江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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教興寺の戦い(3) 我が生涯に

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 ・天文十二年(1543年) 四月六日  摂津国欠郡 榎並城  朝倉宗哲


「何!? 六角定頼が病だと!?」
「ハッ! もはや明日をも知れぬほどの重体で、信貴山城から動かすことすらままならぬほどであると」

 新左衛門(山崎吉家)の報告に我が耳を疑う。
 まさか……これより決戦というまさにその時に病に倒れるなどと……。

「その噂、確かなのか?」
「河内守様(遊佐長教)の手の者が報せて参りました。高屋城の物見の話によれば、太平寺に陣する尾張守(六角義賢)は慌てて撤退の用意を始め、海北善右衛門はその後退を援護する構えを見せているとのこと。
 次期当主を逃がすための動きとすれば、辻褄が合います」

 むう……。まさか本当に……?

 仮にこれが罠だとしたら、どうなる?
 知れたことだ。公方様・河内守が揃って大和川を渡る。現実に明日の朝には太平寺に向けて進軍すると申し送って来た。
 だが、それは決して…………いや!

『あ奴を侮って戦に及べば、その裏で周到に用意された手練手管に翻弄される』

 義父上の声が聞こえる。
 そうか。全軍が大和川を渡った後で敵が反転すれば、背水の陣となる。大和川に撤退を阻まれ、進むも退くも地獄だろう。そして、そこに六角自慢の弓隊が矢の雨を降らせる。

 なるほど。馬鹿正直に高屋城を攻めるよりもはるかに容易く決着が着くだろうな。

「長夜叉様(朝倉義景)や右兵衛殿(朝倉景隆)は既に戦場を離れておられるな?」
「はい。今頃は京に入っている頃合いでございましょう」
「よし。急ぎ出陣の用意を整える!」
「出陣……ですか? 河内守様からは三好や斎藤が撤退の動きを見せれば即座に背を討てとお下知が届いておりますが……」
「右大将(定頼)の病、どうにも得心がいかぬ。あまりにもこちらに都合が良すぎる」
「……では!」
「うむ」

 改めて河内周辺の絵図面に視線を落とす。もはや碁石も不要だ。今の儂の頭には敵味方の軍勢の配置が詳細に詰まっている。

 定頼の本陣はどこへ出て来るか……。

 室内に静寂が訪れる。だが、儂の頭の中では縦横に動く軍勢の動きが手に取るように見える。鬨の声まで聞こえて来るほどだ。

 三好・斎藤は恐らく動かぬ。撤退戦の最中でこの軍が南下するのはあまりにも不自然だからな。であれば、我らは夜陰に紛れて蟹江川を渡らねばならぬ。三好・斎藤の目を欺き、河内平へと出る。問題は若江城に陣を張る蒲生か……。

 いや、儂の見立て通りならば蒲生は夜明けと共に若江城を出陣するはず。一千に満たぬ小勢ならば、敵の目を避けて高安へ出られるだろう。

 だが、肝心の定頼本陣が信貴山城では少し遠い。
 六角軍の全てが策を知っているわけでは無い。末端の兵に対しては、定頼自身が前線にその姿を見せねばならんはずだ。奴は必ず肝心の場面で前線に姿を現す。

 ……どこだ?定頼の本陣はどこに現れる?

 石切で御曹司の後詰をするか?だが、それでは敵を包囲することは出来ん。蒲生に攻めかかる軍勢の後ろを突くことで奴の得意な包囲戦の構えになるはず。
 生駒山地であることは間違いないのだ。平地で千を超える伏兵などすぐに発見される。それでは敵の虚を突くことが出来ない。

 とすれば……教興寺か! 教興寺ならば山地からすぐに平地に兵を送り込むことが出来る。それに兵を伏せるには格好の場所だ。教興寺に兵を伏せれば、蒲生を叩くべく西を向いた敵勢の後ろを突く形にもなる。

 伏兵としてこれ以上の場所は無い。つまりは……そこに定頼の首が、ある!

「新左衛門!」
「ハッ!」
「敵は教興寺だ!定頼の本陣は教興寺に現れる!我らは河内平の北を迂回し、定頼の本陣を突く!」
「なんと!教興寺に……では、公方様にその旨報せを……」
「無駄だ。明朝には進軍すると申し送って来たのだ。今から馬を飛ばしても進軍に間に合わぬ」
「で、では……」
「我らが今夜榎並城を進発し、教興寺へと駆ける。とどめを刺しに来た定頼を逆に包囲してくれる。直ぐに兵に用意をさせよ」
「ハハッ!」

 貴様の策は見抜いた。今度こそ儂が勝つ。
 敵は教興寺にあり、だ。



 ・天文十二年(1543年) 四月七日  摂津国欠郡 鶴見郷  三好頼長


 ……妙だ。
 榎並城には昨日と変わらず朝倉の旗がはためいている。一見いつもと変わらぬ風景が広がっているように見える。
 だが、何か違う。何か違和感を感じる。
 何だ?何が起こっているのだ?

「妙ですな」
「山城守殿(斎藤利政)。やはりお手前も違和感を感じられますか」
「左様。見た目は昨日までの榎並城と変わらぬ。だが、何か……何か違うような……」
「……物見を出します」
「それが良いかもしれぬ」

 甚介(松永長頼)が数十騎を引き連れて大物見に出てゆくのが見える。
 間もなく榎並城だ。通常であればあの辺りから矢や石を投げて来るはずだが……。
 来ない。榎並城でも人が動いている気配はあるが、どうにも防戦の手が緩いように感じる。

「これは……宗哲に出し抜かれたかもしれぬ」
「……まさか!」

 山城守殿が踵を返して陣幕の中に向かう。後を追うと、既に山城守殿は卓上の絵図面に目を落としていた。

「むぅ……そうか。若江城の蒲生勢は既に動き出している頃合いだ。夜陰に紛れて蟹江川を渡り、河内平の北を掠めて進軍しているとすれば、若江城に残る兵では気付けぬかもしれん」
「宗哲は、そこまで読んで?」
「確証はありませんが……蟹江川に配した見回りの兵を至急……」

「申し上げます!」

 突然兵が本陣に駆け込んでくる。
 嫌な予感がする。

「どうした!」
「蟹江川を見張っていた部隊が夜半の内に全滅させられておりました!」
「何!? 異常を知らせる報告は無かったのか!」
「何も……交代の刻限となり、我らが引き継ぎに参った所で破壊された陣屋と兵の死体を見つけました。誰一人刀を抜いた形跡が無く、いずれも背後から一撃で斃されたものと……」

 馬鹿な……見張りの兵には、敵に動きがあれば交戦を避けて真っ先に本陣に伝令を走らせるようにと指示してある。十名の兵が、逃げ出す暇も無く全滅させられたというのか……。

「こうしてはいられませんな」
「さ、左様! すぐに朝倉を追撃する! 急ぎ全軍に……」
「全軍を動かしていては刻が掛かりすぎましょう」
「い、いかにも! すぐに動ける者を動員しろ! 甚介に従って朝倉の追撃に移れ!」
「ハッ!」

「斎藤勢からは氏家三河守(氏家直元)の軍勢三百を付けまする」
「山城守殿は……?」
「某は、榎並城を攻め落とします。それぐらいせねば出し抜かれた言い訳が出来ますまい」

 た、確かに。これは我らの失態だ。
 朝倉がどれだけの兵を率いて行ったかは分からぬが、六角と遊佐の戦に水を差させてはマズい。

「筑前守殿は第二陣を編成して追撃に移られよ。この失態は我らが取り戻さねばなりませぬぞ」



 ・天文十二年(1543年) 四月七日  摂津国欠郡 鶴見郷  斎藤利政


 陣幕を出て朝日の中を自陣へと向かう。
 やられたわ。朝倉がこれほどに易々と榎並城を手放すとは見抜けなんだ。儂も焼きが回ったかな?

 ともあれ、このまま失態を演じるのみではマズい。気乗りはせなんだが、こうなってしまっては榎並城を攻め落とす他あるまい。

 ……朝倉の狙いは恐らく定頼公の首であろうな。

 仮に今この時定頼公が討ち死にとなればどうなる?
 ……それでも六角の優位は変わらぬだろうな。ご嫡男の四郎殿(六角義賢)も中々の器量だ。例え定頼公が討たれたとしても、すぐさま六角が崩壊するとは思えん。
 それに、いざとなれば我が婿殿(万寿丸)も居る。婿殿もれっきとした定頼公の男児。婿殿を支援し、儂が六角の天下を支えても良い。

 ……ふむ。むしろその方が儂にとっては好都合かもしれぬな。
 だが、その為にはまずもって四郎殿に疑念を抱かせるわけにはいかん。儂の事を頼りなしと思わせてもいかん。定頼公が討たれようが討たれまいが、いずれにせよ榎並城は儂が落としておいた方がよさそうだ。

 自陣に戻ると目を覚ました兵達が朝餉の支度を始めている。

「氏家三河守(氏家直元)と竹中遠江守(竹中重元)を呼べ!出陣の用意だ!」

 付近の兵が慌てて陣の奥へと駆けていく。
 さあて、今日は働くとしようか。



 ・天文十二年(1543年) 四月七日  河内国河内郡 玉櫛郷  朝倉宗哲


 見えた。やはり定頼本陣は教興寺にあった。
 だが……。

「新左衛門。兵はどれだけついて来られた?」
「恐らく三百程。三好の追撃が厳しゅうございました」
「そうか」

 三好の追撃を食い止めるため、藤右衛門(前波景定)が玉串川の手前で踏みとどまってくれた。そうでなければ我らは玉串川を越えることは出来なかっただろう。
 だが、たかが三百ではこの劣勢を跳ね返す戦力には成り得ん。既に日は中天を越え、太平寺の辺りには無数の煙が上がっている。この戦は六角の勝ちだ。それは今更揺るがぬ。

 ならば!

「新左衛門。ここで死ぬるか」
「ハッ! 地獄の果てまでもお供致します」
「良かろう。ならば、定頼の首を手土産に地獄の閻魔と一戦交えるとしようか」
「喜んで」

 夜通し駆けて来た兵達ももはや疲れ果てている。ひとたび突撃を阻まれれば、そこで我らは力尽きるだろう。
 機は一度きり、か。

 ……上出来だ。
 服部半蔵とやらの誘いに乗って北信濃に逃れていては、これほど定頼に近付くことは出来なかったであろうな。

「今より我らはひと駆けに定頼本陣まで駆ける!命を惜しむな!名こそ惜しめ!目指すは、六角定頼の首だ!」

 ”オオー!!”

 巨大な鬨の声に背を押されて馬腹を蹴る。
 最初はゆっくりと、徐々に勢いを増しながら疾走に入る。

 ……周囲の景色がゆっくりと流れる。既にこの身はあの世に在るのかもしれんな。

 我らを止めようと足軽達が斬りかかって来る。数騎食われたか。だが、たった一騎が定頼の首を刈れば、我らの目的は果たされる。
 もはや軍の損害などどうでも良い。

 ……不思議だ。体はクタクタに疲れているはずなのに一切の疲れを感じぬ。もはや死ぬる身には休息すらも不要ということか。

「宗哲様!」

 あれは……鉄砲隊!

『半端な突撃では間合いに入る前に全身穴だらけになっておるだろうな』

 また義父上の声が聞こえる。弓隊どころか鉄砲隊が待ち構えていたか。だが、この速さを止められるか。

 今の儂には敵の動きまでもがゆっくりと見える。
 ほう……鉄砲とは、あのように撃つ準備をするものかよ。

 ゆっくりと、だが確実に筒先がこちらに向けられる。

 ……楽しかった。儂の人生は敗北の連続だったが、それでもいつか、あの男に勝ちたいと念じて過ごす日々は退屈とは縁遠いものだった。人生が退屈だと感じたのは、遊佐と六角が上手く行っていたあの一時期だけだ。
 思えば、あっという間の人生だったな。

 貴様と出会えて、楽しかったぞ。

「定頼ーーー!!!」


 ”放てー!!!”

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