江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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銀山を狙え

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 貞吉二年(1544年) 一月 丹後国加佐郡 建部山城  朽木稙綱


 建部山城が燃えている。一色め、我らに奪われるよりはと自ら城に火を放ったか。
 しかし、これで丹波への道も開けた。摂津からは三好筑前守殿(三好頼長)が波多野の八上城に迫っている。
 もはや朽木の丹波制覇を邪魔する者は居ない。

「兄上、どう見ますか? 左京大夫は抵抗を諦めて降ると思われますか?」

 信濃守(朽木賢綱)が馬を寄せて来た。
 こやつも分かっていながらいちいち敢えて儂に言わせよる。聞くまでもあるまいに。

「ふん。左京大夫(一色義幸)がそんなに殊勝な男ならばここまで苦労はせぬ。大方波多野の動きに不安を覚えて弓木城まで逃げたのだろうよ」
「左様ですな。追撃なされますか?」
「ふむ。追撃はお主に任せる」

 今や朽木家の軍勢は一万を超える。
 加えて一色は今回建部山城から逃げ出したことで武威も落ちただろう。追撃には三千も回せば充分だ。

「兄上はどうなされます?」
「儂は一手を率いて氷上郡を攻める。黒井城を制して天田郡まで進出する」
「天田郡……?」

 信濃守が不思議そうな顔をする。
 どうやら気付いておらぬか。

「山名を討って生野銀山を奪う」
「……分かりませぬ。今でも石見の銀を中継することで小浜は充分に潤っております。それに黒井城の荻野は波多野の配下とはいえ、我らとは一度も兵を交えておりませぬ。
 一色の抑えを減らし、敢えて敵を増やしてまで丹波に進出するほどの利が生野銀山にありましょうか?」
「銀はこれからもっと値打ちが上がる。先ごろあ奴(六角定頼)が『米切手』を配り、年貢として納めることを認めたという話があっただろう」
「そう言えば……」

 近頃では、あ奴のやりたいことが儂にも何となく分かるようになって来た。
 大きな銭は紙に移していく腹積もりだろうが、さりとて小さな銭は引き続き銀を使うことになるはず。
 そして、生野銀山はここ一年ほどで急に銀の産出が増えたと聞く。儂が放置しておいても、遠からず六角が山名から奪い取るは必定。
 ならば、六角の機先を制して儂が先に奪い取ってくれる。

 ふふん。儂に先を越されて悔しそうにするあ奴の顔が目に浮かぶわ。

「建部山城の再建はいかが致しますか?」
「捨て置け。城跡を利用して兵の籠る砦を作っておけばそれでよい」
「承知しました」

 今更建部山城など必要あるまい。今の一色に八田館を奪回する勢力は無い。
 せいぜい建部山に見張りを立て、いざと言う時には打って出られる設備があれば充分よ。

 よし、そうと決まれば倅を一旦呼び戻さねばな。

「誰ぞある! 女布城の宮内大輔(朽木貞綱、晴綱から改名)に使いを出せ!」



 ・貞吉二年(1544年) 二月  尾張国春日井郡 清州城下  柴田勝家


「よいか! ご城下に万一曲者が紛れておらぬとも限らぬ。市場の警備を厳重にせよ!」
「ハッ!」

 市場にはいつにも増して兵達が目を光らせている。新たな軍奉行として、兵達に声を掛けて回るのも儂の仕事だ。
 ……しかし、かつては北河様の元で訓練に戦にと明け暮れておった儂が、今では北河様の跡を継いで軍奉行に取り立てられるとはな。
 世の中とはわからんものだ。

 だが、そんな感傷に浸っている場合ではない。間もなく清州城に次郎様(大原頼保)が赴任される。御本所様(六角賢頼)が居られずとも、尾張の平穏は儂が一身にかけて守らねばならん。

 それにしても、清州のご城下も随分と大きくなった。
 熱田衆や津島衆も城下に軒を連ね、畿内から東海地方への玄関口として賑わっている。
 だが、宿場であるが故に不逞の輩もご城下には出入りしやすい。我ら尾張軍が常に目を光らせているぞ、ということを見せておかねば。

 ……ん?
 市場の端の方で何やら兵が暴れる子供を抑えつけておるな。
 一体何事だ?

「これ。如何した?」
「見てわかんねぇの……お、お奉行様!」

 儂の声にキッと振り向いた兵が慌てて直立に戻った。
 お奉行様か。よい響きだ。

「よい。何事かと聞いている」
「実は、この小僧が代官所の許しを得ずに店を開いておりまして……」

 もう一人の兵は小汚い小僧を地面に抑えつけている。
 年のころはまだ十歳にもなっておらぬか。どことなく猿に似た顔をしておる。さしずめ、子猿だな。

「おいらは店を出してなんかいねぇ! ただ干し柿をゴザに広げただけだ!」
「黙れ小僧! ゴザでもなんでも、場所を取って商っておれば立派な店だ!」
「そんな馬鹿な話があるか! 行商は誰にでも許されてるはずだ!」
「あ痛! こいつ手を噛みやがった! 畜生! 斬り捨ててやろうか!」

 やれやれ、元気の良い子猿だ。それに、なんだか気に食わぬ面構えをしておる。
 このような者をこれ以上城下にうろつかせるわけにはいかんな。
 よし。

「ふむ。事情は分かった。ならばその小僧は儂が斬って捨てよう」

 儂が刀を抜いた瞬間、周囲の兵がざわついた。
 先ほど小僧を斬ってやろうかと抜かしていた兵までもが慌てている。一体何を慌てるのだ。斬ってやろうと言っていたは貴様だろうに。

「こらぁ!」
「おふっ」

 突然後頭部に衝撃が走る。
 なにやら手で叩かれたような感触だ。

「三左(森可成)か。突然何をする! 儂は刀を持っているのだぞ!」
「それはこちらの台詞だ! 例え罪を犯した者であれ、戦場以外では軍兵が民を斬ってはならんと若殿……御本所様から申し渡されたばかりだろう!」

 む。そう言えばそんな通達も来ていたな。

「我らが行うのは取締りだ。罪人を裁くのは公事方の役目。今この場でこの小僧を斬ることは罷りならんぞ!」
「むぅ……しかし、この小僧は気に食わぬ面構えをしておるぞ?」
「そういう問題ではない!」

 むぅ……。
 御本所様の仰せならば致し方なし。
 刀を鞘に納めると、兵達が安心したような顔になった。こやつらもそうと知っていたのならば先に言わんか。

 三左が小僧を助け起こす。逃げ出せぬようにがっちり捕らえたままだが……。

「小僧。名は何という?」
「木下……木下藤吉郎だ!」
「では、藤吉郎。聞いた通り、ここで店を構えるには代官所の許しが必要なのだ。どうやらお主は知らなかったようだが、だからと言ってこのまま召し放つという訳にはいかん。
 代官所まで連れてゆくから大人しくしろよ」
「お、おいらは……斬られるのか?」
「ん? ははは。斬られはせぬだろうよ。お主が望むのならば、改めて代官所で許しを貰えばよいだけの話だ」

 三左も無茶を言う。
 代官所で許しを得るのもただでは無い。少なくとも、このような小汚い子猿に用意できる銭ではないぞ。
 まあ、公事方が裁くというのならばあとは公事方の役目だ。代官所への連行は兵達に任せるとしよう。

 しかし、この小僧の面構えは妙に気に障るな。
 何故だろうか……。



 ・貞吉二年(1544年) 二月  山城国綴喜郡 男山城  六角賢頼


「お待ちしておりました」
「うむ。軍勢の参集ご苦労だった」

 儂が具足姿で上座に着くと、蒲生・海北を筆頭に左右に組頭達が居並ぶ。
 此度は西国平定の足掛かりとして父上より播磨の制圧を仰せつけられた。
 父上は鎮守府大将軍への任官が控えているので京を動けぬが、北畠が降った今西国に本格的に兵を出す用意をせねばならぬのも道理。
 何としても播磨を平定し、西国街道を確保せねば。

「早速だが、状況を聞かせてくれ」
「ハッ!」

 蒲生が周辺の絵図面に碁石を置き始める。
 畿内はほぼ白石で塗りつぶされているな。

「ご覧の通り、畿内近国で六角家に敵対する勢力は波多野・細川・畠山のみ。その波多野も、三好筑前守殿(三好頼長)に八上城を包囲されております。さらに丹波北部では朽木民部大輔殿(朽木稙綱)が波多野方の諸城を攻め落としております。
 もはや波多野が降るのも時間の問題」

 摂津の北に置かれた黒石が取り除かれる。
 ふむ。こうして見ると、僅かに紀州に黒石が残るばかりか。

「さらには紀州に逃れた細川次郎(細川氏綱)も兵を募っておりますが、雑賀衆がこちらに恭順の意を示したことで再起の目は潰えたと言えましょう。畠山も挙兵するまでには至っておらぬ様子。
 磯野丹波守(磯野員昌)が一手を率いて紀州に兵を進めておりますので、こちらも早々に片がつくと思われます」

 紀州の黒石も取り除かれた。これで畿内は白石のみとなったな。

「分かった。播磨の状況は?」
「それは某から」

 蒲生に変わって海北が播磨の絵図面を取り出した。
 これはまた、随分と碁石が多く置かれたな。

「尼子が出雲に去った後、播磨では守護代・地頭衆が守護赤松の支配下を脱し、国人衆にも独立の機運が高まっております。
 大きなところでは、三木城の別所・御着城の小寺・長水山城の宇野らが独自の勢力を保っております。
 また、西播磨では浦上与四郎(浦上政宗)が室津城に拠って勢威を振るっております」
「浦上与四郎と言えば……」
「ハッ! かつて三好殿の御父君に敗れた浦上美作守(浦上村宗)の嫡男です」

 かつて細川道永(細川高国)を擁して上洛を果たさんとしていた浦上も、今では西播磨二郡を維持するのがやっととは……。
 これも乱世の習いか。

「では、西播磨の浦上はともかく東播磨はさしたる勢力は無いと?」
「いえ、西播磨の浦上も実弟の与次郎との仲はよろしからずと噂が聞こえてきます。浦上も内情は一枚岩というわけではありません」
「ふむ……元播磨守護の赤松はどうしている?」
「今は置塩城に拠っておりますが、その勢威は揖保郡の北半分を抑えるのがせいぜいかと」
「では、播磨では大きくとも一郡を支配する程度の勢力しか居らぬということか」
「左様でございます」

 ふぅむ……思った以上だな。
 これならば、播磨平定にはさほど手間取ることはあるまい。

「ですが……」

 蒲生が厳しい顔でこちらに視線を向ける。
 播磨には何か厄介な種でもあるのか?

「阿波の細川讃岐守(細川持隆)は播磨の内訌に度々兵を出しております。此度の播磨平定では阿波の動きにも気を付けねばなりません」

 ふむ……それは厄介だな。
 海を渡って背後を突かれてはこちらとしても面倒なことになる。
 越水城まで軍を進めた後は、播磨各地に調略の手を伸ばしつつ角屋水軍が堺に入港するのを待つとするか。
 場合によっては、淡路を先に抑えても良い。淡路に角屋水軍の拠点を作れば、阿波からの軍勢を阻止することもできるだろう。

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