降しておきたい所だが……。
 まさか景紀との因縁がここまで尾を引くとはな。こんなことなら、あの時恥も外聞も無く草の根分けてでも首を刎ねておくべきだった。
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