江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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教興寺の戦い(2) 反転

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 ・天文十二年(1543年) 四月七日  河内国高安郡 恩智郷  遊佐長教


 よしよし。順調だ。
 御曹司の軍勢に噛みついた安見の兵を振り払うために若江城の蒲生が出陣してきたが、その後ろから遅れて来た我が本軍が攻めかかった。
 六角軍の中でも最強と目される蒲生の軍勢を早々に磨り潰すことが出来れば、六角討伐も早まろう。
 御曹司本人は既に飯盛山城まで逃れたかもしれんが、こうなればもはやそれも関係ない。六角軍の看板である蒲生を討ち取れば、六角軍の士気は崩壊する。今は蒲生を徹底的に叩く時だ。

「伝令!」
「申せ!」
「公方様が間もなく太平寺を出立されると報せが参りました!」
「分かった。足利の二つ引紋を掲げよ! 公方様が到着なされるぞ!」

 陣頭に足利家の両引き紋が掲げられる。公方様ご到着となれば此度参陣した国人達の士気も奮おうというものだ。さて、こちらも全軍を投入するか。

「長柄隊を全て前線に出せ! 蒲生左兵衛大夫(蒲生定秀)をこの地で討ち取るぞ!」

 ”オオー!”

 よし。公方様が到着されたら一気に本陣を北へと……

 突然遠くで雷のような音が響く。
 これは……『鉄砲』か?

 今更ながらに鉄砲隊が出て来るとは、一体どういうことだ。
 ええい。細長い平地にこれだけの兵がひしめき合っていると前線が良く見えんな。美作守(安見宗房)の軍はどうなっておる。

「誰ぞある! 前線の状況を確認して参れ!」

 儂の下知で物見が駆けだす。もどかしいな。やはり今少し早く本陣を前進させるべきであったか。
 周囲には鬨の声に混じって鉄砲の音が聞こえ続けている。

 ……心なしか喚声が大きくなったような気がするな。
 もしや、六角軍が新手を投入してきたか?

「御屋形様! あれを!」

 備前守(走井盛秀)が山手を指さす。山地には先ほどまでは無かった旗が無数に立っている。
 あれは……隅立て四ツ目の旗……?

 ま、まさか!

「御屋形様! 物見が戻って参りました!」

 待つほども無く本陣内に騎馬が三騎駆けこんで来た。

「申し上げます!」
「どうであった!」
「ハッ! 教興寺の山地に突如として六角定頼本陣が出現! 無数の矢を受けて安見美作守殿の軍勢は浮足立っております!」
「なんだと! 見間違いではないのか! 確かに六角定頼の本陣か!」
「『佐々木大明神』の旗と共に『楽一文字』の旗印が陣頭に押し立てられました! 間違いなく六角定頼本陣です!」

 ば、馬鹿な……。定頼は死んだはずだ。こんな所に定頼の旗が立つわけが……。

「伝令!安見勢よりの伝令です!」
「申せ!」
「ハッ! 突如として現れた定頼本陣の奇襲を受け、安見勢は壊滅。部隊は敗走し、安見美作守様は討ち死にとの由!」
「なんだと!」

「伝令!」

 次々に使番が駆け込んでくる。今度は一体何が起こった?



 ・天文十二年(1543年) 四月七日  河内国大県郡 太平寺  伊賀の左近次郎


 遊佐の陣中に忍び込むと、出撃の支度をしているお頭を見つけた。
 だが、周囲に人が多いな。ここでは人目に付きすぎるか。

「お頭」
「おお、戻ったか。左近次郎」
「はっ! 只今」
「朝倉の動きはどうだ? 三好・斎藤の動向は?」
「それが、少し不味いことになっております」
「何? いかがしたのだ」
「大声ではちと……」

 そう言って茂みの方に視線を向ける。
 茂みの方に歩いてゆくと、お頭が怪訝な顔で儂について来る。そうだよな。アンタとしても余人には聞かせられんよな。
 茂みの裏で身を屈めると、やがて人の目が無くなった。

「一体何が起きたというのだ」
「実は……」

 耳に口を近づけながら、同時に匕首をわきの下にねじ込む。甲冑では防げない急所だ。これでお頭は、死んだ。

「左近……次郎……なに……を」
「実は、これより猪田衆は藤林長門守様の下知に従い、高屋城を攻め落とすことと相成り申した」
「な……」

 訳が分からぬという顔だな。まるで鯉のように口だけが動いている。

「冥土の土産に教えてやろう。信貴山城で儂は藤林様に捕らえられた。そして、藤林党に鞍替えしたのよ」
「き、きさ……」

 信貴山城の警戒は思った以上に厳重だったよ。
 あの後、滝川様の笑い声が途切れたと同時に儂は人足の小頭に捕縛された。お目に掛かったことがあるどころじゃない。小頭殿は、久助様の父君滝川彦右衛門様の配下の者だったのさ。
 小頭だけでなく、荷運びの者全員が甲賀の出だそうだ。儂はまんまと六角の仕掛けた罠にかかりに行ってしまったというわけだ。

「六角様は、高屋城攻めの功を持って猪田衆が磯野某を死なせたことを不問に付すと仰せになった。お頭、アンタは判断を間違えたんだよ」

 だが、その後のことは儂も心底驚いた。まさか儂が暗殺に成功したとアンタに報せよとはな。その上、自らを病であると噂を流せとまで来た。アンタの仕掛けた罠を逆用してまんまと河内守を釣り出すとは、お天道様でも気付くまいよ。
 つくづく六角様は敵に回してはいけないお方だった。

 全ては、猪田衆の為だ。

「左近……次……」
「もう一つ、いいことを教えてやる。アンタが頼みとしていた千賀地のお頭(服部正保)な。既にいずことも無く姿を消したそうだ。アンタは切り捨てられたんだよ」
「……」
「もう、聞こえちゃいないか」

 匕首を引き抜くと派手に血が出るな。惜しい逸品だが、その匕首は餞別に呉れてやる。三途の川の渡し賃くらいにはなるだろうさ。

 遠くから鉄砲の音が響いてきた。もうすぐここも戦場になるな。
 さて、儂ももう一仕事だ。

 懐に手をやると、指先に焙烙玉の堅い感触がある。
 高屋城に戻り、この焙烙玉で城門を破壊するまでが儂の仕事だ。

 じゃあな。



 ・天文十二年(1543年) 四月七日  河内国高安郡 教興寺  六角定頼


 てめえら……。
 よくも……よくも俺の酒に毒を盛ろうとしやがったな……。

 おかげで進藤が『今後も同様のことが起こらぬとは限りませぬ。これを機会に今後は酒をお止めなされませ』とか言い出したじゃないか。病気が治るまでは禁酒も覚悟してたが、今後一滴も飲まないなんて一言も言っちゃいないぞ。
 このまま死ぬまで禁酒させられたら、一体どうしてくれる!

 てめえらは知らないかもしれないが、進藤は……進藤貞治はな、あまり酒を飲まないんだ!
 この意味分かるかコンチクショウ!


「鉄砲隊は本陣へ戻せ! 全軍前進! この一戦で遊佐を完膚無きまでに討ち滅ぼすぞ!」

 ”オオー!”

 よし、士気はマックスだ。
 いち早く追撃を仕掛けて来た安見宗房の軍勢は既に壊滅し、南軍への挟撃も解けた。あとは進むだけだ。

 空を見ると日が中天に近づいている。もうすぐ正午だな。今日の日が落ちる頃には、遊佐勢は総崩れとなっているだろう。
 俺に毒を盛ろうとしたらどういう目に遭うか、しっかりと思い知らせてやる!

「若殿も動き始めましたな」

 進藤の言葉につられて視線を北西に向けると、さっきまで防戦一方だった尾張軍が全軍前進を始めた。
 先頭は……柴田勝家か。義賢も全力だな。

「尾張軍を前線に出させろ。南軍は一旦兵を纏めて隊列を組み直させる」
「藤十郎(蒲生定秀)は良く粘ってくれましたな。南軍が囮として敵を引き付けてくれたからこそ、これほど鮮やかに敵を嵌めることが出来申した」

 そうだな。進藤の言う通り、蒲生の南軍が身を削って挟撃を耐えてくれたことで俺の本陣は完全に背後を討つ形になった。おかげで安見宗房は背に千本の矢を受けて一気に崩壊した。
 この戦の後、南軍にはしっかりと報いよう。

 尾張軍が本格的に前線に乱入し、使番が次々と本陣に駆け込んでくる。

「申し上げます!尾張軍一番組柴田権六、恩智の遊佐本陣へと攻めかかりました!」
「よし。四郎(六角義賢)に後続を絶やすなと伝えろ。敵が浮足立った今が好機だ」
「ハッ!」

「申し上げます! 南軍は隊列を整え終わり、三番組多賀源三郎が西より遊佐本陣へと攻めかかります」
「よし。無理はしなくていいと蒲生に伝えろ。敵を逃がさぬよう、大和川へ追い詰めるようにと」
「ハッ!」

「申し上げます! 北軍一番組赤尾孫三郎、走井備前守を敗走させました! 遊佐本陣にも動揺が広がっております!」
「よし。海北にはそのまま大和川まで前進しろと伝えろ」
「ハッ!」


 各軍から上がって来る報告は全て圧倒的優位を伝える物ばかりだ。
 ここで遊佐長教と足利義晴を討てば、畿内に残る勢力は北畠と波多野のみ。

「それにしても、随分と見事に策が嵌まったな」

 隣に立つ進藤がニヤリと笑う。
 わっるい顔してるな。これを機に俺を殺しておこうなんざ、怖いこと考え付くもんだよ。

「上様が大人しくしていて下されましたからな。おかげで河内守も最後まで上様は亡きものと信じておったのでしょう」
「おお。大変だったぞ。まさか厠の隣で寝起きすることになるとは思わなかった」
「お許し下され。今日のこの日まで上様の御姿を何人たりとも見られる訳には参りませなんだ」
「四郎も藤十郎も冷たいよな。進藤の献策を受けて即座に俺に死んでおいてくれと言うのだから」
「ははは。若殿は随分と頼もしくなられました。此度の策も細部は若殿が作り上げられた。『河内守は追い詰められている。必ずや偽報に飛びつくはず』と申されて……」
「そうだな。あれには尾張で随分と苦労をさせたが、今となればそれも悪くない選択だったのかもしれん」
「左様ですな」

 戦場の各地で煙が上がり始める。
 遊佐勢が体を温める為に起こしていた火が陣中に回ったのだろう。まるで太平寺そのものが燃えているようだ。
 ……これで、足利幕府も終わりだな。義晴本陣も大和川を渡ったと報告があった。よもや取り逃がすことは無いだろう。

「申し上げます!」

 次の伝令が駆け込んできた。いよいよ遊佐長教を討ち取ったか?

「申せ!」
「ハッ! 恩智川上流より新手の敵勢が出現!」
「何!?」

 どういうことだ?
 遊佐にはもはや新手を出すような余力は無いはずだ。

「敵の旗は!?」
「三ツ盛木瓜の旗! 朝倉勢にございます!」
「なんだと! 数は!」
「およそ、五百騎」

 朝倉……景紀……。
 またお前かっ!

「敵は北よりこの本陣を狙っております!」

 ……マズい!
 全軍を南に投入したことで北の警戒は手薄になっている。本陣守備の馬廻は二千。五百騎で突撃されたらここまで敵の刃が届く。

「滝川久助(滝川一益)に伝令! 至急鉄砲隊を北へ回せ! 急げ!」
「ハッ!」

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