江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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原初的資本主義社会

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 ・天文十年(1541年) 四月  近江国蒲生郡津田村 法界寺  西川右兵衛


「和尚、邪魔するよ」
「おお。右兵衛さん。今日はどうなされたのかね?」
「実はこの子を津田村の人別帳に入れてもらいたくてな」

 儂がそう言うと和尚がひょいと儂の後ろに視線を向ける。後ろには伝七の嫁が立っているが、その腕の中では生まれて半年ほどの赤子がすやすやと眠っている。

「……あんたの子かね?」
「馬鹿を言うな。儂はもう五十に近いぞ」
「いやいや、齢五十にしてまだまだ元気なものだと感心したところだったのだが……。
 では、誰の子かね?」
「伝七だ。あの阿呆、蝦夷に行くと言って飛び出したかと思えば、子が出来たからこちらで面倒を見ろと文を持たせて嫁と息子を送りつけて来おった」
「ははは。それはそれは。しかし、時の経つのは早い物だな。まだまだ悪童だった伝七がもう子を持つ年頃になったのか。
 拙僧など、西川の伝七と聞けば未だに寺の柿の木に登って悪さをしていた頃の顔を思い出すがなぁ」
「今も根っこは変わらん。あいつはいつまで経っても自儘が抜けん」
「手厳しいな。まあ、こんな所で立ち話もなんだ。茶でも進ぜよう」

 和尚に連れられて本堂の脇にある小部屋に案内された。
 遅れて入って来た小僧から人別帳を受け取ると、和尚がそれを文机に置いておもむろに筆を取り出す。

「津田村、西川右兵衛家 七男 伝右衛門息……この子の名は何という?」
「善六だ」
「西川善六っと。それと、伝七の奥方の名は?」
「きぬと申します」

 儂が目配せすると伝七の嫁が自ら名乗る。

「き、ぬ、と。よし、確かに承った。明日にでも六角様の代官所に届けておこう」
「よろしく頼む」

 和尚が人別帳に書き込むのを見届けたあと、きぬと善六は家に戻らせた。
 和尚は話好きだから、恐らく今日も一刻(二時間)ほどは話し込むことになる。女子供には退屈だろう。

 きぬが下がって程なく、儂と和尚の分の茶が運ばれてきた。
 一口すすると心が和む。今日は春らしい暖かい日だが、それでも暖かい茶が腹に染みる。

「しかし、あの悪たれだった伝七が随分と立派になったものだな。今や蝦夷航路開発の旗頭にして六角様の覚えも目出度い『中一屋』の主人、西川伝右衛門殿だからなぁ」
「外面だけだ。まあ、何とか他人様に迷惑を掛けないようには暮らせているようだから、その点は安心したが……」
「なんのなんの。迷惑どころか、伝七が蝦夷から運ぶ荷は今や近江に無くてはならんものだ。儂も焼いた秋味(塩鮭)を肴に一杯やるのが大好きでな。敦賀から荷が届いたと聞けば、わざわざご城下まで小僧に買いに行かせるほどだ」
「ふん。あんな馬鹿息子でも他人様の役に立つ場所はあるものだな」
「まったく、相変わらずの頑固親父だな。成長した息子を少しは素直に褒めてやればよかろうに」

 和尚がそう言ってため息を吐く。
 まあ、あの馬鹿者なりに他人様の役に立とうと働いていることは評価できるかな。

「しかし、伝七の『中一屋』は敦賀に拠点を置いていると聞いたが、何でまた親父さんの所に妻子を送ってきたのかな?」
「大きい声では言えんが、越前では近頃あまり治安が良くないらしい。敦賀の方はそうでもないが、一乗谷の辺りでは斯波様の政に不満を持つ者も居るらしくてな。
 伝七も敦賀と蝦夷を行ったり来たりしているから、妻子を敦賀に残すよりも津田村に置いた方が安心できるそうだ」
「ほう……。斯波様は元々越前の守護だったお方だ。それが越前を治めるのが不満なのかね」
「何でも一向門徒がしばしば暴れるとかでな。近江でも二十年ほど前はそうだっただろう。この津田村も時の守護様には随分と反抗していた」
「そう言えばそうだったな。うちの寺も堅田本福寺派に転じてからは随分穏やかに暮らせているが、九里様がこの辺りを治めていた頃はやれ兵を出せ、米を出せ、銭を出せ、と何かと言われていたものだった」

 ……あの頃は特に厳しかったなぁ。村の蓄えも少なく、働き手を次々に兵として徴収された。
 最後にはこれ以上兵も米も出せんと突っぱねたが……。

「又次郎さんも最後は村の衆から兵を募ることを諦めたんだったな。結局は兄のあんたと喧嘩別れのまま……おっと。これは済まなかった」
「いや、かまわんさ。弟は武士になると言って家を飛び出したんだ。最期まで武士として生きたのだから、きっと本望だったのだろう」
「……もう少し早く、このような平和な世になっておればな……」

 突然しんみりとした空気が流れ、和尚と二人で茶をすする。少しぬるくなってきたかな。
 開け放った障子の外からはウグイスのさえずる声が聞こえる。もう山から降りて来たのか。

「おお、そうそう。そう言えば次の頼母子たのもしだが、川端の五兵衛に取らせてやってもいいかな?」
「儂は構わんよ。困った時はお互い様だ」

 頼母子は講の皆で銭を出し合って貯めておくものだ。通常はくじで当たった者がその年の頼母子を取るのだが、五兵衛の家は昨年の野分で納屋が壊れたままになっている。
 恐らく納屋を直す費用に充てさせようということだろう。相変わらず、和尚も世話好きだな。

「そう言ってくれて助かる。津田村の顔役のあんたがウンと言えば、他の者は何も言わんだろう」
「儂はそんな大した者ではないさ。だが、そもそも頼母子とはその為の物だからな」
「そうなんだが、近頃では銭を多く持っている家と銭を持たない家が出てきている。頼母子の費用を出すのも苦しく、頼母子講を抜けさせてくれと言う者まで出る始末だ。
 平和なのはいいが、昔は村の銭は皆の物だった。今はそれが各家の物になったことで色々と面倒ごとも出てきている。ままならんものだな」

 御当代様(六角定頼)が家督を継がれるまでは、この辺りでも惣村の事は村の乙名おとな達が主導して治めていた。年貢についても乙名達が差配し、取れ高の悪い家の負担は少なく、取れ高の良い家は相応の負担をするのが当然だった。
 だが、六角様の検地が終わり、家の田地がはっきりと分かれたことで豊かな家とそうでない家がはっきりと別れるようになった。災害などで田畑の物成りの具合は変わるが、家の田地は変わらん。
 厳しい年には商人から銭を借りることもあるが、それを返せなくなって田地を失う者も出てきている。

 ……かと言って、以前が良かったかと言えばそうでもない。

 惣村毎の境界争いや水利の争いは絶えなかったし、代替わりの度に隣村と大掛かりな戦を何度もやったと聞く。だからこそ、又次郎は九里様のご家臣となることで津田村を九里様の保護下に置こうとしたのだろう。
 だが、御当代様が検地を行い、各村や各家の田地の境目をはっきりさせたことで境界争いは止んだ。全ては六角家の代官所が把握する所となり、境界についても公事方の裁きが公平に下されるようになった。水利についても同様だ。

 そのおかげでここ数年は隣村と揉めることも無い。我らの自由が無くなったことと引き換えに、村は平和になった。

 和尚の言う通り、世の中とはままならんものだな。

「そういえば、藤木さんとこも近々一家揃って三河へ行くと言っていた」
「三河へか」
「ああ。三河は六角の若殿様が新たな仕置きをされているそうだが、綿織の達者な者を積極的に募っているらしい。藤木さんとこは夫婦揃って米を植えるよりもはたを織る方が達者だからな。三河へ行ったほうが銭になるだろうと言っていた」
「……そうか。しかし、そうなると藤木家の田地はどうなる?荒れ地にしとくわけにもいかんだろう」
「儂が買い取ることにした。知らぬ仲ではないし、三河へ行っても上手く行くとは限らん。儂が耕していれば、藤木さんも戻って来やすくなるだろうと思ってな」
「そうかそうか。あんたが買い上げてくれるのならば安心だ」
「それがそうも言ってられん」

 儂の言葉に和尚が怪訝な顔をする。
 田地が広ければ広いで、それなりに困ったこともある。

「藤木さんの田を買い上げたことで西川の田は津田村で一番広くなる。さすがにこれだけの田畑を西川家だけで維持していくのは限界だ。
 西川家で召し使う小者にも、今は小間使いよりも野良仕事を優先でやらせているが、そろそろ儂も小作人を雇っていかねばならんかと思案しているところだ」
「そうかぁ。ご城下では旗本だけでなく馬借や織師の募集も出ている。小作人を集めると言ってもなかなか集まらんらしいがなぁ」
「そうよ。今時は誰も彼もが大きなご城下に出て行ってしまって、津田村のような片田舎では人が来てくれん。和尚も何か伝手があれば紹介してくれると助かる」
「分かった。本福寺派の各寺に西川の名で人足希望を出しておこう」

 障子の外から吹き込む風が少し冷たくなってきた。
 もう夕暮れか。先ほどからカラスの鳴く声が聞こえる。随分と長居してしまったな。出された茶も四杯目か。

「おっと、もうこんな刻限か。
 どうだな?一杯付き合わんかね?」
「いや、そろそろお暇する。家の者が心配するといかんのでな」
「なに、西川の家には寺から遣いを出しておこう。それよりも、近頃ご城下で噂になっている『蘇』という物を手に入れたのだが、これがまた酒に合うのだ。あんたも一度味わえば病みつきになるぞ」
「いやいや、これ以上寺に長居しては……」
「まあまあ、そう言わずに。一杯だけ付き合いなされ」

 まったく。和尚は悪い男ではないのだが、『酒好き、世話好き、話好き』で一度捕まるとなかなか帰らせてもらえん。
 きぬと善六を先に帰らせておいて良かったわ。

「じゃあ、一杯だけな」
「そう来なくては。近頃は寒さも緩んでおる。本堂で月を見ながら一杯やろう」
「何もそこまでしなくとも」
「遠慮するな。本堂から見える月はまた格別だぞ」

 やれやれ。これは一杯では済まなさそうだ……。



 ・天文十年(1541年) 四月  山城国 京 山科屋敷  六角定頼


「よくぞ参られた。歓迎致しますぞ」

 山科言継が上座に座って上機嫌に笑う。下座には俺を筆頭に吉法師、志野、お花、万寿丸、お寅、それに平手と進藤が座る。
 吉法師の遊学に合わせ、良い機会だからと万寿丸も京見物に連れて来た。子供は子供なりに別れの挨拶も必要だろうしな。

「よろしくお願い申す。吉法師の家宰としてはこの平手を在京させます。某に何か通達すべきことがあれば、平手に申し伝えて頂きたい」

 俺の言葉を受けて平手が進み出て山科に一礼する。京での吉法師の保護者代わりということになるから、顔も見知ってもらう必要がある。

「吉法師殿は、最初は地下人の子らに混じって麿の私塾で初等教育を受けてもらうが、そこから先に進むかどうかは吉法師殿の才覚次第。まあ、その後に伝授を受けたい物があればまた平手殿に相談いたせば良いでしょう。
 麿の家では装束古式などを伝授しておじゃりますが、蹴鞠や古今和歌などとなればまた別の家が良いこともある」
「その辺りはまたおいおいご相談させて頂きたいと思います」

「……しかし、京も随分と様変わりしておじゃりましょう?」
「左様ですな」

 山科の言う通り、京も随分と変わった。

 所得税の導入によって商人らは帳簿を付けることがいかに商売に利があるかを知った。利があるとなれば、多少の無理をしてでも読み書きを教わりたいと思うのは人情だ。
 そこに目を付けた山科が、私塾を開いて地下人達に読み書き算術を教える場を作った。

 印刷技術の発展の為、五山に伝わる木版印刷技術を使って『いろは歌』などの簡単な印刷物を刷ることを始めてみたが、山科がそれらを用いて広く地下人達に読み書き算術を教え始めたことで公家たちも自らの知識を地下人達に教え始めるようになった。無論、有料でだ。

 公家たちの私塾に競争原理が生まれ始めると、それぞれの家が特色のある教育を始めた。
 例えば、飛鳥井家は蹴鞠や和歌を教えたり、三条西家は香道や源氏物語の解釈を伝授したりと、それぞれが家業として伝承している技の一端を広く地下人達へと伝え始めた。

 最初はお高く留まっていた公家達も、山科や飛鳥井の屋敷が盛況を呈しているのを目の当たりにしてからは考えを変え、今では多くの公家が私塾を開くまでになっている。何せ、門下生の人数は即ちその家の収入に直結する。地方の荘園からの収入が途絶えがちとなっている公家にとっては、永遠に枯れることのない収入源になるわけだからな。

 無論、家業の奥義を与えるまでには長い修業を必要とするから、私塾の門下生の中から見込みのある者を選んで選抜していく必要はあるだろう。武芸の道場ならぬ文化の道場と言ったところか。

 これらの公家教育に飛びついたのが、京である程度成功を収めている商人達だ。
 商人自身はもちろん、子弟にも公家の文化を習得させようと安くない授業料を払って公家の屋敷に足繁く通わせている。

 衣食が足りれば文化に目が行くのは古今の習いだが、子供を公家の屋敷に通わせるというのは商人にとっても一種のステータスになりつつある。今や京の公家屋敷ほど雑多な階層の人間が入り混じる場所は無いと言っていい。

 山科の屋敷などは、商人達のサロンのような社交場へと変わってきている。子供に初等教育を受けさせつつ、親たちは山科言継やその家人と共に茶や和歌、連歌を楽しむ。無論、商人達もある程度の歌が詠めないと話にならないから、サロンに加入するためには最低限以上の教養を必要とする。
 その分、より高い教育を求めて公家達の私塾が益々潤うという訳だ。

「大納言様(山科言継)はまこと商売上手でありますな。商人達の気ごころをまことに良く知悉しておられる」
「ほっほっほ。我ら公家としても家業をただ伝承していくのみでは先がおじゃりませぬ。広く門下を募り、才ある者を見いだせるのならばこれに勝る喜びはない。
 麿はそこにほんの少し銭を貰う仕組みを付け加えただけでおじゃりますよ」

 ほんの少し……ねえ。
 調度品やらも随分と立派になっているし、屋敷も随分と真新しい建物に変わっている。こりゃあ相当に潤っている様子だな。
 公家と言えども京で商いをする以上は京都奉行の支配を受けることになる。今度一回京都奉行の三井に言って査察に入らせてみるか。

 山科家だけでなく、公家全般に警鐘を鳴らす意味でもな。
 脱税は、許さん。

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